某妖怪「超有名冒険譚の主人公が目の前にいるんやが」 作:ピコッピコ
あるところに森があった。
当然、森であるから池があった。川があった。
奥まった新緑の向こう側にはラピスラズリにすら似た静かな湖があり、真上から水面を覗けば、ゆらりと揺れる大魚の影が伺える。
蜃気楼にすら似通った姿に、森のものどもは、湖の宝石だと名ずけた。その影に、きらめく鱗が見えたからだった。
なにぶん幻想的な湖であったから、信仰の対象すらなり得るほど美しいものだったのだ。しかし魚である。
森のものどもは、魚を捕らえることを夢見ていた。そして、それを捌いて食らうことも夢想していた。
食べればきっと力が手に入る。
いいや、夢がひとつ叶うのだ。
違う違う。森が、死ぬに決まっている。
宝石色の魚への高鳴りは、もはや懸想の領域に足を踏み入れていた。
懸想、つまり叶わぬような思い。
というのも、その魚を捕らえることがあまりにも困難極まったからだった。
その美しい水面は何人足りとも受け入れない。足先を漬ければ激痛が、勢いよく飛び込めば弾かれたように水面に浮かび上がり、潜れば、全てを失った。
森のものどもは湖をこう歌う。
近づくな近づくな。
それはお前を食おうとしている。
体などいらぬ魂を食う。中身を食う。
美しさに心を奪われれば最後。
魅入られたら最後。
お前は魂を失うぞ。
何故、湖の周辺が枯れるのか。
不毛のままであるのかを。
考えてみればいい。
──だから頼む。
どうか、その湖の魚を消し去るか、捕らえるか。
なんだっていいから、私たちの目の前から消し去ってくれ。
そうでなくては、私達はきっと湖に沈んでいく。
あの遠い彼方のような水底へと。
「正体は?」
なんとも性急なことだ。
大やもりにこう問われて、小鳥ことガネラは笑って答えた。
「単なる幻覚よ。」
答えれば途端に溜め息が帰ってくる。
呆れ返った表情は大ガマらしい雰囲気を持っているが、どうにも居心地の悪い違和感のある顔だった。
小鳥は大やもりに自身の話をした。
冒険の話だ。少しぼかして誇張して、楽しい日々の一幕を語った。
まず初めに森との出会い。そして森の美しさ、そしてそして森の住人との軽快な会話。さらにさらに彼らとの交流の愉快さ。
大やもりが冗長な小鳥のただの思い出話に飽きてきた頃に、先程のような話をした。
──森にある湖の話。
宝石大魚の影と、それを巡る人間模様。最後に全てを押し付けられた小鳥。殴り合いの末に倒木が発生し怒り狂った森の主を宥めすかす。
そして、湖の大魚に狂う住民の救済を望む村のものたちの恐怖心。
惰性で聞いていた話が大きくなっていくにつれて、大やもりの姿勢も前のめりになっていく。
そうして、単調すぎる答えに、一気に関心を失ったらしかった。
「あれは幻覚でした。間違いなく。きっと、良くない植物でも生えていたのでしょうね。」
「そんな結論の為に、俺は長い話を聞いてたのかよ……」
「あはは!」
あんまりにも明け透けな態度に小鳥は笑い声を上げた。
確かに。
豊かな自然の中に突如現れる奇妙極まりない湖の怪しさと、宝石のような大魚という存在を捕らえると言われて高まった興味を失うには十分すぎる答えだ。
「ふふ、でもね。これで終わりだなんて言っていませんわ。」
その飽きを待っていたかのように、娘は笑ってそう言った。
「だって私は解決を願われたんですもの。事実を教えろなどとは言われていない。」
自慢げとも取れるような表情だ。
だが、不思議でムカつきも白けも浮かばない。
純粋に、興味が湧く。
そんな姿だった。まるで物語を堪能させる語り手のように、小鳥は冒険譚を豊かな声色で伝える。
「解決?……ってなにを。だって幻覚だったんだろう。」
「幻覚だと言って、素直に聞いてくださるようなヒト達じゃなかったということです。」
事実を信じようとしない人たちだったと暗に言う。
「魚を捕えることができなかったら」
小鳥は黙って手を宙に浮かばせた。
人差し指。その第一関節に右手の指先が爪を立てる。
「こう」
そうして指先は関節を撫できって、関節を曲げた。まるでそこから先が無くなったかのようである。
「どうやって解決したと思う?」
「……何を?」
「魚を捉えたい派とそれの反対派。この二人の諍いを止めるには、何をしたか」
湖はそこまで大きくない。
ただ、枯れ果てた植物の群生する場所で、周囲には白い塩が積もっている。
奥には輝く大魚の影。
触れれば激痛、浸かれば全てを失うという。
大やもりは考え込んだ。
普段なら無視するが、今回ばかりは興味が湧いた。
「塩が積もっていると言ったよな」
「白い固まりだったので舐めたらしょっぱかった。だから塩。」
「塩湖ってやつか。だから植物も枯れてた。」
「恐らくそうね。」
小鳥は笑顔を浮かべた。
爽やかで柔らかな笑みを浮かべたまま、大やもりの言葉を待つ。
目線はドラマの進行を気にかけている。
恐らく、もうそろそろ登場せねばならない。
だが、いつ頃呼び出されるかが分からなかった。
小鳥とて全員の台詞を逐一覚えていない。自分の台詞もあんまり覚えていない。
だから常に、いつ自分が呼ばれるのかを気にかける必要があった。
「たしか……海水が煮詰まった池のような物だよな。元は海だった場所が閉じ込められて干上がり、岩塩ができるって聞いた」
「ええ。らしいですね。」
小鳥は大やもりの独り言に少しの笑い声を上げる。
「そんな湖に魚なんているはずがない……たぶん」
「ええ、合っていますわ。」
たぶんと付け加えてしまったのは、妖の世を生きている分、世界に絶対は無いと理解していたからだった。
その気持ちを分かっているかのように、小鳥は緩やかに頷いた。
「お前は、住民たちに湖に魚がいないと理解させることが必要だった。でないと殺される。」
「それも、合っていますわ。」
直接的な表現を用いたことに小鳥は少し驚いたようだった。目をシパシパと数回瞬かせる。
「……湖の中に潜るなどして証明することは不可能。中をさらって……底引き網のように……?」
大やもりは確かめるように小鳥の顔を見た。ずっと、表情で正解を案じているように思えるほど、豊かな姿だったからだ。
黙って小鳥は首を横に振る。
口の端からくすくすと笑い声が漏れていた。
面白い発想だが、正解では無い。
「あー、湖を凍らせて割って、中に何も無いって分からせた?」
小鳥は薄らとした笑顔のまま、少し頭を傾かせた。
それをするのは難しいから、正解では無い。
「湖の水全部抜いた!」
その言葉に小鳥は小さく
「あら、まあ」
と零した。
見開かれた目は驚きに満ちている。当てられるとは欠片も思っていなかった。そういう顔だった。
大やもりですら面食らって、その次にやったと大声で言いたくなった。
静止するように、小鳥が言う。
「なら、どうやって?」
「どっ……どうやって……」
それはもう、あくどい笑みだった。
露悪的というには少々可愛げがありすぎる。
だが、狼狽する大やもりを眺めるのを楽しんでいるのは明らかだった。
小鳥はヒントが三つと伝えた。
一つ
指がひとつ立てられる。
「積もった植物は枯れてました。土に還ってもいないし、腐ってもいない。貴方が言うように、干上がった海なら相応に枯れた土地をしているでしょう。」
二つ。
指がふたつに立てられる。
「何も住民を双方納得させる必要はなかった。争いを止めさせることだけが目的でしたもの」
最後、三つ。
指がみっつに立てられる。
「魚は幻覚。そして、湖は思っているよりも浅くて底がある。所詮は水の溜まっている窪みだわ」
大やもりが少しばかり考え込んで、このように言った。
「まだ海に繋がるのか」
小鳥はそれに軽く頷いた。
飲み干したカップが乾いた音を立て、ソーサーに降ろされる。
「上から衝撃を与えて穴を掘りました。」
「は?」
無意識に漏れ出た声だった。
冷たさは無いが、感情の見え透いた情けない声ではあった。
小鳥はあははと笑って、心底楽しそうに話を続ける。
「そうしたら地面が割れて、塩水は海に流れていった。」
「は?何言ってんの?」
知恵による解決ではなく、なんというか。方向性的には腕っぷしだった。
思っていたのと違う。
「大木を何本か倒しましてね。人工的に起こした地震が、地面を割りました。」
「お前、そんなこと出来たのかよ……」
「力の強い者に頼んだので。水の抜けた湖のそこはただの塩の塊。魚の一匹すらいないから逃げ出したと思って争いは終わり。」
つまり、問題は解決よね
「……恨まれたんじゃないか?だって、そいつらはお前のせいだと思うだろう」
大やもりは眉をひそめてそう言った。
争いを止めるために、まるで全ての罪を引っ被っている。理不尽な話だ。
心配と取ることも不快さの現れとも取れる言葉をかける大やもりに、小鳥は「いいえ」と快活に答えた。
確かにあれらの責任は小鳥の物となってしまった。
「ふふ、何も悪いことばかりじゃありませんのよ」
責任も恨みも一身に受けたが、別に悪いことばかりではない。
一つは死を逃れたこと。
もう一つは
「言いましたでしょう。地震が起きて穴が空いて、洞窟の住人の困り事を解決して差しあげたと。」
「……ああ」
「そうしたらひとり、いたく感動して信頼して、勝手についてきたのがいたとね。」
そうして私は生涯の
物語の終わりを諳んじるような口振りで小鳥はそう言った。
浮かべた笑みに大やもりは声を引き攣らせて言う。
「そんなの自作自演じゃないか……」
「あはは。とんだ掘り出し物だったわ……」
自作自演と言われても。
別にマッチポンプをした訳ではないのだ。引かれる謂れもない。
だのに大やもりの口からそんな言葉が出てきたのは一重に、娘の姿をした人外が心から、勝手に着いてきた子とやらを気に入っている様子だったからだ。
なんだかもう、最初からその子が目当てだったような気さえさせてくる。
「勝手に着いてきたんだったな」
「ええ。拒否しても頑なでした。」
「嫌だと思ってたとも言ってたな」
「ええ!だって、ずっと付きまとって来ますもの。」
態度は杜撰。
だが、その瞳はこの上なく優しい。
大やもりは少し前、小鳥を監視していたときの事を思い出していた。
あまり感情的ではなく、常に穏やかで優雅。
そして品よく振る舞う姿は人目を引く。
浮かべた笑みのみが印象になるほど、ずっと楽しそうだった。
だが、このような顔は初めてだった。
もしかしたら、本来はこういう風に懐かしむような者なのかもしれない。
「そいつは嫌にならなかったのか。そこまで邪険にされれば嫌いになるだろう」
「いいえ。あの子は嫌にならなかった。」
小鳥はにっこりと笑って言い放つ。
「だってあの子は私のことが大好きだもの。なんでもしてくれたわ。だから、私もなんでもしてあげるのよ」
まるで自分の方が追われる側のような口ぶりで、その実、小鳥が追う側なのだと大やもりは感じた。
そう理解させるほど、柔らかな笑みだった。
「それではお先に」
「──待ってくれ」
小鳥は立ち止まった。
「お前はなんで、人のフリなんかしているんだ」
妖怪に絡まれたくないからだよ。弱いから
小鳥はクソザコなのである。
本当に、クソザコなのである。
でも妖怪相手に言いづらいことこの上ない話だ。
加えて、相手は喧嘩を売った関係性の大ガマである。言いづらさがすごい。
これが聞いてきたのが人間の、例えばケータやケイゾウなんかだったらまた違っただろうが。寄りによってSランクの大妖怪だった。
誤魔化したくて小鳥はヘヘッみたいな笑い方をした。
まあでも、わざわざ変化を続けている小鳥に疑問を抱くのも真っ当な話だ。
でも妖力無いからするのも本当に楽だし〜ポケットティッシュ貰えるし〜みたいな話を長々するのも、本音の絡まれたくないに繋がりそうでしたくない。
結局、小鳥は誤魔化すことにした。
「……言ったじゃない。フリじゃなくて近いのよ」
もう聞かないで欲しいな。
小鳥は眉を下げて、困ったように笑って伝えた。
「あら、大やもり。何サボってるのよ」
「……女郎蜘蛛」
「じょろちゃんって呼んでって言ってるじゃない!」
「あいつ、本命いるっぽいぞ」
「…………へぇ。どういうこと?」
「いや、それがさ。まぁ座って聞いてくれよ」
あいつ、そんな悪いやつじゃないんじゃないかな
ヤンデレや試し行動してくる子は好き?(備考程度の質問)
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嫌い
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好き
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デレや好意が分かり易ければ好き
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裏でドギマギしまくってたら好き
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上二つがあるなら好き