既に時計の短針は9を回っている。
しかし、桜樹に来いと言われては行かざるを得ないはじめはシャワーを浴びたばかりだったが、寝間着ではなく私服に着替えて、家から出る。
綺世を誘おうとも思ったが、今日の様子からしてあまり機嫌が良くない。
下手に誘うとまた面倒なことになりそうだと思ったはじめだったが、家を出て数秒で「どこ行くの?」と聞き慣れた声がはじめの耳に入った。
ふと後ろを向いたはじめの視界には…髪を濡らした綺世がサンダルを履いて、非常にあっさりした服装で立っていたのだ。
「綺世…なんちゅー格好だ。そんな恰好を酔っ払いにでも見られたら終わりだぞ?」
綺世は顔を赤くしつつ、声を荒げた。
「ば…バカ!そんなこと言うことないでしょ!それよりもどうしたの、こんな時間に…」
「…桜樹先輩に今から学校に来いと。見せたいものがあるんだと」
それを聞いた綺世は返答もせずに、すぐに自宅へと戻って行く。
と言っても…はじめと綺世の家は隣同士なのだが…。唐突な行動にはじめはどうしたらいいのか分からずに突っ立っていると…同じく支度を整えた綺世が戻ってきた。
「私も行く」
「髪乾いてないぞ?風邪引く…」
「いいから!さっさと行くわよ!」
綺世ははじめの言葉を遮り、先に歩を進めた。
唐突に同行を始めた綺世にはじめは(何なんだよこいつ…。マジで変な奴…)と思いつつ、彼女の後を追う。
その時綺世が思っていたのは…。
(こんな時間に学校に来い?それに昼間の会話…絶対にそうはさせない!)
という…推理とはかけ離れた憶測であった。
そのまま2人は無言のまま学校へと辿り着いたが、もちろん校門が開いているようなことはない。立往生になってしまい、綺世は自宅に帰る理由が出来たと思い、はじめに『校門も閉まっていることだし、やっぱり家に帰ろう』と言おうと思ったのだが…。
それを言う前にはじめは校門を乗り越えて、学内へと入ってしまっていた。傍から見れば、このまま学校内に入ってしまえばただの不法侵入でしかない。止めようと思ったが、今度は校門を堂々と開ける。
「……」
「ほら、さっさと行くぞ。お前も来るんだろ?」
はじめの大胆な行動にぽかんとしつつ、綺世は1人にならないためにすぐに彼の後を追う。
すぐに旧校舎の中に入る2人だが、灯りがないために自然に綺世ははじめの方に寄り添ってしまう。しかし、はじめは「離れろよ…歩きづらいだろ…」と文句を言ったが、綺世は言うことを聞きそうもない。
「…夜の学校、怖くないの?」
「まあ不気味だとは思うよ…。でもそこまでじゃない。幽霊や怨霊よりも…現実の人間の方がよっぽど怖いからな」
そんなことを言いながら、ミステリー研究部に入るが…そこには誰も居なかった。あったのは電源の付いたPCのみだったが、そこには何か書かれている。
『7つ目の怪奇を開けし者
死の儀式の生贄となる
我が名は放課後の魔術師』
と…何か厨二病が書いたのかと思えるメッセージが表示されていたのだ。何を意味しているのか分からず、取り敢えず中で待とうと思った矢先…暗闇から声が聞こえた。
「君も来たのかい?」
「うわっ!」
突然左側から聞こえた声にはじめも驚いてしまう。
「ビックリした…。脅かさないでくれよ…尾ノ上」
「ごめんごめん、電気を付けようと思ったら君らが入って来て…」
尾ノ上の他にもビデオを片手に持った佐木と鷹島も部室内にいた。
桜樹は他の人も呼んだのだと思ったが、佐木の発言でそれは払拭される。
「しかし…妙な電話でしたね…。『死の儀式が10時から始まるから来い』と…」
「私も…同じ…」
佐木たちが受け取った電話は桜樹からではなく、何者からか『死の儀式』を見せるために来させられた…とのことだった。更に詳しい事情を聞こうとしたのだが、ここで懐中電灯の灯りが彼らを襲った。
「コラ‼︎お前たちそこで何をしている!?」
警備員に見つかってしまうのだった…。
そのまま警備員の宿舎に直行となったはじめたちは、何故こんな時間に学校に来たのかを警備員の立花に説明を始めた。
「電話で呼び出された?」
「ええ、つい10分前に『今から学校に来て、面白い物を見せてあげる』と…。だけど部室に桜樹先輩はいなくて…どこ行ったんだ?」
このまま呼ぶだけ呼んでおいて何もないだと、はじめも怒りを感じてしまう。一方の綺世は何故かホッとしたような表情であったため、はじめは問う。
「何でそんな嬉しそうな表情なんだ?」
「別に?」
「……」
(やはり今日の綺世はおかしい…)
そんな不毛な会話をしていると、佐木が腕時計を見て「もうすぐ10時…『死の儀式』の時間だ」と言い出した。縁起でもないことを唐突に言い出すために、はじめは(大丈夫かこいつ…)と思ってしまう。
だが立花はそれらの会話をほぼ無視して立ち上がる。
「見回りの時間だ…。お前たちは帰れ。今回のことは黙っていてやる」
何とも有難い話であったが、何の収穫もなしに帰るは避けたいはじめは同じく立ち上がって立花に提案する。
「俺も…一緒に同行しても?」
「…別に構わんが」
「はじめちゃん…帰らないの?」
「ああ…妙な胸騒ぎがするからな。みんなはここで待っていてくれ。…良いですよ?立花さん」
「…好きにしろ。その代わり!」
立花はビデオを構えたままの佐木に顔を思いっきり近付けて、恐ろしく睨みを効かせた表情で…。
「あんまり無闇矢鱈に部屋の中を映すんじゃないぞ?」
その勢いに佐木は「は…はい…」と答えることしか出来なかった。
そんな感じで夜の校舎の見回りを始めるはじめと立花。
立花の話によると、夜の見回りのルートは決まっていると聞いた。
新校舎を3階から1階、そして連絡通路を渡って旧校舎を見た後、最後に校庭や物置きといった場所を回るのだと言う。それだけでも相当な時間が掛かるため、警備員を増やして欲しいと…立花は愚痴を溢していた。
そのまま新校舎3階から1階を見回り、漸く旧校舎に差し掛かろうとした時…はじめは違和感を覚えた。新校舎から旧校舎の一部が見えるのだが、その奥が仄かに明るかったのだ。まるで蝋燭で照らしてるかのような灯りにはじめだけでなく、立花も「妙だな…」と呟いた。
「あの部屋は?」
「あれは…『開かずの生物室』のはずだ。誰も入れないはず…」
「開かずの生物室……ん?」
更に旧校舎に近付いていくと、その灯りの中に2人の人影が見えた。
1つは…はじめたちに対して背中を向けているが、黒いマントを羽織り、蝋燭を片手に持った謎の人物…。
そして…もう1人は、生物室内で吊るされた桜樹るい子のものだった。
桜樹るい子の首吊り死体の下に五芒星の線と蝋燭を置き、それを静かに見詰める黒マントの者が、はっきりとはじめたちの目に入ったのだ。
「あれは…桜樹先輩!?」
漸くその事に気付き、思わず声を上げたはじめ。
その声が聞こえたのか…黒マントの者はゆっくりと振り向いた。
その顔は…見るも不気味な仮面を被っており、はじめと立花の背中に冷たい悪寒を走らせ、身体を一瞬硬直させてしまった。
その間に生物室の扉は、バタンと音を立てて閉まった。
同時にはじめは「先輩‼︎」と叫び、立花と共に駆け出した。
連絡通路を渡り、真っ直ぐ生物室の目の前まで到着したはじめだったが、その扉が開かない。先程まで謎の人物が使っていたはずなのに…。
「立花さん!鍵は!?」
「鍵があったら『開かずの生物室』など呼ばれるわけがないだろう‼︎」
「クソ‼︎」
その騒ぎの中に「どうかしたのか?」と呑気な声が聞こえた。
振り向くと先程の部室に姿を見せていなかった真壁が立っていた。
どうして今頃来たのか気にはなったが、それを聞いている暇はない。はじめは自分が見たままの光景を真壁に叫んだ。
「この中で桜樹先輩が吊されてたんだよ!…放課後の魔術師にな‼︎」
「放課後の魔術師だと!?」
「突っ立ってないで、ドアを蹴破るの手伝え‼︎」
その言葉に真壁、そして立花も協力して、生物室の扉を破ろうとする。
だが長年閉じた扉は錆び付いているのか、中々破れない。
そこにはじめの叫びを聞いた綺世、的場、佐木、尾ノ上、鷹島が合流した。
「はじめちゃん!どうしたの!?」
「説明はあとだ!今は扉を…!」
と思ったところで、漸く堅く閉ざされた生物室の部屋が開放された。
中を見たが、そこには…何も無かった。
死体も、蝋燭も、五芒星の線も、ロープ、黒マントで仮面を被った者も…。何もかもが消えていたのだ。
「そんなバカな!私はこの目で確かに見たぞ!?」
立花も今の状況を飲み込めずにいた。
はじめはすぐに窓の鍵を確認したが、全て閉じられていた。
「消えた…何もかも…そんなバカな…」
はじめがそう呟くと、佐木がふと言い出した。
「まるで…七不思議そっくりですね」
その発言に全員が注目する。
「開かずの生物室で吊るされた女生徒が突然消える…って話…なんですから」
続けて放った佐木の言葉に全員言葉を失った。
はじめはもう一度部屋の中を見たが、やはり…死体が吊るされたような痕跡は無かった。
(消えた?いや…そもそも幻覚?あり得ない…。だけど…)
混乱するはじめであったが、ここにいつまでも居るわけにもいかず…今日はとにかく帰る事になった。
帰り道、ふと綺世がこんなことを言い出した。
「はじめちゃんが見たもの…桜樹先輩のイタズラじゃないの?」
「………」
「だって、面白いものを見せてあげるって言ってたんでしょ?」
「…いや、それはあり得ない。俺は確かに…」
「そんなに…桜樹先輩が心配なの?」
綺世が放った言葉に、何故か怒気が込められていることに気付いたはじめは思わず綺世の方を見た。その表情は…どこか悔しそうなものだった。
「だったら…今からでも探しに行けばいいじゃない…」
「何でそんな話になるんだよ?」
「だってはじめちゃんなら…面倒くさがって、私なんか探してもくれないでしょ!?なのに…桜樹先輩は…!」
意味の分からないことを叫ぶ綺世にはじめはつい、本音を言った。
「お前どうした?今日変だぞ?頭がイカれたか?」
「ッ!…うるさい‼︎」
綺世はそれだけ言って、先に突っ走ってしまった。
「全く…何なんだよ…」
綺世は走りながら、何故か泣いていた。
(バカだ…バカだバカだ私‼︎あんなこと言って…はじめちゃんを傷つけて…!)
自己嫌悪でどうにかなりそうな綺世はすぐに布団に潜ると、何もかも忘れたくて目を瞑った。
今日のはじめが見せた…呆れを含んだ蔑んだ表情も忘れるために…。
その次の日…事態は急転直下した。
はじめが家にいないと知り、1人で学校に向かうとパトカーが大量に止まっていた。何かあったのかと思い、視線を校舎に向けると…規制線が貼られているのは旧校舎の方だった。
昨日のはじめの発言を聞いた綺世はすぐに「まさか…!」と思い、駆け出した。狭い廊下には大量の人集りが出来ており、女性の綺世でも中々通ることが出来ない。
そして…生物室に辿り着いた時…そこで見た光景に、綺世は驚愕した。
朝日が差し込む生物室、そこには…昨日はじめが言っていた桜樹るい子の死体が…そのまま吊されていたのだ。
そして…その死体の前で膝を着くはじめの姿も目に入った。
「はじめちゃん…」
はじめは綺世の言葉が聞こえても…暫くその場から立ち上がることは出来なかった。