気付けば綺世は病院のロビーに座っていた。
隣には同じように佐木やはじめの両親も座っているが、全員…一切口を開くことはない。
(どうして…こんなことに…)
綺世が茫然自失としてると、ふと手術中の赤い照明が消えた。
それが見えた途端、立ち上がる綺世。はじめの両親よりも先に担当医に「はじめちゃんは…?」と覇気のない声で尋ねる。
だが、医師の口からは綺世たちが望んだ回答は得られなかった。
「最善を尽くしましたが…側頭部と後頭部が強く殴打されており…今夜が峠でしょう…」
「そんな…」
はじめの母親は悲痛な声をあげる。
逆に綺世はあまりのショックで何も言うことが出来なかった。
(今夜…)
綺世はずっとロビーで腰をかけたまま…顔を俯かせていた。
そこに剣持がやって来て、「神津くん!」と声をかけた。しかし、綺世は顔を上げることも返答することもない。
「あれから…あの旧校舎について調べたんだが…恐ろしいことが分かった」
剣持は手帳を取り出し、その調査内容を話し始める。
「あの旧校舎は元々、高畑製薬の持ち主だったんだが…30年前に贈与されたんだが、その前にそこの従業員が6人…行方不明になっとるんだ。俺の勘だが…この件は今回の事件と…」
「もう…やめて…」
その時、綺世の口から漏れた声に剣持は思わず言葉に詰まった。
「神津くん…」
「私はもう…この事件に関わらない」
「何言っているんだ!?」
「はじめちゃんを1人にしてしまったのは…私のせい…。そもそも七不思議についてはじめちゃんをやる気にさせたのも私…。全部…っ…全部私のせいなの…!」
綺世は顔を俯かせたまま、声を震わせる。
剣持は思わず「金田一が襲われたのは君のせいじゃ…!」と反論しようとしたが、そこで今度は綺世の更に悲痛な声が病院内に響いた。
「やめて‼︎」
「神津くん…」
「お願いだから…1人にして…。お願い…ですから…」
彼女の手は完全に震えていた。
その姿を見た剣持は流石に何も言うことが出来ず、ゆっくりと彼女の傍から離れた。
それから何時間と経ち…既に深夜の1時だった。
だが、綺世の目が眠気によって落ちることはない。
ふと…何故はじめが襲われたのか考えた。
(そんなの決まっている…七不思議を調べたからだ…。だけど、それだけで襲われるはずは…)
いくら考えても、結論に至ることはない。
(…全部、私のせいだ)
自己嫌悪に陥る綺世。
(私がはじめちゃんを誘ったから…私がはじめちゃんを事件から関わるのをやめるように言えば…いや、そもそもあの時…あんな放送を無視していたら…)
無意味にそういった考えだけは空回りする。
「私は…どうしようもないバカだ…っ」
一瞬目を閉じて、再び開けると…側には足が見えた。ゆっくりと左を見ると…頭に包帯を巻きながらも、元気そうに立っているはじめの姿があったのだ。
「はじめちゃん…‼︎」
飛び起きた綺世は即座に彼を抱き締めようとしたが、彼の身体に触れることは出来ずに地面に前から倒れてしまう。
「え?ど、どういう…」
「今までありがとうな、綺世…」
「な、何言って…」
綺世がはじめに近付こうとした時、ガラガラと騒がしい音で目が覚めた。
「‼︎」
目を開けると、外は朝日で輝いていた。
いつの間にか、寝てしまっていたようだ。
「…夢?…はじめちゃんは!?」
あの夢が現実にならないことを祈りつつ、彼の病室へと飛び込んだ。
「はじめちゃん…‼︎」
綺世が飛び込んだ時には、はじめの母親が泣いていた。
それを見た綺世は最悪の事態を想定してしまう。
「そんな…嘘でしょ?」
(いつも眠そうに…面倒くさがり屋のはじめちゃんが…死ぬ?)
綺世は彼の手を握り、言葉にならない嗚咽を漏らす。
「…〜〜っ‼︎」
すると…。
温かい感触が彼女の冷め切った手に伝わった。
(え?)
顔を上げると、目は開いていないが…彼の手が綺世の手を弱々しくもきちんと握り返していたのだ。
そして、担当医が告げた。
「もう大丈夫です、何とか踏み止まりました」
「はじめちゃん…っ、良かったぁっ‼︎」
綺世は人生初めて号泣する。
「ただし、意識が回復していないので…あまり刺激を与えないように…」
それだけ念を押される綺世。
綺世は先生に「はじめちゃんを…ありがとうございます!」と感謝を告げた。その後、病室ではじめと2人きりになった訳だが、彼とは会話が出来ないのが何とも心苦しい感じだった。
(でも…いい。もう事件に関わらず…このまま…)
そんなことを思っている時、不意にはじめが小さく何かを呟いた。
「え!?」
何度も同じ言葉を呟いているようではあるが、あまりに小さい声だ。
綺世は耳を近付け、はじめの言葉を待つ。
そして、彼の言葉に、綺世の心が打たれる。
「ま…け…る…な…」
『負けるな』
この言葉にははじめにとって様々な意味が込められていると分かった。
綺世に対して…自分に対して…そして、今回の事件に対して。
はじめはボロボロの今でも…事件解明に生を注ごうとしていたのだ。
(それに比べて私は…)
綺世は自分自身の情けなさに恥ずかしくなった。
そして、1つの決意をする。
「このままじゃ…終われない…!」
立ち上がり、病室から出ると剣持が立っていた。
「剣持警部…」
「金田一は無事なようで、安心した。それと…どうやらやる気が戻ったようだな、神津くん」
誰の目から見ても、今の綺世の目は力が込められていた。
綺世は「ええ」と頷き、剣持に言う。
「こんなところで終われない。桜樹先輩や尾ノ上さん、はじめちゃんの仇は…私が見つけ出す!名探偵と言われた…おじいちゃんの、名にかけて…!」
それを聞いた剣持は頷き、
「それでこそ…神津恭介の孫娘ってもんだ‼︎早速、どこへ行くんだ?」
剣持が綺世の祖父を知っていることに多少驚きを感じたが、向かう場所は決まっていた。
「もちろん…あの旧校舎よ‼︎」
綺世は例の生物室の中で唸っていた。
ここが殺害現場なのは間違いないのだが…。
「何かスッキリしないんですよね…」
「どういうことだ?」
「あの真壁が推理したトリック…実践するのは不可能なんですよ」
それは剣持たちも証明済みだった。仮に遺体、蝋燭、魔法陣などを綺麗に片付けて、外に出てワイヤーで鍵を閉める…この行程をはじめたちが見た時間から生物室に入るまでの時間を逆算しても、精々3分だ。
どんなに手際が良い犯人でも…3分でこれらの行程を完遂するのは間違いなく不可能だ。
「我々が行った実験でも6分半掛かったんだ。だが、真壁の推理が違うとなると…犯人は一体どうやって…」
2人で考え込んでいると、不意に綺世は昨日剣持が話しかけてきた内容について改めて聞く。
「そういえば警部…私が昨晩自暴自棄の時、この旧校舎について何か言っていましたよね?」
「あ、ああ…あれか。この校舎がとある製薬会社から贈与されたって話だ」
「製薬会社?」
「ああ、もう既に倒産しているが、以前もこの校舎が贈与される前にトラブルを起こしていた。行方不明者が出たり…異臭騒ぎとかな」
「行方不明…異臭…」
「それしてもと思ったぜ、この校舎の廊下の狭さ…夜の電灯が暗い…。当時は蝋燭でこの中を回っていたと聞くと、警察官の俺でも震えが止まらないぜ…」
それを聞いた綺世の中で少しずつだが…今回の事件の動機となり得るものが組み立てられて来た。そして、不意に綺世の目に飛び込んで来た陽の光に目を細めた。
どうやら時間が経ち、太陽が窓から漏れたようだ。
「…!」
その時、ドクンと綺世の心臓が激しく鼓動した。
「剣持警部!ここの見取り図を…!早く!」
鬼気迫る綺世に剣持は急いで、見取り図を渡す。
そして…綺世には分かった。この開かずの生物室のトリックが…。
「そうか…そういうことだったんだ…」
「神津くん?」
「剣持警部…明日の夜、例の新校舎の目撃現場にみんなを集めてくれませんか?」
「か、構わないが…まさか!」
「ええ…犯人が分かった。だけど…」
「だけど?」
「まだ動機がはっきりしないんです…。途中で増えた不思議に関しても…高畑製薬に関しても…」
綺世はそれだけ言うと、再び旧校舎の中を歩み始める。
同席したい剣持だったが、上から呼ばれたらしく、今回はここで別れた。
綺世ははじめが襲われた部室へと踏み入れた。
(あの時…はじめちゃんはあの暗号を見て、ずっと壁を見ていた)
はじめには暗号が一瞬で解けていたことが今になって分かる。
しかし…綺世は未だに分からない。
「もっと…別の視点だ。漢字とかそういう概念は取っ払って…」
綺世はこの文章を英語、ローマ字、ひらがなだけと色々と変えてみる。
そんな時…閃いた。
「これって…どういう意味?」
そして…はじめと同じように部室の壁を凝視する。
はじめがぶつかったと思われる棚のすぐ近くには、あのムカつく表情の真壁の顔入り小説宣伝ポスターがあった。
思わず綺世はそのポスターの前に立ち…ゆっくりと剥がしてみる。
剥がした先に見えた【もの】に、綺世は思わず目を見開き、すぐにポスターを元に戻した。
「はあ…!はあ…!」
自分自身が見た【もの】に息は荒れ、一瞬落ち着きを失いかけた。
それと同時に分かる…この事件の全て。
全ては…【これ】に関係していたのだ。
「だから…桜樹先輩も…尾ノ上さんも…はじめちゃんも襲われたんだ…!…分かったわ、謎は…全て解けた…‼︎」
明日、解決編を朝10時に投稿します。