雪だるまに隠された遺体を最初に見つけたのは悲鳴を上げた綾辻だった。
彼女が言うには、車に忘れ物を取りに行こうとした際に、雪だるまの中からジャケットの裾が見えたようで、雪を払ってみた結果…。
死体を見つけた経緯が分かったはじめは、最初に注目したのは明石が握っていた枯草だった。
「これは…」
「飼い葉じゃ」
そこに先程話を聞いていた老人が答えを与えてくれた。
飼い葉とは、牛や馬の餌として使われるものだ。何故明石がそんなものを握っているのかは不明だが、剣持は「馬小屋やそういった類の場所で殺されたのだろう」と推測した。
その横で明智は不敵に笑みを浮かべた。
「こいつは面白い…」
「警視!何が面白いって…」
「被害者は後頭部を鈍器で殴られて殺されています。しかも死後硬直は全身に及んでいます。つまり、明石は死後12時間以上経っています」
「…明石さんは、加納さんが殺されるより
綺世の言葉に全員が静まり返る。
つまり、加納りえを殺せる者は誰もいなかったということになる。
「不可能犯罪、というわけか」
はじめの言葉に明智は頷き、とんでもないことを言い出した。
「剣持くん、ひとつ、賭けをしませんか?」
この発言は、誰がどう見てもまともな人間が言えるものではなかった。
「か、賭けって…こんな時に何を考えているんですか!?あなた警察でしょ!」
剣持の気持ちを代弁するかの如く、綺世は明智に言い放つ。
「なに、剣持くんは以前から私のやり方には意義があるようでね…この際、私のやり方と金田一くんのやり方、どちらが有効なのか…賭けてみようじゃありませんか?…どうかな?金田一耕助の孫:金田一くんと…神津恭介の孫娘:神津くん…」
もちろん、綺世はこんな賭けをするつもりはない。
すぐに否定の言葉を放とうと思ったのだが…その前にはじめが小さく呟いた。
「…気にいらないな…」
「え?はじめちゃん…」
「何だと?」
明智は呆気に取られたような表情を浮かべる。
はじめは明智と視線を合わせない。気分が悪い時のように俯いたまま続ける。
「確かにあんたは頭が良い。その若さで警視になれるからな…。だけどな、人を見下し…自分が最も頭が良いと勘違いしてるあんたは、いずれそれが原因で足元をすくわれると思うぜ?」
この言葉は明智の高いプライドを刺激した。
「別に勝負したければ勝手にやってろ、俺はどうでもいい。だけど、この事件の犯人は、俺
最後の言葉は、明智のプライドはおろか、自分自身を否定されたような感覚だった。
すぐに睨みをはじめに向けるが、逆に微笑を溢した。そのまま懐に手を入れると、警察手帳を地面に放り投げた。
「賭けの代金はこれだ、剣持くん」
放り出された警察手帳に剣持も顔を青くした。
つまり…負ければ、剣持は警察官の資格を失うということだ。代償があまりに大きすぎる賭けに剣持は、十数秒立ち尽くしたが…同じく懐から手帳を取り出した。
「良いでしょう!その賭け、乗ってやりますよ!」
それを見た明智は再び笑みを浮かべて、はじめたちに背を向けた。
すぐに本館へと戻ったはじめたちだったが、まず最初にはじめの耳に入ったのは綺世の怒声だった。
「なんであんな賭けに乗ったの!?」
「…あそこまで馬鹿にされ…舐められて、乗らない方がおかしいだろ」
「でも…」
「正直、俺もあの嫌味野郎はいけ好かないから、この賭けには乗ろうと思ってた。だがこの賭けはお前らにかかってるぞ!金田一、神津くん!俺には嫁とガキ3匹の生活がかかっているんだ!」
「そいつは大変だな…。安心しろ、この事件は絶対俺たちが解決する。そのために…響さん、あの夜の映像を見せてください」
はじめたちはモニター室へと移動する。
そこではじめと綺世が二人きりになり、映像をひたすら凝視する。別館で何度見ても違和感を見つけられなかったはじめは、ここでならヒントを貰えるのではないかと思っていた。その手伝いで綺世にも同行してもらっている。
「こんな短い映像で何が分かるのよ…」
「その糸口を見つけるんだよ…」
綺世の愚痴を聞きながらも、映像を見続けて1時間…。
ふと、綺世が何かに気付いたように呟いた。
「ねえ…この雪夜叉が立ち止まって、右の絵…。今置いてあるのと違う絵じゃない?」
それを言われたはじめはゆっくりと、その絵画の部分をアップにする。
そこにはこの山荘の主:氷室一聖の自画像が飾られていた。だが、今朝そこにあったのは、風景画に変えられていたことをはじめは覚えていた。
「なるほどな…」
「でも、どうしてそんな肖像画を…。売れると思って?」
「殺人中にそんなことをするはずがない。恐らく、犯人に繋がる“何か”があの絵にあったんだ」
はじめはそのまま画面を切り替えて、丁度肖像画が真正面から見えるものを映し出した。
今度はそれを凝視し続けること2時間…。先に音を上げたのは綺世だった。目元を抑えながら、部屋から出て行った。それでもはじめは注意深く…じっと見詰める。
すると、綺世が出てすぐにまた扉が開く音が聞こえた。はじめは綺世が戻って来たか…それとも忘れ物でもしたのかと思った。だが、入って来たのは予想外の人物だった。
「はい、コーヒー」
「ああ、ありがとう………ブフッ‼︎」
はじめが一瞬吹きそうになる。
何故ならこの温かいコーヒーを淹れてくれたのは、綺世ではなく…速水玲香だったからだ。
「れ…玲香ちゃん…どうしてここに…」
「え?疲れているんじゃないかなあ、って」
いつもは冷静沈着なはじめも、玲香の前ではどうにも落ち着けなかった。
昨日の昼間のロケで、はじめは玲香に衝撃的な行動を取られてしまったからだ。
彼女から頂いたコーヒーを口にしながら、氷室一聖の肖像画に再び視線を戻したが、横でじっと見つめて来る玲香のせいで集中力が続かない。
すると…玲香が口を開いた。
「ねえ…金田一くん、私のこと、覚えてる?」
「…え?な、何のこと…ですか?」
自然と敬語になるはじめに、玲香は少し焦ったような表情になった。
「え?本当に覚えてないの!?」
「だから何のこと?あの時も急にあんな行動取って…どうゆう…」
「…どうして」
今度は打って変わって、また泣き出す玲香。
非常に面倒くさい展開にはじめは嫌になる。息を大きく吐いて、彼女に改めて優しく聞くことにした。
「あの…俺にも分かるように、一から説明してくれ」
「うん…分かった」
玲香も突然泣き出して、はじめに迷惑をかけたと思い、目元の涙を拭うと語り出した。
はじめと玲香の関係に関して。
「金田一くんは忘れてるようだけど、実は私と金田一くんは…幼稚園で出会っているの」
「え」
玲香の言うことに、はじめは思わず絶句した。
「で、でも…確か玲香ちゃんは幼稚園の頃から劇団に入ってたって聞いたような…」
「その直前に幼稚園には行ってたの!…2ヶ月だけだけど…。私が虐められたところを助けてくれたじゃん!」
それを言われて…はじめの中で深く眠っていた記憶が呼び起こされる。
ー13年前ー
はじめは幼稚園の頃から無口で…大体のことが何でも出来る要領の良い子供だった。そのお陰か、同級生からは『天才』と呼ばれ、周りの大人も彼を贔屓するように褒め称えていた。だが、はじめはそんな環境が嫌だった。そのせいか、徐々に無口になっていき…今に至るわけだ。
年中の頃には綺世を除いて、口を聞く者は皆無だった。
そんな時だった。
はじめは校庭の片隅で、女の子に手を上げる奴らを見かけたのだ。
女の子は同じくま組だってことは覚えていたが…名前は把握してない。第一印象は、とても可愛いということだけだ。それが原因かどうかは分からないが、彼らは玲香を囲み、今にも拳を振り上げそうな雰囲気だった。
厄介ごとに巻き込まれたくないはじめは、最初そのままスルーしようと思ったのだが、微かに聞こえた女の子の声に足が止まった。
「いやだ…ごめんなさい…許してよお…」
ふと振り向くと、涙で泣き
溜息を吐きつつ、取り巻きの1人の肩に手を置いた。
「おい、やめなよ?泣いてるだろ?」
「なんだよ!おまえには関係ないだろ?」
「…先生に言っても良いんだぞ?」
奥の手『先生に言う』を告げると、取り巻きは散り散りになった。
はじめはすぐにこの場を離れようとしたのだが、女の子ははじめの服をちょこっと摘んで引き止めた。
「あ、ありがとう…でも…どうして?」
「…理由なんて、ない。ただ泣いてる子を見たから」
「…名前、教えて?」
「金田一はじめ…」
はじめはそのまま女の子の前から姿を消した。
だが、女の子は…好奇の目をはじめから外すことなく、見詰め続けているのだった。
「まさか…あの時の女の子が…玲香ちゃん?」
「そう!思い出した!?」
思い出したには思い出したはじめだったが…1つ心の中でツッコミを入れていた。
(そんな事を一々覚えている訳ねえだろ‼︎)
だが彼女にそんな冷たいことは言えない。
玲香がはじめに向ける視線は、キラキラと輝いており…テレビで見ている以上に女の子っぽさを感じることが出来る。
(これが…アイドルではない本当の速水玲香…か)
数秒、2人は目を合わせたまま固まってしまい、すぐに我に返ったのかお互いに顔を逸らした。
「………」
「………」
恥ずかしさから言葉を発することも出来ない2人。
はじめはついまだ熱を持っているコーヒーを一気に啜ってしまい、「あちっ!」と声を上げた。
「大丈夫!?」
玲香が心配してはじめに声をかけたと同時に、焦ってビデオのボタンを押してしまう。映像は氷室一聖の自画像から、再び殺害現場の廊下へと変わる。
「ああ!ごめんなさい!私…!」
焦りに焦る玲香にはじめは溜息を吐く。
もう一度肖像画の映像に戻そうとした時、“それ”を見つけた。リモコンを手に取って、映像を止める。玲香は突然の行動に「ど、どうしたの?」と不安そうに問いかける。
「分からないのか?」
「何が?」
「廊下の奥の窓、見えるだろ?」
はじめが言ってから、玲香は映像の奥を凝視する。
そこにはオレンジ色に輝く炎の形状の光が見えたのだ。
「これがあの老人が言っていた鬼火…なのか?」
光にしてはあまりに大きく、明るい『鬼火』に魅入るはじめは、これの正体を確かめるために部屋から飛び出すはじめ。それを急いで追おうとする玲香も部屋から出るが、そこには綺世が寂しげな表情で立っていた。その手にはコーヒーが2つ、お盆に乗っていた。
「綺世、お前…」
「綺世さん…いつから…」
「……今来たところだよ?はじめちゃん、コーヒー…」
「悪いけど、今はそれどころじゃないんだ。綺世も来い!」
はじめはそうは言いながらも、綺世の淹れてくれたコーヒーを一気に飲み干すと、彼女の手を掴んだ。
「え…ちょ…」
「急いで剣持のオッサンに鬼火の事を伝えるんだ!絶対に事件に関係あるからな‼︎」
急転直下の現状に綺世と玲香はついて行けない。
それでも綺世は先に自分が必要とされたことに、少しだけ心がホッとしていた。ただ…その後ろで胸に手をギュッとして、悔しそうにする玲香の姿もあった。