すぐにはじめは剣持と合流して、もう一度老人が見た鬼火について聞きに行った。老人が言うには、彼は朝方に別館と本館の間を隔てるように流れる背氷川の中腹で見たと証言してくれた。そこから映像で見えた鬼火を重ね合わせると…丁度川幅が1番狭くなっている箇所で鬼火が見えたということが分かった。
そして、その目撃場所に到着したはじめたちだったが、調査するのは一苦労掛かりそうな場所だった。吹雪が荒れ狂い、視界は最悪だった。そして谷の間を流れる川は激流で、ここで何かしようと思い方が無謀だと思える程だった。
「すんごい濁流だ…ここに落ちたら寒さも相まって助からんぞ?」
「ああ…だけど、向こう側まで約5m…何も出来ない距離ではない」
すると、後ろで玲香が何かを思い出したように「あーっ‼︎」と声を上げた。横にいた綺世は溜息を吐き、「うるさいわね、静かに思い出しなさいよ」と言った。玲香はムッと表情を変えながらも、思い出した内容をはじめに言う。
「大門さんですけど、走り幅跳びで国体にまで出たって自慢してました‼︎」
「何ぃ!?」
もしそれが本当ならば、彼にはアリバイが無くなると思った剣持だったが…はじめはすぐに否定した。
「おいオッサン…そんなの出来るわけねえだろ?」
「は?なんだと?」
「そうですよ。こんな整備されていない雪道を、ましてやこの氷点下で分厚い防寒具で飛び渡るなんて不可能ですよ。…そんなことも分からないとは、アイドルもおバカね」
玲香を貶すように言う綺世にはじめは少し反応したが、すぐに視線は真下を流れる川へと移った。
「…どうにか下へ降りれたら良いんだが…」
「危険よ!こんな吹雪の中で!」
止める綺世を他所にはじめは車の中に戻り、ロープを持って来た。
ガードレールに手早くロープを結びつけると、谷の底へと落とす。
「ほ、本当に行くの?はじめちゃん…」
「ああ…オッサンの家庭を潰す訳にもいかねえしな」
剣持は「うんうん」と頷く。
はじめと剣持が先頭で降りて行くと、今度は玲香が降りようとする。
動こうとしない綺世を見て、今度は玲香が綺世を挑発する。
「こんなことで怖がるなんて…大したことないのね」
「…言ってくれるじゃない。幼稚園の頃は、ただ泣き喚いているだけの泣き虫だった癖に」
それを聞いた玲香は降りる前に、その言葉に反応した。何故ならはじめが覚えていなかった玲香の過去を、綺世がきちんと覚えていたからだ。
「…知ってたの?」
「はじめちゃんとの会話を聞いてたの」
「盗み聞きなんて…サイテー」
「何とでも言いなさい」
綺世はそのまま玲香の横を通り過ぎると、ロープを握る。そうしてはじめたちと共に谷底に降りたわけだが…そこはゴミの巣窟だった。ペットボトルや空き缶が至る所にあり、田舎の川にしては汚いという印象だった。探索を続けていると、上空から甲高い声が吹雪に混じって聞こえて来た。
上を向くと、玲香がロープに掴まって悲鳴を上げていたのだ。高さに怖がっているのか、降りれられずにビクついているのか分からないが、はじめと綺世は溜息を吐く。
「しょうがねえ奴だな…。本当に口だけだな」
「本当…情けない」
「全く…最近のアイドルは何を考えているんだ?」
3人から呆れた声が聞こえると、玲香はロープに必死に掴まりながらも怒りの声を上げた。
「何よ‼︎私も手伝ってあげようと思ったの…にッ!?」
その時だった。玲香がロープを掴み損ね、見事に落下したのだ。その真下にははじめがいるのに…。
「え…」
「キャアアアアアア!」
玲香の甲高い悲鳴が聞こえたかと思えば、はじめの身体に思いっきり衝突する。そのまま雪の中に埋もれるはじめに、玲香は謝罪する。
「ご、ごめん金田一くん…!私のせいで…!」
「…気にするな…。それよりも…早く降りてくれ…。寒いし…重い…」
くだらない茶番に綺世は付き合いきれず、川の中をふと見た。
「ん?あれは…」
綺世が見えたのは、岩に引っ掛かって川の流れに沿って揺らめく『何か』があったのだ。木の棒を取り、それを取ろうとするが…綺世の腕が短くて中々に取れない。無理して身体を川側に出して取ろうとした時、雪に足を取られて滑る。
「あっ!」
そのまま川の中に落ちてしまう寸でのところで、はじめは彼女の腕を掴み、彼の胸に引き寄せた。その光景は傍から見れば、一瞬お互いに抱きついているようにも見えた。アクシデントから生まれた状況だったが、綺世にとっては玲香に見せつけることが出来て、やったりという表情を見せつけた。
「お前みたいなチビがアレに届くわけないだろ。ほら貸せ」
綺世の中でブチッと何かが切れる音が響いたが、ここで憤怒しても仕方ないため、綺世はゆっくりと息を吐きながら木の棒を渡す。
今度は腕の長いはじめが川の中から拾い上げたのは…長いロープだった。
「そいつは!?」
「ああ…どうやら、お宝を見つけたようだぜ」
彼らが谷底で探索している最中、双眼鏡で観察する明智。彼ははじめたちがアリバイ崩しの証拠を見つける事を見越していたのだ。
「この寒い中ご苦労なことだ…。だけど、私の推理には役立ってくれそうだ」
そうやって、明智は嫌味らしい笑みを小さく浮かべるのだった。
見つけたロープは長さ8mはあり、簡単には切れそうにはない。中程には少し焼けた跡があり、これが鬼火の正体だと思った綺世だが…はじめの表情は冴えない。
「金田一!よくやったな!これで加納殺しのアリバイは崩したも同然だ!」
「…ああ」
「どうしたの、そんな冴えない顔をして…。折角証拠を見つけたのに」
「…確かにこれで谷を渡ることは出来るだろう。だけど…これがどうやってあんな馬鹿でかい鬼火になるんだ?」
綺世は言われてハッとする。
あの映像から見えた鬼火の大きさは少なくとも1mの高さまで炎が上がっていた。仮にロープを燃やしたとしても、あそこまで大きな炎になることはない。
「確かに…」
「金田一…考え過ぎだろ?車のライトが炎と見間違えたんだろ?」
「………」
はじめはそう言われても納得することはない。
そのまま冷えた身体を温めるために自分の部屋に戻り…ベッドに横たわる。そのまま未だに吹雪く外を窓から眺めていると、そこに綺世が入ってくる。
「納得していないようね、はじめちゃん」
「ああ…まあな」
「…じゃあ、私から一つ、あの肖像画について分かったことを教えてあげようか?」
その言葉に一気にベッドから起き上がった。
「分かったのか!?あの肖像画の違和感に!」
「ええ、教えてあげなくもないけど…」
綺世は大胆にもはじめの鼻に指を当てた。
突然の行動にはじめは口が開かない。綺世を見ると、少し顔も赤くなっているように見えた。
「あれはね…」
その時、扉が勢いよく開く。それと同時に綺世は恥ずかしそうに、はじめから離れる。
「金田一‼︎大変だ‼︎」
「ど、どうしたんだよオッサン…」
「比留田が…!」
剣持の後をついて行くと、既に人集りが出来ていた。
周りには血が付いた万札が散らばり、凶器の斧も捨てられていた。そして…部屋の中では後頭部を一撃で割られた比留田ディレクターの変わり果てた姿があった。
「こいつは…!」
「…一足遅かったです。もう少し早く気付けば…彼の死を避けれたかもしれません。みなさん、今すぐ集まってください。これから…犯人を突き止めてあげましょう」
この発言に剣持は「何ぃ!?」と声を上げた。
それと同時に明智ははじめに向けて、不適な笑みを浮かべた。
「どうやら…『賭け』は私の勝ちのようだね、金田一くん!」
食堂に集められたはじめたちだったが、唯一来ていない人物がいた。
それはこの山荘の持ち主である氷室だが…それを明智は問題としてなかった。しかし、剣持はそれすら気付かないくらい落ち着いていなかった。それもそのはずだった。はじめよりも先に犯人を見つけたと言い出したのだ。仮に合っていたら…剣持の首は飛ぶ。
「おい!金田一…大丈夫なんだろうな!?」
「…さあな。明智警視の話を聞いてみない限り…」
最後に明智が食堂に入って来たが、その表情は傲慢不遜と呼べるものだった。
「では…集まったようですね。単刀直入に言いましょう!今回の殺人事件の犯人は、この山荘の主:氷室画伯です!」
「なんだって!?」
全員が驚く中、綺世だけピクッと反応する。
「彼が何故自分自身の自画像を持ち去ったのか…それを考えれば分かることです」
「どういうことですか?」
「簡単なことですよ、この山荘にいる氷室画伯は…ニセモノだからですよ」
明智が導き出した答えにはじめも含めて驚愕する。
「彼がニセモノだという証拠が自画像にあるんですよ」
明智が続けて言おうとした時、綺世が口を開いた。
「ボタンの位置…ですよね」
「…気付いていたんですね。その通りですよ」
明智は例の肖像画を見せる。そこに描いてある氷室画伯が着ている服装は右前でボタンが止められていた。
「私たち女性の服のボタンは右前に止められ、男性は左前になる。だけど、この絵の氷室氏は女性用の服であるはずの右前のボタンがかけられている」
「この事から何が言えるのか…金田一くんは分かるでしょう?」
「…鏡か」
「その通りです」
明智の笑みは全く収まらない。その姿に綺世はイラつきが増すばかりだが、はじめは至って普通の表情だった。
「この絵は鏡に写った自分を描いたものなんです。つまり氷室画伯は…左利きというわけです」
それを言われて剣持はハッとする。剣持と明智が氷室を事情聴取した際に、扉のノブを開けるために使った腕は、右手だったのだ。
「しかしこの山荘の氷室画伯は右利き…!」
「そう、これではいつかニセモノだとバレてしまうため、あの自画像を始末したのです」
「だ、だとしても…!そのニセ氷室が加納たちを殺害する動機は…」
「あるんですよ、これが」
明智は懐から数枚の資料を取り出し、はじめに渡した。
そこには氷室一聖のプロフィールと10年前に起きた飛行機墜落事故に関する記事と情報が載っていた。はじめも少し気になって調べてはいた。氷室は極端な人間嫌いで、飛行機事故の数少ない生存者で…それ以来この山荘でひっそりと暮らしていることも。
だが…重要なのは氷室を助けた『者たち』だった。記事には3人の男女が氷室を死の淵から助けた時の写真が飾られていたのだが…。
「!これは…殺された加納、明石、比留田だ!」
「何だと!?」
「そう…つまりあの飛行機事故で本物の氷室一聖は死んだ。しかし替え玉を作り、絵画を売ることで莫大な資産を手に入れていた。まあ、今回の殺人はその金を独り占めにするための反抗でしょう。さ、あとはご本人から聞こうじゃありませんか」
明智を先頭に全員で氷室の部屋に赴いたが、鍵は閉まり返答はない。
「…こちらも手荒な真似は避けたいのですが、仕方ありませんね」
明智は扉を蹴り上げて、部屋の中に強引に入る。
すると目の前には
「…死んでます」
剣持の確認の後に、綾辻が不意に声を上げた。
「刑事さん!あれ…!」
綾辻が指差す方向にはフローリングに落ちている鍵があった。
「この部屋の鍵ですか…。中から掛けれられていたことを考えると…自殺でしょうか?」
明智は更に氷室の机の上に置いてある遺書に目を向ける。
そのまま遺書を読み上げていく。
分かったことは、ニセ氷室の本当の名前は水沼と言い、10年前まではメイク係を担当していたこと。そのメイクと体格が似ていたことを利用して氷室になりすまし、莫大な遺産を4人で分け合っていた。しかし水沼は金を独り占めにするために、加納たちをこの山荘に呼び出して殺害していった。だが、明智が事件の真相を解明してしまい、逃げ切れないと思い…自ら死を選ぶ…というところで終わり、1番下には直筆で【氷室一聖】とサインしてあった。
これを見た明智は溜息を漏らした。
「最後まで氷室画伯になりきろうとするとは…哀れな男だ。…さて、事件は私が解決しました。“約束”は守って貰いますよ?剣持くん」
明智はスッと剣持の懐に入ると、警察手帳を抜き取った。
「経験を積んでいるのかもしれませんが、それを実践に活かせなければ意味がない。時間をドブに捨てているだけなんですよ!剣持くん」
そう言われた剣持は悔しそうに歯を噛み締めていた。
更にはじめに向けても嫌味をこれでもかと言い放つ。
「これで分かったでしょう、金田一くん。子供が事件に突っ込むようなものではないと。これからは無様な姿を晒さないように、大人しくしていることですね」
綺世は明智の物言いに再び怒りが爆発しそうになったが、はじめが綺世の肩を掴んで止める。明智は勝ち誇ったような表情のまま、氷室の部屋から立ち去っていく。
はじめの表情は…ずっと変わらずだった。