明智は自分が勝利したことに満足して先に就寝したが、未だにはじめたちは食堂に残っていた。
もちろん、玲香や綺世は相当に怒っており…その横で剣持は愕然と項垂れていた。しかし、いつまで経ってもはじめの表情は飄々としたまま変わることはない。
ふと…綾辻がはじめたちに聞く。
「ねえ…金田一くんは本当にあの絵に関しては気付かなかったの」
「ああ、綺世は気付いていたようだがな」
「はじめちゃんは服に関しては、恐ろしく弱いからね…。だけど、納得していないんでしょ?」
その発言に剣持の顔が漸く上がる。
「お、おい…納得していないって、どういうことだ?」
「そのまんまだよ、オッサン。明智さんの推理に納得していないんだよ」
「し、しかし…ニセ氷室が死んで、遺書まで…」
「まだ解けていない謎が1つ残ってるんだ」
「『鬼火』…でしょ?私もまだ納得していない。あれが何だったのか…」
「あれは車のライトでもない。…俺の推測が正しければ、あの鬼火が…事件を解く重要な手掛かりになるはずなんだ!」
はじめはその勢いで立ち上がると、氷室が死んでいた部屋へと足を進めた。そして、すぐに部屋の中を物色する。既に明智と剣持が散々に調べ尽くしたようだが、はじめと綺世は納得するまで探すつもりだった。
だが、後ろにいる剣持は半ば諦めたような表情だった。
「金田一…俺の気遣いは分かるが…もう…」
「オッサンの気遣いなんかじゃねえよ」
「へ?」
はじめの回答に剣持が間抜けな声を出す。
それに同調して綺世も厳しいことを言う。
「それと私たちは剣持警部が勝手に賭けに乗ったのであって、正直どうでもいいの」
「お前ら…そこまで酷い奴らだったのか…」
警察手帳を取られたショックも相まって、涙を溢しそうになる剣持。
「だけど、ここで引き下がると…俺たちは本当に『負け』を認めることになる。明智警視ではなく…真犯人にな」
すると綺世が引き出しから立派な箱の中に収まるハサミを見つけた。
「全く…お金持ちの人って、どうして一般的なものまで高く買おうとするのかしら?」
「それが金の魔力って奴だ。実際…加納たちも氷室の死体を見つけても、最初に思い浮かんだのはお金…全く人間とは思えねえぜ…」
「本当ですね…」
そんな会話をしていると、はじめがこう言った。
「どんなにゲスでも…どんなに許せない奴だったとしても、俺は人を殺すことはもちろん…傷付けようとすることも許さない。だから俺は、明智警視に勝つことを目標に抗っているんじゃない。真犯人を見つけるために抗っているんだ」
「…そうね。頑張らないと」
綺世が箱にハサミを戻そうとした時、はじめの目が光った。
「綺世…そのハサミ、見せてみろ」
「え?ただのハサミよ?」
綺世からハサミを受け取ったはじめは気付く。
更にハサミを入れていた箱にも手に取ってみると…恐ろしいことがはじめの頭の中で構築されていく。
「そうか…これだ…。これが明智警視の推理を覆す突破口だ!」
「はじめちゃん…?」
「綺世!お前にはあの飛行機事故の生き残りに関して、調べられるだけ調べてくれ‼︎」
「そいつは俺がやろう。
「オッサン、その意気だぜ」
はじめはそのまま部屋から飛び出して、例の谷が極端に狭くなっているところへと足を進めた。慌てて追う綺世だが、あまりの寒さに凍えてしまいそうになる。
「はじめちゃん!何を探しているの?」
「俺にも分からない。だけど…何かを探すんだ。そうすれば…」
「ここじゃ何も見つからないわよ!…一旦、加納さんが殺された別館に行かない?現場をもう一度1から見直すのも悪くないと思うけど?」
「…そうだな。綺世、お前は部屋に戻れ」
「な、何で?」
「身体が震えているし…それに…ぷっ…」
唐突に笑い出すはじめに綺世は怒る。
「な、何よ!何が可笑しいの!?」
「笑っちまうよ、だって鼻水が凍って…………」
そこではじめの言葉が止まる。
「う、嘘!?嫌だ!恥ずかしい‼︎」
綺世ははじめに見られたくないと顔を隠すが、はじめは見るつもりもない。何故なら…彼の頭の中で漸く欠けていたパズルのピースがはまったのだ。
加納殺しのアリバイ、何故明石が雪だるまに隠されていたのか、ニセ氷室の密室の謎…。全てが一本の線に繋がっていく。
「そうか……分かったぞ…川に残されて少し焦げたロープ、明石が握っていた飼い葉、一瞬で凍る水…これらを組み合わせれば…」
「はじめちゃん…さっきから何を…?」
突然ブツブツと勝手に話し始めるはじめに恐怖すら覚えそうになる綺世だったが、彼の瞳が確固たるものに変化していることに気付き、察した。
「はじめちゃん、もしかして…!」
「ああ、謎は…全て解けた」
はじめはそれと同時に駆け出した。
「ちょ、ちょっと‼︎どこ行くの!?」
「俺は『作業』に行く‼︎綺世、お前は部屋に戻ってろ!」
「わ、私も手伝…」
「余計なことを考えているだろ?玲香ちゃんのことか?」
思わぬところで出て来た玲香の名前に綺世はピクリと反応する。
「…玲香ちゃんに関して考えていて、お前の思考も行動も少し鈍っている。俺が準備している間にケリをつけてこい。どうせ…話したいことが山とあるんだろ?」
それだけ言って、はじめは一旦山荘本館へと戻って行った。
綺世は少し吹雪の中で立ち尽くす。
「…やっぱり、はじめちゃんに隠し事は出来ないか…」
確かに綺世は肖像画の秘密に関しては解くことが出来たが、それ以外はサッパリだった。考えようにもはじめと玲香の2人が視界に入る度に、余計な思考が働いてしまうからだった。
「………」
綺世が足を踏み出した時、その表情に迷いはなかった。
気が付けば…玲香の部屋の中に立っていた。かなり遅い時間ではあったが、玲香はまだ起きており…というより、綺世が来ることを待っているかのようだった。
「こんばんは!」
それでも玲香の態度や表情はいつも通りだった。
まるで女優を相手にしていると勘違いしかける綺世。
綺世は少し会釈して、玲香の部屋の椅子に腰掛けると、玲香はベッドに背中を預けて床に座る。
先に口を開いたのは玲香だった。
「金田一くんは?」
「何か…作業しているみたい」
「ふーん…金田一くんの普段って、どんな感じなの?」
玲香の思わぬ質問に綺世は一瞬言葉に詰まったが、彼女は感じているままのはじめについて語り出した。
「玲香ちゃんも知ってるだろうけど、普段は無口で…面倒くさがりで、口も悪い。だけど…」
「推理を始めると…俄然格好いい、かしら?」
「…そうね。推理だけじゃなくて、何でも真面目に打ち込むはじめちゃんは格好いい」
その言葉を聞いて、玲香は「いいなあ」と天を仰ぎながら呟いた。
「長い間ずっと一緒で…そういう気軽に話せる人がいるのって」
「玲香ちゃんだって、周りに素晴らしい人ばかりいるじゃ…」
「みんな格好ばっかりよ!」
この時の玲香の口調は、いつも以上に怒りが込められていた。
言ってはいけないことを言ってしまったのかと不安になる綺世。
「本当に信頼出来る友達なんて…いないのよ」
「ボーイフレンドとか…女子同士の親友もいないの?」
「うん…この業界じゃ…ね」
玲香の表情は信じられないくらい寂しげなものだった。
いつもの明るく健気な彼女とは思えないほどのもので、彼女がはじめにベタベタするのも、そういう気軽に話せる人、頼れる人がいないがための行動だったのかもしれないと思えた。
「ねえ、綺世さんは…金田一くんのこと、どう思ってるの?」
「わ、私は……」
その時。
耳を
思わず耳を塞ぐ綺世たちは、急いで廊下に出てみると…そこには金属板に爪を立てて無理やり全員を起こそうとしているはじめの姿があった。
「起きろ〜‼︎今すぐに起きるんだ‼︎」
「は、はじめちゃん…!」
「金田一くん!?」
彼の姿は酷いものだった。
頭は雪まみれ、顔は雪焼けで赤くなり…手は見ても分かるくらいに震えている。余程の作業をしていたと分かる程の惨状に綺世ははじめに問う。
「どうしたの!その格好!」
「あ、ああ…大丈夫だ…。極寒の中で死にかけただけだ…」
((全然大丈夫じゃない…))
この時だけは綺世と玲香は同じ思いだった。
金属板の音に起こされる全員は、目を擦りながらはじめの方を睨む。同じように勝利の余韻でぐっすり寝ていた明智も、少しイラつきを見せた表情で金田一に文句を言う。
「何なんですか、こんな早朝に…」
「まあ、そう言わずにさっさと服着替えろよ。俺が本当の犯人を当ててやるからな」
「何だと!?」
明智は少し動揺した表情を見せる。
その表情ははじめにとっては傑作ものだった。
「初めて動揺した姿を見せたな。さあ、みんな来るんだ。この事件の真相を語ってやる。この悲しくも禍々しい…雪夜叉伝説の謎を…」
明日、解決編投稿予定