歌島に到着してすぐに出迎えに来たこの島の持ち主兼オペラ座館のオーナー:黒沢和馬氏が来ていた。しかし、そこではじめたち一行は黒沢氏の左頬に刻まれた傷跡に少し魅入ってしまった。
「ようこそ、歌島へ。ご案内しますよ」
だが、その異様な傷跡を除けば活気な男性、というのがはじめの印象だった。
自分の荷物を持とうとしたはじめだったが、その前にドサドサと大量に荷物が置かれる。
「・・・・・」
「はい、はじめちゃんの仕事よ。まあ女子の荷物を持つのは、男の仕事よね?」
そのまま黒沢氏の後を追っていく綺世に対して、小さな声ではじめは呟く。
「…ちきしょう…覚えてろよ…」
「本当に…厳しい女だよなあ」
そこに同じく荷物を抱える男性がやって来る。荷物の分担が出来るのは助かると思いつつ、はじめは大量の荷物を運びながら彼女について話し出す。
「厳しいのは俺だけだよ…。全く何が楽しいのやら…」
「それは気があるから…とかじゃないかい?」
その声が聞こえた綺世は、ピクッと反応して後ろで聞き耳を立てる。
はじめが何を言うのか、期待していたのだが…。
「あいつが?そんなわけないだろ。ド真面目な綺世が恋愛に興味あるなんて、到底思えないな」
「っ」
思わず更なる怒号を浴びせかけそうになった綺世だが、ギリギリのところで思い留まる。
ここで怒っても意味がないと、言い聞かせて…。
「ふーん、あ!自己紹介遅れた!俺、有森って言うんだ。演劇部で小道具係をしてるんだ」
「小道具ってことは、劇の役はなしか?」
「ああ、でもそっちの方が楽だからね」
はじめにとって、あまりどうでもいい話をしながら木々の間に出来た即席の道をオーナーの先導で歩いていく。そして…到着した洋館に全員が思わず言葉を失った。
彼らの目の前に鎮座する館からは、何とも言えないオーラが放たれていた。まるで一昔前にタイムスリップしたかのように、年季の入った洋館がそこにあったのだ。
「こ、こいつはすげえ…」
「まるでオカルト映画に出てくる洋館じゃん!」
「ほう…こいつは中々な代物だな」
珍しくはじめが洋館に圧倒されているのを見て、綺世は得意げに自慢する。
「私がこの場所をセッティングしたの。合宿するに相応しい場所を」
「…やるじゃねえか」
黒沢氏に促されるまま、中に入ると改めて「ようこそ、オペラ座館へ…」と歓迎された。
外観だけでなく、内観も綺麗にされており、雰囲気も絶妙に醸し出している。
「この館は、以前は明治時代の資産家の別荘でした。それを私が買い取って、ホテルとして泊めれるように改良したんです。ここには私を含めて、従業員は数名しかいません」
黒沢氏の説明を受ける一行だが、はじめは感じていた謎を彼にぶつけた。
「黒沢オーナー、確かにこの館はかなりの年代ものだけど…それだけで『オペラ座館』と呼ぶには、ずいぶん誇張しすぎではないですかね?」
その質問を聞いた黒沢氏は一瞬驚きの表情を見せたが、すぐに「ははは!」と感嘆したかのような笑いを見せた。
「鋭いですね、金田一さん。神津さんがここを選んだのは、何もこの館の雰囲気だけじゃないんですよ」
「え?」
「みんな、荷物を置いたらロビーに戻って。見せたい場所があるの」
綺世はそう言いながら、はじめたちに部屋の鍵を渡す。
はじめは綺世を少し捕まえ、耳打ちで「なんでこんな面倒な場所で合宿することにしたのか…そろそろ教えてもらおうか…」と呟く。
「そうね、まあすぐに分かるわ」
それだけ言って彼女は自分の部屋に戻ってしまう。
はじめはその場で深いため息を吐くのだった。
何故か黒沢氏ではなく、綺世を先頭に一行はとある場所に着く。
薄暗い大きな空間、最初は何か分からず戸惑うばかりだったが、黒沢氏が照明を付けた途端…ほぼ全員から驚嘆の声が響いた。
そこに広がっているのは豪華な劇場だった。照明も席も音響装置も全てが整った豪勢な劇場に、全員が魅入る。
「あの館を作った資産家は大の演劇好きで、わざわざ作ったんですよ!」
黒沢氏の説明を聞いたはじめは納得したように綺世の方を見る。
「なるほど…これが本当の理由か」
「そう!ここまで整った劇場を用意することは中々出来ないからね」
「雰囲気も相まって、モチベーションも上がる…というわけか」
館の紹介が終わり、緒方先生が手を叩いて、みんなに練習をするように声をかける。
その間にはじめは劇場を出て、外を歩き回っていると…岬に小さな墓石が立てられているのを見つけた。気になり、歩み寄るとそこには少し枯れた白いユリが数本置かれていた。
(こんなちんけな島で誰か亡くなったのか?)
「気になりますか?」
不意に背後から聞こえた黒沢氏の声に思わず、勢いよく振り返る。
「驚かせてしまったようですね、申し訳ない」
「いえ…こちらこそ…」
黒沢氏は新たな花束を手に持っていた。
そして枯れたユリを拾い、新たに持ってきた花束を墓石の前に置いた。
「娘の墓です…」
「…そうだったん、ですか」
「娘は女優志望でね…。ようやく卵がヒナになろうとしていたところで…」
はじめは何があったのか、何も聞かなかった。しかし、その代わりこんなことを聞いた。
「オーナー、何故俺たちにこの館と劇場を?」
「いえいえ、あの劇場も相当ガタが来ているので、近々取り壊す予定なんですよ。最後に若々しい彼らに使って頂けたら、劇場も喜ぶことでしょう」
そう言う黒沢氏の顔は複雑な表情だった。
静かに墓石を見詰める2人に大きな声がかかった。
「おーい!!そこでサボってないで、早く音響係の仕事をしろー!!」
綺世の声がかかり、はじめは黒沢氏に軽く会釈して戻って行った。
その後ろでは黒沢氏は、自分自身で傷つけた左頬の傷を…ゆっくりと触りつつ、徐々に風が強くなっていく大海を見詰めるのだった。
「……そこにいるのは誰?いつまでもこんな所にいると『
「『
「そうよ、この劇場は彼の住処なの」
「なら今夜現れるとするか…」
そこで黒いマントを羽織った仮面の男がカルロッタという女優の役に扮した日高織江に振り向いた。
「その『
「きゃあああああああ!!!」
「ちょっと待って!!」
そこで緒方先生が一旦劇を止める。日高の悲鳴に関して苦言を申しているようだ。
はじめは近くの席に座りながらも、ここで10番の音を流すことを覚えていた。だが…そんなことよりもはじめは黒沢氏が見せたあの表情が忘れられず、あまり劇の方を見ていなかった。
その様子を見た綺世はこつんと俺の頭を叩いた。
「きちんと劇を見て覚えなさい、当日はトラブルとか色々あるだろうし」
「分かってるよ、そんなこと…」
すると、後方からいくつかの箱を抱えた有森が降りてきた。そして、暇そうに欠伸しているはじめと、それに怒る綺世に「ちょっと二人とも…!」と声をかけた。
「小道具の整理を手伝ってくれないか?数が多くて…」
「…はじめちゃんがやりなさいよ。もう完璧なんでしょ?」
「…ったく、分かったよ」
はじめが1つの箱を取ろうとした時、1つのナイフが綺世の足元に落ちる。
「きゃっ…気を付けてよ!」
「何ビビってんだよ、本物なわけねえだろ」
はじめは落としたナイフを拾うが、途端に驚く。
そのナイフの重さ、質感が全て本物そっくりに作られていたのだ。
「え?それ、偽物なの?」
「ああ、こいつは俺も苦心したよ。こういう小道具が演劇の質を上げるんだ」
「どうして演劇部のお前が知らないんだよ…」
そうツッコんでいると、突然大きな怒声と本物の悲鳴が聞こえた。
何が起きたのかと舞台の方を目を向けたはじめと綺世の視界には尻餅をつく日高とその彼女に対して喚き散らす早乙女が立っていた。この状況を見る限り、早乙女が日高を突き倒したのだろう。
「早乙女、やりすぎだ!」
「だって、さっきからとちってばかりじゃない!今度のコンクールには劇団のスカウトまで来るって話じゃない!私まで下手に見られてしまうじゃん!」
早乙女の言いようはあまりに低俗でくだらないものだった。全員の冷たい視線が効いたのか、早乙女はイラついた表情を隠そうともせずに舞台から降りて行った。綺世は小さな声で「相変わらず我儘な女…」と軽蔑の言葉を呟いた。そこに照明係も務める神谷が緒方先生に提言する。
「緒方先生!彼女を役から外しましょう。彼女の我儘には迷惑しているんです!」
「そうね、私も賛成。代わりに私がやるわ、みんなも文句ないでしょう?」
神谷に相槌を打つのは桐生春美だった。
しかし…。
「ダメね」
だが、緒方は即座にその案を蹴り飛ばした。
「台詞が難しくて、最も多いクリスティーヌ役を代わりにやれる者はいない。それに発表まで2週間を切ってるのよ?今から行っても間に合わないわ」
それを言われた神谷は一瞬黙り込んでしまうが、不意に飛び出た言葉にはじめ以外のみんながギクッとした。
「月島さんがあんなことにならなければ……」
みんなの空気の変わり様に、完全な部外者であるはじめでも不自然だと感じた。
明らかに『月島』という名前を忌避…いや、恐れを抱いているように見えた。神谷自身も禁句を言ってしまったことに責任を感じたのか、そそくさと舞台から降りる。
はじめは綺世に聞く。
「月島さんはヒロインだったのか?」
「…彼女が亡くなって、代わりにヒロインで選ばれたのは早乙女先輩、正直どうかとは思ったけど…」
神谷の『月島』発言で、今回の劇の練習はお開きになった。
しかし、日高は顔を下に向けたまま暫く動けなかった。その表情は誰にも見られることはなかったが…まるで何かを恐れているかのように、ひどく怯え切っていた。
その日の夜、日高織絵は再び舞台の上に立っていた。
しかし、演技の練習をするためではない。部屋に置かれた手紙で呼び出されたのだ。
明かりが付いていない劇場は非常に不気味で、外で荒れ狂う暴風雨によって、日高の恐怖は更に上がっていく。
「来たわよ…誰なの!?」
日高の声が静かな舞台の上で響く。
日高は気付いていないが、今上げてる声は練習の時出した声よりも遥かに透き通っていた。しかし、彼女の問いに答える者はおらず、徐々に不安が増さっていく。そして口から漏れた言葉はこれだった。
「許して…!お願い…‼︎」
それと同時にバチバチと照明器具が点滅した。
彼女が恐怖に強張る首をゆっくりと上へ向けた時には…その照明器具が落下して来ているのだった。
なんか話の区切り方が難しい…。