金田一少年と神津少女の事件簿   作:GZL

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綺世は外のベンチで暢気にコーヒーを頂いていた。

はじめは10時を回ったはずなのに、未だに部屋から出て来ない。ベッドに眠りに就いているのだろう。

 

(相変わらず…まだ寝ているんだろうなあ)

 

コーヒーカップを片手に綺世は小説に目を向ける。

すると、いつきたちがスコップを担いで別荘の裏へと走っていくのが見えた。

 

「別荘の裏に小川があるから向かったのかしら?全く…暗号に対して安直に考えすぎよ…」

 

綺世の言葉に「全くだ」と眠そうな声が聞こえた。

隣に同じくコーヒーカップを持ったはじめが座る。

 

「これじゃただの肉体労働でしかないな」

 

「そろそろ答えを教えてあげる?あれじゃ、彼らが何だか気の毒な気もするわ」

 

「もう少し考えてもらおうぜ、折角のミニ旅行もここで終わったらお前も嫌だろ?」

 

「…そうね」

 

すると突然、はじめと綺世に多くの水が被る。

何事かと思えば、先程別荘の裏へと向かっていたはずのいつきたちが目の前のプールに飛び込んでいたのだ。

 

「…今度は同じ『水』繋がりでこのプールの中を探し始めたわけね」

 

「もうちょっとゆっくり入れよな…」

 

そこに真っ白な乾いたタオルを手渡す少女が現れる。

 

「これをどうぞ」

 

「あっ、ありがとうございます」

 

端正な顔で、エプロンをしていることからもこの橘の別荘の使用人と言ったところだろう。

同じく綺世に渡す同じ顔の少女がぶっきらぼうにタオルを渡す。

 

「はい、どうぞ」

 

「すみません…本当に」

 

「本当よね、私たちの仕事を増やさないで欲しいわね」

 

お客人であるはずの綺世に対しても、遠慮なくため口で愚痴を零す少女。

全く同じ顔なので、双子なのは窺える。

 

「ほらほら、(なつめ)ちゃん!そんなキツイこと言わないの!」

 

プールから上がってきたいつきはタオルを持つ少女から1つ取り、首に掛ける。

 

「おう、いつきさん。なんか見つかったかい?」

 

はじめはコーヒーカップに再び口を付け、いつきに聞く。

だがいつきの表情は芳しくなく、首を振るだけに留まった。

 

「あ、自己紹介しねえとな。見て分かる通り、こいつらは双子で、右が葵ちゃんで左が棗ちゃんだ。姿形は一緒だが、性格は…まあな」

 

「ふん、どうせ私は葵みたいに優しくないですよ!行くわよ、葵!」

 

葵はおどおどしながらも再び別荘へと戻って行く。

いつきは濡れた髪をタオルで拭くが、鴨下が今度は「別荘の奥に池があるみたいです!そっちに行きましょう!」と誘い、2人はまたスコップを持って、そこへ向かってしまう。

はじめと綺世は止めようと思ったが、時既に遅く…再び溜息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

その日の夜も豪勢な晩餐だった。

だが、昨日みたいな活気づいた雰囲気はほとんどない。それもそのはずだった。ほとんどの参加者は別荘の中を探し回り、川に入り、プールに入り、池に入り、と…肉体労働満載でくたくたになっていたのだ。

そのせいか、全員口数は少なく…胃袋に入れる食事の量も昨日より遥かに多かった。

かく言ういつきもガツガツと肉を口の中へ入れていく。その様子をはじめは呆れて見ているが、鴨下が降参したのか、暗号の答えを聞きに来た。

 

「金田一さん…お願いします…もうそろそろ…」

 

「もう音を上げたのか?しょうがねえなあ」

 

はじめはそう言いながらも、懐からメモ帳を取り出す。

もうこれ以上この別荘に居るのも退屈になっていたはじめは、答えを教えようとしたのだが…。

 

「!ちょっ…何をするんですか!?」

 

綺世の怒鳴り声にはじめのペンが止まる。

振り向くと、そこでは酔った橘に対して物申している綺世がいた。その顔は仄かに赤く、羞恥を感じているようにも見られた。はじめも一旦答え合わせを止め、彼女の元へと行く。

 

「おい?どうしたんだ?」

 

「このジジイが私の尻を触って来たのよ!」

 

「尻触られたくらいで大声あげるんじゃねえぇ……ヒック」

 

橘は相当酒に酔っているようだ。立っていても身体はふらついており、顔も真っ赤。口から洩れる酒の臭いも中々に酷い。

 

「どうせ君みたいな()は、こいつの前で服くらい脱いでいるんだろぉ~?今ここで脱げば10万やるぞぉ~」

 

橘はそう言いながら、懐から万札を取り出して2人に見せつける。

一方のはじめは目の前の橘に拳を振り上げようかと思ってしまうくらいに、怒りが頭の中を支配していた。だが、遠くで鴨下が腕をクロスさせて、絶対に殴ってはいけないと合図を出していた。はじめがここで出版元の橘に如何なる暴力でも振るってしまった場合、出版権を取り下げられてしまうからだろう。

だが、はじめにはそんなこと関係なかった。

大事な綺世を傷つけた橘を許すつもりは毛頭なかった。

一瞬緩めた拳を作り、今度こそ打ち込もうとした時だった。

 

「っ!」

 

綺世ははじめの肩を掴んで自身の後ろにやると、予想外にも彼女自身が自らの拳を使ったのだ。

橘の左頬に拳をねじ込み、彼を殴り倒した。

綺世の右手は非常に痛んだが、それは大したことはなかった。

 

「ふざけないで!!このクソジジイ!!世の中があんたの思惑通りに動くなんて…大間違いよ!!」

 

綺世の怒声に会場はシーンとする。

だが、この静まりは綺世が怒鳴ったことによるものではない。

綺世が橘に対して拳を振るったことによるものだ。周りの編集者は滝のように汗を流し、鴨下は絶望したような表情を見せる。はじめも流石に綺世がこんな行動を取るとは想定できず、動揺している。

 

「あ、綺世…」

 

「別に、はじめちゃんがやる必要はないわ」

 

左頬を抑える橘は立ち上がり、ゆっくりと綺世の方へと向かう。

その額には青筋が浮かんでおり、顔も怒りによって真っ赤である。

 

「き…貴様…ただの女如きが私の顔を〜!!」

 

性懲りなく、今度は綺世に拳を振おうと腕を上げた時だった。

頭頂部の髪がズルリと落下したのだ。

 

「「え?」」

 

パサっと落ちるカツラに唖然とする会場一同。

それに気付いた橘は焦ってすぐに拾い上げるが、もう意味はない。

橘は悔しかったのか、恥ずかしかったのか、はじめたちを連れた鴨下に怒りの矛先は向く。

 

「鴨下‼︎こいつらはお前が連れて来たんだったな!?」

 

「いっ!?いえ!これはいつきさんが…!」

 

「これからは音羽出版とは一切の取引はしないからな‼︎今ある全ての出版権も全て引き下げてもらう‼︎覚悟してろ‼︎」

 

その怒りのままに会場を後にする橘に、鴨下は最後まで涙目だった。

 

 

 

 

 

その後、はじめの部屋に集合した一同だったが、最初に放たれた言葉に綺世はまたもや激怒することになる。

 

「綺世さん!先生に謝って来てください‼︎これが知られたら私はクビです‼︎」

 

「ふざけないでください‼︎何で私があんなクソジジイに頭を下げなくちゃならないんですか!?」

 

あまりに理不尽な話は綺世の怒りは再び頂点へと上がる。

これははじめも同じ考えだった。

 

「鴨下さん…何故あんなセクハラジジイに綺世が頭を下げなくちゃならないんだ?」

 

「関係ありません!」

 

自分のことしか考えていないとしか思えない鴨下の発言にはじめと綺世はカチーンと来る。2人の返答も全く聞かずに鴨下は続ける。

 

「先生は今、書斎にいると葵さんから聞きました!私も後で頭を下げに行くので、綺世さん‼︎お願いしますよ!?」

 

そのまま鴨下は部屋から出て行く。

綺世は理不尽なミッションに思わず壁を思いっきり叩く。

 

「何でよ!?私が何をしたって言うのよ!?」

 

「まあまあ…。綺世ちゃん、謝るのも人生の一環だと思いな?あの先生も酒が抜ければ、許してくれると思うぜ?」

 

「………」

 

綺世は無言になるが、その表情に納得はない。

はじめは溜息を吐き、「一緒に行くか?」と聞く。

 

「いいわよ、謝ればいいんでしょ?全く…面倒なクソジジイだこと…」

 

「神津先輩〜なら僕が行きましょうか?」

 

「いいです!すぐに行ってくるわ」

 

綺世はそのまま部屋から出て行く。

その様子を軽く見ていたはじめだったが、それから2時間…綺世は帰って来なかった。不思議に思ったはじめは立ち上がり、様子を見に行くこととした。同じように佐木、橘に用があるという花村棗も付いてくる。

外は気付かない内に雨が降ったのか、湿っており、地面は泥濘(ぬかる)んでいた。そして、橘の部屋には1組の足跡だけが向かっていた。

 

「何やっているんだ?綺世のやつ…」

 

はじめたちは橘の部屋を問答無用に開ける。

中は暗く…すぐには分からなかったが、1つ立つ人影があった。

それが綺世だとはじめは遅れながらも気付くが、彼女の右手に握られている置物から落ちる血を見て…一瞬目を疑った。

 

「あ、綺世?」

 

はじめの声に綺世が反応して振り返る。

それと同時に…雲に隠れた月から光が差す。それは暗い部屋の中を照らし出し…惨劇を映し出した。

 

「キャアアアアアアアアアアアアアアァッ‼︎‼︎」

 

途端に棗の悲鳴が響き渡った。

月明かりに照らされたのは、血塗れの置物を片手に、頭部を割られ、絶命した橘五柳の死体の横に立ち尽くす綺世の姿だった。綺世の瞳は…酷く激しく揺れ動いているのだった。

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