普通に忙しかったです。申し訳ないです。
その日の夕方、仕事に全く集中出来ないいつきは気分転換にタバコを咥え、ニュースをつけた。そのままライターでシュッと火を付け、勢いよく吸う。だが、ニュースから流れてきた続報にいつきは驚愕した。
『今日の昼頃、飛躍社社長の大村紺さんが殺害されました。警察は橘五柳氏殺害の重要参考人かつ逃走中の17歳の男女が犯人と見られ…』
「なっ、なにぃ!?」
大きく出ているビルのモニターで、はじめたちも大村殺害の報道を見ていた。はじめたちが大村の死体を見つけて、すぐに警察がやって来た。恐らく…真犯人がはじめたちに罪を着せるために呼んだのだろう。
「…クソ、またハメられた」
「はじめちゃん…」
はじめたちは人目を避けて、路地裏へと入り込む。
そして、泣けなしの食糧を綺世に渡した。それはコンビニで万引きしたメロンパンなのだが、はじめは分けることもせずに綺世に全て渡した。
「はじめちゃんの分は…」
「いいからお前が食べろ。体力がないお前が、1番食べないとまずいからな」
そうは言っているものの、はじめも空腹だった。
いくら強がっても綺世にはお見通しだった。綺世は一瞬、やはり自首すべきかと思い悩んでしまう。このまま逃走生活も長くは続けられない。未成年だから顔写真など公開されていないが、そんなものが出たら逃げ切るのは不可能だろう。何より…はじめをこんなことに真似した自分自身が許せなかった。更に今は…そのはじめに何もかも助けてもらっている。悔しさと申し訳なさで涙が溢れる。
「…お前は気にするなって言っただろ?」
するとはじめは綺世の心を見透かしたような発言をする。
「お前のせいじゃない。俺の意志で動いているからな…」
「はじめ…ちゃん」
綺世は渡されたメロンパンを半分に千切り、はじめに渡す。
「……」
「私に出来るのは、これくらいだから」
「…じゃあ、有り難く頂こうか」
2人は細々と今日の晩御飯を終わらせる。
そしてはじめは、再びいつきへと電話をかけた。
コール音が1回しただけで、いつきは電話に応対した。
『おい!金田一!どうなってんだ!?』
「どうしたもこうもねえよ…。犯人は俺たちに罪を被せたいそうだ」
『しっかし、犯人も原稿狙いだったとはな…。だとしても何故大村を…』
「分からないことだらけだよ…。それで?何か分かったか?」
『ああ、そうだった。今回の橘先生の原稿だが…相当に奥が深いようだぜ?』
「と、言うと?」
『針生の話じゃ密輸、鴨下の話では医学会、そして野中によると中央アジアにコンタクトを取っていたらしい』
「…何ともバラバラな話題だな。まあそれが原稿の内容だと言うのは間違いない…か」
『それと…都築さんの情報なんだが…どうやら警察も本気で動くそうだぜ?何とも警視庁エリート警視が直々に動くようだ』
(エリート警視?)
何とも言えない嫌な悪寒がはじめの背中を突き抜けたが、今回はこれでいつきとの通話を終えた。はじめが元の路地に戻ると、すぐに綺世を連れて、次の目的地に向かう。
「どこ行くの?」
「神田川出版だよ。犯人も俺たちの通話を聞いていたはずだ。奴なら原稿を狙って、時任さんを襲う可能性は高い」
「でも、そんな簡単に話を聞けるの?」
「…どうにかするさ」
はじめたちはノープランで神田川出版社の前に到着した。既に日は落ちているが、繁華街が近くにあるため人通りはまだある。迂闊に近付くのは怪しまれる。
このまま待っている訳もいかず、一か八かで出版社に突入しようと思った時。
「はじめちゃん!あれ!」
綺世が指差す先には出版社から出てくる時任の姿があった。
携帯を見て、すぐ近くの建築予定地の中に入って行く。
「こんな時間にどうしてここに…」
「分からない。だが、話を聞くには丁度いい」
はじめは誰かと待ち合わせをしている時任に声をかけた。
「時任さん!」
時任は驚いて振り返る。そしてはじめたちを視認すると、怯えたように声を上げた。
「お、お前らは!?ま、まさか…俺を呼び出したのは貴様らか!?」
「呼び出した?俺たちは…」
「黙れ‼︎俺も殺す気なんだろう!?俺は…大村のように油断はしねえぞ‼︎」
時任はそこらの鉄パイプを拾い上げて振り被った。
しかし直情的で適当に振り下ろした鉄パイプは空を切り、逆にはじめは時任の足を引っ掛けて転ばさせる。そして、先程のように襲われないように鉄パイプを奪う。
「時任さん!私たちは貴方から1つ、聞きたいことがあるだけなんです‼︎」
綺世の強い口調に時任はすっかり怯えて、「殺さないでくれ…」と壊れた人形のように繰り返す。
「貴方は橘さんから何か…伝言のようなものを預かっていませんか?」
「で、伝言…?」
「思い出してください。これは…私たちにとって重要なことなんです!」
綺世の言葉に大村は暫し考え込んだ後に、話し出した。
「そ、そうだ!パーティの途中で橘さんに呼ばれて…。げ、原稿に関して誰かに聞かれたら、桂に聞けって!」
「桂さんに?」
それを聞いた瞬間だった。
ブチッと何かが千切れる音と共に、時任と綺世の頭上から鉄骨が降り注いで来たのだ。
「!」
「え?」
「あ…ぎゃああああああああァ!?」
時任は悲鳴を上げるだけで、動けず…鉄骨に飲み込まれた。
綺世は間一髪で避けた…と言うよりは、はじめが引っ張ってくれたお陰で助かった。しかし、腕には鉄骨が擦れた、またはぶつかって出来た傷が残っていた。
「はじめちゃん!?」
「…これくらいどうということはない。さっさと逃げるぞ、じゃないと…」
その時、女性の悲鳴が辺りに響いた。
はじめたちの姿を見た通行人が悲鳴をあげ、はじめたちを指差して「人殺しぃ‼︎」と叫ぶ。休む間もなく、はじめは綺世の手を取って建設予定地から離れる。
そしてやけに早く警察のサイレンが2人の耳に入って来た。
「犯人め!俺たちが話している間に警察を呼びやがったな‼︎」
「どうするの!?前からもパトカーが!」
綺世の声にはじめは思わず足を止めた。
前後方とやって来るパトカーを前に立ち尽くしてしまう。
ここまでかと思われた時、不意に背中を引っ張られる2人。
「な、なんだ!?」
「誰!?」
それと同時に集合するパトカーの大群。
彼らは車外へ出ると、剣持に報告する。
「目撃者の情報によると、犯人は例の2人の高校生と思われます!」
「まだそうは決まっとらん‼︎この周辺にいる怪しい奴は片っ端からしょっ引くんだ!」
剣持の怒鳴り声にはじめと綺世はホッとする。
今はどうにか隠れてやり過ごしているが、ここまで近距離だといつ見つかるか…2人ともヒヤヒヤしていた。
そして剣持の命令で警官たちが散らばる寸前…澄んだ声が2人の耳に入った。
「待ちたまえ!」
(この声…)
(なんか聞いたことがあるような…)
「犯人は現場から離れる…そういった常識を逆手に逃げようとすると思いますよ、金田一くんたちは…」
「………」
剣持は黙ったまま、そう発言する『奴』を睨んでいた。
(この嫌味ったらしい、ムカつく声は…)
はじめは綺世と顔を合わせて、ゆっくりと車内から外を見る。
パトカーの団体の中に見えたのは…あの明智警視だった。
不敵な笑みを浮かべつつ、周囲を見渡す明智に寒気がしたのは、言うまでもなかった。
パトカーと警察の中を掻い潜りながら、はじめたちは漸く車から降りることが出来た。はじめたちを無理矢理乗せた人物は鍵を開けて、自らの自宅へと招いた。そして、水と救急箱を持って戻ってきた。
「すみません…お世話になります。都築さん」
「いやなに…この辺でパトカーが集まっていてね。スクープかと思ったら、君たちを発見しただけだ」
綺世はその話が本当なのか怪しんでいたが、はじめはすっかりお世話になってしまっている。
「拙いが食事と救急箱だ。左腕の傷を手当てしなさい」
「いや…これくらい…」
都築ははじめの左腕を掴むと、服を思いっきりたくし上げてその傷を見る。それを見た綺世は目を丸くする。打撲や擦り傷ではなく、深く抉られたような切り傷に…。はじめは言い訳出来ないのか、らしくない表情を浮かべる。
「こんな大怪我を音を上げずに黙っていたのは大した根性だが…私の目は誤魔化せないぞ。さ、神津さん…」
綺世は頷き、はじめの傷口に薬を塗り込む。
思わず顔を歪めるはじめに、都築が更なるものを持ってくる。
「これは…」
「君の友人が撮影していたビデオカメラの映像だ。私の局が独断入手したんだ。それを見れば、君たちの無罪が晴れるキッカケを掴めるかもしれない」
「本当に…ありがとうございます。…今更ですけど、私たちを匿って大丈夫なんですか?」
「友人であるいつきくんの頼みだ。夜が明けるまでここに居るといい」
最初は警戒していた綺世も、漸く心の底から安心出来る時間が来た。
はじめは佐木のビデオの中身をすぐに確認する。佐木のビデオにはパーティーの始めから橘が綺世に殴られ…遺体が発見されるまでが残っていた。
「今になって思うと、殺されるとは予想もしなかったわね」
「ああ…だけど、犯人も計画的にやったわけじゃない。衝動的な殺人だ。それは綺世に罪を重ねた時点で丸分かりだ」
「…でも本当に、私以外の足跡は皆無ね」
「だけど、どこかにあるはずなんだ。犯人だけが知っている…魔法の道が」
はじめは何度もビデオを巻き返しては見てを繰り返す。
休むと良いと言われた2人だったが、休んでいられる程余裕はない。
今回は運良く難を逃れたが、そんな幸運は2度も起きないだろう。
しかし、はじめは腕の傷もあってか…徐々に頭を無意識に振り始める。
「寝ちゃ…ダメだ…綺世を…」
そんなはじめを見た綺世は少し顔を背けながら、彼の頭を自らの膝の上に置く。すると速攻ではじめは寝てしまう。
「全く、そんな虚な目じゃ、何も見えな…」
綺世ははじめの行動を見て、再びビデオを巻き戻す。
そして、とある発見をする。
「これは……」
はじめが寝息を立てる中、綺世は漸く一筋の光を見つけた。
「これが本当なら…犯人は…」