都築が起きた時には、はじめと綺世の姿はなかった。
机には手紙が置いてあり、『お世話になりました、ありがとうございます』とだけ書かれていた。それを見た都築の目は…どこか虚ろだった。
今回は桂が来ているという会場へと2人はやって来た。
しかし、今日の朝から綺世の様子が変だった。ずっと考え込んだような表情で、はじめが何を聞いても話そうとしない。何か掴んだことは間違いないだろう。
(しかし…隠し立てする必要あるか?)
はじめは疑問に思いながらも、桂が公演する会場に入り込む。しかし…そこには警官と明智、剣持が張り込んでいたのだ。2人はすぐに非常階段の裏へと身を隠す。
「どうして警察が?」
「さあな…都築が告げ口したか、そもそも電話を盗聴されていたのか…。いずれにせよ、ここで引き下がる訳にはいかない。桂さんに暗号のことを聞いてさっさと逃げるぞ」
はじめは明智たちが離れた隙に桂の控え室に侵入する。当の桂は警察から何も聞いていないのか、隙だらけだった。はじめは彼の背後に忍び寄ると、まず口を塞いだ。
桂は驚き狼狽えるが、すぐにはじめは自らの意志を伝える。
後ろで見ている綺世は(こんなことして大丈夫なの?)と不安になる。
「桂さん、俺は唐突で申し訳ないが…橘さんから聞かされた伝言について聞きたい!それだけ聞いたら消えます!」
「き、金田一!」
声の主があの金田一だと分かった桂ははじめの拘束を振り解き、2人から距離を取る。そして時任とは逆で、素直に話し始めた。
「ああ…橘さんからこんな伝言を預かっている…。『誰かに暗号のことを聞かれたら野中に聞け』と」
「今度は野中さん?」
「さあ!要件が済んだなら早く出て行…け!?」
唐突に桂の身体が硬直する。
どうしたのかと聞こうとした時には、彼の身体は前に倒れていた。その背中にナイフを突き立てて…。
「何!?」
桂の背後は布が掛けられた軽い扉となっており、そこに誰が隠れて聞いていてもおかしくなかった。思わずはじめはその後を追おうとしたが、そこにお茶を持って来た従業員が入って来てしまう。
そして惨状を見た従業員は甲高い悲鳴を上げる。
「キャアアアアアアァッ‼︎人殺しぃ‼︎」
「クソッ‼︎綺世!こっちだ!」
はじめは綺世の手を取り部屋から逃げ出す。
しかし不幸にもその姿を剣持に見られる。それに反応してはじめも足を止めてしまう。
「き、金田一…」
「……悪い、おっさん」
はじめは剣持を突き飛ばして、廊下を駆け抜けていく。
剣持はその姿を追うことは出来なかった。
その足ではじめたちは会場を抜け出し、すぐ様いつきへと連絡する。
後ろにいる綺世は既に息が切れて、まともに走れそうになかった。
「…いつきさんか?」
『おお!金田一‼︎桂のことも聞いた!次はどこに行く気だ!?』
「野中さん…どこにいるか知らないか?」
『野中?彼女なら軽井沢にいると聞いた。詳しい場所は知らないが…』
「急いでくれ。犯人も野中さんを追っている。俺たちもすぐに軽井沢に向かう」
『分かった!俺もすぐに行く‼︎』
その会話を聞いてほくそ笑む明智…。
明智ははじめたちの会話を盗聴していたのだ。明智はすぐに無線で各地の駅へと通達する。『金田一たちを逃すな』と…。
2人は既に回送列車の中に乗り込んでいた。疲れからはじめはすぐに眠ってしまったが、綺世はポケットから数枚の写真を取り出した。まだはじめには見せていないが、佐木が撮ったビデオの一部を写真に変えたものだ。これも都築さんから渡されたが、ずっと忘れてしまっていた。改めてその写真を凝視すると、やはりおかしい箇所があった。
「やっぱり“あの人”は変だ。何であんなものを…」
物々と独り言を呟いていると、急に電車が止まる。
はじめもここで目を覚ます。この電車は止まらないと聞いていたが、何故…と思って窓から駅を見た時、思わず低い声を上げた。
そこには長嶋警部を含めた数名の警官が立っていたのだ。
「ど、どうして?」
「あの電話…やはり盗聴されていたか!明智警視がやりそうなことだぜ」
「どうするの!?隠れる場所なんて…」
「…こっちだ」
はじめは綺世と共に窓から出ると、そのすぐ下で隠れる。
警官たちは電車の中を確認はするものの、外側はあまり詳しく確認することはなかった。綺世はここで堪えるのが相当キツかったが、警官が全員電車から出て、発車するチャイムが鳴ると同時に2人は電車の中へと潜り込んだ。
外で長嶋警部が「行っていいぞ」の声が聞こえ、2人とも安堵の息を吐く。これで無事に軽井沢まで行ける…と思われたのだが、閉まる扉でガコッと何かが引っ掛かる音がはじめの耳に入った。
ゆっくりと顔を上げると、1人の警官のベルトが扉の間に挟まっていたのだ。警官は長嶋警部たちに向かって叫ぶが、電車音などで聞こえないらしい。そうやっている内に列車は徐々に速度を上げており、警官は転倒しそうにもなる。
「…あークソ‼︎面倒かけやがって‼︎」
はじめは堪らず、扉に手を掛ける。強く挟まった扉を強引にこじ開けようとするが、簡単には開かない。
「何やってるの!?早く隠れて!見つかっちゃう…!」
綺世は警官よりも自分たちの方が優先度が高いようだが、はじめは無視して扉をこじ開けようと頑張る。見かねた綺世も「あーもうっ!」と愚痴を溢しつつ、同じく扉の開口に参加する。
そして2人係りでどうにか少し扉が開いたところで、警官は背中から激しく倒れた。外れた反動で背中を強打し、思わず声を上げた警官。流石にこの声に長嶋も気付き、振り向いた。
「あっ!あれは!?」
列車内にいるはじめと綺世、そしてゴロゴロと勢いに乗って転がる警官…もとい部下を見た長嶋の頭に血が昇る。
「待てッーーーーー‼︎‼︎」
怒号を上げて、列車の最も後ろの車両に飛び移る。
「警部‼︎」
「次の駅で待機していろ‼︎それまでにケリはつけておく‼︎」
その声にはじめたちは焦る。
ここは走行する列車の中、逃げ場はない。次の駅まではまだ30分以上はかかる。
そんなことを考えていると、ガラスが割れる音が響いた。
「おい!金田一と神津‼︎無駄な抵抗はよせ‼︎今すぐに投降しろ‼︎さもないと…」
長嶋は懐から拳銃を取っていた。
はじめたちは急いで前の車両へと走る。時間稼ぎにもならない逃亡だが、何もせずに待っているよりは断然マシだった。
しかし、それも1分と経たずに躓くことになる。
はじめたちは最前車両に到達してしまったのだ。
「どうするの!?」
「…窓から飛び降りる」
はじめの突拍子もない言葉に綺世は思わず否定した。
「何言ってるの!?時速50kmは出てる列車から飛び降りたら…怪我じゃ済まないわよ!?」
「それくらい分かってる‼︎だけど…他に方法は……!」
はじめの視線の先に橋と川が入った。
しかも橋の先はカーブとなっており、速度を落とす。
だが…橋から川まではかなりの高さ…。地面にぶつかるよりは怪我を防げそうだが…下手すれば…。
だが、迷っている場合ではない。
もうすぐ後ろにまで長嶋は迫って来ていた。
はじめは窓を開けると、綺世を抱き寄せる。
「な、何を!?」
「俺を信じてくれるか?」
「え…どういうい…」
綺世の解答を聞く前に…はじめは綺世と共に川へと飛び込んだ。
「嘘でしょ!?きゃあああああああっ‼︎」
長嶋も同じく飛び込もうとしたが、既に通り過ぎており、彼らを見失った。
川から上がったはじめと綺世だったが、はじめは河原に上がるとすぐに頭に痛みが走った。思わず膝を着き、頭に手を置く。すると…川の水と混じってポタポタと血が垂れた。川が想定よりも浅く、飛び込んですぐに頭部をぶつけてしまったのだ。
「…成功…でもなかったようだな…」
隣にいる綺世は完全に気を失っている。
突然のダイブと川にぶつかった衝撃に耐えられなかったのだろう。
しかし、はじめは気絶するわけにはいかなかった。
早くここから離れなければ、長嶋が呼んだ警官たちがやって来る。
だが、頭の痛みでクラクラし始める意識…。
そこへ犬を連れた誰かが歩み寄ってくる。はじめは顔を上げて誰か確認しようとしたが、意識を保てずに…ここで気絶してしまうのだった。