はじめが目を覚ました時、綺世と共に敷布団の上に寝かされていた。
頭と腕に新たな包帯が巻かれ、痛みも少し引いていた。隣にいる綺世もほぼ同じタイミングで起きて、困惑する。
「ここ…民家よね?」
「ああ…どうしてここに…」
だが困惑ばかりもしていられず、立ち上がろうとした時にふらりと身体が揺れた。バランスが取れずに布団の上に崩れる。
「はじめちゃん!その頭…!」
綺世は今更ながら、はじめの身体に増えた包帯の傷に狼狽する。
川への飛び込みで出来た傷なのは容易に想像できたが、今度ばかりははじめの身体にもガタが来ているのは明白だった。
「…大丈夫だ。俺たちには時間は…」
その時、ガラガラと襖が開く。
そこから水とおにぎりをお盆に乗せて、花村葵がやって来た。
「あなたは…!」
「安心して、私は味方よ?さっき警察が来たけど、追い払ったわ」
綺世は相変わらず誰でも疑うが、はじめは逆に親交的だった。
「ありがとうございます…。ここに運んだのも、この手当も、葵さんが?」
「ええ、河原で倒れてる貴方たちを見つけたの。地元の人に頼んでここまで…」
「じゃあ…その地元の人たちにバレるのも時間の問題ね」
「ああ…花村さん、電話…貸して貰えますか?」
「ええ、廊下の左側に」
はじめはヨロヨロと立ち上がりながらも、おにぎりを1個取って、この部屋から退室する。残った綺世も気が抜けたのか、お腹がギュルギュルと鳴ってしまった。羞恥で顔が赤くなり、花村葵に何かを言われる前に残ったおにぎりに手を伸ばした。
「…大変だったでしょう。私の姉が申し訳ありません」
「姉…ああ、あの気の強いお姉さん…」
「棗が犯人だと叫んだせいで、こんなことに」
「いえいえ…あの場合なら、誰でも私を犯人だと思いますよ。…そうだ、あの時…事件の起こった別荘で不可解なことはありませんでしたか?」
綺世もはじめの役に立とうと、葵から何かしらの情報を得ようとした。
すると…。
「そうねえ…2つくらい変なことがあったわ。別荘の全室の鍵を先生が持っていなかったことと…寝室のドアくらいかしら…」
「…どういうこと?」
「先生は毎日必ず鍵を持ち歩くの。だけど…それがあの日だけは会場の机に放りっぱなし。変だとは思ってたけど、かなりお酒を飲んでいたいから…忘れてたんだと思う」
「寝室のドアというのは?」
「これはたまにあることなの。エアコンが壊れたり、清掃中の場合は寝室のドアを開けて風通しをよくするの。まあ、菊さんに頼んでやったんだと思うわ」
綺世は「ふーん…」と返事を適当に返していると、凄い勢いで襖が開いた。そこには息を荒くしたはじめが立っていた。
「ど、どうしたの?」
「野中さんの居場所が分かった!今から行くぞ!
「もうちょっと休んだ方が…」
「そんな余裕があるか!彼女も殺されるぞ‼︎」
はじめは綺世の腕を取り、急いで花村家から出た。
「それで!どこにいるの!?」
「いつきさんと話してたけど、湯の沢ホテルらしい!」
だが…この会話を聞いていた者がいたのだ。
木々の間で隠れて、はじめと綺世を見る者。帰宅途中だった花村棗は携帯を取り出し、『110』と番号を押す。
「すいません、警察ですか?指名手配犯の神津綺世と金田一はじめを見つけました!場所は、湯の沢ホテル…」
はじめたちよりも先に到着したのは警察だった。
明智、長嶋、そして剣持を始めとして、警官40人がホテルの従業員や客を装って、内外を禁止していた。
はじめたちは警察がそこで待ち伏せしているとは思っていない。そんな中で入れば…まさにお縄だ。
「金田一…頼む、今は来るんじゃないぞ…」
その言葉を聞いている明智は、注意しようとも思ったが、その意志を飲み込んだ。実際、明智もはじめと綺世が事件を起こしたとは考えていなかった。一度しか会っていないが、あの正義感と行動力、そして発せられる言葉には『犯罪』になりそうなものは一切なかった。
また、電車から突き飛ばされた警官は、危うく命を落とすところを助けてもらったと証言している。捕まりたくないなら、そのまま無視してここに来るのが安全のはずなのに、だ。
(だが、私は警視だ。個人的な感情を優先することは出来ない)
そうやって、柱に背中を預けながら…フランス語新聞に読み耽るのだった。
その頃…はじめたちは湯の沢ホテルに到着していた。
正面玄関ではなく、裏口ではあるが…。
はじめは森の中で見た花村棗に気付いていた。綺世は気付いていなかったようだが、僅かに見えた彼女の影に嫌な予感がしていたのだ。
そして来てみれば案の定、入り口は警官が張っていた。
「ここまで来て…おめおめ帰るわけにはいかないんだ」
はじめは森の中を掻き分けながら、ホテルの裏口に到着する。もちろんそこにも警官はいるだろうが、正面玄関ほどではないと踏んだ。
一か八か…突入しようとした時に、その裏口から誰かが出てきた。
「あれは!」
「野中さんだ…。でもどうして?」
野中は辺りを少し見回して、ホテルから離れていく。
ここは人目がない森の中…まさかと思い、はじめはすぐに声をかけた。
「野中さん!」
「!貴方たちは!?」
流石の野中でも身構える。
当然の反応だが、はじめたちは聞かなくてはならないことがある。
「野中さん、橘さんから何か…伝言みたいなものを聞いていませんか?」
「伝言?ああ、なんか言ってたわね。暗号のことでもし誰かに聞かれたら…」
次は誰なのか、2人が固唾を飲んでその名前を待っていると…衝撃の返答が返ってきた。
「『私で終わり』、って」
「え?」
「私で…終わり!?それだけですか!?」
綺世も驚いてもう一度聞いてしまう。
「ええそうよ。それよりも…私を呼び出したのは貴方たち?こんな手紙を寄越して…」
野中の見せた手紙には、『ホテル裏の森に来い』とだけ書かれてあった。もちろん、はじめたちがこんなものを出せるはずがない。
「野中さん!それは犯人が貴女を誘き寄せるための罠よ!」
「えっ?」
「今すぐにホテルに戻って、警官たちに保護してもらってください!」
「わ、分かったわよ…」
はじめたちの勢いのある声に野中は戸惑いながらも、ホテルの方へ足を動かす。
はじめたちも警察から距離を取るために、森の中を駆ける。
「ねえ!どういうこと!?この伝言ゲームは、ただのミスリード?」
「いいや、そんなはずはない…。何かあるはずだ…」
大村から始まり、時任、桂、そして野中で終わり…。
何かないかと考えていると、はじめは何か分かったのか、腰から残りの電池が僅かな携帯を取り出して、電子ニュースを見る。そこには今までの事件の被害者の名前が順番に載っていた。
「はじめちゃん?」
「そういうことか…分かったぞ、この伝言ゲームの真の意図が!」
それと同時だった。
はじめたちがさっきまでいた方向から女性の悲鳴が響いたのだ。
「今のは…野中さんの声!」
「まさか…!」
はじめたちが急いで戻ると、彼らの眼下には首を裂かれた野中の死体が横たわっていた。
「野中さん…」
「こっちから聞こえたぞ!」
するとはじめたちと同じように悲鳴を聞いて、警官たちも群がってきた。今からホテルを離れても逃げ切れないだろう。はじめは携帯を取り出し、メモ機能で数字を打ち出す。
(頼む…気付いてくれよ‼︎)
はじめは携帯を投げ捨て、綺世を連れてホテル内へと駆け込んだ。
「金田一たちだ!逃すな‼︎」
「綺世!こっちだ‼︎」
長嶋は野中の死体を部下に任せて、はじめたちを追う。
そこに同じように明智と剣持も駆けつけ、剣持がはじめの携帯を拾う。
「明智警視、これは?」
明智に見せられた画面には数字の羅列が入っていた。
【15945223136513021342*118134024384441224*】
「どういう意味でしょうか?」
明智は暫し見つめていたが、携帯を懐にしまうと「さあ?」とだけ言って、悠々とホテル内へと戻って行った。
はじめたちはホテル内の調理場へと逃げ込んでいた。
綺世は何をしているのか、全く分からずに「早くここから離れようよ!」と言い続ける。だが、はじめは綺世の言葉を完全に無視して、何か作業を続けている。
そんな時、従業員がやって来て「何やっているんだ!?」と大声を上げる。その声に反応して長嶋たちも階段を駆け下りてくる。逃げ場の調理場で、はじめは…衝撃の行動に出る。
「…仕方ない」
「はじめちゃ……んっ!?」
綺世の首を締め上げると、包丁を取って彼女の首に向けたのだ。
最初何をされているのか、理解出来ない綺世はただただ棒立ちするしかなかった。
長嶋に剣持、そして野中の居場所を突き止めてやって来たいつきたちが調理場に到着し、現状を目の当たりにする。
「き、金田一‼︎」
「何やってるんですか!?先輩!」
「金田一…馬鹿な真似はやめろ!お前はそんなことする奴じゃ…」
「俺も出来ればこうはしたくなかったよ…。でも、ここで捕まっても俺は綺世の罪を手伝った共犯者で一生牢獄の中だ…。それならいっそ…」
次の言葉に綺世の表情が固まる。
「綺世とここで死んだ方がマシだ」
「な…何を言ってるの?はじめちゃん…私は…!」
「うるせえ、黙ってろ」
はじめの腕に力が入る。首を絞められて、呼吸が取れなくなる。
「はじめ…ちゃ…」
「お前は殺人なんかしない…そう思ってたよ…。だけど、ここまで来てやっと分かった。お前は俺に殺人の罪を被せたかったんだな…」
(どうして!?何を言ってるの!?)
首を絞められて話すことも出来ない綺世は反論も出来ない。
「だけどここで死ぬわけにはいかない。やりたいこともあるしな。さあ、そこを退け‼︎」
綺世を人質に逃走を計ろうとするはじめ。
だが、そこにゆっくりと明智がやって来て…懐からカチャンと特有の金属音を鳴らして、拳銃を取り出した。この行動に剣持は顔を青ざめる。
「警視!まさか…!」
「5人も殺害した凶悪犯は…こうやって対処するんですよ」
はじめが話す間もなく、明智は拳銃を発砲した。
それと同時にはじめの左胸から赤い液体が飛び散った。それは綺世の頬に飛び散り、途端に彼女を拘束していた腕から解放した。表情を固めたまま、茫然とする綺世の横で…はじめは後ろ向きに倒れる。
「え…?」
理解するまでに時間がかかる。
いつもみたいな思考の速さが活きない。
綺世の思考が一気に停止した。倒れたまま動かないはじめ…。
彼が倒れて、十数秒後に…やっと何が起きたのか分かった。
「イヤアアアアアアアアアアアァッ‼︎」
はじめの安否を確認する前に明智に腕を掴まれ、手錠を掛けられる。
それでも暴れる綺世を数人がかりで抑え込み、この場から離そうとする。
「はじめちゃん…‼︎どうして…‼︎何でぇッ‼︎」
綺世はパトカーに、はじめは救急車に入れられるのだった。