明智は長嶋に命令する。
「君はここで待機して、周囲の事情聴取などを始めてください。私は彼女を連れて行きます」
長嶋の視界にはパトカーの中で項垂れ、涙を落とし続ける綺世の姿があった。今更ながら、こんな華奢な女子高生が殺人なんて出来るのか…違和感を感じたが、証拠が全てと言い聞かせ「はっ!」とだけ言った。
明智と綺世を乗せたパトカーは湯の沢ホテルを後にした。
パトカーの中で…綺世はずっと思っていた。
何故こんなことになったのか…。
何故追われる羽目になったのか…。
何故ここまで辛い目に遭わないといけないのか…。
そして…何故1番失いたくない者を失ってしまわないといけなかったのか…。
最初は悲しみと無力さに打ちのめされ、絶望していた綺世だったが、目の前にいる明智に沸々と怒りが込み上げてくる。
今まで黙っていた綺世が不意に明智に声をかけた。
「…人を撃った感触は…どうでした?」
明智は答えることなく、後ろを向く。
綺世は未だに項垂れており、表情は見えない。
「どうして…どうして…殺したの?はじめちゃんを…」
「貴女を守るためです」
「はじめちゃんが本当に私を殺す気だったなんて…」
「首を締め上げて、包丁を向けてた彼が何をするのかなんて…誰でも分かるでしょう?」
綺世はぎゅっと拳を握る。
その様子を見た明智が「止めなさい」と警官に言い、路肩にパトカーを止めさせた。
「私はッ…貴方が許せないッ!だけど…はじめちゃんの意図も分からないから…本当のことが何だったのかも分からない!私のせいで…はじめちゃんはっ…」
その反応を見た明智は少し戸惑いを見せた。
「…彼から何も聞いていないのですか?」
「えっ…?」
「全く…女性に対する扱いがなっていませんね…金田一くん」
「どういうこと…?」
懐から明智は2つのものを取り出した。
1つは手錠の鍵で、綺世の手錠を外した。
そして、もう一つははじめの携帯。
「そこの画面に数字の羅列が書いてあるでしょう?彼からのメッセージです」
「……これって!じゃあ…あの時撃ったのは…‼︎」
その頃、救急車の中ではじめは暢気にも寝息を立てていた。
横でいつきと佐木がポカンと呆気に取られているが、すぐに剣持がはじめの頭頂部に特大の拳骨を振り落として、無理やり起こす。
「があああッ!?何だよ‼︎まともに寝れてなかったから仕方な…」
「おおおおおおおおおおおおぉッ‼︎金田一いいいぃ‼︎生きてたかあ‼︎」
「で、でもどうして先輩はピンピンなんですか!?その胸だって…」
「よく見ろよ…これはトマトジュースだよ。それに明智さんが撃ったのは空砲、俺のメッセージを受け取った明智さんと俺の策略だよ」
それを聞いた剣持は明智から送られた画像を2人に見せた。
「これのどこが暗号なんです?ただの数字の羅列にしか…」
「いや…こいつは…ポケベル!」
「いつきさんは分かるよな。オッサン世代なら分かってくれると思ったんだよ、明智さんが分かってくれるかは…正直賭けだったけどな」
「でも…綺世先輩は…」
「明智さんが連れて行ったんだろ?橘の別荘に」
「まさか…そのためにあんな芝居を!」
はじめはちょっと自嘲して、小さく呟いた。
「芝居だとしても…あいつには、少しやりすぎだったかもな」
はじめの声には多少の申し訳なさが込められていた。
「まあ…俺とアイツの無罪を勝ち取れるかは…アイツ…しだ、い……」
そこまで言うと、はじめは再び眠りこけてしまった。
剣持たちは「やれやれ」と溜め息を吐くのだった。
頬に付いた血だと思っていたものを指で取り、匂いを嗅ぐと仄かなトマトの香りが漂ってきた。
「トマトジュース…」
はじめが生きている…無傷であることを知るとホッとしたのか、今度は安堵の涙がポロポロと溢れ出した。
そんな綺世を他所に明智は淡々と言う。
「言っておきますが、私が貴女を連れて行ったことは即座にバレるでしょう。その前に事件解決の糸口を掴まなければ、貴女は捕まり…私は懲戒免職でしょう」
「…分かってるわよ。犯人の目星はついている」
それを聞いた明智は「ほう…」と少し意外そうに反応した。
「はじめちゃんがあんな大芝居をしてまで、私を現場に連れて行かせようとした…私を信じてくれている証拠よ」
綺世は漸く前を向く。
「私が全ての謎を解く……でも、事件が終わったらはじめちゃんは1回ぶっ飛ばさないとね…」
別の方面でも怒りに震える綺世に明智は溜め息を吐くのだった。
明智同伴のもと、綺世は事件現場に再び足を踏み入れることになった。現場はほぼ事件のまま動かされていない。トリックを考えるには丁度いい状態だった。
「…この割れた水槽もそのままですよね?」
「ええ、その水槽がどうかしました?」
「私がここを訪れた時、水槽は割れていなかった…。犯人が何かの目的でわざわざ割ったのよ。部屋を荒らしたという口実を作るために」
綺世は何かを思い出したのか、明智に叫ぶように聞く。
「佐木くんが撮ったビデオ…ありますか!?」
「…言うと思いましたよ。全て画像にしてあります」
明智は懐から写真を取り出す。
それを受け取った綺世は凝視する。
そして…やっと【奴】が犯人だと確信する。
「…どうやら、この長い逃亡生活も無駄ばかりではなかったわね」
綺世は橘の書斎から出て、少し周りを眺めた時…花村葵の言葉を思い出した。
「別荘の鍵が書斎になく会場の机…寝室のドアが開きっぱなし…。…!明智さん!橘の寝室はどこですか!?」
「ここから見て、3番目の扉だよ。それがどうかしたのかね?」
「…そう、そういうことだったのね。分かったわ。全てが…」
「何?」
「謎は…全て解けた」
それと同時だった。
憤怒の表情を浮かべた長嶋が複数の警官を連れて綺世を取り囲んだのだ。
「見つけたぞ!この殺人鬼め‼︎…明智警視!貴方が殺人犯の手助けをするとは…どういうことですか!?」
明智は面倒そうに答えない。
だが、綺世は怯むこともなく長嶋に言う。
「真犯人が分かった。そこで…お願いがあります」
「お願い?誰が殺人犯の…‼︎」
「聞いてあげるだけでも良いのでは?」
明智は冷徹な目で長嶋を見下ろす。その瞳に流石の長嶋も少し慄いた。
「どうせ彼女はもう逃げれません。だが、彼女の言う通り、本当に別に犯人がいるとしたら…1回くらい猶予を与えてもいいのでは?」
「…いいでしょう、しかし!それで真犯人とやらが捕まらなかった場合…責任は取ってくれますよね!?」
長嶋の言い分はもちろんだ。
明智は綺世の方を見る。
「大丈夫よ、絶対に犯人は捕まる」
「…だそうです」
「それで…?我々は何をすればいい?」
「この橘の別荘の周りと書斎に警官を配置してください。バレないように…」
「何故そんなことをする必要があるんだ?」
「真犯人がここに来るからですよ、あと数時間でね」
ギィ…と音がほとんど鳴らさないように、何者かが橘の書斎に入ってくる。そいつの手には懐中電灯が握られており、何かを探している。
だが…それと同時だった。
突然に電気が着き、そいつの姿が露わになる。
奴は茶色のコートにズボン、帽子を被り、マスクを付けて顔を隠していた。だが、体格から男だということは分かる。
そんな男の前に綺世はゆっくりと姿を見せた。
綺世の姿を見た男はかなり動揺していた。
「ど、どうしてお前がここに!?」
マスクで声は曇っているが、その声は動揺と焦りを含んでいた。
「まあ…そうでしょうね。はじめちゃんは射殺され、私は警察へ連行されたって、『嘘』の情報を明智さんに頼んで流してもらったから。結果的にはじめちゃんの大芝居は
次回最終話。
本当に長々としてしまって、申し訳ないです。