金田一少年と神津少女の事件簿   作:GZL

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File9

橘の書斎に侵入して来た男は明らかに動揺していた。

ジリジリと元来た扉へ、いつ逃げようかと考えているのが丸分かりな程だった。そして、綺世の隣に明智が現れたことが引き金となり、男は構わず逃げ出そうとする。しかし、既に入口には長嶋と剣持が張っており、すぐさま取り押さえられてしまう。

 

「観念しろ‼︎」

 

男が取り押さえられると、ゾロゾロと関係者が出てくる。

その中には胸を赤く濡らしたはじめもいた。男ははじめの姿を見て、更に動揺する。

はじめはゆっくりと綺世の隣に移動して、男を見下ろす。

 

「とうとう追い詰めたな!金田一!神津!こいつが橘先生たちを?」

 

「ええ、彼が私たちを殺人犯に陥れようとした真犯人」

 

「でも先輩…どうしてここに来ると分かったんです?」

 

「簡単なことよ。ここに橘の原稿があるからよ」

 

綺世の言葉に全員が驚く。

取り押さえられた男もピクリと反応する。

 

「こ、ここに!?だがしかし…奴はどうやって分かったんだ?ここに原稿があると…」

 

「よく思い出して、橘さんの暗号は大村さん、時任さん、桂さん、野中さんとまるで伝言ゲームのようになって、最後の人が在処を知っていると思われていた。だけど、野中さんのところで『私で最後』の言葉で…気付いた。これが伝言ゲームなどではないと」

 

それを聞いてもハテナが浮かびまくっているいつきや剣持を見て、はじめと明智は珍しく同時に溜息を吐いた。

 

「名前だよ…」

 

「名前?」

 

「そう、それぞれ殺害された人の苗字を繋げて行くことで、原稿の在処が分かる仕組みだったのよ」

 

「???どういうことだ?さっぱり分からんぞ?」

 

「本当…頭が硬えな、おっさん」

 

はじめの言葉にムッと表情を硬くする剣持。

はじめは頭を掻きつつ、丁寧に説明する。

 

「大村はそのまま『(おお)』、時任は『()』、桂は『けい』、野中もそのまま『のなか』と…続けて読んでみろよ?」

 

「おお…」「と…けい…!?」「のなか‼︎」

 

先に動いたのはいつきだった。取り押さえられた男も一瞬力を込めたが、屈強な警官数人に抑えられては動けない。

橘の書斎にある豪勢な置き時計の扉を開くと…そこには1つのUSBメモリが置かれていた。

 

「あったぞ…!橘先生が遺した、原稿が…‼︎」

 

「そう…貴方の狙いはこれだった。だから原稿の在処に近い4人も殺害して、原稿を奪おうとした‼︎ここで橘さんを殺したのも、原稿絡みでしょうね…」

 

「だが神津綺世!」

 

ここで男を取り押さえる長嶋が声を上げた。

 

「こいつは確かに不法侵入でしょっ引くことは出来るが…殺人では無理だぞ!何故なら、この部屋に残っていたのはお前だけだ。足跡を残さずにどうやってこの部屋から脱出したんだ?それが解けない限り、お前の容疑は…」

 

「…そうね。この部屋に向かった足跡は私のものだけで、別荘に向かう足跡はない。だから私が犯人だと疑われた。だけど、それもトリック。私は見つけたのよ、この部屋から逃げ出す…見えない(ルート)をね!」

 

綺世はそう言うと、橘の書斎から出る。

そして明智から鍵束を渡される。

 

「じゃあ、ここからトリックの種明かしをするわ。じゃあ、はじめちゃん」

 

明智から貰った鍵束をはじめに渡す。

はじめはどういうことなのか、全く分からないといった表情だった。

 

「はじめちゃんが実践するのよ。私が出来るはずないでしょ?」

 

「はあ?何で俺が…」

 

綺世ははじめの胸ぐらを掴んで、至近距離で小さな声で彼の耳に囁いた。

 

「私を騙して悲しませたこと…まだ許してないんだからね?」

 

その瞬間、はじめは悍ましい寒気に襲われ、大人しく綺世の言う通りにすることにした。

綺世から鍵束を受け取ったはじめは、橘の書斎のドアの前に立つ。

 

「さて…準備完了ね。先に言っておくと、このドアこそ見えない(ルート)の正体よ」

 

どういうことなのか、分からずにいるとはじめが橘の書斎のドアにへばり付いた。

 

「せ、先輩!?何して!」

 

「まずは橘の書斎から隣の部屋に移動する。そして、その鍵でドアを開けて、ドアからドアへと移る。そうすれば…ここまでは足跡1つも付けずに行ける」

 

「なんてこった…!こんな手があったなんて!」

 

「いや…待て!」

 

明智が今度は声を上げる。

 

「3つ目のドアまでは足跡を付けずに来れるが、次はどうする?その間は2mもの空間がある。助走も付けれないそこで、どうやって別荘に戻るのかね?」

 

「確かにね、このままじゃ別荘に辿り着くことは出来ない。だけど犯人は、電話1つでこの難題を解決した」

 

「御託はいいから早くしてくれ…。地味にこのドアに張り付くのもキツイんだよ…」

 

「少しくらい我慢して。…葵さん!普段、寝室の風通しが悪い場合はどうするんです?」

 

「えっ!?そうねえ、エアコンを付けるのが普通だけど、以前は天窓を開けてたわ。でも…」

 

花村葵はゆっくりと橘の寝室へと足を進めて、そのドアを開けた。

その時、葵も気付いた。

 

「も…もしかして、だから私たちじゃなくて菊さんに…!?」

 

「ええ…その通り」

 

綺世はそのまま半開きのドアを一気に回した。

その途端、2mもの間があった空間に、ドアとドアで繋がった架け橋が出来上がっていた。

 

「これは!」「何ぃ!?」

 

長嶋の動揺は凄まじいものだった。

はじめは架け橋が出来るとすぐに渡り、別荘に戻った。ドアから降りた時には腕を何度も回して「はあ…筋肉痛になりそうだ…」と呟いた。

 

「こうやって犯人は足跡を付けずに別荘に戻ることが出来た。…長嶋警部たち長野県警が私だけを頭から犯人扱いしていなければ、もう少し早く見抜けたとは思うけどね」

 

長嶋を挑発する物言いだったが、反論できずに長嶋は顔を逸らした。

 

「だが…どうやってお前たちの動きを予測出来たんだ?警察だってまともに発見できずに四苦八苦してたのに…」

 

「そんなの簡単だよ、いつきさん。俺たちはいつも誰と連絡を取っていた?」

 

「は?そんなの俺とその……まさか…!俺が集めたメンバーの中に…!?」

 

「残念ながらね。そうじゃないと、ここまで私たちを先回りするなんて不可能よ」

 

「しかしそれだけでこいつを犯人だと言えるか?もしかしたら、橘の原稿欲しさで、殺人に隠れて奪いに来たって可能性も…」

 

「オッサンの言いたいことは分かるよ」

 

「大丈夫よ、彼が犯人だっていう決定的な証拠がある!」

 

綺世はポケットから袋に入ったガラス片を取り出した。

それを見た男がビクリと一瞬震えると、ブルブルと震え始める。

 

「そいつはなんだ?ただのガラス片にしか見えんが…」

 

「殺害現場が水槽のガラスと水で荒らされていたのを覚えている?少なくとも私が来た時に、あの水槽は元のままだった。犯人がわざと水槽を落として割ったのよ。()()を隠すためにね!」

 

「それは一体…なんだ?」

 

「…眼鏡の破片よ」

 

「眼鏡…!」

 

その瞬間、いつきの表情が固まる。

彼にも犯人が分かってしまったのだ。

 

「貴方はここで橘さんと口論か揉み合いになり、殺害してしまった。その間にメガネを落として割った。破片を調べられたら、すぐに自分が犯人だとバレてしまう。だから水槽を割ってそれを誤魔化した!…見事だったわ。私たちを助けたのも、罪を被ってくれる人がいなくなるからだったんでしょ?」

 

そう言うと、綺世は男の帽子とマスクに手をかけた。

そして…剥ぎ取った。

帽子とマスクで隠した顔は…都築哲雄のものだった。

 

「つ、都築さんが!?」

 

「嘘だろ…都築さん…」

 

「あの原稿の中を見れば…全て分かるだろうな。都築が犯した大罪というのも…」

 

苦いものを噛む表情の都築だったが、すぐに薄笑いを溢した。

 

「確かに…そこには俺が犯した許し難い犯罪が書かれているだろう。だが‼︎それだけで俺が犯人と決めつけるのは、早計すぎるんじゃないか?」

 

「往生際が悪いぞ!見えない(ルート)、メガネ…そしてここに来たことが何よりの証拠じゃないか!?」

 

「あのトリックは、神津綺世以外の人間でも殺害出来たことを証明しただけだ!それにメガネをかけてるのは俺だけじゃない。会場に何人いた!?え?」

 

こう言い返されては剣持も言葉が詰まった。

だが、綺世は臆することなく都築が犯人だと言い張る。

 

「いや…貴方はここでメガネを割ったことは間違いない!」

 

「どこにそんな証拠がある!?」

 

「証拠はこれよ!」

 

綺世は2枚の写真を取り出す。そこには都築が写っている。

 

「これは事件前後の都築さんの写真よ。メガネが変わっているでしょ?」

 

「あっ…‼︎」

 

綺世の言う通り、都築のメガネは明らかに変わっていた。

ここまで言えば、都築も諦めるだろうと踏んでいた。しかし…。

 

「…気分でメガネを付け替えて…何が悪い?」

 

「えっ…?」

 

「俺は気分でメガネを付け替えるんだよ…。だから、そうやって別のメガネをかけてる写真が見つかって当然さ…」

 

これは綺世にも想定外の反論だった。

綺世の瞳が激しく揺れ、どうしたらいいのか考える。

それを横で見ていたはじめがニヤリと笑った。

 

「都築さん、本当に気分で付け替えたんだな?」

 

「あ、ああ!そうだ‼︎」

 

「…墓穴を掘ったな」

 

「え?」

「な、何だと?」

 

綺世も都築と同じように驚く。

 

「今の一言が全てを証明したよ。あんたが犯人だとな!」

 

するとはじめもポケットから2枚の写真を取り出した。

はじめの写真は都築が事件前後にかけていたメガネをアップにして撮影されたものだった。

 

「よく見ろ。事件前のメガネは輪郭が凹んでいる。だが、事件後は輪郭が膨らんで見える。…これが何を意味するか、綺世、分かるよな?」

 

「!老眼鏡!」

 

「‼︎」

 

「そうだ。事件前は近視用のメガネだが、事件後は遠視用の老眼鏡だ。…そんなメガネを気分で付け替える奴がどこにいるんだ?」

 

都築は表情を固めたまま俯いている。

 

「あんたは事件の時に自分のメガネを割った。だけどメガネをかけずに行くのは怪しまれる。そのために仕方なく、橘が使っていた老眼鏡をかけるしかなかった!…いい加減に罪を認めろ。あんたの罪は全て暴かれたんだ‼︎」

 

ここまで強く言うと、都築は憑き物を吐き出すように語り出した。

 

「ああ…見事だよ…金田一くん、神津くん…。君たちを敵に回したことが、運の尽きだったようだ。確かに橘たち5人を殺したのは…俺だ。この手でね…!」

 

その手は小刻みに震えていた。

 

「どうして…どうしてだよ‼︎都築さん!」

 

いつきの悲壮な叫びが木霊する。そしてその表情は、はじめたちが見たことないくらいのショックを受けていた。

 

「あんたは優れたプロデューサーで、何本も素晴らしい番組をやって来たじゃねえか‼︎ジャーナリストとしても…尊敬していたのに…どうして!?」

 

それを聞かれたら都築は苦いものを噛んだような、苦しい表情を浮かべた。数秒の沈黙の後、都築は静かに言った。

 

「娘のためだ…」

 

「え?瑞穂ちゃんの…ためって…」

 

「いつきくんは、この傷が何か分かるか?」

 

都築の背中、斜め左下には縫った跡が残っていた。

その答えを、はじめはすぐに呟いた。

 

「腎臓移植のものだろ?…全て調べてある」

 

「そうか、そこまで見破って私を犯人と睨んでいたのか」

 

「どういうことだ!?説明してくれよ都築さん!」

 

いつきは未だに都築が犯人だと信じられない様子だった。

 

「私は5年前に妻を亡くした。その虚しさから逃れるために仕事に熱意を注いだ。だが、そのせいで娘を放ってしまい…終いに瑞穂は…腎障害を…!」

 

「まさか…その傷は!」

 

「ああそうさ!自分の腎臓を1つ、娘に移植したのさ!結果は失敗だったがな‼︎そのせいで娘にはずっと…いや、今も苦しい思いをさせている‼︎ここまで自分が愚かだと思ったことはないよ‼︎素晴らしいプロデューサー?全然だね!私はクズさ!」

 

初めて心の内を解放する都築の声は、常に後悔に塗れていた。

その勢いと覇気に、いつきは何も言えなかった。

 

「それでも私は瑞穂に合う腎臓を待った!だけど、1年経ってもその報告はなし…。そうやって身も心もズタボロになった頃、奴が俺の前に現れた」

 

「奴?」

 

「その原稿を見れば分かるが、前田という大病院の院長だ。私はその男と…悪魔の取引をした。人間であることを捨てたかのような、鬼畜の所業に…!」

 

都築は同時に拳を強く握る。

今でもその行いを恥じ、自身に憤激しているかのように。

 

「何をやったんだ?都築さん…」

 

「密輸だ、ただの密輸じゃない…。人間の臓器の密輸だ‼︎」

 

都築の言葉にその場にいた全員が戦慄する。

今まで飄々としていたはじめと綺世でさえ、驚愕の表情を浮かべた。

 

「娘に合う腎臓があったら優先的にくれる約束をした上で、奴は私に臓器密輸を手伝わせたんだ‼︎……いつ考えても、俺の行ったことはクズ…人間とは思えない最低の所業だった。だが…瑞穂のことを考えると、俺は…」

 

「なるほどな、橘が調べていた医学会と密輸は、ここで繋がったわけか」

 

「そんな時だった。橘が私と前田を告発する臓器密輸の話をノンフィクションで出版することを。俺は何度も出版を留まるように頼み込んだ!だけど奴は頑として聞き入れなかった!そしてあの日…」

 

「都築さん…」

 

「娘に辛い思いをさせ続け、臓器密輸を行い、挙げ句に5人を殺した殺人鬼…!くくく…最低な男だよ…俺は…」

 

都築の口から全てが語られ、残りは彼を逮捕することだけだ。

だが、その時都築がポツリと呟いた。

 

「でも…今分かったこともある。こんなクズの男でも…」

 

「!」

 

綺世は何かに気付いたのか、一気に駆け出す。

 

「1つだけ、最後にマシなことが出来ることに‼︎」

 

都築は懐からナイフを取り出す。

 

「都築さん!」

 

「何を‼︎」

 

都築はナイフを自身に向けて振り下ろす。

そのまま勢いに任せて都築の腹を貫くと思われたが、その刃は彼に届くことはなかった。

何故なら…綺世が素手でナイフの刃を掴んで、自殺を止めたからだ。

 

「綺世‼︎」

 

「ッ‼︎〜〜〜ッ‼︎」

 

掌に感じる鋭い痛みに声にならない悲鳴を漏らす綺世。同時にナイフから滴る綺世の血…。

 

「な、何故!?」

 

都築が動揺したことで、彼の腕から力が一瞬緩まる。その隙に綺世はナイフを奪い取って、怒りの声を上げた。

 

「ふざけないでッ‼︎」

 

「綺世…一旦そのナイフを…」

 

「黙って、はじめちゃん」

 

綺世は何故かナイフの刃を離そうとしない。

綺世の覇気にはじめも言葉をかけれなかった。

 

「あんたの思惑は分かるわよ…。自殺して罪を償い、残り1つの腎臓を提供させるつもりだったんでしょ?」

 

「…そうするしか…私にはない。私が生きていてどうなる!?殺人犯の娘なんて…後ろ指を指される‼︎腎障害も治らない‼︎その二重苦を考えるだけでも胸が張り裂ける!そんな娘にやれることは…もう…」

 

「ふざけるな…ッ!」

 

綺世はナイフを放り投げて、痛みなど関係なく都築の胸ぐらを掴むと下から見下ろして怒鳴る。

 

「ふざけるなァッ‼︎‼︎」

 

「…」

 

「貴方が死んでも何も解決しない‼︎娘さんを助けるために死ぬ?そんなの逃げてるだけよ!自分の罪に対して…!確かに貴方が私に罪を被せたのは、正解だったわよ。はじめちゃんが傷付く度に、何度自首して楽になろうと思ったことか…。でも、ここで逃げたら…全て終わると思ったから、私は逃げなかった。そして貴方に辿り着いた」

 

「綺世…」

 

「娘さんはまだ死んでないし、治るかもしれない。娘さんを1人にしても、救いはない。貴方は罪を償って、生きて娘さんに会うのよ。絶対に…死んじゃダメ」

 

綺世の言葉に、都築は力なく項垂れた。

そこで綺世の手も限界を迎えて、辛い表情を浮かべて右手を庇う。

はじめはすぐに綺世の右手に包帯を巻いていく。

 

「無理するからだ」

 

「ごめん…ありがとう」

 

「でも…成長したな」

 

「え?」

 

「以前のお前なら、犯人が死んでも何も思わなかっただろ?」

 

「…そうね」

 

後ろで都築は冷たい手錠を掛けられ、連行された。

その直前で、都築は振り返って、はじめと綺世に言った。

 

「罪を被せて、すまなかった」…と。

 

こうして、1週間にも渡る長い長い逃亡生活は、幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

都築が逮捕されて2週間後に、橘五柳の遺作として『臓器密輸』が出版された。出版元は鴨下さんの会社だった。奇しくも、ライバル会社が次々と亡くなったことで、そこに回ってきたのだ。

本屋で立ち読みしている綺世だったが、その中で一文気になるところがあった。

 

【前田は“T”を利用して…】

 

【T】は都築のものだとすぐに気付いた。

 

「いつきさん仕業ね」

 

「流石名探偵、鋭いことで」

 

「‼︎いつきさん…!」

 

「ああ、驚かせたな。ちょっといいか?」

 

綺世といつきは公園こ移動した。

 

「都築さんの娘、手術のこと聞いたか?」

 

「ええ。何でも合う腎臓が見つかったとか」

 

そう聞くと、いつきはタバコを取り出し、吸おうと思ったところでやめて、握り潰した。

 

「でも本当に良かったですね。…都築さんにも、良い報告が出来そう」

 

「…ああ、そうだな」

 

いつきは背中を弄りながら呟く。

 

「でも、瑞穂ちゃんはどうするんです?身寄りもいないと聞いたけど…」

 

「ああ、そのことなら大丈夫だ。…俺が引き取るからな」

 

「へえ…そうなんですか…………ええぇ!?いつきさんが!?」

 

「…放っておけるわけねえだろ。都築さんが罪を償って戻ってくるまで、俺が立派に育てる」

 

「それが良いですね。はじめちゃんにも知らせよ」

 

綺世は未だに痛む掌の上にスマホを置き、画面を開く。

そこには崩れた形のケーキが写っていた。

 

「おいおい、何だそりゃ?ぐちゃぐちゃじゃねえか」

 

「いいんです…これで…」

 

いつきが不思議な表情を浮かべている間に、綺世はあの時のことを思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事件を解決して、一旦自宅への帰宅を許された2人。

はじめも綺世も両親に圧死されるのではないかと思われるほどに抱きしめられ、温かいご飯と寝床を味わった。

だが、次の日に回ろうかと思われた時、不意にはじめが部屋に無断で入って来たのだ。綺世は気付いていたが、疲れもあって無視していた。

すると横ではじめは小さく呟いた。

 

「ハッピーバースデー、綺世」

 

「!」

 

綺世自身も忘れていた。

今日が誕生日であることを。

 

蝋燭に付いた火をはじめが消し、それを机に置いたまま姿を消すはじめ。

本来はじめはいつきの依頼を断って、綺世のためのケーキ作成に取り掛かろうとしていたのだが、事件に巻き込まれてその時間を失った。

なので、机に置かれているケーキの見た目は酷かった。

口に運んでも、甘すぎてとても美味しいと呼べるものではなかった。

それでも…。

 

「ありがとう…はじめちゃん…」

 

零れ落ちる、嬉し涙は止められなかった。

はじめが何故、あんな大芝居を打ってまで、事件を早く解決したかったのか…やっと分かった瞬間でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日を思い出した綺世は優しく笑みを浮かべ、はじめに瑞穂に関することを知らせた。

 

「じゃあ、私はこれで」

 

「おう!元気でな‼︎」

 

綺世の横から吹く春の風が、とても心地よいと感じられたのは、彼女にとって初めての経験だった。




これにて、『神津少女の殺人』完結です。
やっと終わりました。
マジで長くなってしまい申し訳ありません!



次章予告『悲しき報せは止まらない』
はじめの父親が株で失敗してしまい、数百万の借金を負ってしまう。
このままでは大学進学はおろか、高校中退もあり得るはじめは起死回生を狙い、宝島のツアー参加に臨むことにした。
だが、それは今まで何人とトレジャーハンターを葬ってきたと噂される、曰く付きの島での宝探しだった。
そして、その島で幾度目の血塗られた殺人劇が繰り広げられる。
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