金田一少年と神津少女の事件簿   作:GZL

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演劇の練習が終わり、音響室で掃除と小道具の片付けを行なっているはじめと綺世。既に劇場に残っているのは、この2人しかいない。静かに作業を進める綺世を他所にはじめは天井を向いていたが、不意に彼女に質問した。

 

「なあ綺世」

 

「何?サボってないで手伝っ…」

 

「月島冬子って、どんな()だったんだ?」

 

その質問に綺世はせかせか動かしていた両腕を止める。

 

「この部の奴らは『月島』の名前を出すのも躊躇うくらい恐れている。何をそこまで恐れるんだ?」

 

その問いに綺世は「はあ…」と深い溜息を吐き、皮肉げに微笑した。

 

「流石はじめちゃんね…鋭いというか…なんとかいうか…。月島さんは屈託なく笑う…とても明るい人だったわ。誰が見ても美人で、演劇部の中でも演技の才能はずば抜けていたわ。特にオペラ座の怪人のクリスティーヌ役はね…」

 

そこで綺世は小道具の箱を閉じる。

その表情は横から見ても、厳しいものに変わっていた。

 

「でも…彼女は誤って硫酸を頭から被ってしまい…手術でも治せないくらいに焼け爛れてしまった。まるで本物の怪人(ファントム)みたいに…」

 

「…それで自殺したのか?」

 

「…ええ。だけど、ただ自殺したわけじゃない」

 

綺世は小道具の箱を持ち、音響室から出て、この劇場の楽屋に向かい始める。同じようにはじめも後を追う。

 

「彼女は私たちが病院にお見舞いに行った時…屋上に現れた。そこで彼女は…突然演技を始めた」

 

 

『私はオペラ座の怪人…ファントム‼︎見よ…禍々しいこの顔を…!この禍々しき獣は地獄の業火に焼かれながら…それでも私は、天国に憧れる…』

 

 

「……」

 

その話を聞いただけでも、はじめは背中に嫌なものが流れた感じがした。そんな自殺の場面を見てしまえば…誰でも恐れてしまうことだろう。だが、綺世はこの自殺に納得していないようだった。

 

「私…彼女とは仲が良くて、自殺する前日にもお見舞いに行ったの。その時の彼女、とても自殺するようには見えなかった。それに最後の台詞…『天国に憧れる』なんて文言は劇の中には一切ない。…今でもどういう意味なのか、分からないの…」

 

そこまで聞いた綺世は辛かったのか、少し溢れた涙を拭った。

綺世はこの暗い雰囲気を吹き飛ばしたいため、晩御飯が用意されているであろう食堂に行こうとはじめに言った。はじめは「…ああ」と素気なく答えた。

この時…はじめと綺世は既に何かを感じていたのだろう。2人の表情は、とても合宿を楽しむ一学生には見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1番最初に食堂に着いたのははじめと綺世だった。

席には個々の名札が立てられており、まるで高級料理店のフルコースに見えても不思議はなかった。

先程の暗い空気を吹き飛ばすには丁度いい。

そう思っていると、突然後方から何者かに背中を押されるはじめ。

 

「うお…」

 

「扉の前でボケーとしてるんじゃねえ、ガキ」

 

少々頭に来る言い方をして来たのは、50代の男性だった。ふんぞり返った態度ではじめと綺世を下に見ているため、第一印象は『クソ上から目線のおっさん』だった。

はじめは別にそこまで深く関わろうとも思わない程に低俗な男だと思い、相手にすることも馬鹿馬鹿しいと感じていたのだが…綺世は逆に火に油を注ぐような発言をしてしまう。

 

「ちょっと声をかければ良いのに…大人気ない男ね」

 

「おい…」

 

注意したはじめだったが、その声は男性に聞こえてしまった。

 

「何だと?ガキは大人の言うことを黙って聞いていれば良いんだよ…。ごちゃごちゃ言ってるとしょっぴくぞ?」

 

それだけ言って、再び席に着いて足を組み酒を食らった。

はじめは綺世の腕を肘で突く。

 

「あんな男を相手にすることはない。黙っていろ」

 

「…ふん」

 

綺世の態度は一貫しており、はじめは忖度しない彼女の性格をどうにか出来ないのかと思ってしまう。その間にも徐々に布施や早乙女といった部員が食堂に集まってくる。最後に緒方先生と黒沢オーナーが入って扉を閉めると、乾杯の声をかけようとする。

 

 

だが…その時だった。

 

 

「きゃああああああああああああ……」

 

 

落雷の音に混じって、女性の悲鳴が館に響いた。

その悲鳴に全員が一瞬固まり、まず布施が「誰の悲鳴だ…?」と呟く。はじめは空席の名札を手で取って確認する。そこには…『日高織絵様』と書かれていた。

 

「まさか…日高が!?」

 

有森の動揺の声の後、最初に食堂から飛び出したのははじめだった。

 

「ちょっ…はじめちゃん‼︎」

 

はじめが飛び出してから少し遅れて綺世が彼の後を追う。

はじめたちに倣い、他の部員も即座に館内に散らばり、日高の名前を叫ぶ。だが、部屋にはおらず…日高本人の返答は一切聞こえない。焦燥が募り始めるはじめと綺世の耳に、今度は悲鳴ではなく『ジリリリリ‼︎』とベルの甲高い音が響いた。

 

「開幕ベル…!」

 

「劇場よ‼︎」

 

今度は綺世が先に走り出す。

劇場に着いたはじめと綺世だったが、案の定照明が付いていないため、中は暗闇に染まっていた。綺世ははじめに「はじめちゃん!ライト!」

と言う。

はじめは音響室へ駆け出し、舞台と劇場のライトを全て付けた。

ところが普段あるはずのない場所から強烈なライトが綺世の目に飛び込んで来たために、綺世ははじめに文句を言う。

 

「はじめちゃん‼︎どこ付けて…」

 

 

ピチャン……

 

 

水音がまず綺世の耳に聞こえる。

徐々に光の強さに慣れて来た綺世の目に飛び込んだのは地面に落下した照明機材だった。その内の1つが綺世の目に入っていたのだが…その照明機材には、血がベットリと付着していた。それが音を立てていたのだ。

そして…その血の主だが、それは重さ数百キロの照明機材…いや、鉄の塊で身体を押し潰された日高織絵のものだった。彼女の目は見開いたままで、涎、涙、鼻水、血とあらゆる体液が溢れ出ていた。腹に鉄塊を受けた身体はあらぬ方向に曲がっており、誰が見ても生きていないことは明白だった。

 

「ひ…日高…」

 

「そんな…」

 

初めて死体を見た綺世は膝から崩れ落ちる。そんな彼女をはじめは支え、一旦観客席に座らせ、彼はすぐに舞台へと上がる。

その間に同じく開幕ベルの音を聞いたみんなが劇場に集まり、日高織絵の凄惨な遺体を目の当たりにする。

 

「日高ッ!?」

 

「キャアアアアアア‼︎」

 

反応は様々だが、その中で1人だけ…頭を掻きながら面倒臭そうにする男がいた。それははじめたちをガキ扱いした態度の悪い男性だった。

 

「全く…なんで休暇中にこんな目に遭うんだか…」

 

「何を呑気に言ってるんですか?あなたは一体…‼︎」

 

あまりの能天気さに有森が男性に何者かを問う。

男性はスーツの懐から…なんと警察手帳を取り出したのだ。

 

「俺は警視庁の剣持警部だ」

 

(なるほど…あのいけ好かない態度はあれが理由か)

 

だが、剣持は即座に結論を叩き出した。

 

「まあ俺が出るまでもない。単なる事故だろう。古い劇場だ、照明器具のワイヤーが老朽化で切れ落ちた…ってところだろう」

 

「そいつは違うな」

 

その剣持の見解を、はじめは真正面から反論した。

再び生意気なガキに楯突かれたことが腹を立てたのか、剣持ははじめに顔を思いっきり近付けて口を開く。

 

「ただの高校生が現場で語るんじゃねえ‼︎何の証拠があって…」

 

剣持が話している最中だったが、はじめは手に持った切れたワイヤーの一端を見せる。それを見た剣持も流石に表情を変えた。

 

「見れば分かるだろ?この切り口は明らかに人為的に切られたものだ。そんなことも気付けないとはな…警部さん」

 

顔を赤面させて、ワナワナと震える。

 

「そ、それなら話は変わる!全員今までどこにいたのか、確認を取るまでだ‼︎」

 

「待ってよ、ジ…警部さん」

 

綺世は漸くショックから立ち直ったか、椅子から立ち上がって剣持に食いつく。

 

「日高さんが劇場で悲鳴を上げた時、私を含めて部員も先生も全員食堂にいたわ。私たちの中に犯人がいると言うのは、いくら何でも軽率過ぎないかしら?」

 

2人の高校生相手にイラつきを隠せない剣持だが、綺世の言っていることはもっともだった。剣持自身が食堂に被害者である日高織絵以外、全員いたことを覚えている。一気に勢いを無くしていく剣持だったが、黒沢が「あっ!」と不意に声を上げたことで、有力な犯人候補が現れる。

 

「私としたことが!警部さん!実はこの館にはもう1人お客さまが…」

 

「何だと!?」

 

「昨日からお泊まりしている方です、名前を確か…歌月(かげつ)と名乗っていましたが、何とも不気味な方でした。何せ、顔が包帯でグルグル巻きでしたから!」

 

それを聞いた部員全員がゾッとした。

理由は言うまでもなく、容姿が月島冬子と同じだったからだ。

剣持も今の話を聞いた部員の怯え様に違和感を感じたが、まずはその歌月の部屋に殴り込みに行くことが最優先と判断した。

 

「よしオーナー!そいつの部屋へ案内してくれ‼︎」

 

すぐ様、剣持は歌月のいる部屋へカチコミに行った。

もちろん鍵は掛かっていたが、そんなものはお構いなし。扉を蹴破って中に入ると…凄惨な光景が広がっていた。

割られた窓、裂かれたカーテンやソファ、ベッド、散乱した包帯、どう見ても正常者のやる行為ではなかった。はじめは放置されたスーツケースに近寄り、中身を見る。だがその中もズタズタに裂かれており、何も残されていない。

 

「…放置された包帯から見て、こいつは顔を隠すためみたいだなあ、警部さん」

 

「そんなこといちいち言われんでも分かるわ!」

 

更に部屋の奥へと行くと、不意に綺世がガタンと背中を壁にぶつけて音を立てた。

 

「綺世?」

 

その表情は…まるで悪魔でも見たかの様だった。

綺世が指差す先はバスルームだった。恐る恐るバスルームを覗くはじめ…そこに赤く書かれた血文字のようなものに、戦慄した。

 

 

《地獄の業火に焼かれよ》

 

 

まるで壁に殴り書いたような文字に全員が震える。

この言葉を、忘れるはずがない。月島冬子が自殺する直前で言った台詞だ。その時…思わず神谷が呟いた。

 

「月島冬子だ…。彼女が来たんだ…このオペラ座館に…!」

 

「じょ…冗談じゃない‼︎亡霊なんかいるものか!殺人鬼がこの館に居るんだよっ‼︎こんなところに1秒だっていられるか‼︎」

 

布施は勝手に叫んで、歌月の部屋から飛び出した。そして荷物も持たずにクルーザーがある船着場へと走っていく。

外は暴風雨だ。とてもこんな時にクルーザーなんて出せば、転覆して命はないだろう。だが…彼がクルーザーに乗れることはなかった。船着場で膝を着く布施の姿を見たはじめだったが、その先の光景に唖然とした。

 

「クルーザーが…ない!」

 

後ろから来た綺世がロープを手に取る。

ロープにも同じく何者かによって切断された痕が残っていた。

 

「…どうやら、この島に閉じ込められてしまったようだな」

 

「誰に?」

 

「…月島冬子の亡霊かもな」

 

そんなことを言うはじめだが、実際は亡霊なんて居るわけがないと思っている。

だが姿を消した歌月となる者はどこへ行ったのか、何故日高織絵は殺されなくてはならなかったのか、残された疑問だけがはじめの脳内を駆け巡る。

荒れ狂う海と風の音…その音が、はじめには不気味に笑い続ける怪人(ファントム)の声のように聞こえた。

 

(…幻覚、だよな)

 

早く館に戻ろうと急かす綺世に連れられて、3人はやむなく元来た道へと戻る。この殺人が、これから始まる惨劇のプレリュードだとしても知らずに…。

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