File1
夏休みが終わり、新学期が始まり…綺世とはじめの距離は縮まることも広がることもなく、いつも通りの生活が続いていた。綺世も退屈な毎日を送っていたのだが、ふと自宅前に置かれている荷物が目に入る。
「何これ?」
その荷物には差出人の名前もなく、何が入っているのかも分からない。
自宅の中に入れ、ガムテープを剥がして段ボールを開ける。
まず彼女の視界に入ったのは、大量の赤いバラ。そのバラに囲まれて、木製の箱が鎮座していた。だが、その箱の面には大きく堂々と『危険物在中!』と書かれており、綺世は瞬時に箱から距離を取った。何が入っているのか全く分からない綺世はすぐに110番を呼び、この箱は段ボールごと回収されるのだった。
ー1週間後ー
はじめと綺世は剣持に呼ばれていた。そしてその後ろには、話を聞いた佐木までもがくっ付いて来た。剣持に呼ばれた理由だが…それは先週回収されたはずの箱の件だった。しかもそれが目の前にあるのだ。
「…こんなところに置いて大丈夫なんですか?」
「ああ、爆発物でないことは分かった。ただ…誰がやっても開けられなくてな…それで、君たちの手を借りようかなと…」
「…たかだか17歳の高校生に手を借りようとする警察に呆れるな。『あの人』はいねえのか?」
はじめの言う『あの人』とは、明智警視のことだ。
はじめも綺世も癪ではあるが、彼の洞察力と推理力は認めざるを得ない。
「ま、私のところに来た謎の届け物だし…やってもいいんじゃない?」
はじめは溜息を吐きつつ、箱を持ち上がる。
軽く振ってみるが、何か大きなものが入っているとしか分からない。
剣持はコーヒーを啜り、(そんな簡単に開けられないだろうが…)と思っていると、カタと一際大きな音が耳に入る。
ふとそっちに目をやると、スライド式で僅かに開いた箱があったのだ。
「何ぃ!?」
「…お前ら警察の力量には涙しか出て来ねえよ…」
「それで、何が入ってるんですか?センパイ」
言われるまでもなく、はじめは箱を開けようとするのだが、何かが引っ掛かって上手く開かない。そこで更に力強く開けると、中から出て来た““もの””に綺世は「ひっ…!」と声にならない悲鳴を上げた。
はじめでさえも、引き
「ねじれた…マリオネット…」
カチャカチャと音が鳴るマリオネットは、腕や足、腰や首まで歪な方向へ曲がり、その状態で固定されていた。更に不気味なのは、その顔が…どことなく綺世の顔とそっくりなことであった。あまりに常軌を逸したものにはじめたちだけでなく、喫茶店の従業員や客もヒソヒソと話すくらいであった。
「金田一!箱の中に、何か書いてあるぞ!?」
【来たる10月21日、北海道の死骨ヶ原湿原を通る列車に魔法をかけた。
死と恐怖の魔術を堪能されたし…。
地獄の傀儡師】
「こいつは…!」
「挑戦状…なのかな」
はじめはねじれたマリオネットを再び見る。
何かがそこで起きるのは間違いないのだが、何故綺世の所に送られて来たのか、まるで見当が付かなかった。
はじめと綺世は、気付いていなかった。
このマリオネットが、これから始まる事件の使い魔になることを…。
ー3週間後ー
列車の警笛が鳴り、ドアも閉まる直前で最後にはじめが乗り込む。
少し息を荒げ、顎に滴る汗を拭い取る。しかし、すぐ目の前には綺世が腰に手を当てて仁王立ちしていた。
「はじめちゃん…今何時?」
「…18時です」
「それでどうして遅刻しかけるの!?」
「そんなの…決まってるだろ」
はじめは例の箱の中身を見せる。
それを見た綺世も、先程の叱責の表情は一気に消える。
「この3週間…ずっと考えてたんだよ。何故こんなものがあったのか、それでどうして綺世の所へ来たのか…な」
「それで?それは解決したんですか?センパイ」
どうして佐木が同行しているのか聞きたくなったが、はじめはその答えを聞くことは諦める。
「分かったら寝坊なんかするわけねえだろ…」
「…それなら、仕方ないわね。でも…」
綺世はふとはじめに背後を見せると、少し黙る。
気になることでもあるのかと思って黙っていたのだが…。
「寝台列車なんて初めて!少し楽しんじゃおうかな?」
溜息を吐くはじめ、そして剣持は「ガハハ!」と声を上げた。
「まあ、高校生にはキツイだろうしな。俺が警察の調査費から出してやったんだ!感謝しろよ!」
「どうせ1番安いやつだろ…」
はじめの予想した通り、寝泊まりするのはカプセルホテルよりも酷いものだった。はじめの身長では足を曲げないと寝られない。
はじめの不満を他所に、綺世と佐木は楽しそうにしている。
(能天気な奴が羨ましいぜ…)
当初の目的も忘れているのではないかと思いつつ、再び眠ろうとした時…ふとカーテンの間から白い手が入って来た。
何かと思いながら黙っていると、カーテンの向こう側から声が聞こえた。
「血のように…赤いバラをどうぞ…」
そう言った途端、何もなかったはずの手から真っ赤なバラが出て来たのだ。こんな洒落たことをするのは誰かと思い、カーテンを開けると…黒マントに派手なマスク…。一見ピエロのようにも見えたが、それでもない。驚きの姿に唖然としているはじめの手にバラが置かれる。更に綺世や佐木、剣持とこの車両の客のほとんどにバラをあげていく。
そして、車両から出る前に指を鳴らすと、バラの花だけが茎から崩れ落ちるように折れた。それを見た客は拍手喝采である。
「あれが幻想魔術団のマジシャンですね!」
「幻想魔術団?なんだそれ?」
「センパイ、知っているでしょ?今回の死骨ヶ原ホテルと行われるマジックショーをやる人たちですよ!それに伴って、この列車でもマジックショーを少しやるとか!」
「ふーん、そうなの…」
綺世は物珍しく、あの黒マントのマジシャンを見る。
常に薄笑いを浮かべた彼を、凄いよりも『不気味』と感じる綺世。
ただし、それは綺世だけでなく、はじめもだった。
(…血のように、赤いバラ…)
はじめは地面に落ちたバラに目をやり、瞬時に枯れる茎に見惚れるのであった。
ー翌日ー
あの小さなマジックショーの後は何事もなく夜が過ぎた。
朝に目が覚めると、外は既に北海道の風景だった。
欠伸をしつつ、凝り固まった身体を伸ばして食堂車へと歩を進めるはじめ。案の定、はじめが最後に着いたようで綺世たちは不満そうに待っていた。
「もう少し早く起きれないの?」
「はいはい、いいから飯食べてしまおうぜ…」
面倒そうに言うと、全員の前に朝食が運ばれる。
だが、その中心に置かれたのはバラのサラダだった。
誰が頼んだのかと思う程のもので、全員が固まってしまう。
すると…。
「皆様ようこそ!魔術列車へ!私は『幻想魔術団』の団長、ジェントル山神と申します‼︎私たちのマジックショーをとくとお楽しみください…」
乗客の拍手と共に順番にマジシャンが出てくる。
グラスの水を利用したマジック、カードマジック、水晶を触らずに割るマジック、人形を使ったマジックなど、客を盛り上げていく。そんな中、後ろで怒鳴り声が聞こえる。
「ふざけるな!高遠!この俺様が1円の得にもならない奴らにマジックを見せろと言うのか!?」
「そこを何とかお願いします…由良間さん」
「大体団長は……」
その声は綺世にも聞こえており、顔を合わせてお互いに溜息を吐く。
「ああいうのがプライドの塊って奴なのかしらね」
「ただ態度がデカイだけだろ」
そうして、最後に金髪のデカイ態度の由良間という男が客の前に立った。そして、客の中で綺麗な女性を指差すと、その彼女にご協力してもらうと言い出したのだ。
「さて、お嬢さん、何か
女性にそう問いかけるや否や、由良間はどこからか彼女のブラジャーを見せびらかしたのだ。これには堪らずはじめと剣持はコーヒーを吹き、佐木は興奮気味にカメラを回す。
だが、綺世は違った。
立ち上がると声を荒げた。
「ちょっと!貴方、マジシャンだからってやり過ぎじゃないですか!?」
「何を何を…これも立派な【マジック】ですよ。そこまで気を荒くしないでください」
人を上から見る嫌な視線に綺世の怒りが沸騰寸前になる。
それを見たはじめは(はあ、しょうがないな…)と思いながら、バラのサラダに置かれた1本のバラを手に取った。
「さて、このブラジャーを手の中に入れてギュッと握ると…」
その後、鳩が出てくるはず…だったのだが、由良間の予想とは違う結果が訪れる。強く握った瞬間、刺すような痛みが掌を襲った。
「いでででででッ!?」
その掌からはブラジャーではなく、バラが1本出て来た。
「クソッ!どうなってるんだ!?」
「へー…
はじめの一言にカチンと来た由良間は、こめかみに青筋を隠すことなくその場から消える。それを確認したはじめは、ポケットからブラジャーを取り出して、顔を赤くしてる女性へと返した。
「へえ…たまにはいいことするじゃん、はじめちゃんも」
「…お前があれ以上キレ散らかしたら面倒だからな」
「少しはやられた女性の方を心配しなさいよ…」
「お前が狙われたら、多分その拳を鼻っ柱にぶち込むんだろ?」
「ええ、それが?」
「…だから問題なんだよ」
綺世に聞こえないくらいの小声で呟くと、不意に携帯の着信音が車両内に響く。それは綺世のポケットから鳴っていた。
(こんな着信音じゃなかったはず…)
綺世はそうやってポケットを
「やあ、神津恭介の孫…神津綺世くん、魔術列車の旅は楽しんでるかな?」
「…誰よ、あなた」
「““地獄の傀儡師””、と言えば分かるかな?」
「!」
はじめもやっと綺世の雰囲気から、電話の主が例の怪しいマリオネットと脅迫状を送りつけた相手だと分かる。
「で…何の用?」
「いえ…そろそろ私が仕掛けた爆弾が爆発することをお知らせしようかと思いまして…」
「ば、爆弾!?」
思わず綺世は声を上げて言ってしまう。
それに反応して他の客もガヤガヤと騒ぎ始める。
「何を…馬鹿なことを!どうせハッタリに決まって」
それと同時だった。
突然はじめたちのテーブルに置かれたバラのサラダが皿ごと吹き飛んだのだ。甲高い爆発音と飛び散るバラの花びらに呆然とする。
「これで本気と分かって頂けましたか?次はもっと大きいですよ…くくく…」
そこで電話は終わってしまう。
綺世は冷たい汗を流し、はじめを見る。
「はじめちゃん…」
「今すぐ…電車を止めさせるんだ、おっさん…。急げ‼︎」