山神団長の惨殺死体はすぐにホテル内に広まった。
部屋の周りには人集りが出来て、「今日のマジックショーはどうなるんだ?」と呑気な声ばかりがはじめの耳に入る。既に山神のバラバラ遺体は降ろされており、傍で妻の夕海が涙を流していた。
「山神だが、直接の死因はやはり頭に刺さったナイフによるものだ。だが、その前に首を絞められて、気絶された後がある。あと断定は出来ないが、死亡推定時刻は12時から2時の間だ」
「丁度…コンパートメントで山神団長の死体が消えた時刻と同じ…」
「やはりあれは…山神団長の死体だったのか」
「どうやってここに持ち込んだかは不明だが、今でも頭から離れないぜ。この…マリオネットそっくりだったんだからな」
はじめの手によってぶら下げられているねじれたマリオネット。
これが殺人予告であることは分かったが、それなら謎が残る。
「…お前、何か人に恨まれることでもしたのか?」
綺世は突拍子もない問いに一瞬驚くが、すぐに首を振る。
「そんなわけないじゃん!」
「じゃあどうして、わざわざお前の家に殺人予告が届くんだ?」
「こっちが聞きたいわよ…」
綺世は頭を抱えてながら、長崎の元へと行く。
「この部屋は、誰が泊まっていたんですか?それとも空き部屋?」
「いえ、つい先程まで都津根様がお泊まりになっていた部屋です」
「都津根?」
「はい、ですが…皆様を部屋にご案内するとすぐにホテルを出て行ってしまったんです。もう列車は来ないし、この周りは沼だらけでどこへも行けないはずなのですが…」
「都津根という人の…名前、見せてくれますか?」
長崎はすぐにホテルに泊まってる人のチェックリストを見せる。
それを見たはじめと綺世は、すぐに納得した。
「これ見ろよ、都津根“毱夫”だってよ」
「とつねまりお?…【マリオネット】か!」
「偽名、ってことね」
「支配人!この都津根の人相は?」
「そ、それが…分厚いコートにゴムマスクで顔を隠していて…」
「男か女かも分からないわけか」
するとそこへ、残間さとみがやって来た。
ぺこりと礼をすると、とんでもないことを言い出した。
「今日のマジックショーは午後6時半からとなっております。開演15分前には劇場を開くので、是非来てください」
「な!?今日のショーやるんですか!?団長が死んだというのに!」
「はい…由良間さんは彼のためにもマジックショーを大成功に収めると…」
「あのクズ男…自尊心だけは一級品ね」
まさかの事態に溜息を吐くはじめ一向。
その後ろで、長崎はポツリと呟く。
「これも…“運命”ですかね」
「え?」
「いえ、こちらの話です。食堂へ案内します。どうぞこちらへ」
長崎の提案は、この淀み切った空気を吹き飛ばすには絶妙なものだった。長崎は黙って、はじめたちを先導するが、綺世だけは彼に鋭い視線を向けていた。
マジックショーを目当てに、観客はぞろぞろと沼の中央に鎮座している劇場へと足を運ぶ。そして綺世だけ一足早く劇場へと着いていた。
「わあ…変わってないなあ」
幼き頃に来た時とまるで変わらない劇場に、タイムスリップしたのかと感じられた。まだ観客はまばらで、どこでも座れた。しかし、綺世は随分後ろで腕を組んで、開演を待っている明智警視とその隣に座る長崎が目に入った。
「隣…失礼します」
綺世は明智の隣に座る。
長崎は膝に直方体の木箱を持っていた。何か気になるが、その前に長崎がこんなことを言い出した。
「神津様、貴女は10年前にもここにおいでになられましたか?」
「え、はい…。お祖父様と一緒に…」
「やはりそうでしたか、随分大きくなられたものです。名前を聞くまで分かりませんでした」
「いえ…そんな」
「ほう?あの神津名探偵と共にここに?」
「1回だけですけどね。多分、最初で最後の旅行だったと記憶しています」
「神津恭介様も、最後にいらしたのは5年前、まさかあの時に“あんなこと”が起きるなんて…」
「その…“あんなこと”って、何があったんですか?」
それを聞くと、長崎も明智も口を閉ざした。
言いたくても言えない、そんな雰囲気だった。
思い切って、強く踏み込もうとした時、開演のベルが鳴ってしまう。更に隣に剣持と佐木が座ってしまい、聞くに聞けなくなってしまう。
しかし、はじめの姿はない。
「あれ?はじめちゃんは?」
「先輩なら少し遅れて行くと言ってましたけど…」
(絶対晩御飯食べて眠くなって、少しうたた寝してたな!)
その通りで、はじめは急いではね橋を渡っていた。既に時刻は午後6時27分、ふと時計を見ていなければ遅刻は必須だっただろう。
「全く!どうしてホテルの中でやらずに面倒なところでマジックショーなんかやるんだ!?」
焦って走るはじめだったが、橋を渡り切ったところで脛に何かが当たり、盛大に転ぶ。
「いでっ!」
何に当たったのかと思えば、橋の上げ下ろしを行うレバーで、ぶつかった衝撃でポッキリと折れてしまっていた。更に橋は上がってしまい、どうしたものかと呆然としかける。しかし、今は綺世に叱られないためにもマジックショーには間に合い、この橋に関しては知らんぷりするのが得策だとはじめは考えた。
レバーを放り投げ、急いで劇場に入る。
「あ、やっと来た」
「遅いよ!はじめちゃん!」
「わ、悪い…」
「…どうしたの?顔色悪いけど」
「そ、そうか?」
誤魔化しているが、あの橋のことを知られたらただでは済まないだろう。綺世は不思議そうな表情をしていたが、それもマジックショーが始まればコロッと変わった。
最初のパンフレット通りのマジックが披露されていき、客は全員釘付けになる。その最中、長崎は膝に置いていた箱を開ける。中身は5年前に亡くなった近宮玲子の顔を模したマリオネットだった。
それを見た明智は一瞬、驚愕の表情を浮かべたが、何も見ていないように振る舞う。
そして演目は最後になり、この劇団名物の《生きたマリオネット》が始まった。舞台には1つの椅子とそれに座るヒモを繋げられた等身大のマリオネット。山神団長の死体を見たせいか、はじめと綺世は少し険しい表情を浮かべてしまう。
しかし、そんな表情は一瞬で消える。
マリオネットを繋ぐヒモが切られると、なんとマリオネットは喋りながら人間みたいに動き始めたのだ。上下左右、ヒモで操ってるようには見えない。それどころか、マリオネットは縄跳びや自転車などをする始末だ。じゃあ元々マリオネットではなく、中身は人…だと思われたが、それも自転車に乗った状態で壁にぶつかりバラバラになる姿を見れば、誰もがその考えは間違いだと思い知らされた。
そして、生きたマリオネットの演目もクライマックスになりかけた頃…綺世の電話が鳴った。
「!」
「例の脅迫状主からですね」
「ええ。…もしもし」
「どうですか?愚かな罪人たちのくだらないマジックショーは」
「あんたの狂気じみた殺人よりは、何百倍もマシよ」
「そうですか…。では、私の最高のマジックをご披露しましょう!」
それと同時に劇場内が暗くなる。タイミングとしても、地獄の傀儡師の仕業に間違いない。
何をするのか身構えていると、舞台に照明が戻った。
だが、そこには先程まで椅子に座っていたマリオネットは置かれていなかった。赤いバラが雨のようにヒラヒラと何十枚と落ちる中で、両手足にヒモを結ばれて心臓に短刀が突き刺さった由良間の死体があったのだ。
それを見た観客は悲鳴を上げ、団員たちも駆けつける。すぐ様幕は下され、はじめ、剣持、明智も同じく舞台へと向かう。
その頃、電話の方から声が聞こえる。
「どうです?私のマジックは?」
「あんた…何が目的で…!」
「それは、いずれ…分かりますよ」
電話が再び切れる。
それと同時に、綺世は歯を強く噛み締めて、椅子に拳をぶつけるのだった。