「どうやら部屋に鍵を掛けて閉じ籠るのが最善策ね」
廊下を歩きながら桐生晴美ははじめと綺世に言った。
クルーザーが流され、脱出手段を失ったはじめたちに剣持は「部屋から出るな」とキツく言われた。もちろんはじめも綺世もそのつもりだ。
「それにしても包帯を巻いた何者…か。まるで推理小説の登場人物みたい。…包帯と言えば、『月島』さんもそうだったわね」
唐突に月島冬子の話を始めた桐生。そして綺世に顔を向けて、更に話を広げる。
「綺世はどう思う?包帯を付けた何者かに壁に書かれたあの言葉…まるで月島さんの亡霊が私たちに襲いかかってるみたい」
綺世は突拍子もない話…そして、月島冬子が例え亡霊でもそんなことをするはずがないと反論しようとした時、はじめが先に口を開いた。
「幽霊が壁に血文字やワイヤーを切れるはずがねえだろ」
それに付け加えるように、はじめは鋭い質問を桐生に向けた。
「そもそも…桐生、お前を含めてこの部の奴らは月島冬子に拘りすぎじゃねえか?」
それを問われた桐生は自嘲気味に笑う。
「…そうね。それは間違いない。だけど、それ程彼女は私たちにとっては特別な存在だった!彼女が持つ生まれながらのスター性…私みたいな凡人が持っていないものを彼女は持っていたのよ」
そのまま桐生の部屋の前に着く。
彼女はドアを開けながら「こんなことを言い出してごめんなさい」と言う。そして扉を開け、桐生は更に言葉を紡ぐ。
「私ね…月島さんの亡霊に会いたいわ。会って言ってやるのよ‼︎あなたが傍にいるだけで…どれだけ惨めだったかをね!……ふう、おやすみ」
腹の底に溜まった鬱憤を晴らすかのように桐生は言葉を吐き、そのまま部屋に戻って行った。
それを見たはじめは自室に戻る前に最後に綺世に聞く。
「…月島冬子は、嫉みを抱かれていたみたいだな」
「……」
綺世は何も言わなかった。いや…何も言うことが出来なかった。
ー翌日ー
事件のことをずっと考え続けていたはじめはあまり寝ることが出来なかった。漸く深い眠りに就けるかと思われた時…自室の内線電話が音を立てた。
何度も目を擦り、受話器に腕を伸ばす。
その最中に見えた時計はまだ朝6時だった。何が起きたのかと髪を掻きながら、受話器を耳に当てる。電話を掛けてきたのは綺世だった。
「はじめちゃん!聞こえる⁈」
「なんだよ…まだ6時じゃねえか…。もう少し寝かせ…」
「…桐生さんが…」
綺世の電話を聞いてすぐに部屋から飛び出した。昨日よりも雨風は少し収まっていたが、それでも酷いことに変わりはない。
そして館の中庭に飛び出す。
人集りが出来ており、そこに辿り着いた時…はじめは驚愕した。
中庭にある1つの太木、そこに掛けられたワイヤーがギィ…ギィと風に揺れることで音を定期的に鳴らしながら、桐生晴美の身体をゆっくりと揺らしていたのだ。
「な、なんてことだ…」
黒沢オーナーは頭を抱えてそう呟く。
「で、でも…どうして桐生は自殺なんて…!」
布施が決めつけたかのように言うが、綺世が即座にそれを否定した。
「自殺じゃないわ!台も無しにどうやってあそこで首を吊れるっていうの?桐生さんは殺されたのよ‼︎」
「…そいつは間違いないが、ただ殺されて吊るされたわけじゃないな…」
はじめは桐生の部屋のすぐ外でそう呟く。
それを聞いている剣持ははじめに怒鳴り散らす。
「どういうことだ!?クソガキ!きちんと説明せんか‼︎」
「分からねえのか、あんた警部だろ?足元見ろ」
はじめに促されて、剣持は足元を見る。そこには太木に向かって行く1つの足跡が続いていた。
「桐生は間違いなく殺された後に、この木に吊るされた。でもどこから運ばれたんだ?」
「桐生の部屋の窓からに決まっているだろ!?バカか!?」
剣持の言う通りだった。桐生の部屋の扉はつまみによる鍵とチェーンロックが掛けられており、そこから死体を運ぶことは不可能だ。逆に窓は開いたままになっており、部屋の中にまで雨が入り込んでいる。誰が見ても、犯人が部屋に何らかの方法で侵入して殺害し、窓から外に出て木に吊るしたと考えられるだろう。
しかし、はじめの考えは違った。
再び深い溜め息を吐くと、はじめは地面に落ちている桐生の靴を拾う。
それを足跡にはめると…ピッタリだった。
「こ…こいつは…!」
「分かっただろ?この足跡は桐生本人のもの、彼女は『自ら』窓から部屋を出て…この木の下まで行ったんだ」
それを聞いた全員はその時の状況をイメージしてしまう。
そんな時、綺世が何かを思い出したかのように呟いた。
「…はじめちゃん…今回の2つの事件、私たちがやるはずだった『オペラ座の怪人』のストーリーと一緒よ!」
その言葉に全員の脳に衝撃が走った。
「オペラ座の怪人のストーリーと一緒…?どういうことか、一から説明を…」
「私がしましょう…」
額に脂汗を浮かべる黒沢オーナーは、静かにそのストーリーのあらましを語り始めた。
「オペラ座の怪人のストーリーは…劇場の地下に棲む
(日高織絵と同じ殺し方…)
「更に
(なるほど…オペラ座の怪人のストーリーを追っていたわけか…。しかし…何故…)
その時、神谷が恐怖に慄いた声で呟いた。
「月島さんだ…。やっぱり月島さんが俺たちに復讐を…!」
「やめろ神谷‼︎」
怯えて訳の分からないことを言い出す神谷を止めるために、布施は彼の襟を掴む。しかし、神谷は続けて衝撃的なことを言い出す。
「…布施先輩だって、本当は怖いんじゃないんですか?月島さんを恋人にしたけど、『学園のアイドルを落としても飽きた』って言ってたじゃないですか!」
その発言は正に爆弾だった。
一気に視線は布施へと向けられる。だが、その中で最も怒りを露わにしたのは綺世だった。布施の胸元に掴みかかり、彼を問い詰める。
「どういうこと!?今の話、本当なの!?」
「おい…やめろって…!」
「あんた‼︎月島さんをそんな風に…!許せない…!」
だが、綺世が拳を作る前にはじめが間に入り、綺世と布施を離した。
「綺世、落ち着け。一旦部屋に戻るぞ。濡れたままじゃ風邪引くからな。おい、オッサン。あとは任せたぞ」
唐突にこの場を任された剣持は慌てふためいた様子を見せたが、すぐに顔を見る見るうちに赤くさせていった。
「おい‼︎クソガキ‼︎『オッサン』って何だ!?おいコラ‼︎」
まるで昭和のおじさんを相手にしているかのようで、はじめは溜め息を吐きながらも、未だに興奮が収まりきらない綺世を連れ戻す。
すると、少し離れたところで傘を震わせる早乙女が立っているのをはじめは見つけた。
身体中をガチガチと震わせ、明らかに何かに動揺…いや、恐れているようだった。
「………」
(あれは…尋常な怯えじゃないな)
もしかしたら、1番月島冬子のことを恐れているのは…早乙女涼子なのではと、薄々思い始めるはじめだった。
荒れる綺世をどうにか部屋に入れたはじめだったが、すぐに綺世ははじめに食いついた。
「どうして布施を問い詰めないの!?」
「問い詰めたって、何も変わりはしない。ただ女癖が悪い野郎だったで、終わりさ」
「…ああ、もう‼︎」
綺世は両手が痺れてしまう程の力でテーブルを叩きつけた。
だが、綺世の気持ちも分からない訳ではなかった。次々と殺人が起きる中では、誰しも疑心暗鬼になって当然のことだろう。
「一体誰なのよ…月島さんの亡霊とか…歌月の仕業に見せかけようとしている犯人は…!」
その言葉にはじめは少し目を細めた。
はじめも分かっていたことだが、間違いなく犯人は月島冬子の亡霊でもなく、謎の包帯男:歌月でもない。
「ああ、犯人はこの館にいる誰かだ。ただ…そうなると、怪しい人物が1人浮上する」
「えっ?誰…誰なの?」
「まず、最初に歌月という者が居ると言い出したのは誰だ?そいつの発言で、俺たちはミスリードされそうになった」
「誰って…黒沢オーナー……!まさか…オーナーが!?」
「さあな」
はじめはソファに寝転がり、天井を見詰める。
「だけど…俺たちはまだ何かを見落としてる。そして、この事件の裏には俺たちが知らない何かがあるんだ。それさえ分かれば……」
綺世はそう言うはじめに綺世は溜め息を吐く。
「そんなの分かれば、苦労はしないわよ…。…って」
綺世が愚痴を溢している間にはじめは再び寝息を立てていた。
綺世は「全く」と言って、毛布をかける。
「さて…朝ご飯にしようかしら…」
そう呟いて、部屋から出る。
するとそこには緒方先生が「ウフフ」と妖艶に笑いながら、部屋の前に立っていたのだ。不気味な笑い方に少し怖気を感じたが、綺世は「何でしょうか?」と聞く。
「いいえ、貴方たちの考えに聞き耳を立てていただけよ」
「…どういうこと…ですか?」
「立ち話もアレだし、食堂に向かいながら話しましょう」
綺世は小さく頷き、緒方先生の横に並ぶ。
緒方は唐突にこんなことを言い出した。
「綺世さん、何故私が金田一はじめくんをこの合宿に呼んだか分かる?」
「ただの人手不足だから…では」
「それだけでは呼ばないわ。どんなことでもほぼ完璧に熟せる金田一くんでも、音響係という、劇で重要な箇所を任せるには無理があるわ」
「じゃあ…どうして?」
「私が彼に興味あるから」
まるで綺世を舐めずり回すような視線に再び怖気が襲う。
しかし綺世は気丈に振る舞う。
「ふざけないでください!」
「冗談よ、まあ…それも少しはあるけど、本当はそれ以外の部分」
ここから緒方先生は本題を切り出した。
「金田一くんはね、この学園に来る前の中学校での知能検査テスト…そこでIQ180を記録してたの!だから彼を呼ぶことにオーケーしたわけ」
それを聞いた綺世は度肝を抜かれたような感覚に陥った。
IQ180は途方もない数値だ。日本人のIQの平均は100前後…それを大きく上回るはじめは、天才と呼んで良いだろう。
「だから…彼と綺世さんさえいれば、この複雑な糸が絡み合った事件も解き明かせると思っているの」
(え?はじめちゃんと…私?)
「緒方先生…どうして私も…」
「あら?知らないの?…いや、この事は内緒にしておきましょうか」
聞きたい事が山のようにある綺世だったが、先に食堂に到着してしまい、話す機会を失ってしまった。食堂には既に数人…暗い表情のまま自身の席に座っていた。
だが、驚いたことにはじめも席に座っていたのだ。
「はじめちゃん、寝てたんじゃ…!」
「どっかの誰かさんがノロマに歩いてるからだよ」
ミシッと頭に青筋が浮かんだ綺世だったが、その怒りはすぐにどこかへ飛んで行った。さっきの緒方先生の話が耳から離れないのだ。
(はじめちゃんが、IQ180の天才…)
思わず見詰めていると、不意にはじめも綺世を向く。
反射的に顔を逸らしてしまう綺世にはじめは(変な奴だな…)と思いながら、パンに手を伸ばした。
そして緒方先生は再び妖艶に笑うと、懐に入れていた携帯でとある写真を見る。そこには神津綺世の知能検査テストの結果があった。
その数値は…IQ175を示しているのだった。
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