由良間の死体の真上、天井には先程まで動いていたマリオネットがあった。つまりあの一瞬の暗闇の中で人形と由良間が入れ替わったのだ。それが分かった剣持と明智は急いで混乱に乗じて逃げたであろう客を呼び戻そうとしたが、はじめがそれを止める。
「大丈夫だ、その心配はない」
「はあ?早くしないと犯人が……って、おい!どうしてだ!?橋が跳ね上がってるぞ!」
「実は…ここに来る途中にこのレバーに足を取られて、転んでしまって、その拍子に壊しちまったんだよ。つまり、この劇場は密室だったんだ。誰も逃げることは出来ない」
「なるほど!よし、劇場内の客を片っ端から…」
「その必要もないと思いますよ」
今度は綺世が口を開く。
「由良間さんの死体が出る前に、私たちに予告の電話が来た。でもこの劇場内にはトイレは奥の控え室だけで、それ以外に隠れる場所はない。客席のど真ん中で電話なんてしたら余計目立つわ。つまり…」
「犯人は舞台袖にいた劇団員の中にいるということだ」
それを聞いた彼らは顔を青ざめる。
しかし、左近時が「ちょっと待った!」と挟んだ。
「それはちょっと難しいんじゃない?」
「どうしてだ?」
「だって、由良間と人形が入れ替わるには犯人は天井にいなきゃならない。確かに入れ替えは数秒で出来るだろうけど、自分はどうしちゃうんだい?由良間の死体が出た時、誰も遅れて登場しなかったぜ?」
それは左近時の言う通りだった。
だが、その問題も既に解決しているはじめはすぐにその答えを返した。
「単純な話さ、犯人も死体と一緒に降りたのさ」
「…そうか!謎は解けた‼︎」
「は?おい、おっさ…「お前ら!1人ずつ体重を言ってみろ」
はじめの言葉を無視して剣持は続ける。
何を言っても無駄に思えたはじめと綺世は静観する。しかし、明智も含めて微妙な表情だ。
そんな中、
「えっと…私は55キロです」
「…81キロ」
「私は確か…50キロそこそこかと…」
「53キロよ!これで満足?」
「72キロだったと思いますよ?」
「ほう…それで人形の重さは?」
「70キロです。人間の身体を再現して作ったので」
「そうか…よーし!犯人は絞られたぞ!左近時か、桜庭、お前らのうちどっちかだ!あの人形より重くなければ、舞台には戻れないからな‼︎」
あまりに見当違いの推理にはじめたちは大きく溜め息を吐いた。
それを見かねた綺世が高遠に聞く
「ねえ高遠さん、由良間さんの体重は?」
「60キロです。去年の身体測定結果ですが、大きく差はないかと…」
「つまり…由良間さんと犯人の体重を足して、人形以上になればいいのよ。そうならない人はこの中にはいない」
「そ、そか」
恥ずかしさから剣持は顔を赤くして立ち尽くしていた。
後ろでははじめ以上に大きく溜め息を吐き、頭を抱える明智、そしてその様子を楽しく撮っている佐木の姿があった。
由良間の死体は運び出され、劇場にはマジックショーの片付けにさとみと高遠が追われていた。それ以外は誰も手伝おうともしない。見かねたはじめと綺世は推理を一旦やめて、彼らを手伝うことにした。
「手伝いますよ、どこへ?」
「いいんです!これは私たち下っ端の仕事なので!」
「でも…」
「その気持ちだけ受け取っておきます」
「じゃあ、あとで話を聞いていいですか?」
「話?」
それからすぐにはじめが舞台裏に腰掛けると、綺世は大量のお菓子を抱えて来た。「どこから持って来た?」と呆れた声で言うと、綺世は「バッグの中」と淡々と答え、ポテトチップスの袋を開封する。
それと同時に片付けが終わったさとみと高遠がやって来た。
「お疲れ様です、よければこれをどうぞ」
「すいません…実は、お腹減ってて…」
高遠は有り難そうにお菓子に手を伸ばした。同じようにさとみもお菓子を取って食べ始める。はじめはそのタイミングで話を切り出した。
「俺が聞きたいのは、5年前に亡くなったっていう…近宮玲子に関してです」
彼女の名前を聞いた2人は一気に表情を硬直させた。
やはり、何か知っていることは間違いなさそうだ。
「それは…」
「近宮先生は…殺されたんです!」
不意に声を上げたさとみにはじめと綺世の視線が向けられる。高遠が急いで「さとみちゃん!」と制止するが、もう止められないだろう。
「今回の事件も絶対近宮先生と関係あるのよ!じゃなきゃ…こんなことは起きないわ‼︎」
「何か…知ってるの?」
「支配人の長崎さんも知ってることよ。近宮先生は、5年前、この舞台で亡くなった。天井裏から落ちて、事故死した」
「事故死なら…どうしてそんなこと…」
「あの近宮先生が不注意で足を滑らせるなんてあり得ない!外れた踏み板だって、きっと誰かが仕掛けを…!」
「私も、そう思っています」
そこに長崎と明智も入って来た。
「長崎さん、貴方もどうしてそんなことを?」
「今の幻想魔術団の団員のほとんどは、当時近宮先生のお弟子でした。しかし、彼らは伸び悩んでいた。近宮さんの華々しいマジックショーの『前座』に過ぎなかったのです」
「それで…殺したと?いくらなんでも荒唐無稽じゃ…」
「そうだぜ」
更にそこに左近時が現れる。ニヤついた嫌な笑いを浮かべながら、彼はハキハキと言う。
「俺らが先生を殺すなんてとんでもない!むしろ、今こうやってマジシャンで生きていけるのは近宮センセーのお陰なんですよ?どうして殺すんです?それにあの5年前の件は、なんとかって言う名探偵が事故だって断定したじゃないですか」
それを聞いた長崎と明智の表情が急速に固まった。
綺世の中で少しだけドクンと心臓が脈打つ音が、1回だけ強く響く。
「そんなことで犯人扱いされちゃ堪りませんね。さとみちゃんも高遠も、口には気をつけようね〜」
それを告げると、足早に左近時は消えた。
静寂が包まれた中、綺世が口を開いた。
「その名探偵って、もしかして…」
「…はい。神津様のお爺さん、神津恭介でございます」
「お爺ちゃんが、事故と断定したんですか?」
「…ええ」
明智が代わりに答える。
「当時、私もその資料を拝見しました。警察側も神津恭介側でも、事故の可能性が高いと判断され、捜査は入りませんでした」
「じゃあ、お爺ちゃんの推理ミス…」
「おい綺世、本当に事故だったかもしれないだろ。何をそんなに…」
「だってお爺ちゃんは…!お爺ちゃん…完璧で、ミスはしない立派な名探偵だって…自分で…」
綺世は明らかに動揺していた。今まで見たことない動揺にはじめもどうしたらいいか分からずにいる。
「とにかく、今回の事件が近宮玲子氏の事故と関係があることは間違いないでしょう。でももう夜も遅い、一旦部屋に戻りましょう」
焦点が合わない綺世を立ち上がらせて、はじめたちは部屋に戻った。
1人、ベッドの上で横になって考え込む綺世。
「お爺ちゃんが、ミスなんてするはずない」
そう自分に言い聞かせるが、どこか信じ切れない自分もまた存在した。
(さとみさんの覇気、左近時の言い方、長崎さんの態度…本当にもしかして…)
そんなことを考えていると、コンコンと部屋のドアがノックされた。
起き上がって「はい」と答えても返事がない。続けて、ドアの下から手紙が入って来る。
ベッドから降りて、ドアを開けて廊下の左右を見ても誰もいない。
綺世は置かれた手紙を取り、中身を見る。
『綺世、お前のお爺さんの件で分かったことがある。
すぐにホテル裏手の藪に来て欲しい。
はじめより』
どこか違和感を感じる綺世だったが、大人しく手紙の言う通りに動く。
それと同時だった。
同じく部屋で佐木と寛いでいたはじめ。その時、窓から入って来た風と一緒に赤い薔薇の花びらも入って来たのだ。それに気付いたはじめが身体を起こすと、窓には誰かを抱えた、あの時列車内で薔薇を渡された時と同じ服装をした者が宙を舞っていたのだ。
「せ、先輩!」
「あれが、地獄の傀儡師!」
はじめは飛び降りて追いかけようと思ったが、それはすぐに止まる。
ここは2階、落ちればひとたまりもない。
だが、はじめには追わなければならない理由があった。奴が抱えていた女性…顔は見えなかったが、彼女の服装は、綺世のものだった。
「佐木!お前は剣持のオッサンと明智さんに報せてこい!」
はじめはそれを告げると、ホテルを飛び出し、奴を追う。
地獄の傀儡師の動きは明らかにおかしかった。まるではじめの動きに合わせて、森へと引き込むような感じだった。だが、いくらか走って奴を見失い、はじめは思わず叫んだ。
「出て来いッ‼︎地獄の傀儡師!綺世を……綺世を返せェッ‼︎」
それと同時にガコンという音がはじめの背後から聞こえた。
振り向くと、背を向けて倒れる綺世の姿があった。
「綺世!」と声をかけて駆け寄るはじめだったが、その顔は…目も鼻も何もないのっぺら坊だったのだ。これには一瞬はじめも思わず、その人形を放して後退してしまうが、すぐに落ち着きを取り戻す。
(綺世じゃなかった…じゃあ、本物の綺世は…)
冷静さを戻していくと同時に、冷たい汗がはじめの背中を落ちる。
(まさか…!)
はじめが走り出す頃には…悪夢のショーは幕を開けていた。
綺世は何も考えずにホテル裏の少し奥の藪で立ち尽くしていた。
神津恭介のミスを帳消しに出来る何かを発見したのではないか、と自己満足な妄想をしつつ待っていると、後ろから雑草を踏みつける音が聞こえた。
振り向くと、はじめの姿があった。
「はじめちゃん、どうしてここで話を?」
「いや何…お前のお爺さんの悪評を他に知られたくないだろ?だからさ」
この会話だけで綺世は違和感を覚えた。
いつものはじめではない。確固たる証拠はないが、どこかおかしい…と。
そのせいで、ゆっくりと歩みを進めるはじめに対して、綺世は後ろへと下がってしまう。それを見たはじめは「はあ」と溜め息を吐く。
「そんなに…彼が好きですか?」
その声に綺世の瞳孔が大きく開いた。
はじめは自身の服に手をかけると、マントのように脱ぐ。
露わになったその姿は…最初の日、赤いバラを乗客に配っていたあのマジシャンだった。
「貴方が…地獄の傀儡師…!」
「名前を覚えて頂けるとは歓迎です。まさか、あんなチープな手紙で1人でやって来るとは思いませんでした。例の金田一はじめを連れて来ると思ってましたが…これは好都合です」
咄嗟に綺世は叫ぼうと思ったが、ここはホテルから少し離れた場所。しかも草木が生い茂っているだけでなく、僅かに霧も立ち込めている。ここで声を上げても無駄なことは明白だった。
「…1つ聞きたいことがあるの」
「何でしょう?」
「貴方…私を呼び出して、何がしたいの?」
「…答えると思いますか?」
奴は再び、ゆっくりと彼女の方へと足を進める。
綺世は森の中を迷う…または背中を撃たれるか刺される覚悟で、奴に背中を向けて走り出した…その瞬間だった。
10歩くらいして、綺世の両足が地面に囚われたのだ。
「な、何っ!?どうなってるの!?」
綺世が戸惑い、どうしようも出来ずにいると、後ろから笑いが聞こえた。
「くくくく…あまり動かない方がいいよ?このホテルは、底なし沼で囲まれているからね」
「嘘…!」
綺世はどうにか足を動かそうとするが、逆に沼の中へと引き摺り込まれていく。そんな中、地獄の傀儡師はなんと平然と綺世のすぐ横に立つ。
「…!」
「君も罪人だ。君自身には恨みはないが、神津恭介に、天国のいる奴に会わせてあげよう」
今の発言で、綺世はやはり近宮玲子の事故と何か関係あることを掴んだが、今はそれが分かったところで意味がない。ゆっくりと沈みゆく彼女に追い討ちをかけるように、奴は綺世の身体を押す。
「きゃっ…!」
綺世の背中は冷たい沼にぶつかる。真冬の沼は冷たいどころではなく、彼女の体力を一気に奪った。綺世は何かに手を伸ばして踏ん張ろうとするが、どこにも届かない。
「た、助けて…!誰か…はじめちゃん…‼︎」
声をどうにか張り上げるも、その声は虚しく響くだけだった。
横で笑い、見詰めている地獄の傀儡師は懐から黒と黄色が繋がった薔薇を取り出し、彼女の腹当たりに投げた。
「さらば…若き名探偵…」
「助け……ぶ…ぐっ……んんんんんんッーーッ‼︎」
綺世の口にまで沼の水が入って来る。
今度は鼻、目、そして顔全体が沼へと沈んでいく。必死に綺世は最後まで抗おうと、手を伸ばして助けを求める。
だが…徐々に意識が闇の中へと引き摺り込まれていく…。
(いや…だ……。死にたく……ない。は…じ……め…ちゃ…………………」
冷たい沼の中で、綺世の意識は途絶えた。
補足
黒い薔薇の花言葉は、憎しみ、恨み
黄色い薔薇の花言葉は、別れ