金田一少年と神津少女の事件簿   作:GZL

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File5

はじめは急いで森の中を駆けずり回っていた。

あてなんかない。ただ闇雲だった。

何故地獄の傀儡師がはじめをあんな場所に誘い込んだのか、理由は1つしか考えられない。はじめと綺世の距離を離すことだ。

そして…地獄の傀儡師は綺世を狙っていることが明白だった。

 

(何故だ…!?何故奴はそこまで綺世に固執する!?)

 

暗闇の中ではじめも足を取られて、何度も転倒する。濡れた草の臭いと、泥が顔に張り付くが気にしていられない。

 

「綺世……綺世…!」

 

そうやって、ホテルの周りをひたすらに走っていると…ふと何かが目に止まった。はじめの視線の先には、バラが落ちていた。色は黒と黄色。明らかに無理矢理継いだもので、人工的だった。

 

「…まさか」

 

はじめは構うことなく、上着を脱ぎ捨てると目の前の沼に飛び込んだ。視界なんてないに等しい。それでもはじめは自分の死を恐れずに、沼の中を進んで綺世を探す。

 

(あいつを…死なせて…たまるか…!)

 

冷たい沼の水が身体に染み渡り、体力が奪われていく。

泥の味が口に広がり、吐き気が増す。

そして、はじめが適当に伸ばした手に感触があった。

布だ。何の布かなんて分からない。沼の重みで、正確な重さも分からない。それでもはじめはこれを必死に引っ張って、底なし沼から引き上げた。

 

「ぶあぁッ‼︎ゲホッ…!えほっ…!」

 

泥で目がやられ、視界がはっきりしない。

何度も目を擦って、それが何かを確認する。

 

「あ、綺世…!」

 

泥に塗れた綺世の姿にはじめは慟哭する。

急いで岸へと上げ、彼女の首に手を当てる。冷たくなった身体にはじめは更に慟哭して、急いで心臓マッサージを始める。

 

「おい…!おいッ‼︎戻って来いよ‼︎綺世‼︎」

 

何度繰り返しても、彼女の呼吸が戻ることはない。

はじめは諦めずに心臓マッサージ、そして人工呼吸も行う。

はじめ自身も走り回り、沼の中を泳いだことで体力は既に限界で、更に体力を奪う心肺蘇生法…。はじめの意識も留まるのは限界に近付いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時。

 

「ゴホッ…」

 

か細い咳がはじめの耳に聞こえた。

もう一度、人工呼吸をすると…今度こそはっきりと綺世が泥を吐き出しながら嘔吐にも近い咳をする。

 

「綺世…!良かった……本当に…!」

 

だ…………れ…………

 

綺世の声にはじめは安堵の吐息をし、彼女をホテルまで運ぼうと思ったのだが、身体がぐらりと左に傾き始める。

綺世を助けるために底なし沼に潜り、その前に走ったことで身体に無理がかかったのだ。

 

「やべっ…安心して……身体も意識も………」

 

綺世の隣にはじめも倒れる。

そのまま、はじめも同じように意識を失うのであった。

 

 

 

 

 

暗闇の中で…綺世は必死にもがいていた。

冷たく淀んだ沼の中を掻き分け、地上へ上がろうとする。腕を伸ばし、僅かに見える光へ向けて進もうとするが…何かに足を取られて、その努力も無駄になる。

 

(どうして?どうして上がれないの!?いやだ…死にたくない…)

 

苦しみだけが身体を支配して、徐々に重みも増してくる。

そして…身体に何かがのしかかったような感覚に陥る。

ゆっくりと振り向くと、あの不気味な顔をした地獄の傀儡師が綺世の身体を後ろから抱きしめて、引き摺り込もうとしていたのだ。

 

逃がさないよ…。二度と這い上がれない…地の底まで…

 

「いやっ……いやああああああああああああああぁっ‼︎」

 

 

 

 

そこで目を覚ました。

天井が見えた綺世は、自分の身体を確認する。足も手もあり、息をしている。助かったことに安堵の息を吐くと、ベッドの端に頭を置いて眠っているはじめの姿があった。髪も服も泥が乾いて、かなり汚い様子だった。

だが、彼が助けてくれたことは間違いなかった。

口を開こうとしたが、少し胸が痛く…口の中から泥の味が迫り上がって思わず何度も咳をした。その声にはじめはバッと起き上がると、目を覚ました綺世と目を合わせる。

数秒間、見詰め合った2人だったが…先に動いたのははじめだった。

優しく抱き締めると、はじめは「良かった…!綺世…!」と感嘆の声を漏らした。綺世も声を上げようとしたが、やはり胸が痛んで声が出せない。

 

「あんまり喋るな。心肺停止だったから、心臓マッサージと人工呼吸をした。恐らく肋骨は折れてる」

 

(心肺停止!?私…じゃあ、少しでも遅れてたら…)

 

自分に降りかかった死に、綺世の身体は震え上がった。

はじめは綺世が無事だと分かると、すぐに立ち上がって部屋から出て行こうとする。

 

「綺世、そこでゆっくりしていろ、俺がお前をこんな目に合わせた奴を見つけ出してやる。…ジッちゃんの名じゃねえ、俺の誇りに賭けて…!」

 

いつになく真剣な後ろ姿に綺世は一気に安心して、寒さと死の恐怖から来ていた震えは止まっていく。はじめが部屋から出て行き、綺世は再び天井を見るが…すぐにさっきのはじめの言葉が繰り返される。

 

『心臓マッサージと人工呼吸をした』

(…人工呼吸?)

 

それを思い出した綺世の顔が今度は急速に熱を帯びていく。

声にならない悲鳴を上げて、綺世は顔を布団で隠す綺世だった。

 

 

 

 

 

はじめが部屋を出てすぐのところに明智警視が立っていた。

 

「何か用か?」

 

「彼女は無事だったんですか?」

 

「どうにかな、ただ…肋骨は折れてる。…あいつをあんな目に遭わせた『地獄の傀儡師』は、俺がこの手で絶対に見つけてやる!」

 

「…私と推理勝負した時よりも、凄まじい眼力ですね。なら私が1つ、地獄の傀儡師に近付くヒントをあげましょう」

 

「何?」

 

「由良間の死亡推定時刻が、『生きたマリオネット』の演劇より()()殺されていたんです」

 

「ということは…生きたマリオネットのカラクリを知ってる奴が犯人…」

 

それは生き残っているメンバーの中では2人しかいない。

だが、はじめは思った。そんな不用意なことで容疑がかかるようなリスクを冒すとは思えなかったのだ。はじめが見た地獄の傀儡師は、冷徹で狡猾…恐ろしく頭のキレる奴だった。実際、はじめが綺世の身に何かあるとすぐに考え付かなければ…彼女は手遅れだった。

 

「どうします?その2人に聞いてみます?」

 

「ああ、時間もないからな」

 

そうやってここから近い山神夕海の部屋へと向かっていた、その時だった。

その夕海の部屋から甲高い女性の悲鳴が響いたのだ。身体を一瞬震え上がらせる程の悲鳴、はじめと明智は急いで部屋のドアを叩いた。

 

「おい!大丈夫か!?」

 

「山神夫人!どうしましたか!?」

 

そこに佐木と剣持も合流する。

はじめはドアを叩かずに、耳を当てる。物音と足跡が確かに聞こえたはじめ。

 

「中に誰かいる…!オッサン!」

 

「ようし!任せとけ‼︎」

 

剣持はドアノブ付近に強烈な蹴りを打ち込んで、ドアを無理矢理開けた。

だが、部屋の中は静かで中には誰もいない。

カーテンが揺れて、窓が開いている。はじめはカーテンを退けて、外を見る。

そこには、胸にバラが突き刺さり…大きな木に首を吊られた山神夕海の死体があった。それは先程吊るされたのか、ゆらゆらと揺れていた。

 

「地獄の傀儡師め…!」

 

「奴はどこだ!?俺たちが入る前にいたなら、どこへ消えたってんだ!?ここは2階だぞ、ロープがあれば降りれるだろうが…それを片付ける時間は…」

 

はじめは部屋の中をゆっくりと眺める。

そして…見つけた。犯人を示す重要なヒントを。

はじめは部屋から飛び出して、真下の部屋へと入る。そして、自分の推理が間違いではなかったことを確認した。

 

「分かったぞ…犯人が…!…残る問題は2つ、山神団長の死体消失とどうやってこのホテルにまで運んだかだ!」

 

遅れて入って来た佐木を見たはじめは、彼の胸ぐらを掴んだ。

 

「ちょっ…!何するんですか先輩!?」

 

「今すぐビデオを見せろ!時間がないんだ!」

 

明日には帰りの列車が到着してしまうのだ。

だからはじめは焦っている。

佐木は鬼気迫るはじめに何も言えずにこの3日間撮り溜めた映像を見せる。

まずは山神団長の死体発見時のものだ。

 

「あれはどう見ても作り物じゃなかった。そして確認しようとしたら煙が……煙?」

 

はじめはふと佐木に聞いた。

 

「おい佐木、何で俺らはあの部屋から離れたんだ?ただの煙なら…」

 

「確か誰かが爆弾じゃないかって言ったんですよ。だから…」

 

「それだ!」

 

はじめは再び山神団長の死体をよく見る。

そして、1つの答えに辿り着く。

 

「そうか…最初に送られて来たマリオネットも、全てこのための布石だったのか!」

 

「せ、先輩?」

 

「佐木、次は山神団長の死体が消える前の映像を見せてくれ。俺の推理が正しければ、絶対にあるはずなんだ」

 

佐木は何のことかさっぱり分からないが、大人しくはじめに映像を見せる。

丁度はじめが見てるのは爆弾騒ぎの真っ只中だ。はじめたちを含めた乗員乗客が全員近くの駅で降りて、爆発の時間を待ったところだ。

だが、佐木も爆発に巻き込まれたくない乗客に揉みくちゃにされたのか、映像がブレブレではっきりとしない。

それでも、はじめは見続けた。

今日、事件の真相を解かなければ地獄の傀儡師の勝ちだ。

 

(それじゃあ…綺世に申し訳ない)

 

そうやって映像を注視していると、“違和感”に気付いた。

 

「佐木!止めろ‼︎」

 

はじめの大声に佐木は慌ててビデオを止める。

止めたのは、山神団長がコンパートメントで発見された直後だった。

 

「ここが…どうしたんですか?」

 

「やっぱり、思った通りだ!俺が感じてた違和感はこれだ…!だけど…これだけじゃ…」

 

山神団長の死体を消失させた奇術(マジック)は分かったが、今度はその死体をどうやってあの部屋まで運んだのかが、はじめに重くのしかかる。

その時、廊下から剣持の濁声が聞こえた。

 

「おい!何しとるんだ!?」

 

はじめと佐木が部屋を出ると、荷物を東京まで運ばせようとしている左近時たちの姿があった。

 

「何って…宅配ですよ、宅配!ショーも終わって、あとは帰るだけですからね。みんな死んじゃって荷物が少し減ったのが幸いですよ」

 

同じ劇団仲間が殺されたのに、この言い様…。

はじめは奥歯を噛み締めて、ただ左近時を睨んだ。

左近時ははじめたちに構うことなく、せっせと荷物を運んでいく。

だが、その荷物が…はじめの中で欠けていたピースを埋めることになる。

 

「そうか…急便…」

 

「んあ?金田一…何だ?」

 

「佐木!今度はこのホテルに着いてすぐの映像を見せるんだ!それとあの爆弾騒ぎの時のやつ!」

 

「は、はい‼︎」

 

佐木は急ぎビデオをはじめに見せる。

はじめはそれを数分眺めた後に、はじめはゆっくりとビデオの電源をオフにした。

 

「せ、先輩?」

 

「…分かったよ。オッサン、佐木…地獄の傀儡師が誰かが…」

 

「な、なんだって!?」

「それじゃあ!」

 

「ああ、謎は…全て解けた」




次回解決編。

長く空いてしまい、申し訳ありませんでした。
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