File1
高遠脱獄から3ヶ月半が経った。
未だに高遠がどうやって脱獄したのかも分からず、警察への風当たりは強くなる一方だった。そんな内容をずっとニュースでやっていて、はじめは否が応でも彼との会話が脳裏に蘇ってしまう。
【またどこかでお会いしましょう…名探偵】
ブンブンと頭を振り、嫌なことは忘れようとした。
そして、あらかた高遠に関するニュースが終わると、2週間前からずっと話題になっているもう一つの出来事が出てきた。
『今日で2週間ですが、未だにアイドルの速水玲香と連絡が取れず…行方不明です』
速水玲香…前回、背氷村での殺人事件で一緒になった超人気アイドルだ。
そしてはじめと綺世とは、同い年の幼馴染でもある。
今思えば、あの時連絡先を交換しておけば良かったかなとも思うはじめだったが、当時はそんな話すことはないと思い、何もせずに彼女と別れたのだ。だが行方不明だと知り、はじめにとっても旧友であるため、少し気になっていたのだ。
それでもはじめに出来ることはない。
「…何か、事件に巻き込まれてなければいいがな」
「そうね、愛しのアイドルだもんねえ」
不意に聞こえた声にはじめは少し驚くが、いつも通りの展開にため息すら出ることも無くなった。ゆっくり振り向くと、綺世がコタツに入るところだった。
「だからいい加減俺の家に無断で入る癖は直せ」
「別にいいじゃない、私とはじめちゃん双方の両親公認なんだから」
そこが面倒なところだ、とはじめは思いつつ肩にまでコタツに入る。
綺世はそこまで入らず、中央に置いてあるミカンを取ると剥いて食べ始める。
「…ミカンだけ食って戻る気なのか?」
「問題ある?」
「…もし俺にこの家の使用権利があれば、お前は一生出禁にしてやる」
「酷い!はじめちゃんは私が居なくて寂しいと思わないの!?」
「別にぃ…俺はゆっくりと1人で居たいだけだし。出来れば、お前みたいに図々しくない速水玲香の方が良かったまであるしな」
「っ!」
軽々と言ってしまった言葉、これは綺世の琴線に触れた。
剥いていたミカンの皮をはじめの顔に放り投げて、今までにない剣幕で声を荒げた。
「はじめちゃんにとって、私はその
「その程度…って」
「いいわよ!私ははじめちゃんにとって、お邪魔な存在だったのね!どうも失礼しました‼︎」
勝手に怒って出て行く綺世にはじめは深くため息を吐く。
「何をプンプンしてるんだか…」
はじめは全く動じることなく、綺世と同じようにミカン…ではなく、横のせんべいに手を伸ばした。コタツに入ってせんべいを食べる姿は、まさにお休み中の父親同然だった。
すると、はじめの母が大声を出しながらやって来た。
「はじめ!はじめっ‼︎」
「んだよ…母さん、うるせえな」
「これこれ!あんたにも春が来たんだねえ!」
何を言っているのか全く分からないはじめだったが、母親から手渡された手紙に書かれた差出人の名前に思わず目を見開いた。
「…速水、玲香!?」
ー翌日ー
綺世は学校があると言うのに、はじめが来ないことを不審に思った。
確かに今日休めば、土日と3連休になるので、はじめがサボろうとするとも考えられるのだが…学校にわざわざ風邪だと仮病を使ってまで休んでいることに違和感を覚えた。
昨日ははじめの何気ない言葉にして勝手に傷付いて、怒鳴ってしまった綺世はその事を少し反省していた。なんて自意識過剰なんだろう…と。
学校帰りにはじめの家を訪れ、呼び鈴を押すが応答はなし。
「…ごめん、はじめちゃん!」
綺世は小さく謝ると、玄関から左へ行って小さな小さな庭に回ると、1つの鉢を上げる。そこには土まみれの鍵が置いてあった。幼稚園の頃から知っている、金田一家の鍵の在処だ。無断で入るのも申し訳ないと思ったが、あまりに気になって綺世は不法侵入を開始した。
家の中は静かではじめはもちろん、はじめの母がいる気配もない。
ただ、はじめの部屋はいつもより散らかっており、急いで身支度をしたように感じられた。そして…机の上に置いてある手紙に目が行った。
「あれは…」
手紙の中身を見ると、まずは【速水玲香】の名前が見えた。
「!」
急いで中身を読み始める綺世。
『金田一くんへ
玲香の手紙、ちゃんと届いてるかな?
手紙を出した理由なんだけど、どうしても話したいことがあって、私のお父さんが経営している青森県のタロット山荘って所に来てくれないかな?出来ればご家族を誘って…。あと、神津さんには内密で。
玲香より』
それを読み終えた綺世は手紙をグシャリと握り潰す。
外でその様子を見ていた野良猫も綺世の身体から放出される禍々しいオーラに畏怖して、すぐに逃げ出した。
「ふ〜ん……そう…」
怒りのあまり言葉も出ない。逆に笑いそうになる。
綺世は手紙をポケットにグシャグシャにして入れると、とある人物に電話を入れた。
『もしもし…』
「頼み事があるんですけど、今すぐ良いですか?」
その頃、はじめは青森県に着いていた。
また寒いところに来たと思いながらも、はじめは荷物を片手にロープウェイに乗る。既に両親とは分かれており、2人は優雅に温泉旅行を楽しむとはじめに告げていた。しかも帰りは自分で勝手に帰ってくれと言う始末、はじめは改めて自身の親がとても適当なことに頭を抱えた。
ロープウェイに乗っているのははじめを含めて4人…なのだが、その内2人はどう見てもスキー客には見えなかった。この雪がよく降る山の中でスーツだ。防寒具を上から着ているが、不自然さは隠せない。
「…あいつら、どっかで見たことあるような…」
「玲香ちゃんのところのマネージャーと社長さんだよ」
小声で伝えて来たのは小太りで如何にもアイドルオタクといった風貌の男だった。
「ねえねえ、君も玲香ちゃんの追っかけ?」
「いや俺は…」
『速水玲香に招待された幼馴染だ』なんて言えば、目の前の男はもちろん…後ろの2人もとんでもない反応をすることになると思ったはじめは「あ、ああ…そうだよ」と下手な笑いを浮かべながら返答した。
「やっぱりそうだよねえ。分かるんだ、そういう仲間って。僕、滝下、よろしくね」
仲間と思われていることに屈辱を感じるはじめだが、その気持ちをグッと心の奥底に押し込む。
「で、オタクはどうやって玲香ちゃんの居場所を突き止めたの?」
「まあ…それは、色々と…」
(手紙で招待されただけなんだよなあ…)
「僕はね、玲香ちゃんの使ってるクレジットを追ってきたの。そうしたらここ行きの新幹線チケットが購入されていたってわけ」
(おいおい…それただのストーカーじゃねえか」
そうツッコミたいが、はじめ自身の状況を悪くさせないために何も言わない。
そんな不毛な話をしている間にロープウェイは山の中腹へと到達する。
そこから少し歩いていくと、ロープウェイからも少し見えたタロット山荘が見えてきた。だが、その前で数人が話し込んでいる。
(いや…言い争いか?)
話しているのは男1人と男女2人だ。
しかもその内の2人はよくテレビで見る芸能リポーターの伊丹と北条だったのだ。あの2人がここに来ている時点で、速水玲香がここにいるということは筒抜けであることが分かる。
「どけ、ガキども!」
すると後ろから玲香が所属するプロダクションの社長が傲慢にはじめと滝下の間を割って入り、ずんずんと進んでいく。
「速水さん、そんな奴ら相手にしなくていい!」
「おーおー…赤間社長にマネージャーの小城さんまで…。やはり玲香ちゃんを連れ戻しに?」
「あんたらに話すことはない!」
話から察するに、今回の行方不明騒動は玲香が独断で起こした…所謂駆け落ち…みたいなことなようだ。そうでなければ、社長やマネージャーがこんな辺鄙な雪山に赴くはずがない。
「おい玲香!東京に帰るぞ‼︎お前の我が儘にどれだけ迷惑してると思ってるんだ!?…玲香?玲香ぁ‼︎」
いくら赤間が叫ぼうが、玲香が出てくることはない。
収穫もなく、人も増えて来てこれ以上の取材は無理だと思った伊丹は手帳をカバンにしまうが、その時北条が「あーっ‼︎」と大声を上げた。ふと伊丹も振り返るが、その先では最終のロープウェイが行ってしまった後だった。
「どうすんのよ!これじゃあ帰れないじゃない!」
「…まっ、良いんじゃねえの?これでゆっくりと玲香ちゃんのことも聞けるし!部屋ありますよね?お父さん?」
先程口論になっていた男が玲香の父親だと知り、はじめは思い出した。毎日玲香を迎えに来ていた優しいお父さんだと、記憶の片隅に残っていた。
速水オーナーのとって、面倒な存在である伊丹と北条を本当に泊めるのかとはじめが見ていると、不意に伊丹のカメラを取り上げる。
「あっ!ちょっと!」
そしてフィルムを取り出して、そのまま派手に破いたのだ。
「何するんですか!?」
「これが泊める条件です、嫌ならこの外で夜を明かしてください」
伊丹と北条は唇を噛むが、野宿するわけにもいかず渋々承諾した。
次に速水オーナーははじめと滝下に目を向ける。すると、彼はすぐにはじめの顔に気付いた。
「君は…金田一くんか?」
「はい、お久しぶりです」
隣の滝下は「うそ?知り合い!?」と驚き、伊丹は『金田一』という名前に反応した。
「どうして君がここに?」
はじめは耳打ちで小さく要件を話した。
「玲香ちゃんから、ここに来てくれと手紙が来たんです。何か、知ってることはないですか?」
「いや…特には…。とにかく上がってください。寒い中大変だったろう」
速水オーナーは先程の2人と違って、はじめと滝下は快く中へと入れてくれた。その時足元の雪取られて、オーナーが転びそうになる。
「危ない!…大丈夫ですか?」
「すまないね、この年になると…足元が」
足を少し引き摺るような歩き方だったため、恐らく何かの後遺症が残っているのだろう。だが、後ろでその歩きを見た伊丹が「あっ!」と声を漏らした。
「?どうかされましたか?」
「い、いや別に…」
だが伊丹の驚く表情は徐々にずる賢い嫌らしい笑みへと変わっていった。
オーナーはペンションに入るなり、声を上げた。
「諏訪さん!新しく部屋を6つ用意してくださいな」
階段を降りてきた陽気な女性は「はいはい!こりゃ大変だ!」と言いながら、すぐに全員分の荷物を部屋まで運んで行った。
「すげえおばさんだ」
「1ヶ月前から働いてくれてる諏訪さんですよ。さ、皆さん食堂へ、温かいコーヒーをお持ちしますよ!」
速水オーナーの言葉に甘えて、はじめは一足先に食堂へと足を踏み入れる。そこには立派な額に収められた12枚のカードがあった。
「こいつは…」
「タロットカードね」
北条がタバコを吸いながら、このカードの正体を教える。
「前のオーナーがタロット好きでね、私は興味ないのですが…折角なので額に入れて飾ってあるんです」
この時、はじめは思ってもみなかった。
このカードが、自分たちの生死を分けることになろうとは…。
その頃、玲香は1人風呂に入っていた。
入る前に父の声と、大人数で入る声と足音が聞こえたため、誰かが来たことは間違いない。だが、その中にはじめがいなければ、玲香にとって意味はないのだ。
「…金田一くん、来てくれてるかな」
鼻まで風呂の中に入れて、玲香は表情を無くす。
今、彼女の身に降り掛かってる問題を誰にでもいいから、聞いて欲しくてはじめを呼んだのだ。
話すだけでいい…。もしくはこのまま夜逃げもしたい、そんな負の感情が玲香の明るかった感情を押し潰していく。
その時、ガタンとガラスを叩く音が聞こえた。
最初は風が窓を叩いている音かと思ったが、よく聞くと一定の間隔で叩いていることが分かった。
(誰か…いる?)
ふとそう思った彼女は後ろを振り返る。
そこにはニット帽にフェイスシールド、ゴーグルを着けたスキーをしているような誰かが、窓ガラスにべったり張り付いていたのだ。
その姿を見た玲香は、慟哭し…すぐに甲高い悲鳴を上げるのだった。