次の日、はじめは1番遅れてやって来た。
昨日のことを考えていた…わけではなく、いつも通りの気持ちで朝を迎えたらこの通りだ。玲香ははじめが1番遅く来ることを分かっていたのか、はじめのコーヒーだけまだ温かった。
「おはよう!金田一くん!1番最後に来るのは昔のまんまだね!」
「無駄な時間は使いたくない主義でね…ふわあ…」
欠伸をしながらもパンを千切って食べるはじめ。
眠気で少し霞む視界だったが、はじめは1つ奇妙なことに気付いた。
「…あれ?誰かあのタロットカード取ったのか?」
「え?」
はじめが指差す先には昨日まで立派なタロットカードが額で飾られていたのだが、今は跡形もなく消えている。
「ああ、昨日お父さんがやったんじゃないかな。北条さんに
「いや、私は何もしてないが…」
後ろから片付けられた食器を棚に戻しつつ返答する速水オーナー。
「じゃあ…誰が?」
「ちょっと速水オーナー‼︎」
会話中に諏訪が2階から呼び声がかかった。
「ちょっと来てくださいな!」
諏訪に呼ばれて全員が2階へ行くと、1つの部屋の扉にタロットカードの1つが貼られていた。それは風車の形みたいなカード。どういう意味なのか気になっていると、北条が説明を始めた。
「【運命の輪】ね。意味は…変化。運命が切り替わるような出来事を暗示するカードよ」
はじめはそれを聞きながらも扉を開ける。
部屋の中はもぬけの殻で、伊丹の姿はどこにもなかった。しかし荷物は置きっぱなしで、どこか違和感を感じた。
「ふん、どうせ宿代踏み倒して夜逃げだろ?」
「それはあり得ません。ロープウェイの発車までまだ30分近く待たないと…。それにここの山を徒歩で降りるのは無理です」
玲香の反論にはじめも心の中で同じように思った。
では伊丹はどこへ行き、このカードは何を伝えようとしているのか…。
すると、はじめはこんなことを言い出した。
「…風車山」
「え?」
「このカードは、風車山のことを指しているんじゃないか?」
「じゃあ、伊丹さんは風車山にいるってことですか?」
「なんで奴がそんな場所に」
後ろで速水オーナーは顔を青くしているが、誰もそれに気付くことはない。
「いるかどうかは分からないけど、伊丹さんを放っておくわけにはいかない。取り敢えず風車山に行こう、速水オーナー!リフトを動かしてください」
「は、はい!」
はじめの一声で伊丹捜索が開始された。まず一向は速水オーナーがリフトを動かしに行ってる間に、ロッジの中を探したが伊丹はどこにもいなかった。
そして、全員でリフトに乗って風車山へと向かった。
朝の雪山は非常に寒く、はじめには堪えた。更に濃霧が山を覆い、それを見た辻はこう言った。
「こういう霧が出ると、大体天気が悪くなるんや」
「…あ、見えて来ましたよ!皆さん!」
速水オーナーが指差す先に、霧の中に建造物が見えて来た。最初はただ何かがあるとしか分からなかったが、よくよく見ると風車の形をしている。
そして、速水オーナーが「あれが風車山のふう…しゃ……」と説明しようとしたが、言葉が止まった。
どうしたのかとはじめが聞こうとしたが、速水オーナーの口が止まった理由がすぐに分かった。目の前の光景にはじめも思わず寒さを忘れて、目を疑ってしまった。
風車は完全に凍り付いて動く様子はない。だが、その風車に伊丹は磔にされ、同じように凍ってしまっていた。その光景は、まるで伊丹の運命は【死】であることを、暗示しているように感じる一向だった。
すぐに遺体を下ろし、全員は伊丹のあの異様とも言える磔に慟哭した。
「あかん…殺しが起きてしまうとは…」
「誰よお、伊丹さんを殺したのは!?」
北条は寒さと恐怖に震えて、思わず口走る。
それとは対象に赤間はタバコを吸いながら「俺たちには関係ねえ!」と冷静を装う。だが、赤間の言葉をはじめは即座に否定した。
「関係大有りですよ、赤間さん。伊丹さんを殺した犯人は…俺たちの中にいるみたいだからな」
その言葉に最も動揺したのは速水オーナーだった。
何故遺体を見ただけでそんなことが分かるのか…誰よりも聞きたかった。
「おいクソガキ!どうしてそんなこと分かる!?」
「考えてみろよ、外部犯がこんな極寒の外で待っていたと考えられるか?じゃなきゃ、あの山荘にいた人物に絞られるのは当然だ」
「でも…どうして伊丹さんは磔に…」
「“見立て”じゃないでしょうか?犯人は何らかの理由でタロットカードに見立てたかった…」
玲香の問いに小城は自分なりの推測を述べた。
それに全員妙に納得してしまう中、はじめは伊丹の服装やポケットの中を
「理由は不明だが、少なくとも犯人を絞る方法は分かる」
「何だって!?」
「伊丹さんは昨夜、一緒に夕食を共にした後に暖炉で温まっていたのを何人も目撃している。その時間が確か夜8時、そしてこのリフトが動き出すのが朝の7時半。つまりその間にアリバイがない人間が犯人ってことになる」
はじめの推理に誰もが驚く中、速水オーナーは驚く…と言うより、恐怖に震えていた。自分が埋めたはずの死体が何故こんな風車山に磔にされ、あんなタロットカードがあったのか…彼自身が1番知りたかった。
全員が黙っていると、辻が空模様を見て言った。
「なんか吹雪いて来そうやな。早く遺体を持ち帰って、警察に知らせないとあかんのちゃうか?」
そう言われ、全員一旦山荘へと戻り、警察へ通報…したのだが、案の定吹雪が一気に激しくなって来れるか困難だと言われた。そこではじめはロープウェイを使って、全員で移動しようと話になったのだが…そのロープウェイを動かす機械が完全に壊されていたのだ。これにははじめは勿論、速水オーナーも口を大きく開けて驚くばかりであった。
「…俺たちは、あの山荘に閉じ込められたんだ。正体不明の殺人鬼と一緒に…」
山荘に戻ったはじめと速水オーナーだったが、その間に山荘ではとんでもないことになっていた。何故か滝下が全員に囲まれて、問い詰められていたのだ。
「玲香、どうしたんだ?」
「お父さん!滝下さんが昨日、ロープウェイの方向に走っていくのを見たって小城が言って…それで犯人じゃないかって問い詰められてるの!」
「ロープウェイの方向?」
それを聞いたはじめと速水オーナーは顔を見合わせた。
玲香はそれを見て、「え…どうしたの?」と聞いた。
「実は……」
はじめはロープウェイが壊されたことも話した。
そして警察も来れないことを。それを聞いた一同は更に滝下を攻める。
すると…滝下は汗をダラダラと流しつつ、小城に目撃されたことについて話し出した。
「こ、こんなことになるなんて…思ってもみなかったんだよおおお!ただ…ロープウェイさえ壊してしまえば、もっと玲香ちゃんと一緒に居れると思っただけなのにいい!」
(どんだけ自己中心的な考えなんだこいつ…)
内心呆れるはじめだが、周りはそうはいかない。
伊丹を殺したのは滝下だと決めつけ始める。だが、それを真っ向で否定したのは玲香だった。
「待って!滝下さんに犯行は無理よ!だって、滝下さんは朝食の準備をずっとしてくれていたもの」
「本当か?」
玲香は確固たる自信を持って頷いた。
「じゃあ!アリバイがない奴が犯人よ!分かってるんでしょ!?名探偵さん!」
北条の気迫に若干押されつつ、はじめはあまり言いたくない事実を述べた。
「さっき全員のアリバイを検証したが、どちらの時間もアリバイがなかったのは……」
全員が固唾を飲んで、その者の名前を待つ。
しかし…。
「俺だけだった」
全員一瞬ポカンとする。
すると赤間は笑みを浮かべてはじめを小馬鹿にする。
「ふん!そんなこったろうと思ったぜ。安心しな、わざわざ自分で窮地を作る奴が犯人だなんて思わねえからよ」
赤間は満足したように自分の部屋へと戻った。
「事実は小説よりも奇なり、と言うからな。ま、気のすることはないで、名探偵はん」
はじめはそれから少し考えて、速水オーナーを呼んだ。
「速水オーナー!伊丹さんの部屋、もう一度見せてくれますか?」
「は、はい…」
はじめは速水オーナーと共に伊丹の部屋に入る。
そして、はじめは黙って部屋の中を見渡す。ベッドのしわ、カーテン、時計など…ありとあらゆるものに目を通す。
速水オーナーはそんなはじめの行動に冷や汗を流す。
能面のような無表情のはじめに速水オーナーは初めて“怖い”と感じた。
何も見つからないよう願っていたが、はじめは不意に「そういうことか…」と何かが分かったかのような発言をした。
「速水オーナー、分かったよ。伊丹さんがどこで殺され、何で殺されたのかをね」
「な、何ですって?」
「この部屋の中に、その証拠があるんです」
(バカな!この部屋にある怪しいものは全て片付けたんだぞ!?何を見つけたって言うんだ!?)
「速水オーナー、まず伊丹さんが死体となって見つかった時の服装…覚えていますか?」
「さ、さあ…」
「部屋着のセーターで、いくら何でも外に出るには寒過ぎる格好だったんです。つまり…伊丹さんは防寒する必要がない暖房の効いた部屋で殺されたってことだ。そして…これが凶器だ」
はじめはすぐに机に置かれた灰皿を手に取った。
これには流石に速水オーナーも驚いた。ただ見ただけ、触っても詳しくも見てないのにどうやって灰皿が凶器だと見抜いたのか…と。
その答えをはじめはすぐに教えてくれた。
はじめは灰皿の中にある山盛りになったタバコの吸い殻をテーブルにぶち撒けた。
「これだけタバコの吸い殻があるのに、“灰”が全くないんです。…妙だと思いませんか?」
「!い、言われてみれば…」
(しまった…あの時!)
「恐らく犯人は衝動的に伊丹さんを殴り殺してしまい、ばら撒いてしまった吸い殻と灰を片付けた。ただ、その片付けでもボロを残した」
灰皿を置くと、今度は机を動かし始めた。
すると、その裏にはコンセントがあった。
「ここの部屋のコンセントは1つ、掃除機を使うにはこれを退かさないといけない。…フローリングに机を引き摺った跡があった。余程焦っていたんだろうな」
はじめの披露する推理に速水オーナーは倒れてしまいそうだった。
平静を保つことも出来ているのか自身の鏡を覗き込みたい気分だった。
だが、はじめの追い打ちは止まらない。
「それと犯人は何故か、伊丹さんを埋めて風車山に移動させている」
「埋めた…?」
今度は携帯を取り出すと、1つの写真を見せる。
「これがポケットに入り込んでました。根雪と言って、一度解けた雪がまた凍ったものなんだ。そんなものがあるのは地面の下だ。何故そんなことをしたのか不明だが、小型録音機さえあればそんなことはどうでもいい」
「小型録画機?」
「机の下にこのイヤホンが潜り込んでた。恐らく、会話を録音していたのでしょう。犯人が風車山に運ぶ時か、埋めた時に落としてしまったんだよ。それさえ見つかれば…犯人は分かる」
(な、何だとぉ!?)
はじめは伊丹の焦りと恐怖に歪んだ表情を見逃さなかった。
(まさか…違うよな?)
はじめは知りたくない真実を、知ろうとしてしまっていた。
それからすぐだった。
速水オーナーは最初に伊丹を埋めた場所でシャベルを振るっていた。
何度も雪を掘り返し、どんどん人が埋まるほどの大穴を開けていく。
しかし、はじめの言っていた録音機は見つからない。
更に掘り返そうとシャベルを雪に入れた時、静かな声が速水オーナーの耳に入った。
「…オーナー、何してるんですか?」
速水オーナーがギクッとして振り返ると、はじめが見下ろしていた。
光のない瞳を向けて…。
「き、金田一くん…!いや…その…ゴミを埋める穴を掘っていたんですよ!金田一くんこそ…どうして…」
「………」
はじめは懐から小型録音機を取り出した。
速水オーナーは顔を一気に強張らせたが、次のはじめの発言でその緊張の糸が切れる。
「これは俺のです。あのイヤホン…ただの携帯のイヤホンだったんですよ…。適当なこと言って、すみません」
「そう…ですか?」
「そう…言い忘れてたんですけど、あの根雪には黒い粒状のものもあって…調べたら…
はじめが指差す先には、層状になった雪と黒い煤がはっきりと見えた。
「伊丹さんも…
(まさか…あの録音機はブラフで、俺を嵌めて…!)
「…言いたいことは終わったので、失礼。…それと速水オーナー、俺…犯人の目星がつきました」
「!」
「でも…
はじめの後ろ姿を見た速水オーナーは、この時しかないと思った。
首に巻いていたマフラーを取り、一気に彼の後ろに近寄り…その首を締め上げようとしたが…。
「お父さん!」
玲香の声に我に返った速水オーナーはその手を止めた。
「玲香…!どうしてここに?」
「2人とも居なくてビックリしたのよ。クシュン…寒い…」
「…ほら、俺のマフラー…貸してやるよ」
「あ、ありがとう!」
喜びを顔に見せ、はじめのマフラーを巻こうとしたが…玲香の手が止まった。徐々に顔が青くなっていき、最後にははじめのマフラーを巻かずにはじめに返した。
「?どうした?」
「う、ううん…何でもない…。それよりも早く山荘に戻ろう?こんなところじゃ雪だるまになっちゃう」
「あ、ああ…」
はじめは玲香の不可解な行動に首を
2人の姿が見えなくなった後、速水オーナーは「クソッ‼︎」と声を荒げながら、シャベルを木に叩きつけた。
「金田一くんは…私を告発しようとしている…!どうすればいいんだ…?それに一体誰だ!?死体を掘り起こし、風車山に運び、あんなタロットカードを…!」
速水オーナーの悲痛な謎は虚しく雪降る森の中に響くだけであった…。