タロット山荘のある山の麓までやって来た綺世は立ち往生していた。
現地に警察がおり、事情を聞くと麓と山頂を結ぶロープウェイが破壊され、更には風と大雪のせいでヘリも飛ばせないとのことだった。
しかし、その山頂の1つ下にタロット山荘があり、そこにはじめも含めて10人程度が軟禁状態であることも分かった。
最初ははじめと玲香を止めようと思った綺世だったが、そんなことになっているとは思いもしなかった。
「全く!俺をこき使った挙句、ここで立ち往生だと!?…あんな要求聞くんじゃなかった」
横にいるのは剣持だ。
剣持は以前『何か困ったら俺にすぐ連絡しな‼︎いつも助けられてばっかりだからな‼︎』と豪語していた。その発言を忘れていなかった綺世は見事に利用したということだ。
「でも約束を守ってくれるところは流石です」
「ふん!褒められても嬉しくないわい‼︎」
すると、現地の警察が1つ重要なことを教えに来た。
「お疲れ様です!警部殿!」
「おう、で…状況は?」
「雪と風が弱まるのがあと15時間程度で、そこで誰か1人くらいはヘリで連れて行けるかと…」
「1人!?何でだ!」
「実は雪崩があって、そのためにほとんどヘリが出動しているんです。なので残っているのは小型だけで…」
「全く…何から何までついてないぜ…」
綺世はそれを聞いて、突然こんなことを聞いた。
それは剣持ですら、想像し得ない衝撃の発言だった。
「私が行きます。なので、私を連れて行って」
その頃、速水オーナーは自室でこれからどうすればいいのか分からずにいた。はじめを殺そうとも考えたが、それでは玲香を悲しませることになる。しかし…このまま殺人犯が自分だと暴かれたら、それでも玲香を悲しませてしまう。正に八方塞がりという状態だった。
すると、唐突に電話が鳴る。内線だった。
「はい、もしもし」
『おやおや、どうしました?相当お疲れのようですね』
「!?…だ、誰だ?」
『伊丹を風車山に運んだ者ですよ』
恐らく受話器にハンカチか何かを押し当て、口調までわざと変えている謎の声。これには速水オーナーも流石に心が押し潰されそうだった。
「何故だ!?何のために…!」
『それは自分の心に聞いてみることですね。何せ貴方には…既に人殺しの経験がおありでしょうから…』
その発言は速水オーナーの心を大きく揺さぶった。
伊丹以外知るはずのない事実を受話器の向こうの謎の人物も知っていたからだ。
「ど、どうして…その事まで…」
「どうでもいいですよ、そんなことは。…で、お願いというのは…」
その頃、玲香は赤間に呼び出されていた。
何故呼び出されたのか、それは玲香自身が分かっている。覚悟を決めて部屋をノックして入るも、足は明らかに震えている。赤間は酒に入り浸っており、少し離れた玲香の鼻にまでキツイアルコールの臭いが漂って来た。
「社長…何の御用でしょうか?」
「身に覚えがあるだろお?ヒック…!」
「…ありません。私、急いでいるので手短にお願いします」
随分強気な玲香に赤間は一瞬睨んだが、それもすぐに下卑た笑みに変わった。
「手短に…か。なら単刀直入に言おう。玲香、お前が俺の事務所を出ようとも別に構わないが、その前にッ‼︎きちんと借りたお金は返してもらうぞ…」
「…何のお金ですか?」
「惚けんじゃねえ‼︎このペンションの建築費、5000万だよ!」
「そのお金はもう払いました!何を言ってるんですか!?」
「あ〜ん?俺はそんなお金貰ってねえよ。いいか?この世界では社長が1番偉いんだ。テメエみたいな顔と身体が良い女は俺たちの道具なんだよ!だから…」
赤間は千鳥足でも玲香のすぐ傍まで歩み寄り、玲香の身体に触れる。
ビクッと拒否の反応を示すが、赤間には関係のない話だ。
「ほらほら?お父さんやお友達に心配かけたくないだろう?だから…5000万の代わりは…その身体で…」
「い、いやっ…いやあッ!」
玲香は堪らず赤間を押し倒して自室へと駆け戻る。
その様子を迂闊にもはじめに見られてしまう。
「…玲香ちゃん?泣いてた?」
不意に子供の頃の記憶が蘇り、はじめは気付けば玲香の部屋をノックしていた。
「玲香ちゃん、ちょっといいか?」
「…見たの?」
「何を」
「私と赤間社長の関係…」
はじめが話してる最中に食い込んでくる玲香。明らかにいつもの玲香ではない。
「俺が見たのは玲香ちゃんが泣いて走ってたところだ。…何があったんだ?」
そう聞くと、不意にドアが開けられて、はじめは腕を引っ張られて部屋の中へと入れられる。これでようやく本題に入れる、と思ったが…その時、玲香ははじめの胸に顔を埋めると大声で泣き出した。
声ははじめの服で一応は抑えられているが、それでもそこそこ大きい泣き声。はじめは突然の事態に茫然とするばかりだが、彼女を引き剥がすことも出来ず、そのまま玲香に自身の胸を貸してあげるのだった。
それから暫く経った頃、ようやく玲香は涙を止めた。
ベッドに座るはじめと玲香。
「…また、ごめんね。何の事情も話さずに泣いて困らせて…。背氷村の時と一緒で…」
「気にしてない。それより、本題に入れよ。…俺を呼んでまで話したいことが、あるんだろ?」
玲香は「うん」と小さく頷いた。
「私、赤間社長に強請られて…身体を、狙われているの…」
玲香が告げた事実ははじめに衝撃と同時に沸々とした怒りを覚えさせた。
「私…今、借金をしてる【扱い】になっているの。きちんとお金は返済したのに、赤間社長の手引きで…。それで脅されて…もう耐えられなくて…っ。こんなこと、仕事仲間にもお父さんにも言えない。誰でもいいから、私の話を聞いてほしかった」
「…そのために、俺を…」
コクっと小さく頷く玲香。
はじめは今すぐにでも赤間のところへ向かって、ぶん殴りにでも行こうと思ったが…玲香の様子を見てそれを止めた。玲香は自身の胸に手を置き、今も身体を震わせている。
こういう姿を、はじめは前も見た。
背氷村の時でも気付けなかった玲香の心の弱さにはじめは何故か心打たれたような感覚に陥った。
その視線に気付いた玲香は、とんでもない行動に出る。
はじめの手を取ると、そのまま力任せで引っ張ってベッドに寝かせた。
「お、おい!?何を…!」
その上に玲香が被さり、正に【抱きつく】ような態勢になる。
そして…衝撃的な発言が彼女の口から飛び出した。
「ねえ、金田一くん。この事件が解決したら、恋人にならない?」
それははじめにとって、初めての告白だった。
「私、金田一くんのこと好きなの。でも…赤間社長がいる限り、私は自由の身になれない。それなら芸能界も家も全て放り出して、金田一くんとずっと一緒に居たい!」
玲香は上体を起こし、はじめの顔を見下ろす。
はじめはあまりの事態に脳がついて行けてなかった。否定しようにも、脳の処理が間に合わず、玲香にされるが一方だった。
「金田一くんは…私のこと、どう思ってるの?」
「…どうって」
「綺世さんのことが気になるの?」
綺世のことを持ち出されたはじめは、流石に少し反応した。
それを感じ取った玲香は少し寂しそうな顔をしつつ、徐々にその唇をはじめに近付けていった。
何をされるのか、世の中に疎いはじめでも分かった。
でも彼女を止めることも出来ず、もう少しで触れ合うかといったところで…第2の事件が幕を開けた。
急に全ての灯りが消えると同時に誰かの悲鳴が聞こえたのだ。
「なんだ!?」
はじめは玲香を退かして部屋から飛び出した。
その後ろ姿を頼もしく思いつつ、玲香はまた悔しそうな表情をするのだった。
ー数分前ー
速水オーナーは浴室の鏡の前で自分の顔を見ていた。
やつれて、誰が見ても怖く感じる表情だった。それでも速水オーナーは今の生活を守るために、更なる凶行に及ぶ。洗面所のドライヤーを取り、浴室のドアを音を立てずに開ける。中では酒の空き瓶を置いて、赤間がスヤスヤと寝息を立てていた。
このまま風呂に沈めて殺すのが安全なのだが、電話の主はドライヤーを使って赤間を感電死させろとのことだった。
何故殺害方法にまでこだわるのか、速水オーナーには知る由もないが、どうしようもない。速水オーナーは覚悟を決め、湯船にコンセントが繋がったドライヤーを投げ入れた。
一瞬青白い放電の後に赤間は悲鳴を上げて、そのまま動かなくなった。同時にブレーカーが落ちて、真っ暗闇になる。赤間は急いでこの場から離れようとするが、足元がおぼつかないせいで早く動けない。すると前方からはじめたちの声が聞こえる。
(まずい!)
速水オーナーはスリッパを適当に取り、開いたドアの後ろに隠れてはじめたちが通過していくのを待つ。そして、もう誰も来ないと踏んだところで「今の悲鳴は?」と何事もなかったように聞く。
「分からん、風呂の方から聞こえたんやけど」
はじめは訝しげな表情を速水オーナーに向けながらも、先に風呂場に入る。暗くて何も見えなかったが、ここで電気が復旧する。
はじめたちが見たのは、風呂の中で絶命している赤間の姿だった。
「赤間さん…」
玲香の話を聞いていたはじめだったが、このタイミングで彼が殺されたことで、更に速水オーナーへの疑惑は増すばかりだ。そして、洗面所には新たなタロットカードが2枚置いてあった。
1つは塔が落雷で崩れているカード、もう一つはマントとフードを被った老人がランタンを持っているカードだった。
「あれは【ザ・タワー】と【隠者】ね。前者は災い、後者は孤立を意味するわ」
北条の説明を聞いて、はじめは【ザ・タワー】をすぐに理解した。
感電によって死んだ赤間を暗示しているのだろうと。
だが、【隠者】の孤立に関してはどう暗示しているのか、はじめには分からなかった。だが、後ろで震えている速水オーナーにはその意味に激しく動揺した。
(孤立…まさか、私を意味しているのか?)
はじめはその怪しげな様子の速水オーナーを見て、彼への疑惑がどんどん強まっていくのを感じていた。