金田一少年と神津少女の事件簿   作:GZL

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その日の夜、緒方先生は寝付けず、暗い館内を歩き回っていた。

緒方先生もはじめたちと同じく、月島冬子の亡霊や歌月がいるなど微塵も思っていない。犯人は自身を含め、この館内にいると思っていた。

しかし、それが分かっていても落ち着くことは出来ない。

いつどこで襲ってくるか分からない中では、尚更のことだ。

そんな時だった。

 

カタン…

 

と、劇場の方から物音が聞こえたのだ。ふと視線を見ると、劇場の一部が橙色に仄かに明るくなっていたのだ。

 

誰かいる。

 

そう思った緒方先生は静かに劇場へと足を進めた。

扉は開けっぱなしで中には誰でも入る事が出来るが、殺人事件があった場所に自ら赴きに行く者はほぼいないことだろう。だが、音響室だけ…懐中電灯で照らしているかのように明るくなっている。

 

「誰かいるの?」

 

思わず声を上げた緒方先生。

それに反応したのか、懐中電灯の灯りは消えて、劇場は暗闇に支配された。気になった緒方先生は壁にある非常用の懐中電灯を手に取り、音響室の中に入る。

そこは相変わらず埃塗れで、緒方先生も時折咳き込んでしまった。

そして…音響装置の上に置かれている1つの『もの』に視線が入った途端、彼女の中で何かが閃いた。

 

「もしかして…!」

 

緒方先生はそれを手に取り、独り言を呟く。

 

「『これ』が使われたとしたら…犯人は…」

 

その時、緒方先生の背後には何者かが立っていた。

いや、何かを振り下ろす準備をしていた。

緒方先生の後頭部目掛けて…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日も疲れたと思い、風呂に入る綺世。このペンションが大きな露天風呂などじゃなくて良かったと綺世は思った。とてもじゃないが、今はとにかく1人で考えていたい。

この事件のこと…はじめのIQのこと…そして、自分自身のこと。

緒方先生は何か、綺世に関して知っているようだった。

それが気になって、風呂に入っても落ち着く事が出来ない。

口まで風呂の中に身体を入れ、身体を硬直させたまま考え事をしていると…不意にポタッと水滴が落ちてきた。それからも一定の間隔で水滴が落ちてきて、綺世も思わず天井を見上げる。

その刹那。今度は彼女の顔に水滴が落ちる。

 

「!もう…誰よ…上の部屋で水を出しっぱなしにしてるの…」

 

だが、不意にこの落ちてきた『液体』がおかしいことに気付いた。

何か…鉄錆の臭いが僅かに漂った。急いで鏡で自分の顔を見ると…水滴が落ちて流れた箇所は赤くなっていた。

この状況に身体を震え始める綺世が思わず天井を見上げると…そこは血溜まりのように真っ赤に染まり、その血が染み込んだ液体が雨漏りの如く降り注いでいたのだ。それによって…綺世のバスタブの水が同じように赤く染まっていく…。

 

「あ……あ……あ……」

 

恐怖に慄く綺世は…その臨界点を超えてしまった。

 

 

 

 

「いやああああああああああああああああああああああぁッ‼︎‼︎」

 

 

 

オペラ座館全体に響く悲鳴が、はじめたちの耳に届いた。

まず隣の部屋で退屈していたはじめが飛び出した。

 

「綺世!どうした!?」

 

しかし、鍵が掛かった部屋に入る事が出来ない。合鍵を待つ事なんて出来ないはじめは扉を壊し、即座に中に入った。すると…部屋の中でバスタオルを身体に巻き、その身体を震わせる綺世がいた。その顔に…赤い鮮血をべっとりと付けて…。

 

「あ、綺世…」

 

綺世はあまりの恐怖からか、はじめを見ることも出来ない。

無意識に綺世の部屋の風呂を見ると…天井から血の雨がポタポタと垂れていた。それはバスタブを赤く染め上げていく一方だった。

そこに漸く剣持や黒沢オーナー、演劇部の部員が到着する。

 

「大丈夫か!?って…これは…!」

 

「上の階だ‼︎早乙女先輩、綺世をお願いしま…」

 

だが、その早乙女も綺世とほぼ同じくらいに身体を震わせていた。

彼女に綺世のことを頼むのは無理があるだろう。

 

「黒沢オーナー、綺世に温かい飲み物を。俺たちは上の階に向かいます」

 

「ああ…」

 

はじめと剣持たちは即座に上階へと移動し、問題の部屋に入る。その水は部屋の中にまで漏れ始めており、その水も赤い。

はじめがゆっくりとバスルームの扉を開けると、そこは悲惨な光景が広がっていた。

水が出続ける蛇口の音に混じり、長い髪を海藻のように揺らす女性の裸がバスタブに浮かんでいた。だが、その顔や身体には一切の生気はなく、頭から溢れ出る血が、湯船を赤く染め上げていくのだった。

 

「緒方先生…」

 

「畜生…後頭部を破られてやがる…。美人な先生が、気の毒で仕方ねえ」

 

それを見た一部の者は吐き気で外へと飛び出した。

更にこの光景を見た有森が騒ぎ出した。

 

「水死体…オペラ座の怪人のストーリーと一緒だ!」

 

剣持は頭を掻いて、「またオペラ座のなんとかか!歌月の野郎めえ!」と声を荒げる。そんな中ではじめは水が出続ける蛇口を閉め、その見立てを否定した。

 

「違う、水死体じゃない。緒方先生は、頭を殴られたことによる撲殺だ。見立てにするには、無理強いすぎる」

 

それを布施は「くだらない論理だ‼︎」と突っぱねた。

 

「頭のイかれた殺人鬼のすることだ‼︎そこまで細かに考える必要があるか!」

 

「いや!犯人はイカれてなんかない‼︎…途轍もなく頭が良く…緻密な計画を立てれる冷静な奴だ。…まあ、そんな犯人も今回は焦ったのか、ミスをしたようだな」

 

剣持は着々と推理を続けるはじめに徐々にイラつきではなく、驚きを感じ始めるようになっていた。

自分なんかより視野が広く…冷静沈着だ。そう思えるほど、彼の言葉1つ1つに説得感があった。

 

「ほら、この爪を見ろよ…」

 

はじめが指差したのは緒方先生の右手だった。

その薬指の部分だけ、赤いマニキュアがなく剥がれていたのだ。

 

「指の爪が取れてる!?」

 

「つけ爪だよ…そんなことも知らないのか?オッサン」

 

だが、相変わらず口調は生意気なため、イラつきは戻ってくる剣持。

 

「だ、だが、つけ爪があるないがどうしたってってんだ!?」

 

「分からねえのか?つけ爪したまま風呂に入るやつがいるかよ!」

 

はじめの言葉に全員がハッとした。

 

「この浴槽での殺しは【こじつけ】だ。本当は別の場所で殺され、このバスタブに放り込まれたんだ」

 

「何のために、そんな面倒なことを?」

 

有森からの問いにはじめは数秒黙って考えた後に、自身の考えを展開した。

 

「アクシデントだ。本当は犯人は緒方先生を殺す気はなかった。だけど、緒方先生が犯人にとって都合の悪い『何か』を発見されたか、気付かれたか…。どっちにしろ、『疑わしきは罰せよ』さ。…クソッタレめ」

 

はじめはそのままバスタブから出て行く。

剣持ははじめに更に推理を聞こうとしたが、その表情は今までに見たことのないくらい…怒りに満ちていた。それは剣持だけでなく、全員にも見えており、言葉を掛ける事が出来なかった。

はじめは部屋を出て、綺世の部屋に向かいながら…独り言を呟いた。

 

 

 

「犯人は…必ず俺が見つけてやる…。人の命をゴミのように扱い…綺世まで恐怖の底に叩き落としやがって…。名探偵と言われた…ジッちゃんの名にかけて!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

綺世の部屋をコンコンとノックすると、綺世が「はじめちゃんでしょ?いいよ…入って…」と力のない声で言った。はじめはお言葉に甘えて、中に入る。

綺世はソファに座っていたが、その表情に血の気はない。

未だに手を僅かに震わせており、いつもの気丈さは微塵もない。

ここまで追い詰められた綺世を見たのも、はじめは初めてだった。

 

「大丈夫か…?」

 

「まあ…どうにか落ち着いた。それよりも…緒方先生が殺されたって…本当?」

 

「…ああ、残念ながら…」

 

それを聞いた綺世は顔を俯かせる。

すると膝の上で拳を作ると、涙を流し始めたのだ。

 

「私のせいだ…」

 

「……」

 

「私がこんな合宿を計画したから…日高さんも、桐生さんも…ましてや緒方先生まで…」

 

「綺世は悪くない。今回のことに綺世は何も関係ない。そう自分を責めるな」

 

「でも…でも…」

 

「ちょっと怖い目に遭うと、自分の弱点を曝け出してしまう。昔と変わらないな。大丈夫だって、俺がついてる。これ以上…殺人なんてさせてたまるか」

 

「はじめちゃん…」

 

「まあゆっくりしていろ。俺は手掛かりを探しに行く」

 

「ま、待って!」

 

綺世ははじめの背中に腕を回した。

大胆な行動にはじめも多少動揺した。

 

「お、おい…」

 

「もう少しだけでいいから…このまま…」

 

(…まあ…悪くない、かな…)

 

そんな永遠に続いて欲しい時間だったのだが、扉のノック音で現実に戻される。綺世はすぐに彼から離れると、「どうぞ」と言った。はじめと同じく、慰めに来てくれたと思っていた。

 

「早乙女先輩、どうしたんですか?顔…真っ青ですよ?」

 

部屋に入って来たのは早乙女だった。

だが、その顔は緒方先生と同じかそれ以上に生気がなく、身体中が震えている。そして…1つの黒い手紙をはじめたちに差し出して来た。

 

「これが部屋に…」

 

渡す手もずっと震えている。

 

「……」

 

はじめはすぐに手紙の封を開ける。

中には筆跡で特定されないようにするためか、殴り書いたような文字でこう綴られていた。

 

 

 

【今晩のクリスティーヌ役は月島冬子に歌わせよ

 

 

 

       さもなくば、ファウストの呪いがお前に降りかかるだろう…

 

 

                                 オペラ座の怪人】

 

 

 

脅迫状であることに間違いないが、それよりも衝撃だったのは『月島冬子』の名前があることだった。

そして、綺世は即座にこの手紙がオペラ座の怪人で使われた内容と全く同じであることを見抜いた。しかし、分からないのが、何故月島冬木の名前があるか…だった。

はじめは身体を小刻みに震えさせる早乙女に向けて、鋭い質問をした。

 

「先輩、何か隠していることがあるんじゃないですか?…月島冬子に関して」

 

それを聞かれた早乙女は唐突にポロポロと泣き始めた。

 

「あたしじゃない‼あたしのせいじゃないィ‼」

 

早乙女は自分のせいではないと自己肯定するかのように叫んだ。

 

「あれは…事故だったのよ!」

 

「事故って…月島冬子のことか…」

 

「あの日…理科準備室に月島さんを呼び出したのは、私と日高と桐生だったのよ!」

 

その事実に綺世は目を丸くする。逆にはじめは静かな瞳で見詰める。

 

「彼女に主役の座を奪われたことが悔しくて…悔しくて…それで、彼女の服に焦げ穴を作ってやるつもりだったの…」

 

その後…月島冬子が焦って硫酸が置いてあった机にぶつかり、それを頭から被ってしまった…とのことだった。

それを聞いたはじめも綺世も言葉を失った。

泣いて震える早乙女を他所に、はじめは部屋から出る。

 

「はじめちゃん、どこ行くの?」

 

「剣持のオッサンを連れて来る。お前はここで残って、早乙女先輩を守るんだ」

 

それを聞いた綺世は大人しく頷いた。ある程度は反抗するかと思ったはじめだったが、これはこれで助かった。

はじめはすぐに剣持の部屋に赴き、早乙女の脅迫状に関して、そして月島冬子の事故の真実を伝えた。それを聞いた剣持は「分かった!今すぐ彼女を護衛しよう!」と部屋から飛び出した。その後ろを少し早足でついて行く。剣持ははじめに対して言っているのか分からないが、こんな風に言った。

 

「今の話が本当なら、歌月は月島冬子の親族または恋人かもな…。彼女の死の真相を知った奴は、復讐する機会を待っていた。オペラ座の怪人に見立てているのも…月島冬子の無念を晴らすつもりなんだろう」

 

「復讐の怪人(ファントム)…か」

 

そして、その急ぐ中で…突然聞こえたガラスが割れる音が、第3の事件の合図となった。

 

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