はじめは再び玲香と小城を座らせると、ポケットから2枚の写真を取り出した。それは小城と玲香が写ったものであり、一見するとパーティー中に撮られたものにしか見えなかった。
「これが何?」
北条の問いにはじめはすぐに返答した。
「よく見ろよ、どこか不自然なところがあるだろ?」
投げやりなはじめの言葉に綺世は嫌な予感しかしない。
それでも綺世は2枚の写真に目を通すと、すぐにその違和感に気付いた。
「小城さん、ネクタイをしてない」
「そこだ。これ以外の写真でも小城は何故かノーネクタイだ。いくら芸能界が服装にラフだとしても、こんな改まった席でもノーネクタイは妙だ。そこで考えた、小城はネクタイを
はじめはそして、本題に入る。
「ネクタイを首に着ける…首を絞められるように見えないか?」
それを聞いた全員が一斉に気付いた。
伊丹が遺体になる前の晩、全員に話した幼児2名誘拐殺人事件。
あれは伊丹曰く、子供の前で父親が首を締め殺されたと。
「つまり小城、お前はあの時の事件を境に首を締めることがトラウマとなっていた。…違うか?」
小城はずっとタバコを吸って黙っていたが、はじめに問われると深く溜め息を吐いた。
「全く…東大に行った僕よりも頭が良いんじゃないか?君は…。確かに…僕はあの事件の被害者だ。…と言っても、つい数日前までは記憶を失ってたけどね。僕は8歳以前の記憶を失っていた。気付けば居心地の悪い養父母の家で生活していて、奴らは僕のことを成績でしか認識していなかった。だから僕は常に成績をトップにした。奴らを見下し、東大に行き…今まで僕にしてきたことをそっくり返してやろうと思った!お前らは僕よりも下の人間だと…‼︎でも、そんな僕を不幸が襲った。国家公務員試験の時、僕は…どうやってもネクタイを着けられなかったんだ。今までも首に何かを巻き付けることに嫌悪感を感じていたが、こんなところで思いもよらぬ形でそれが仇になるとは…思ってもなかった。もちろん試験は落ちた。銀行も商社も…どこにも合格しなかった!僕よりも頭の悪い奴らは受かるのにだ!…悔しかった。こんな癖を持つ僕自身が!でも何度考えても分からなかった。どうして首に巻き付けることにここまで嫌悪するかが…。でも、一昨日の夜…速水玲香の父親を見た時…眠っていたはずの記憶が蘇ったんだ‼︎」
それを聞いていた玲香は「まさか…」と小さく呟いて、口に手を当てた。
はじめは横でその様子を見ていたが、今の彼女を支えることは今度ばかりは出来ないと思った。
「僕は妹と共に誘拐された。車に積み込まれて、身代金を父さんに頼んだ。だけど、犯人は突如父さんも車に入れると運転させた。後で知ったが、警察の張り込みがバレたからだそうだ。だが、犯人の脅しに焦った父さんはハンドルを誤って電柱にぶつけたんだ。犯人が衝突で少し気をやっている間に、僕は縄を解かれた。犯人と父さんは揉み合いになり、奴が持っていた包丁は奴の足に刺さった。その隙に僕は車外に放り出された。そこからは…悪夢だったよ。父さんは犯人に首を締められたんだ!僕は何度も窓を叩いて父さんに声をかけた!その時、父さんは最後の力で犯人のマスクを剥ぎ取った!そこにあったのは…あの男、速水雄一郎の顔だったんだよ‼︎」
玲香は声を上げることも出来ずにガタガタと震えた。
はじめもある程度予想はしていたが、いざ言われると少し心に来るものがあった。
「…笑っちまう話だよ」
小城は悪魔のように笑った。
「僕
「………」
「だけど、僕が動く前に事件があったんだ。僕は見た、あの男が伊丹の死体を運んでいるところを。こんなチャンスを逃す手はなかった。僕は奴を脅して赤間を殺させた。そうすれば僕
それを聞いていた綺世は、不意に聞いた。
「じゃあどうして赤間まで殺させたの?今の話を聞いていると、赤間は15年前の誘拐事件には絡んでいない。…個人的な恨み?」
小城はそれを聞かれると、答えにくそうに顔を歪めた。
何かある…綺世はそう思って更に問い詰めようと思った時、はじめが小さく言った。
「玲香のためだよ」
「え?」
「赤間は玲香の身体を狙ってた。だからだろ?」
「でも!いくらマネージャーだからって、そこまでやる!?」
綺世の問いにはじめも「それは…」と言葉を濁した。
綺世は少し表情を怒りに変えてはじめの肩を掴んで壁に叩きつけた。
「何を隠してるの?」
「…何も」
「嘘つかないで‼︎小城が赤間を殺したかったのは重要な理由があるはず!なんで隠すの?」
はじめは暫く俯いていたが、大きく息を吐くと答えた。
「…みんな、もう一度その写真を見てくれ」
はじめが言ったのは、最初に見せた例の2枚の写真。
「玲香、昨晩…俺がマフラーを渡して首に着けようとした時、何故か着けなかったよな?何でだ?」
「何で…って、なんか…嫌だったから…」
その会話だけで綺世は全てを察した。
一瞬で顔を青くさせ、はじめを問い詰めたことを後悔した。
だが、はじめは止まらなかった。
「その写真でも分かるように、玲香も首に何も巻いていない。明らかにアクセサリーなどを着けて、なるべくはだけさせないようにするはずだ。
それを聞いた玲香は完全に思考が停止した。
ポツリポツリと壊れた人形のように呟き始める。
「嘘だよ…だって…お父さんは…お父さんは…。優しくて…何でもやってくれて…母親がいなくてもずっと育ててくれた……あ、ああ…」
だが、そんな状態の追い討ちをかけるように小城は叫んだ。
「違う…!あの男は君の父親なんかじゃない‼︎僕はずっと叫びたかった!あいつは僕たちの父さんを殺した悪魔だって‼︎そうだ…!僕のやったことは間違いじゃない!君だけは理解してくれるよね?
「黙れェッ‼︎‼︎」
はじめは綺世を突き飛ばすと、小城の胸ぐらを掴んで地面に突き伏せた。
両手の痛みなど無視して、小城を無理矢理黙らせた。
「お前は…どこまで玲香を苦しめる?」
「苦しめる?玲香を苦しめたのはあの男たちだ‼︎僕は彼女を守るためにやったことだ!君は玲香に何をした?ずっと側にもいず、ただ傍観してただけじゃないか‼︎」
「…それをやって…何が残る?」
「は?」
「確かに赤間の苦しみからは解放されるだろう。だけど、速水オーナーを殺された玲香には何が残るって言うんだよ…。玲香はお前が兄であることも、オーナーが父親殺しの大罪人であることも知らない!彼女の15年間は、速水オーナーが父親であることが刻まれてんだ‼︎それにお前は気付かなかったのか?速水オーナーの不自然な行動に」
「何が…」
「どうして玲香を育てた?言ってしまえば、彼女は殺人事件を目撃した…犯人にとっては1番邪魔な存在だ。殺してしまうのが1番手っ取り早い」
「はじめちゃん‼︎」
綺世は思わず叫んでしまった。玲香のショックは、誰にも計ることが出来ない。はじめのそういった言葉1つ1つでも彼女の心を抉ることが出来るだろう。
「でも速水オーナーは玲香をここまで育てた。もう憶測でしかないが、それは彼なりの償いだったんだよ。本当の父親を殺してしまった…精一杯の償い…だったと俺は信じたい。だが、お前がやったことは復讐でも何でもねえ…ただ玲香を苦しめ、悲しませただけの…自己満足なんだよッ‼︎」
それを聞いた小城は、もう喋らなくなった。
同時に動かなくなった小城を置いてはじめはフラフラと立ち上がり、椅子に腰掛けた。その後ろ姿に、綺世は声をかけれなかった。
はじめもこの時、密かに涙を溢しかけていたが、グッと堪えた。
横に…誰よりも辛い現実に向き合う者がいるから…。
ー2ヶ月後ー
はじめは久しぶりに玲香と会ったのだが…その姿にポカンとした。
如何にも普通の女子高生ではない姿ではじめの前に現れたのだ。しかもまた相談があると聞いて待ち合わせの場所に来たのだが、はじめは来るなり誰か…いや、玲香に目隠しをされると車に放り込まれ、どこかへ連れていかれたのだ。
そして目隠しを外されると、目の前は遊園地…更に私服姿の玲香が立っていた。しかも満面の笑みで…。
「あの…これは…一体…」
状況が飲み込めないはじめは玲香に事情を聞こうとするが、その前に玲香がはじめの手を取って引っ張る。
「話はあとあと!ほら、あれ行こ‼︎」
元気な姿の玲香にはじめは少し安堵した。
あの事件後、玲香はすっかり表舞台から姿を消していた。なんと1ヶ月半もの間、テレビ出演はなく…小城の犯罪だけが取り上げられた。剣持と芸能界の力で、玲香と小城が兄妹であること、そして速水オーナーが元殺人犯であることは伏せられた。
だが、はじめにはそんなことはどうでもよく、玲香が常に気掛かりだった。授業も何もかもうつつを抜かしていて、綺世がはじめに声をかけない日さえもあった。そんな最中の連絡である。行かないはずがないのだが…。
「ひゃっほーーー‼︎」
こんな元気だとははじめも想定出来なかった。
それから2時間…玲香と共に遊園地を回って、半分デートみたいなことをしたところで…最後に観覧車に乗り込んだ。
そこでやっと話せると思ったはじめは口を開いた。
「元気そうで良かった。綺世も心配してたぞ?」
「ありがとう、立ち直るまでは長かったけどね」
「…あれから小城とは?」
「話してない。やっぱり…『お父さん』を殺したことに変わりはないから…」
今でも玲香は、実の父親を殺した速水オーナーのことを本当の父親だと思っているようだ。
「…でも、今考えると、お父さんは何度か私を殺そうと考えていたと思う。たまに包丁を持って震えていたり…ロープを持って私を見詰めてたり…。怖いと思わなかったけど、変だなとは思った」
「でも殺さなかった。…速水オーナーなりの償いがあったんだろうな」
「それもそうだし、ほら?私…女の子だったじゃん?だから可愛くて、お父さんを悩殺したのかも?」
それを聞いたはじめは思わず笑ってしまった。
絶対にないとも言えないが…。
「でも…私の記憶の中のお父さんは、いつも笑顔で支えてくれた…優しい人だった」
「……そうだな」
「金田一くん、タロット山荘でやったことは、本気だからね?」
「え」
「確かにあの時私は精神がおかしかったけど、あの気持ちだけは本気。だけど、半分はなし。芸能界から消えて、一緒に駆け落ちって話」
「は、はは…」
(流石にそれも本気だったら困る…)
「私が休養中にファンからたくさんのメールを頂いたの。これを見てると元気湧いて…やっぱり私、この仕事向いてるなあって!」
「良かった。元の玲香に戻って。さて、そろそろ観覧車も1番下に着くな」
はじめたちが乗る観覧車の部屋が1番下に到達して、ドアが開いた時…従業員の大声が耳に入った。
「あ、お客様!困ります‼︎まだ降りてな…」
そうやって割り込んで入ってきた人に、はじめは一気に顔を青褪めた。
「あ、あや…せ…」
息を荒くして、はじめたちの中に入る綺世は悪魔のように笑っていた。
「はじめちゃん?これは…どういうことかなあ?」
降りようと思ったが、他の客に迷惑もかけれず、はじめは震える声で「もう一周…お願いします」と言った。
今度は3人になって、はじめは面倒なことになったと思っていると…綺世は開口言葉を放った。
「ま、今日は許すわよ。次はないけどね」
はじめは(助かった…)と思いながら胸を撫で下ろす。
それを見た綺世は玲香に耳打ちで何かを聞く。すると玲香はニンマリ笑って、綺世に小さく何かを言う。はじめはその会話が聞こえていない。
それからはそのまま観覧車を降りることになり、玲香は追尾してくるレポーターたちを躱すために一足先にはじめたちと別れた。
「で…綺世、お前どうやってここだって分かったんだ?」
「…こんな写真が流出してるからよ」
綺世が見せたもの、それにはじめは戦慄した。
なんとはじめと玲香が遊園地で楽しく遊ぶ動画や写真がネットにばら撒かれていたのだ。しかも一部の写真ははじめの顔がそのままになっている。
「…マジ?」
「ま、玲香ちゃんがどうにかしてくれるとは思うけど…暫くは時の人ね」
「静かに過ごしたいのに…」
はじめはがっくりと肩を落とした。
「そういえば、降りる直前玲香と何を話してたんだ?」
それを聞かれた綺世は少しはじめを見た後に、背中を向けて「内緒」と答えた。気になるはじめは「教えろよ!」と追従するが、綺世は「いやよ、何も教えてくれないはじめちゃんに教えるはずないじゃん」と的確な返答を返してはじめを黙らせた。
綺世はその時の会話を静かに思い出させる。
『ねえ、玲香ちゃん…まさかはじめちゃんのこと、好きじゃないわよね?』
『好きだよ、1番大好き。負けないから』
『!上等よ…‼︎』
綺世は少し耳を赤くしながらも、はじめの手を取った。
「ほら!帰るわよ‼︎」
「おい、引っ張るなよ!」
綺世は今だけでもはじめを独り占めしたいと思ってしまうのだった。
その数日後、玲香は新しい曲をリリースした。
タイトルは『I will never lose』、だった。
『生死を決めるカード』、これにて完結です。
補足ですが、小城は死なせませんでした。
まあ…なんか…無理に死なせる意味もないので。
次章予告『遊び笑う道化』
芸能界復帰を果たした玲香とはじめが何者かに誘拐され、身代金を要求された。しかし、その受け渡し人を何故か綺世に指示される。綺世は2人を助けるために奮発するも、犯人の謎の指示に振り回されてしまう。
そして…衝撃的な一報を受ける。
「あの2人なら殺したよ…」