次に目を覚ました時、はじめと玲香、そして安岡はどことも分からない別荘かロッジに閉じ込められていた。状況を確認しようと立ち上がろうとするが、はじめのみに足まで縄で縛られており、全く身動きが取れない。
とにかく何かしようと思った矢先、パシャ、とカメラのシャッター音が聞こえた。
振り向くとそこにはピエロのマスクを被った謎の人物が片手にポラロイドカメラから写真を1枚持って立っていた。
「お前は…!?」
あの晩、はじめが見たうちの1人が目の前にいるピエロ姿と全く同じだった。
「あ、あんたは…一体何者なんだ!?」
驚く安岡はそう問うと、ピエロ姿の人物は漸く口を開いた。
「君たちは誘拐されたんだよ、この僕にね。名前は…そうだな、道化人形…とでも名乗っておこうか」
ピエロの身なりのせいで身長が分からず、声も何か機械を使用しているのか男か女かも判別出来ない。はじめは奴から一切視線を逸らさずに見ている。対照的に玲香と安岡はそんな冷静な判断は出来ないようで、どこから逃げれるか辺りを見てしまう。
すると道化人形は音もなく、安岡に近付くとその顎を掴んで脅す。
「逃げようなんて考えないことだね、じゃないと…殺すよ?」
しかし顎を掴んですぐに道化人形は驚いたように後方へと飛び退いた。
「無精髭…あー‼︎僕はこういう不潔で汚い奴が1番嫌いなんだ!この髭剃り機で毎日剃れ‼︎分かったな!?」
「は、はい…分かりました…」
あまりに異常な数々に玲香は震えてしまっている。
はじめはここで奴に質問する。
「目的はなんだ?いい加減に言ったらどうなんだよ?」
「知りたがりだねえ、金田一はじめ…。良いだろう、僕の目的を教えてやる。簡単な話だ、身代金だ。この写真を見せれば、社長も脅しではないと分かるはずだ。まあ、暫くはここで大人しくしてることだ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!このまま3人とも同じ場所に監禁!?それじゃあ彼女のイメージが傷付く‼︎」
「おい!安岡さん!こんな時に何を言ってるんだ!?」
「…こんな時でもアイドルの【見た目】を大事にするのか…。君はマネージャーの鑑だねえ」
すると道化人形は玲香の長髪を無理矢理掴んで立たせる。
その行動にはじめがキレる。
「きゃっ…‼︎」
「おい!何やってるんだお前‼︎」
「うるさいッ‼︎」
はじめは道化人形の蹴りを見事に顔面に受けてしまう。
倒れるはじめは口から血の塊を吐き出して、奴を睨む。
「…その目、良いねえ。
玲香は髪を引っ張られる痛みを感じながら、別の部屋へと連れて行かれてしまった。はじめは何も出来ない無力感に苛まれる。
だが、それと同時にはじめは道化人形が言っていた
「…まさか」
はじめは背中に冷や汗が流れるのを感じた。
綺世は学校で1つの席を眺めていた。
そこには普段はじめが座っているのだが、今日は来ていない。はじめの母親にも朝確認したが、昨日の夜から連絡がないとのことだった。
しかし、綺世は気にしていなかった。
どうせ玲香と一緒に遊んでいるだけだろう…と。
何故か最近は玲香に勝てないと思うことが多々あり、はじめに玲香を取られてももう仕方のないことではないかと思えるようになって来た。
だがそんな無気力な考えが一気に吹き飛ばされる事態へと発展する。昼休みで友達と昼食を摂っていると、突然教室の扉が勢いよく開いて教室内が騒然とする。
「この中に…神津綺世さんいませんか!?」
やって来たのは30代中盤の女性だが、その美しさから20代後半と言われてもおかしくなかった。恐る恐る綺世が手を挙げると、女性は綺世の手を掴んで教室外へと連れ出そうとする。
「え、ちょっと何ですか!?」
「話はあとです!まずは鏑木プロダクションまで来てください‼︎」
「え、ええ?」
突然の事態に混乱する綺世、車に突っ込まれ…鏑木プロダクションのあるビルに連れて来させられ…そこで漸くことの重大さを知ることとなった。
「え?…嘘でしょ?はじめちゃんと玲香ちゃんが誘拐されたなんて…」
綺世は周囲を見渡して、ドッキリ番組の収録だと思ったが…周りの反応は想像以上に冷たい。鏑木が言っていることが事実だと分かる。
そして、鏑木は1枚の写真を見せて来た。そこには縛られたはじめ、玲香、安岡の姿がはっきりと写っていた。
「今朝…事務所にこれと怪文書が送られて来て…。道化人形という奴から玲香、安岡、そして金田一くんを助けたければ1億を用意しろと」
「で、でも…なんではじめちゃんが…!」
そんなこと聞いても、誰も分かるはずがないことを綺世は分かっていた。
それほどに今、彼女は動揺している証でもあった。再び写真に目を移すと、はじめたちの奥にある窓ガラスに“あるもの”も写っていることに気付いた。
「ピエロ…」
「何?」
「ここの窓、フラッシュの光で反射してても分かりにくいけど」
綺世が指差すところには、確かにピエロの格好をした普通じゃない何者かがカメラを構えていたのだ。
間違いなく奴が道化人形なのだろう。
しかしここで同時に綺世には疑問が湧く。
「何故…私を?確かにはじめちゃんたちが誘拐されたなら真っ先に連絡するだろうけど、ここまで呼ぶ必要は…」
すると鏑木は送られて来た怪文書を見せて来た。
新聞紙の文字をくり抜いて作った、手間のかかった文章だったが…その内容に思わず綺世は声を上げた。
「『身代金1億の運び役は…神津綺世にやらせろ』!?」
「これが貴女を呼んだ理由です。犯人からの指示で…」
綺世には更に意味が分からなくなって来た。
道化人形が名指しで綺世を指示する事にどういう意図があるのか…考えに考えるが、分かるはずもない。
綺世の戸惑いを感じ取ったのか、綺世をここに連れて来た女性は涙を流して声を張り上げた。
「神津さん!お願いします!主人を…主人を助けてください‼︎」
「主人って…」
「真奈美さんは安岡の奥さん、そして安岡は私の唯一の肉親…甥に当たるんです!それに玲香とその友人まで…お願いします、神津さん!」
真奈美と鏑木の懇願を聞いた綺世だが、そんなこと言われなくてもやると決めていた。
「やるに決まってるじゃないですか、人命がかかっているんです」
「ありがとうございます!…これがそのお金です」
綺世にジュラルミンケースに入った大量の札束を見せる鏑木。
だが、綺世は即座にこのお金に違和感を抱いた。それを閉じようとした鏑木の側近を押し退けて、そのお金を掴んだ。
その時に響いたクシャという独特の音に、全員が気付いた。
そう…目の前にはお金なんてない。1番上に万札が置かれているだけで、残りは新聞紙なのだ。
綺世は帯に黒い指紋がベタベタと付いていることで、このお金の大半は偽物だと勘づいた。仏頂面の鏑木の表情で、その信憑性は更に高まる事になった。
「これは…どういうつもりですか?」
綺世の怒気を込めた静かな声に鏑木は躊躇なく…こう言い放った。
「だって…
鏑木が言ったのは、【所詮玲香は道具】としか言いようのない、最低最悪の言葉だった。
「社長…!どうか…主人たちのために!」
「何言ってんの?いくら甥の安岡と稼ぎ頭の玲香のためとはいえ、1億なんて大金出すはずないでしょ?これから玲香が1億稼げるのかも分からないのに」
「何言ってるのよ‼︎玲香ちゃんたちの命がかかってるんですよ!?それでも娘と迎え入れようとしてる母親の態度なの!?」
「母親ぁ?それとこれとは話が別よ」
全く話が通らない鏑木に綺世は掴みかかろうとした時、「待ちなさい!」と凛とした声が響き渡った。振り返るとほぼ私服姿の三田村がドアの前に立っていた。
「話は聞いたわ、あんたらしいわね。…いいわ、私が1億出そうじゃない」
「え!?で、でも何で…ただの共演者ってだけで」
「ただの共演者?とんでもない、この話がマスコミに入れば美談に出来る。そうすれば1億なんて安くなるわ」
こういう状況でもお金や名声を考える三田村に不快感を感じたが、お金を出してくれるなら有難い。
その瞬間、事務所の電話がけたたましく鳴った。
全員が固唾を飲んで見守る中、鏑木が電話に出る。
「もしもし…………ええ、お金は用意したわ。…彼女?いるわよ。……道化人形が、貴女と話したいと…」
綺世は受話器を受け取ると「神津綺世よ」と言った。
「やあ、君があの名探偵かい?早速だけど、取引場所に関してだ。明日、午前9時に
「赤い…バラ?」
「明日、楽しみに待ってるよ」
そこで電話は切れる。
そして今度は携帯を取り出し、別の人物に電話する。
「だ、誰に電話してるの?」
「警察の知り合い」
「そんな!バレたら主人たちが…!」
「相手も馬鹿じゃない、私たちがただの凡人集団だと思っていない。警察を呼ばせたくないなら、まず私を身代金の取引に使わない。…何か意図があるはず…奴、いや、
綺世はある程度、この事件がどこか仕組まれているように感じていた。
道化人形の裏に、何かが…。
はじめはコテージの一室に監禁されており、その隣の部屋には玲香がいることが分かった。多少大きな声を出すことにはなるが、どうにか玲香と会話することが出来た。
「大丈夫か?」
「うん、今は…」
『今は』という言葉にはじめも「そうだな…」と力なく返した。
身代金の受け渡しは明日…仮に失敗すれば、自分たちの命がないことは十分予想出来る。
「なら、脱出するには今しかない」
「でも…どうやって…」
「玲香ちゃんはそこで待ってろ。俺がどうにか助け出す」
はじめは後ろで縛られた腕を外すために、床から椅子に座る。次に腕の中に足を通すことで、後ろにあった手を前に移動させることに成功した。この方法は身体が柔らかくないと普通出来ないが、椅子に座った状態からなら、頑張れば出来る。しかも縛っているものがガムテープであったことも有難い。
はじめは口でそれを破り、やっと両手を自由にした。
「さて…本番はこっからだな」
いつ道化人形が来るか分からない。ある意味時間との勝負だ。
はじめはまず天井を見上げるのだった。
投稿期間が開いてしまい申し訳ないです。
最近かなり忙しくて…。
遠い目で待ってくれると有難いです。