金田一少年と神津少女の事件簿   作:GZL

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File4

山を登ってもう1時間半が経った。

早足だった綺世も、今では足を前に踏み出すことさえ苦痛だった。

時間と身体が綺世を押し潰しそうになり、一度でも足を止めたら2度と身体が動かないと思うほどだ。

 

(…何で…こんな…山、奥に…)

 

湧き上がる疑問も全て疲労で掻き消されてしまう。

すると、前方に再び案内板が姿を見せた。使ってる人はないのだろう、ボロボロで手入れは全くされていない。だが、あと5キロを歩けば、取引現場の橋に辿り着くことが分かった。綺世は時計も見る。

残り25分…この疲れ切った身体でどこまでやれるのか…。

 

「やるしか…ないでしょ!」

 

身代金が入ったケースを両手で持ち、綺世は最後の力を振り絞って山道を少し早めの足取りで動き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、はじめは変わらず橋の支柱に手錠を掛けられて身動きが取れずにいた。服を破いて、撃たれた箇所は止血を行ったが、あまり左半身に感覚はない。仮に生き残っても左半身に麻痺が残る可能性があるが、今のはじめにはどうでも良かった。早く玲香と安岡を助けて、脱出をしなければ…と、ずっと思考を巡らせていた。既に陽は天上にまで昇りきり、時刻は1時半を迎えるところだった。

その時だった。

対岸からガサガサと物音が聞こえたのは。

静かで鳥のさえずり以外聞こえないこの山奥で、あの物音ははじめの神経を尖らせるには十分なものだった。はじめはその方向をじっと見詰めていると、茂みから出て来た者に驚愕した。

 

「あ、綺世…!?」

 

綺世は膝に手を付いて、荒々しく息を吐き、1つのケースを引き摺ってやって来たのだ。顔、腕、足には傷が付き、着ていた服も葉や枝で破けている箇所もあった。

綺世は朦朧とする意識と視界の中で、橋の向こう側にいるはじめの姿を見て…その意識を再び覚醒させた。

 

「持って来たわよ…道化人形‼︎身代金はここよッ‼︎はじめちゃん、玲香ちゃん、安岡さんを返せェッ‼︎出て来いッ‼︎」

 

山奥に響く綺世の怒声。

だが、道化人形は現れない。綺世はそのまま橋に足をかける。綺世とケースの重みでギシッと嫌な音が響くが、綺世は全く気付いていない。逆にそれに気付いたはじめが叫んだ。

 

「来るなッ‼︎この橋は……!」

 

だが、一歩遅かった。綺世が橋を渡り始めて、4歩目のところでまず1番上のロープが切れる。それにより綺世はバランスを崩して、思わず残ったロープを掴んだ。これにより綺世の全体重を支えられなくなったロープが全て切れ始め、最終的に足元の踏み板まで抜けた。

 

「えっ!?」

 

「綺世ェッ‼︎」

 

綺世は悲鳴を上げる間もなく、谷底の川へと落下していく。

はじめはそれと同時に全ての力を振り絞って、手錠を引っ張る。無理だと分かっていても、落ちていく大事な人を助けたくて堪らなかった。ところが幸運にも支柱は中が腐っており、はじめの最後の馬鹿力で拘束から抜け出すことに成功した。

はじめは構うことなく、同じように谷底へと飛ぶと川に落下する。

そのまま流れに沿って泳ぎ、身体を暴れさせている綺世を傷付いた左腕で抱える。綺世は山道登ったせいで体力がもう無く、溺れかけていたのだ。そのまま流される形で、どうにか近くの岸へと上がれたが…はじめ自身も体力が限界だった。負傷した腕を使い、綺世を引き上げることに全てを注いだ結果だった。

完全に意識のない綺世の身体をまさぐり、携帯を取り出したはじめは起動するか確かめる。

 

「しなかったら…終わり…だな」

 

祈るはじめだったが、その心配は杞憂だった。

電源が復活すると、すぐに剣持から連絡があった。

 

『聞こえるか!?神津くん!今君の携帯のGPSで…』

 

「そいつは…助かる…。早く…来てくれ…」

 

『き、金田一…!?お前無事なのか!?』

 

「無事…とは言えない……な」

 

その会話を最後に、はじめも意識を失ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次に目を覚ました時、綺世は病院のベッドにいた。

近くには剣持と佐木、それに腕を固定されたはじめが椅子に座っていた。

 

「ここは…」

 

「病院ですよ!先輩たちが大怪我をしたって聞いて…飛んで来たんですよ!」

 

「心配をかけて…ごめん、佐木くん。…って、はじめちゃん!?大丈夫!?その腕…ってて…」

 

「動かない方がいい。川にあの高さからダイブしたんだ。少し鞭打ちみたいな感じになっていると思う」

 

身体を咄嗟に起こそうとしたが、少し痛みが走る。

はじめの言っていることは事実で、綺世は橋から落下して身体を打ってしまったのだ。その事を思い出した綺世だったが、すぐにあの身代金について剣持に聞いた。

 

「身代金は!?」

 

「あの金なら川に全て流されたよ…。残念ながら…」

 

「それじゃ…取引は…」

 

「失敗…だろうな」

 

そう伝えるはじめは綺世にその顔を全く見せなかった。

何故なら綺世以上に悔しく感じているからだ。あれだけ玲香の近くにいたのに、少しも助けることが出来なかった。それどころか自身は撃たれ、玲香は再び連れ戻されてしまった。

 

「…く…そぅ…」

 

はじめの背後で綺世は両腕を顔に押し当てると、悔しさのあまりにそう呟いた。はじめは声もかけることなく、静かに窓から外を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

12時のサイレンの音に玲香は目を覚ました。

ゆっくりと身体を起こして頭を振る。まだ首筋にスタンガンの痛みが残っているが、まだ無事なようだ。同じ部屋に監禁されたようだが、今度は天窓に登るための椅子も無ければ、そもそも天窓自体が塞がれている。

 

「金田一くん、いる!?」

 

声を出すが、はじめの返事はない。

今度こそ1人だという実感が一気に湧き上がり、急激に恐怖が玲香を支配する。どうすればいいのか、右往左往していると不意にドアが開いた。

開けたのは勿論道化人形だ。

 

出ろ

 

玲香は最初に縛られていた大広間に連れて行かれた。そこには今までどうなっていたのか不明だった安岡もおり、玲香は少し安堵した。

 

「玲香ちゃん、無事か!?」

 

「安岡さんこそ!」

 

「僕は大丈夫だ。…それで…なんだ?急に…」

 

取引の終了を知らせようと思ってね

 

「取引?何のこと?」

 

お宅の社長さんに身代金を要求したのさ。ま、結果は失敗だったけどね

 

「「失敗!?」」

 

2人は同時に驚いた。

 

まず君の友達の神津綺世…彼女に身代金を運ばせたけど、要求場所に来ることも出来なかった。おまけに警察も呼んでいた。…君はどうやら彼女にとって【邪魔な存在】らしいね…

 

道化人形の言葉が真実であるのは玲香でも分かる。

ここで嘘をついて騙す理由などないからだ。しかし、次に奴が言った事実に玲香は慟哭する。

 

それよりも…君の社長さんはクズだねえ。身代金を要求したのは三田村圭子だよ。どうやら社長さんは君たちの命よりもお金の方が大事なようだ

 

「嘘よ!社長がそんなこと…!」

 

「いや、あの人ならやりかねない」

 

だが、途中で安岡が奴の言葉に肯定した。

 

「あの人の性格なら甥である僕がよく分かっている。あの人は君を養女にするのも、全てお金のため…。そうだと僕は思っていた」

 

「そ、そんな…!」

 

あまりにショッキングな事実に玲香は目を泳がせる。

しかし、そんな事をしている暇も彼女たちにはなかった。

不意に道化人形は懐から拳銃を取り出して2人に向けた。

 

「な、何をする気だ!?」

 

取引が失敗したんだ。君たちももう用済み…。死んでもらう事にしたんだよ。恨むなら取引受け渡しに失敗した神津綺世と社長さんを恨むんだな!

 

そうして、非情な銃口は安岡が「まさか…」と呟いた後に火を吹いた。

しかも1発だけでなく、5発…。

安岡の身体には5つの銃弾によって穴が開けられ、すぐに絶命した。

倒れゆく傍らで、玲香は身体をガクガクと震わせていた。

 

さあ…次はお前だ

 

悲鳴を上げることも逃げることも出来ない玲香の目の前で…銃声が轟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

綺世の取り引き失敗から、約1日が経過した。

怪我を負った綺世とはじめだったが、病院では大人しくしておられず、鏑木プロダクションの一室で静かに道化人形からの連絡を待っていた。

綺世はまだチャンスはあると思っていた。

確かに取り引きには失敗した。だが、あれは橋が老朽化してたことによる事故で、時間内に間に合わなかったはずがない。それに犯人もそれだけで2人の命を奪うことにメリットはない。

そう思っているが、何故か彼女の手は細かく震えていた。

綺世は自分の手を叩いて、その震えを止める。

はじめはそんな不安で駆られている綺世を見たが、彼自身も不安で一杯だった。

その時、事務所内の電話が鳴った。

瞬間的にその場にいる全員が一気に緊張感に包まれた。

綺世はすぐに受話器を取り「もしもし」と言った。剣持がオーケーと言う前に綺世が受話器を取ったため、録音を急ぐ。

 

やあ、生きていたんだね。てっきり死んだのかと思ったけど。くくく…

 

「余計なお世話よ。それよりも次の取り引きを…」

 

次?次なんてないよ

 

「え?」

 

その言葉を聞いた綺世の額と背中に嫌な汗が流れた。

そして…次の一言が彼女を絶望へと叩き落とした。

 

あの2人なら昨日殺したよ。君が取り引き失敗したせいでね。1人は森に、もう1人は暗く淀んだ水の底で魚の餌になっているだろう…。ケケケ…もう話すことはないだろう。自らの失態を死ぬほど後悔するんだな…

 

そこで電話は切れる。

綺世は絶望の表情で、受話器を落とし、そのまま崩れ落ちる。

その様子を見れば…どういう結果になったのか容易に想像出来る。

 

「嘘よおおおおおおおぉっ‼︎」

 

まず安岡の妻に真奈美が号泣する。

そして鏑木も涙を見せる。

綺世は表情を固めたまま…その場から動くことはなかった。

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