はじめたちが病院に到着した頃はもう陽も暮れて、玲香も綺世も寝ているのではないかと思ったが…無事な姿くらい目に入れておきたいと思った。
しかし、玲香の病室に近付くに連れて怒声が聞こえて来た。
「なんだ?」
「出てって‼︎顔も見たくないッ‼︎」
玲香の病室から追い出されるように出て来たのは鏑木だった。
彼女は「ちっ」と舌打ちをすると、はじめたちのことを完全に無視して廊下を足早に去った。本性の鏑木にはじめは反吐が出そうになる。
「なんつー女だ。あれで速水玲香を養女にしようとしてたのか」
「逆井さんの言う通り、養女話は決裂したな」
その流れのまま、玲香の病室に入ると、玲香はすぐに表情を柔らかくした。
「金田一くん!…大丈夫!?腕…」
「大丈夫だよ、まあ3ヶ月は完全固定だけど…」
「私のせいで…」
「謝らなくていいよ、それより起きたばかりで悪いけど…身代金取引失敗の後…何があったのか教えてくれ」
「う、うん…5月19日…かな。最初の部屋にまた閉じ込められていて、お昼の12時に道化人形に連れて行かれて、取引失敗を言われたの。その後…安岡さんが…。私も撃たれると思ったけど、撃ち外したみたいで…私は殴られて……その後は覚えてない」
「きっと、奴は君を死んだと勘違いして、あの森に遺棄したのだろう。だけど、君の生きたい執念が勝ったのだろう。ふらふらと1日あの森の中を歩いて、あの道路で体力が尽きた…と言ったところだろう」
剣持の推測を聞いていたはじめと綺世だが、2人とも納得行っていない表情だった。それを感じ取った剣持は顔をムスッとしながら、2人に問い詰めた。
「なんだ?俺の推理が間違ってるというんか!?」
「いや、否定はしない。だけど…妙じゃないか?」
「妙?どこがだ?」
「まず玲香の生死だ。安岡には5発も拳銃を撃っておいて、玲香には外して殴っただけ…。いくらなんでも雑過ぎないか?」
「それに、私の取引場所の変更に関してもおかしい」
「と、言うと?」
「普通、取引場所を変更する場合人目が付かない場所か、警察を振り切るような場所にするはず。だけど、奴が要求したのはどれも危険で取引失敗を促すようなところばかり…。私はあのクイズを解けなかったら…バスに乗れなかったら…ガードレールのメッセージに気付けなかったら…橋に辿り着けなかったら…。金を要求している犯人とは明らかに矛盾している」
「じゃあ何か?犯人は身代金取引を失敗させるように指示してたってのか?そんなことするメリットがどこに…」
「…メリットはないわけじゃない。だけど、これはただの身代金目的の誘拐じゃないことだけは確かだ」
はじめはそう断言するが、だからと言って犯人の目星は全くついていない。綺世も突破口を見出せず、このままでは犯人の思う壺だと思ってしまう。
「まあ今日は休め、移動の連続で疲れているだろう」
「いや俺は…」
「そうね、たまには休むことも重要だと思うわよ?はじめちゃん」
綺世にまで言われては何も言えないはじめは玲香に「また明日」と言って、部屋から出る。部屋の外で丁度看護師さんと鉢合わせてしまい、「すみません」と軽く会釈して通り過ぎようとしたが…。
「ちょっと待ってください!看護師さんが持ってる靴…それは玲香のものですか!?」
「は、はい。運ばれた時に彼女が履いていた物です。洗ったらまだ綺麗だったので、お返ししようかと…」
「…まさか!」
はじめは自宅に戻ることはせず、鏑木プロダクションに駆け込んだ。
はじめの登場に鏑木や小渕沢、逆井は大いに驚いたが、はじめは無視して剣持が録音していた道化人形の通話を全て1から聞き直す。
そんなことをしている内に陽は落ちて、時計の短針は11を刺そうとしていた。その時刻に、部屋に誰かが入って来た。
「全く…人の言うことは本当に聞かないのね」
「なんだよ綺世…今は忙しいんだよ」
綺世はムスッとした表情をしながらも寝袋を置き、コーヒーを1杯、側に添えた。
「どうせ徹夜する気なんでしょ?私も手伝うわ」
「大丈夫だよ、お前こそ帰って寝てろ」
「寝ないわ。私がはじめちゃんと玲香ちゃんを酷い目に合わせた負い目くらい、ここで挽回させてよ」
「…そうかよ」
はじめは有り難く、コーヒーを啜るが、あまりの苦さに吐き出した。
「な、何だよ!これ!?こんな不味いコーヒー初めて飲んだぞ!?」
「は、初めて淹れたんだから仕方ないじゃない!」
「初めてでも下手くそ過ぎるだろ‼︎」
はじめは愚痴を散々には吐いて、再び通話の録音に集中しようとしたが…突然耳に真奈美の怒声が聞こえた。
「何だ?あの時の会話も録音されていたのか…。ん?」
はじめはそこで、思わぬものが録音されていることに気付いた。
ゆっくりと立ち上がったはじめはヘッドフォンを外し、暫し茫然とする。
「はじめちゃん…?」
「なんてこった…。犯人を断定する証拠が、こんな目の前にあったなんて…。綺世、俺は寝る」
「は!?ちょ、ちょっと!説明して‼︎」
「その録音を1から10まで耳をかっぽじって、ずーっと聞いていれば分かるよ。明日はまたあの橋に行く。おやすみ!」
はじめはそう言うと、綺世が持って来た寝袋に
そして、綺世もすぐに気付いた。
「まさか…
だが綺世には、例のアリバイトリックの謎が解けていない。
はじめには全て解けているように見える。そうでなければ、こんな場所でスヤスヤと寝れるはずがない。綺世は悔しくも、自分も眠気で限界だったため、その机に頭を置いてゆっくりと意識を手放していった。
翌日、はじめは陽が登ってすぐに綺世が落ちた橋のところに来ていた。もちろん綺世と剣持を連れて…。剣持はとても眠たそうに欠伸を繰り返しており、はじめと綺世は呆れながらも散らばっている橋板を1枚1枚チェックしていく。
(綺世にも分かったようだな)
そして、すぐに綺世が「あったわ!」と声を上げた。
はじめもそれを見たが、間違いなかった。
「…おっさん、関係者を全て鏑木プロダクションに集めてくれないか?」
「何でだ?…まさか金田一!お前…!」
「ああ、謎は、全て解けた」
それからすぐに鏑木プロダクションに戻ったはじめたちは既に集まってくれた関係者たちに説明を始める。
「皆さんにお集まり頂いたのは、他でもありません。今回の玲香、俺、そして殺された安岡の誘拐殺人事件の真相を話すためです」
「ちょっと待って!犯人は貴方たちを誘拐した外部犯じゃ…」
「外部犯?とんでもない、犯人は…この中にいる」
はじめの言葉に思わず剣持も声を上げてしまった。
「お、おいおい待て金田一!この中に犯人がいるって…あり得ないぞ‼︎」
「そうよ、私たちには完璧なアリバイがあり、安岡を殺すことも死体を運ぶことすら出来ないわよ」
「そのトリックの種は後で話すよ。まず最初に話さないといけないことがある。まずこの誘拐は、ただの営利目的の誘拐じゃないってことだ。この事件は、【安岡を殺すために仕組まれた狂言誘拐】だったんだ!」
はじめの言葉に全員が驚愕した。
「つ、つまり安岡さんは共犯者に殺されたってこと!?」
「その通りだ。これが狂言誘拐だと考えれば、綺世の取り引き指示の不自然さにも説明がつく」
ここで綺世がバトンを受け継ぎ、その謎を説明していく。
「おかしいと思いませんでした?取り引き場所をすぐに変えて、しかもその場所をなぞなぞや気付けないかもしれない貼り紙、更に無謀に山の中を歩かせる。…わざと取り引き失敗を狙っているようにしか見えない。でもこれが奴らの狙いだった」
「で、でも…何で安岡さんは狂言誘拐なんて…」
「それは玲香ちゃん、貴女が原因」
「え?」
「玲香ちゃんが鏑木の養女になるという話は、安岡にとって邪魔だったのよ。そうでしょ?剣持さん」
「ああ、安岡は至る所で借金をしており、火の車だった。それには鏑木の遺産が必須だった」
「そう…安岡には金が必要だった。そのために鏑木が死んで、すぐに遺産を相続しないといけない。でも玲香ちゃんが養女になると、それは不可能。だから狂言誘拐を行った。鏑木がお金にケチで冷酷な女だと植え付けることで、玲香ちゃんに不信感を抱かせて養女話を無しにさせる。もしかしたら安岡とその共犯者は鏑木を殺す計画も立てていたのかもしれない」
それを聞いた鏑木はブルブルと震えた。
「そして、その目論見は途中まで成功した。見事取り引きは失敗、それを伝えて玲香ちゃんの鏑木への信頼をへし折る。そこでこの狂言誘拐は終わりを迎えるはずだった。だけど…犯人はそれを利用した。取り引き失敗を理由に安岡を殺害した」
「だけど、どうやって安岡さんを殺し、玲香ちゃんを襲ったの?あの時、私たちはずっとこの事務所にいたのよ!?」
逆井の言葉にはじめは静かに見詰めたままだった。
犯人もこのトリックだけは暴けないと思っていた。だが、はじめは懐から1つの紙を取り出した。
「それならもう解けてると言っただろ?今から教えてやるよ。どうやって安岡さんを殺したのか!」