「あの3人の悪ふざけが…俺の母さんを、殺した」
「悪ふざけ…?どういうことだ?」
陸は川の半ばを流れる灯籠を見たまま、視線を誰にも向けない。明らかに動揺しているあかりに対してもだ。
「金田一…他の連中に何があったか、聞いてるんだろ?」
「ああ…」
陸のことを罵倒したことで、光太郎と心平が喧嘩したこと。
蝉沢が凛にセクハラしたこと。
その凛がスズメバチに襲われそうになったこと。
「……まさか!」
はじめは気付いてしまった。
ここにはじめがあの時提案した即席の救命胴衣作りの件を踏まえると、1つの仮説が浮かび上がる。
「3人は…捕まえたスズメバチを…」
「そうだよ、俺がいない間に奴らは…水筒の中に入れやがったんだ‼︎」
そのやり場のない憤りは村中に響く。
「光太郎が作ったペットボトルの仕掛けは金田一の救命胴衣のせいで使わなければならなかった。そこで奴らはそのスズメバチを入れたんだ。当然俺も含めて、あいつらもガキだった。ただのイタズラ感覚だったんだろう。でも…あの日、その水筒を開けたのは俺じゃなくて…母さんだったんだ!」
悲痛な叫びはまだ続く。
「母さんはその日のうちに死んだ。当時は父さんが母さんの死の原因を隠していた。俺の精神的苦痛を無くすためだったんだろうが…そんな余所余所しい態度が俺には気に食わなかった。俺はグレてヤクザ紛いのことを始め、父さんはそれを期に酒浸りになった。そしてそんな父さんはつい半年前亡くなった。でも晩年、父さんは教えてくれた。母さんの本当の死の原因を…!」
「……」
「でも父さんは、俺のイタズラで母さんが亡くなったと思い込んでいた。そのモヤモヤは消えることはなかった。そんな時、茉莉香と凛の住所が同じことに気付いた。居ても立っても居られなかった俺は、この白狐村に足を運んでいた。そこで…茉莉香に出会ったんだ。茉莉香はあの社の中を案内してくれた。自分が今年、狐の嫁入り役をやることも。そこで俺は聞いたんだ。あのスズメバチの件を…。そしたら…アイツは…!」
ギリギリと歯を噛み、強く拳を握る陸は叫んだ。
「【インケン】って言ったんだッ‼︎いつまで昔のことを引き摺っているんだとッ‼︎そこで聞いたよ、首謀者は茉莉香、光太郎、凛の3人だとな!だけど、その時の俺は怒りで目の前が真っ赤になった。気付けば俺は…凛を、殺していた。そこで俺は一線を超えてしまった。もう後には引き下がれなかったんだ」
陸の独白が終わると、彼はゆっくりと立ち上がる。未だにはじめにもあかりにも視線を向けることはない。
「で、金田一…俺をどうする気だ?捕まえて警察に突き出すのか?…殺人者として」
はじめも陸に視線を向けることはない。
微妙な距離感で陸の横に立ち、まるで独り言のように呟いた。
「どんな理由があっても、殺人だ。俺たちの友情を踏み
「…お前ならそう言うと思ったよ。だけど金田一、1つ教えてくれねえか?」
「なんだ?」
「どうしてあかりは…俺を庇ったりしたんだ?」
「…単純な話だ。負目があるからだろう」
金田一の指摘にあかりは顔を俯かせた。
「負目…?アイツは俺の事件とは全く関係ないんじゃ」
「いいや、俺はあると思っている。これは俺の推測でしかないが…あかり、お前も…あの3人のイタズラに1枚噛んでいたんじゃないか?」
それを聞いた陸は大きく目を見開いた。
「な、なんだと?」
「あかりがあの時、転んで足を挫いたのは本当のことだろう。だが、その時に乗じて、陸の水筒にスズメバチを入れるなんて、見つかったらアウトだ。小学生の時の悪知恵であかり…お前がわざと事を大きくさせたことで…そのチャンスを広げた。それを3人に頼まれた…違うか?」
はじめの推理にあかりは涙を落として頷いた。
陸は思わずあかりの肩を掴んで、問いを投げた。
「どうして…そんなことを!?」
「…私が足を挫いたことに気付いたのは、茉莉香たちだった。それでみんなを呼んで貰って、相談している最中…金田一くんが万が一のために川下りをしようと話になった。そこからペットボトルの救命胴衣や誰が川を下るかなどの話をしている中で、光太郎が…あの時のイタズラを提案したの。あとは金田一くんの言う通り、わざと痛いフリをしてみんなの視線を私に向けた…。その間に……っ」
そこまで言ってあかりは陸の手を肩から外すと、地面に膝を着いた。
「こんなことになるなんてっ…思いもしなかったのよっ‼︎茉莉香たちは…陸に謝ろうと言っていたのに…」
思ってもみなかった発言に陸は動揺する。
「謝るって…どういうことだ?」
「去年…まだ年賀状でやり取りをしていた時、こう書いてあったの…。『次、陸に出会った時はきちんと謝ろ?私たち、とんでもなく酷いことをしてしまったから…』って…。私は、てっきりスズメバチの件だと思ってた。だけど…それが…」
陸の顔から表情が消えた。そんな思いもしないことを聞いた陸は、ふらふらと後退する。
その時。
「おーい、金田一ぃ‼︎何してんだあ?」
心平の声にその場にいた3人はハッとした。
心平だけじゃない、美咲たちも含んて全員が荷物を抱えてやって来ていた。
「どうしてみんなここに?」
「いや何、警察の人が俺たちの容疑は晴れたから帰るといいだってよ。パトカーで近くの駅まで送ってくれるらしいぜ。ほら、お前らの荷物」
心平ははじめ、陸、あかりの荷物を渡す。
「お前らはお前らで、ここで何話してたんだ?」
陸はふぅっと息を吸って、全てを打ち明けようとした。
だが、その前にはじめが淡々と言った。
「別に、他愛もない昔話さ。な、陸、あかり…」
「金田一…あ、ああ…」
陸は急いで相槌を打つ。
みんなは「そうだったのか」と納得したが、後ろで静かに見ている綺世は全てを察していた。はじめはそんな綺世の憐れみの表情を直視することが出来なかった。
そうやって全員で送り届けてくれるパトカーに向かおうとした、その時。
「ねえ、あれ!」
美咲が何もない山の方に向かって指を差した。
最初はただ薄暗い山があるだけに思えたが、仄かな
「狐火…」
はじめは小さく呟いた。
「なんて量なの…」
「ねえ…あの狐火って、亡くなった茉莉香、光太郎、凛が…最後のお別れに来たんじゃないかな」
あかりの言葉に全員が肯定も否定もしなかった。
はじめたちは、暫しの間…その狐火の大行列を眺めた後にパトカーに乗り込んだ。はじめと陸は隣同士だった。陸ははじめの方を一切向かず、窓から未だに見えるあの狐火を見ていた。
そして、この村を出るためのトンネルに差し掛かった時、窓ガラスが陸の表情を映した。
「…陸」
表情は一切変えないまま、涙だけをボロボロと流す陸が隣にいたのだ。
そこからはじめは陸の方を向くことなく、最寄りの駅まで沈黙を通した。
心平たちとは先に別れて、陸、あかり、はじめ、綺世の4人は警察署の前にいた。陸はこれから自首をするそうだ。あの車内での表情を見たはじめは、陸を心配する必要はないと感じていた。
「金田一…あかり」
陸は振り返って、はじめたちに無邪気な笑顔を見せた。
それは6年前のカブスカウト以来の…屈託のない笑顔だった。
「じゃな!」
「………」
その事を思い出しながら、はじめは列車の席で俯いていた。
既に終電間近で、周囲には人の気配すらない。綺世ははじめのために弁当を買ってくると言って、傍にいない。
「こんな時にこそ…アイツがいて欲しいのにな…」
そう呟いたはじめの言葉は酷く冷たかった。
(俺が…救命胴衣にペットボトルを使うって言わなければ、スズメバチが水筒の中で死んでいてくれたら、陸の母が昔スズメバチに刺されていなかったら、茉莉香が…正直に心を打ち明けていたら…こんなことには)
数々の偶然が重なりに重なって起きた今回の事件。
元を言えば、はじめが川下りの提案から始まったことだ。
その事が…はじめを激しく後悔させた。同時に徐々に目元が熱くなってくる。
「何を思い詰めているの?」
綺世は両手に駅弁を持って、目の前に座った。
「何も…」
「まさか、自分のせいだって思ってるわけじゃないわよね?」
「……」
はじめは否定しなかった。いや、出来なかった。元を辿れば、そうかもしれなかったからだ。
その反応を見た綺世は、はじめの頭を自身の胸に押し当てた。
「あ、やせ…」
「はじめちゃんは何も悪くない。その時に精一杯のことをしただけ。たとえそれで友情が壊れてしまったとしても…私が支えるから、ね?」
それを聞いたはじめはもう止まらなかった。
綺世の肩に手を置くと、思いっきり泣き始めた。
それと同時に列車は動き始めた。
綺世は泣き喚くはじめを列車が駅に着くまで、側に居続けた。
まず謝罪を。
本当に本章の完結が遅くなってしまい申し訳ありません!
きちんと最終回まで書き切るので、応援よろしくお願いします!
次章予告『地獄へ手招きする子守唄』
試験の成績がいつまではじめに勝てない綺世は、思い切って予備校へ行くことを決意する。四ノ倉学園という、優秀な予備校へ行く綺世だが、そこで働く講師から妙な依頼を受ける。勉強をメインに調査する綺世だったが、徐々にこの予備校の闇を知っていくことになる…。