食堂にゾロゾロと演劇部のメンバー、剣持が入ってくる。
しかし、その卓上には朝御飯は置かれていない。腹を押さえる剣持を放っておいて、はじめと綺世が立ち上がり…全員に言った。
「朝食の前に…俺たちから話したいことがある。それは、この殺人劇の全貌だ」
それを聞いた全員は一瞬驚いた表情を作ったが、それを布施は「馬鹿馬鹿しい!」と興味がないといった面持ちで言った。
「犯人は歌月で、奴は海に落ちて死んだんだよ‼︎朝から寝惚けたこと言ってるんじゃねえぞ」
「いや…“奴”は死んでない。そもそも歌月という人物なんか、存在してない」
「ど、どういうことだ?」
剣持の問いに綺世が答える。
「犯人は予め『歌月』という名前でチェックインして、島からこっそり抜け出したのよ。あの鞄の中に入れていた、モーター付きゴムボートで」
「ゴムボートだと!?」
「ああ、僅かに鞄の中でゴムの臭いがした。ほぼ間違いないだろう。そうやって犯人は本土へ戻ると、何食わぬ顔で俺たちと一緒にこの島にやって来る…」
はじめの推理に一気に全員の顔が驚愕のものに変わる。
「みんな分かっただろ?犯人は…」
「この中にいるの」
それを聞いた全員は一斉に周囲を窺う。
今まで外部の者が犯人だと思っていたため、一気に疑心になってしまう。だが、布施は未だに信じられないのか、はじめたちに食いついた。
「バカな‼︎日高が殺された時、俺たちは全員この食堂に居たんだぞ!?日高を殺せるはずがない!」
「その謎も解けてるよ」
はじめは淡々と説明を始める。
「夕食前に日高を舞台の上に誘い出しておき、予め演劇稽古の時に録音しておいた日高の悲鳴を響かせる。あの時の悲鳴はそれさ。だが、その時…日高織絵はまだ生きていたんだ‼︎」
「ちょっと待て!?仮に音響室から悲鳴を大きな音で響かせれば…被害者にも聞こえるはずだ!」
「緞帳よ…」
綺世が静かに答える。
「緞帳が降りていると、外部からの音は完全に遮断される。それを利用した犯人は、既に緞帳を下ろし、偽の悲鳴が聞こえるなりすぐに劇場に向かい…彼女目掛けて照明器具を落とした!」
「綺世の言う通りだ。その証拠に緞帳が降りた手前で血痕や破片は止まっている。だが…このトリックのために残してしまった日高の悲鳴入りのオープンリール…これが、予定外の殺人を実行する足枷となってしまった。それを緒方先生に見つかってしまったんだ。だから犯人は…仕方なく緒方先生を殺し、オペラ座の怪人の第3の殺人に見立てた。無理はあったがな」
「しょ、証拠はあるのか!?」
「ああ、音響室でこいつを見つけた」
はじめは全員に緒方先生のつけ爪を見せた。
そこまで聞いた剣持は「なんてこった…」と呟いた。
「おい!でも犯人は海に落ちて死んだんだろ!?」
「違う、奴はきちんと生きている。そしてこの場にいる‼︎」
痺れを切らした剣持が「勿体ぶってないで…」と言ったところで、はじめの鋭い叫びが全員の耳を貫いた。
「全員動くなッ‼︎‼︎」
その叫びに全員が硬直する。
そして、綺世が何故はじめが動くなと言っているのか、説明する。
「ここに集まってもらったのは…狙いがあるの。犯人の計画通りなら、この食堂にある『死んだ歌月の罠で誰かが死ぬ』というシナリオのはず」
「何だと!?」
剣持は思わず身体を動かそうとするが、それをはじめが止める。
「大丈夫だ。殺人は起きない。逆にこの罠が…犯人が自ら名乗りを上げるキッカケとなる」
この食堂に罠がある…。
それを知った全員は身体は動かさずに目だけをひたすら動かす。どこに罠があるのか…そもそもどういう罠なのか、気になって落ち着きが無くなっていく。
食堂にかけられた大時計の針の音だけが大きく奏でる。
そして、15分が経過し、時計の針が7時の刻を指した時、事態は動いた。
“誰か”が椅子を後方に向けて、避けるように倒れたのだ。
それを見たはじめは無表情のまま、倒れた“者”の前に立ち、懐から1本の矢を取り出した。
矢を見せつけるように見せたはじめは、“そいつ”に言った。
「どうした?ボウガンの矢は飛んでこないぜ?」
「有森」
それを聞いた有森は明らかに動揺した表情をはじめに見せた。
「ボウガンの矢って…どういうことだ!?説明しろ!」
「無くなったボウガンと時計…それを使った仕掛けなんてすぐに分かったわ。発射装置を糸で固定し、時間になったらその糸が時計の短針で切れる…。そうすれば、席が決まっているこの食堂で『早乙女先輩を殺す』には良い仕掛けね」
「そんなことだろうと思ったから、俺は逆に罠を張った。お前が早乙女先輩の席に座るように、誘導した。それを知らないお前はまんまと俺の策略に嵌まった」
はじめと綺世の策略を聞く有森はずっと固まったままだったが、予想外にも微笑を浮かべた。
「おいおい…ただ椅子から転んで落ちただけで犯人扱いは酷くないか?」
いかにも自分は犯人ではないと言うつもりの有森だが、2人の視線は全く逸らしてない。
「大体…桐生の殺人はどう説明するんだよ?外のぬかるみに足跡を残さずに彼女を首を吊るすなんて…不可能だよ」
あくまでおどける有森に綺世は溜息を吐く。
だが、はじめは静かに口を開いた。
「あれは簡単なトリックだ。桐生は部屋の中で殺され、その後木に吊し上げられたんだ」
「だから…どうやって俺が部屋に入って…」
「誰もお前が『部屋に入って』なんて言ってないぞ?」
それを聞いた有森の表情が一気に硬くなる。
「お前は窓にワイヤーをめぐらせ、桐生に窓の下を向かせるように仕向けた。彼女が窓から顔を突き出した瞬間…ワイヤーを引っ張り、彼女を絞殺した。それを行ったのは桐生の上の部屋…。そこには電話もあったし、何よりワイヤーが食い込んだ跡がきっちり残っていた。その後、お前はワイヤーを使って桐生の部屋に降り、彼女の靴を履いてあの木の下まで向かった。最後は足跡が残らない芝生を通って、館に戻ればいい」
桐生殺人のトリックを聞く有森はもちろん、周囲で聞く剣持や布施など、はじめの推理には何も言えなかった。
有森の殺人方法も驚きを隠せないが、それを突き止めたはじめにも…衝撃を隠せなかった。
だが、有森はその推察を完全否定した。
「バカバカしい‼犯人は海に落ちて死んだ‼俺じゃない!」
「それもトリックだ!お前は殺人の罪を歌月に被せて消した!しかもそのトリックがお前が犯人であると示しているんだよ!」
「!?」
「覚えてるか?有森…お前は曲がり角で俺とぶつかったよな?俺はお前が向かって来ていた方向へと走っていた。そしてお前は犯人を見ていないと言った。だから俺たちは歌月が逃げ場を求めて、窓から飛び降りて死んだと思い込んだ」
「だけど、そこであなたは重大なミスを犯した」
綺世の言葉に有森は何のことだか分からなかった。
「分からないの?窓の手すりよ‼」
「‼」
そう…あの手すりには犯人の泥の靴跡はおろか、あそこを踏んだ跡は一切残っていなかったのだ。それがはじめと綺世が犯人が有森であると決定付けた根拠だった。
「あの手すりを踏まずに窓から出るには相当難しい…つまり、犯人はそのまま残っていたのよ!貴方は
そう告げると、綺世はゆっくりと有森に近付く。
はじめは心の中で(何をするつもりだ?)と思いながらも静観する。
「貴方が冬子とどれだけ仲が良かったかは知らない…。だけど…彼女の名前を使って、こんなことをするなんて…どういうこと!?」
それと同時に綺世の手が有森の頬を叩いた。
有森は暫く顔を俯かせていたが、小さく口を開いた。
「……さい…」
「?」
「うるさい!お前ごときに…何が分かる!?」
有森は綺世を突き飛ばすと、同時に椅子を剣持たちに投げつけた。
「きゃっ…!」
「綺世!」
「貴様…何を!?」
そして、ポケットからナイフを取り出すと、早乙女を抑えつけると刃先を首に当てた。
「いやああああ…!あっ…あぁ…」
有森の行動にはじめは声を上げる。
「やめろ!お前…どうして!」
「お前らに…何が分かる?俺と…『冬子』の苦しみが?」
有森が『冬子』と言ったことで、綺世がピクッと反応した。
「有森くん…まさか、貴方が冬子の?」
「…そういえば…君と冬子は特別仲が良かったな…。そうだよ、俺は…冬子と愛し合っていたんだよ!!」
有森は今までの苦しみを吐き出すように、半ば叫びながら口を開く。
「冬子が硫酸を被ってしまった原因があいつらだってことは…俺も知っていた。もちろん、すぐに直談判する予定だった!しかし…冬子はその事を黙り、彼女らを許すつもり…いや、忘れるつもりだったんだ!だけど…奴らは…冬子が傷付いてしまったことに対して、微塵も罪悪感を感じてなかったんだ‼その次の日だった…冬子が自殺したのは…」
有森の握るナイフが徐々に早乙女に近付いていく。早乙女は声も上げられずに身体を更に硬直させていく。
「死に際の冬子の言葉を聞いて…俺は決心した。…復讐しかないと‼」
その言葉のままに、ナイフを早乙女の首に当てる。早乙女は「ひぃっ…!」と声を上げて、身体をよじる。
しかし、その様子を見ていた綺世が歯を食いしばり、怒りを爆発させた。
「違う‼」
綺世は突き飛ばされた時に受けた軽い痛みを跳ね除け、有森の前に立つ。
「冬子が復讐を望んでいた?そんなわけないでしょ!私だって…彼女が自殺する前に会ったわ!」
「え…君も…」
―2か月前―
『…その、大丈夫?』
『……(こくっ』
硫酸で顔を醜くなってしまった彼女は、以前のような明るい声を発することはかなり減ってしまった。
ベッドで小さく俯く彼女に綺世は手を添えて、しっかりした眼差しで質問する。
『ねえ、冬子。どうして理科準備室なんかに行ったの?なんかあったんでしょ?』
核心を知りたい綺世は月島に聞く。だが、彼女は何でもないと言いたげに、首を振った。
何かあると思っていた綺世だが、月島が『何もない』と言うなら、これ以上詮索は出来ない。
すると…月島は窓の外の青空と白い雲を静かに見ながら、こう呟いた。
『ねえ…綺世』
『何?』
『天国って…どんな場所なのかな…』
『な、何言ってるの?冬子…』
『私…いつか“あの人”と一緒に
その時、綺世は彼女がどういう意図で言っているのか分からなかった。
だが、彼女の自殺…復讐に燃える有森…そして、自殺する間際の『遺言』で分かった。
彼女は…。
「彼女が死に際に言った『それでも天国に憧れる』は…3人を恨まずに死ぬと決めていたからよ‼︎心も醜くなる前に…優しい心を持ったまま天国に行きたかったからよ‼︎それくらい…それくらい貴方なら分かったでしょ!?」
綺世の言葉を聞いた有森はカタンとナイフを落とした。
そして…早乙女を離すと、そのまま地面に突っ伏して静かに泣き始めた。有森は自らが行ったことを悔い、死んだ月島に向けてなのか、「冬子…ごめん…ごめん…」と同じ言葉を繰り返した。
その姿を見た綺世も目元に溜まった涙を拭うと、後ろからはじめが肩を叩いた。
「…よく止めたな、有森を」
「彼には…もう罪を重ねたくなかったからね…当たり前よ」
こうして、陸の孤島…歌島で起きた殺人劇は、静かに幕を下ろした。
あれから3週間が経った。
有森は逮捕され、はじめたちも漸く元の生活に戻ろうとしていた頃だった。だが、はじめの隣を歩く綺世は未だにあの事件のことを忘れられずにいた。
「あの島にいたのは4日間なのに…何ヶ月もいたように思えるわ」
「いつまで引き摺ってんだ…」
はじめがそう呟くと、後方からパトカーがやって来て、パッパーとクラクションを鳴らす。振り返ると、窓から剣持が顔を出して「よっ!」と挨拶した。
「剣持警部…どうしてここに?」
「何…あの事件を解決した礼に高校まで送るぜ?それと…少し話したいこともあるからな」
お言葉に甘えて、2人はパトカーに乗り込む。
するとすぐに剣持は唐突にこんなことを言い出した。
「オペラ座館…取り壊しをやめたそうだ」
「え…どうして…」
「分からんが、そう決めたらしい。だけど…あの劇場で起きた過去の事件が間違いなく関係あるだろうな…」
「…それってもしかして、黒沢オーナーの娘さんに関することか?」
その質問に剣持は一瞬驚いた表情をしたが、すぐに頷いた。
「ああ…あの劇場で黒沢オーナーの娘が首を吊ったんだ。理由は、恋人に裏切られたから…。しかも、その娘さんがやっていた演劇が、同じ『オペラ座の怪人』だったよ。なんとも奇妙な偶然だ、もしかしたら…呪われていたのかもな」
はじめはあの時、黒沢オーナーが見せた鬼の形相に納得した。
そしてそれに答えるように…「そうだな…」とだけ呟いた。
更に剣持は衝撃の事実をはじめたちに伝える。
それは懐から取り出した手紙だった。
「これは月島冬子の遺書だ」
「!」
手渡されたはじめだったが、すぐに綺世に渡した。
綺世は戸惑いを見せるが、はじめはこう言う。
「お前は月島冬子と仲が良かったんだろ?綺世が読むべきだ」
綺世はゆっくりと封を開け、中の手紙を見る。
そこには有森へ対して、愛していること…早乙女たちの仕打ちに対して心が醜くなりつつあること…その前に旅立つこと…そして、3人を恨まないで欲しいと書いてあった。
しかし、最後の追伸で綺世は目を見開いた。
『神津綺世さんに…最後に会いに来てくれてありがとうって、伝えておいてください。彼女は、私の数少ない親友だから…』
その一文に綺世はポタポタと手紙に向けて涙を落とした。
「……っ…冬子…っ…」
手紙を閉じて、綺世は泣き始める。
そんな彼女の横で…はじめは無表情のまま呟く。
「あの3人も…月島冬子に対して罪悪感を抱いていた。結局あの事件は…悲しいすれ違いの末に起きたものだったんだ…」
「…そうね」
綺世が涙を出し終えたところで、パトカーは2人の高校の前に止まった。
はじめは何も言わずに降りて、綺世は「ありがとうございました」と軽く会釈して降りた。そのまま高校へ向かう2人の背中を見つつ、剣持は呟いた。
「やれやれ…あんな複雑な事件を2人で解決してしまいやがった。金田一耕助の孫、神津恭介の孫娘っていうのは伊達じゃねえな…。金田一はじめに神津綺世…か、大した奴らだ」
背後で剣持がそんなことを言っていることをつゆ知らず、2人は校門を通過する。すると、綺世がはじめにこう言った。
「ねえ…今日の帰り、有森くんに会いに行かない?」
「その手紙を渡しに…か?」
綺世は頷く。
だが、はじめのことだから『勝手に1人で行け』と言われて終わり…と思っていたら、不意に手紙を取られてしまう。
「ちょっ…どこ行くの?」
はじめは再び校門から出て、どこかへ行こうとしていたのだ。
もうすぐホームルームのチャイムが鳴るというのに、だ。
「今すぐ行く。あいつには…早く伝えてあげたいからな。勉強をサボりたくないだろ?俺がやってくる」
それを聞いた綺世は少し固まり、高校の校舎を一瞥するが…。
「…待って!私も行く‼︎」
綺世がはじめを追い始めた瞬間にチャイムが鳴り響く。
今日…はじめも綺世も人生初めて学校をサボるのだった。
これにて、『オペラ座館の惨劇』は完結です。
これからも私の独断と偏見で選んだ好きなストーリーを少し改変して、投稿していこうと思います。
次章予告『学園七不思議の呪い』
はじめと綺世が通う高校には学園七不思議という都市伝説が流行っていた。その都市伝説を暴くために、とある先輩に手伝うように頼まれるはじめたちだったが、その最中にその七不思議に
はじめたちは仇討ちの如く、その犯人を突き止めようとするのだが…はじめたちにも犯人の毒牙が襲いかかる…!