そのまま綺世は学園の正門が開くと同時に、浅野が管理・保存している試験を全てチェックを始めた。他の教師たちも訝しげな表情で綺世を見ていたが、そこになんとはじめが現れる。
「はじめちゃん!?なんで…」
「俺も少し分かったことがあってな…。お前の考えと俺の考えが正しいのか、確かめるために一旦協力する。で、何を探すんだ?」
はじめの表情などから、嘘ではないことを見抜く。
「室井の解答用紙よ、殺された日のもの全てね」
「それならお前の信用している浅野先生にでも頼めば…」
「そうしたら、どうせはじめちゃんは証拠隠滅されるぞ?って脅すんでしょ?」
「…よく分かってるじゃないか。って、これか?」
はじめが綺世に手渡したNo.17の解答用紙には確かに【室井】と書いてあった。
「これが何になるんだ?」
「あとで分かるわ。それよりも剣持警部や浅野先生を古谷が殺された部屋に呼んで。急いでね‼︎」
「分かったよ…」
はじめは教室を出て、携帯で剣持に連絡する。
そうやってはじめが綺世から視線を切ったところを狙ったのか、そこに意外な人物が彼女に会う。
綺世はその解答用紙をクリアファイルに入れ、鞄に入れた途端にその腕を掴まれる。
「!?」
「それをっ…渡せっ‼︎」
荒い息を吐いて綺世に掴みかかって来たのは、古谷と室井と組んでいた仁藤だった。突然の事態に綺世も一瞬硬直したが、すぐに彼女を押し返した。
「何するの!?」
「それを寄越せ!そうじゃないと…私はっ!」
彼女の目は血走っており、普通ではなかった。
こんな時間にどうして居るのか、何故この解答用紙を狙っているのか、聞きたいことは山ほどあるが、その前に騒動の音を聞いたはじめが2人の間に入る。
「おい!お前何して…!」
「く、くそおおおおおっ‼︎」
仁藤は手近な物を投げ付け、それに怯んだ隙に部屋から抜け出した。
「何だったんだ…」
「これを狙ってた。でも奪われなかったし、深追いする必要はない。剣持警部たちはいつ来るって?」
「早くても明日の午後だ」
「そう。じゃあはじめちゃん、少し手伝って」
「は?何を…」
「密室トリックのよ」
その8時間後、剣持、浅野、久米などの関係者が綺世たちに呼ばれた部屋へと足を踏み入れた。そこは古谷が殺された部屋でもあり、一瞬剣持もドアノブに手を触れて止まったが、雑念を取っ払って入った。
そして一向が目にしたのは…西陽によって照らされた首吊り死体だった。
「なっ!?」
「こ、今度は誰が!?」
逆光かつ後ろ向きで吊らされた死体を確認するために、急いで駆け寄って降ろそうとした剣持だが、触れてすぐに気付いた。これは死体ではなく、人形であることを…。
「こ、これは!」
「浅野先生が最初に見た死体はこれだったのよ」
後ろから綺世が入って来た。
はじめはドアのところに背中を預けて、ただ静かに綺世を見ていた。
「この部屋の位置と逆光、剣持さんみたいに死体を見慣れている人でも見間違ってしまったのが証拠よ」
「た、確かに…。だが、浅野さんを気絶させてもその後犯人はどこから逃げたんだ?騙しても、ここから逃げられなければ…」
「逃げてなんかいないのよ。逃げたのは人形だけよ」
そう言った綺世はポケットからハサミを取り出し、人形の身体に切り込みを入れた。すると空気が抜けた人形の元は一気に体積を失っていく。
そして、その人形だった
「こうして、人形を始末して部屋の中に残ったのは犯人と浅野先生だけ…」
「ま、待て!つまり犯人は…!?」
「そう!自殺した古谷本人よ!」
衝撃の犯人にはじめ以外の全員が驚愕する。
「これは巧妙に練られた偽装殺人だったのよ。同様に古谷と
「そうか!共犯じゃなきゃ、証拠品も全く同じになるわけがない」
「じゃあちょっと聞くが…」
ここで初めてはじめが口を開いた。
「なんで奴らはこんな回りくどい自殺をしたんだ?」
その答えを綺世は何となくであったが、予測していた。
「恐らく…あてつけよ。彼らは黒板に浅野の悪口を書くまでに煙たがっていた。まあそれ以外にも大きな理由はあると思うけど、それは仁藤に聞けばいい」
「仁藤?どうしてだ?」
「今までの偽装殺人で置かれた【コモリウタ】の最後がまだ出てない。彼女を問い正せばいい。剣持警部!彼女を早く呼んで事情を聞くべきです」
「お、おお!」
そう言った綺世だが、その後ろではじめはまだ怪訝な表情のままだった。
だが、何かに気付いたのかはじめは綺世の腕を掴んで、耳元で少し怒気を込めて質問する。
「おい!じゃあ何でお前は昨日、彼女を止めなかったんだ!自殺する可能性があったのなら、何か理由を付けてでも…」
「あの時、まだ浅野先生の犯行を否定する証拠も無ければ、あの人形のトリックの証拠も発見出来てなかった。それなのに仁藤を止め続けるなんて無理よ。それに…」
浅野を犯人に仕立てて、勝手に自殺するような奴らを止める気はない
と、危うく言いかけた綺世だったが…どうにか言葉を飲み込んだ。
しかし、すぐに剣持から悪い報せが入った。
「おい!仁藤は家に帰ってないそうだ!」
「え!?」
「ちょっと待て‼︎…聞こえないか?」
はじめの声に全員が耳を澄ませる。
次に聞こえてきたのは、今までの自殺現場で流れていた不気味な子守唄だった。綺世は「まさか!」と呟いてすぐに部屋を飛び出した。
流れて来たタイミングに違和感を覚えたが、今の綺世にそんな余裕はない。あそこで仁藤を止めていれば…と、後悔の念が徐々に押し寄せてくる。
そして子守唄が聞こえてくる部屋に飛び込んだ綺世は、最悪の光景を目の当たりにする。古谷、室井と同様に首を吊った仁藤の死体がぶら下がっていた…。足元には最後の【タ】と書かれた紙も…。
「仁藤…‼︎」
「あや…!遅かったか…」
はじめは愕然としている綺世を横目に、【タ】の文字が入った解答用紙の横に置かれた遺書に目が行った。
そこには彼らの赤裸々な苦悩と想いが綴られていた。
古谷、室井、そして仁藤は親によってこの予備校に入れられた。そこでは成績だけが物を言う世界で、彼らは日々に心が荒んで、不良紛いのような状態になってしまったと言う。その最たる原因は浅野らしく、そこでこの学園のプリズン自殺を装って、復讐することを思い至ったそうだ。
しかし、彼らがこんな大逸れたことをしたのには、もう一つ理由があった。それは自殺した深町充だ。この遺書には、彼女を自殺を追い込んだのは自分たちであると書いてあった。その後悔の念にも駆られたのが、引き金になったそうだ。
最後に彼らは自分たちの死が学園の勉学システム改善に向けて動くことを祈る、と遺書は終わっていた。
「なんて勝手な奴らだ…」
剣持はそう溜息を吐くが、浅野は少し思い詰めた表情になる。
それもそうだろう。自身が正しいと思って教えていたことが逆に追い詰めている要因となっていたのだから。
「浅野先生、これで…依頼は終わりですよね?」
「あ、ああ。君には苦労をかけたね。もう数学を教えることも出来ないけど、ありがとう…」
綺世は少し会釈する。
これで終わった…と思い、綺世は大きく背伸びをして、この日は自宅へと帰路に着くのであった。
その夜、はじめは学園内に留まっていた。
教室の机に座り、真っ暗な中でただ1人…。
(これで本当に終わった…か)
はじめも綺世のことを思って、そう思いたかった。
しかしまだ解けていない謎がいくつかあるのだ。
「昨日の仁藤…自殺する人間が何故あの解答用紙に拘ったんだ?確かに浅野サンを犯人に仕立てたい彼らなら、あの解答用紙は彼を容疑者から外してしまう決定的な証拠だ。そう考えてしまえば、一応筋は通る。それに剣持のおっさん曰く、あの遺書の筆跡は仁藤自身のものだと結果が出た…」
全てはあの3人の偽装殺人だった…と、なるのだが…。
「……あーもう!何か釈然としねえな‼︎」
「ここにいたのね」
はじめの隣の机に腰掛けたのは、綺世だった。
「こんな時間にここにいたら、不法侵入だぞ?」
「はじめちゃんだって人のこと言えないじゃない」
「…どうした?浅野サンの容疑を晴らしただけでなく、事件も解決したのに浮かない顔だな」
「うん、でも私は最後の仁藤の自殺を止めることが出来なかった。そこが憂鬱…」
「仁藤の自殺……
その時、はじめは気付いた。
あの遺書を読んだ時に感じた違和感に。
「まさか…!」
はじめは教室から唐突に飛び出す。
「ちょっ…!どうしたのよ!?」
綺世も同じように走っていく彼を追ったが、すぐに見失ってしまった。
「あーもう!…あれ?あそこにいるのって…」
1つの大きな桜の木に浅野が立っていた。
声をかけようと思ったが、彼の手には花束が握られており、それは明らかに誰かの供養のためだと瞬時に分かった。綺世には、その姿は悲哀に満ちていたが…どこか、憑き物が落ちたかのように見えた。