綺世は座り込んだ浅野の肩を掴む。
「貴方の今までの言葉は…全部嘘だったって言うの!?」
「……」
浅野は答えない。綺世は呆然としたまま、ただ固まってしまう。
はじめはそんな綺世を彼から引き離し、話の続きをしようとしたが…その前に浅野が口を開く。
「金田一くん、どうして僕が犯人だと分かった?神津さんの推理だって…完璧だったじゃないか。あそこまでは…僕の計画も完璧だったはずだ」
「…1回、あんたの家を訪れた時に見せてくれたよな。この写真を」
はじめは1枚の写真を取り出す。
それは自殺した深町充を写したものだった。
「それが?」
「俺も最初は何の変哲もないただの写真だと思ったよ。だけど、彼女の後ろに写っている花、これが何か分かるか?」
「午後6時に撮ったものだから…ユウガオに決まっているだろう」
「違う。これはアサガオだ」
「!?」
はじめの指摘を受けて綺世も写真を見る。
確かに形は似ていたが、ユウガオは花弁が1枚1枚分かれているはずなのだが、この写真では花弁は全て繋がっている。
「アサガオは、日没から約10時間後に花を咲かせるが、陽が早く沈み始める秋は夜中の3時に花を開いてしまうんだ。これが何を意味しているのか…意味は分かるよな?」
「ま、まさか…浅野先生と深町の関係って…」
「ああ、夜中の3時に男女が会う理由なんて、恋人関係以外であるはずがない」
雪崩のように襲いかかってくる衝撃の事実に綺世は理解が追いつかない。
「あんたのミスはこれだけだ。それ以外は…完璧だった。この写真の違和感に気付かなければ、俺はあんたの殺人を立証出来なかっただろう」
「まさか、そんな写真1枚で気付かれるとは思わなかったよ。だけどね、金田一くん…僕は彼らを殺したことに後悔なんかないよ」
「黙れ。いくら相手がどんなに屑だろうと、それを殺人でやり返すことに意義なんかない」
はじめは冷たく言い放つが、その途端…浅野は今まで見せたことないくらい邪悪な笑みを一瞬浮かべ、即座に沈痛な絶望の表情へと変貌させた。
「お前らには分からないだろうな!!【俺】がッ!どれだけこの復讐に時間を費やしたか!」
浅野が溢した主語の変化…。
そこにはもう隠し切れないほどの憎悪が溢れ出ていた。
「でも…でもっ!虐められて自殺した恋人のために殺人なんて!」
「自殺じゃない‼︎」
浅野は必死に叫んだ。
「自殺だって…?そんなこと言うのはな…誰も充のことをよく知らないからだ。俺だけが…彼女のことを何もかも知っている!」
「……」
「……」
「確かに虐めを受けていた。酷い怪我を負っていたこともあった。だけど彼女は…それでも強い意志で前を向いて芸大を目指して頑張っていたんだ!自殺などあり得ない。俺はそう思って、奴らを問い詰めようとした。そこで…っ」
浅野は肩を抑えて急に震え始める。
情緒の不安定さにはじめもこめかみから汗が流れ落ちる。
「絶望もドン底に沈んでいた俺を、地獄に叩き落としたんだ‼︎」
「…古谷たちから、何を聞いたんだ?」
はじめに問われた浅野は涙を流しながらゆっくりと顔を上げて、その時聞いた彼らの会話を一言一句違わずに発した。
『宮園の野郎、浅野のことまーた庇ってるよ。たかが先公の浅野を』
『本当にうぜーよなぁ。やっちゃう?あいつ
『だけど…あの事がバレたら…』
『大丈夫だよ、警察も自殺と処理したんだ。へーきだよ。誰も私たちが深町を殺したなんて、思いもしないだろうよ』
『でもアレはあの子も悪いよな、ただの首吊りごっこしてたら…勝手にバランス崩して逝っちまうんだから』
『まあそんなの私たちのせいじゃないし、知ったことじゃないよね』
『ええ、ここは首吊り学園よ?誰が逝こうが知ったこっちゃないよ。
その内容を聞いたはじめ、綺世たちは戦慄し、慟哭した。
あの事件は自殺ではなく…殺人であったことに。
「これを聞いても…お前たちは俺がやったことが間違っていると言うのか?」
「それは…っ」
綺世は答えることが出来なかった。
彼の行いが過ちであることを。
隣ではじめはその様子を一瞥しただけだった。
「彼女の死の真相を知って俺に残ったのは絶望と復讐だけ…。その復讐も消えた今、俺に残るのは深い絶望だけ…。もう、何も思うことはない」
浅野は剣持の前に両手を差し出した。
剣持はただ「行こうか」だけ言い、浅野を連行して行った。
その後ろ姿は誰が見ても悲壮に飲まれており、哀れな視線を向けていた。
綺世はその姿を見ていることが出来ず、はじめの肩に顔を押し付けて込み上げる涙をポロポロと溢した。
逆にはじめは全く表情を見せずにその姿を見続けていた。まるで…自身の記憶にきちんと留めておくためかのように…。-
-3ヶ月後-
はじめは1人で浅野が収監されている拘置所に訪れていた。
様々な事件に巻き込まれたはじめも、自ら足を運んだのは初めてだった。その手に1つの【何か】を持って…。
部屋の中で数分待っていると、囚人服を着た浅野が入ってきた。
その姿は正に廃人であり、頬もこけて痩せている。剣持から事前に聞かされていたが、自殺未遂6回に食事をまともに摂らないと、拘置所内でも札付きの問題囚人となっているらしい。
「やあ、何の用だい?僕に説教するなら、すぐにここを出て行くよ」
「そうかよ。確かに半分説教だが、きちんと聞いてもらう」
「…ふん」
浅野は明らかに投げやりな態度を取る。
「あの時言わなかったが、俺はどんなことがあろうとあんたを許さない。殺人という大罪だけじゃない。綺世の純粋な気持ちを利用し、踏み躙ったことをな」
「…はっきり、最初は君を利用しようと思ってた。数々の難事件を解決したってことは知ってたからね。だけど、それ以上に彼女の方が効果的だと思った」
「アンタに対して、明らかに感情移入してたからか?」
「まあ、それもあるが…女性の方が心を利用しやすいことは、教師として1番分かっている」
今目の前に隔てる透明な壁が無ければ、はじめは即座に殴りかかっていたことだろう。浅野の自暴自棄になった状態では、嘘も忖度も何もかもがない。出てくる言葉は全てありのままなのだろう。
はじめは落ち着きを取り戻すために、息を吐いた。
「でも…復讐以外にもアンタには生きる道があったと思うよ。今回はそれを伝えに来た」
「いくらでも言ってくれ。僕にとってはそんな言葉など、何も意味を成さない」
「言葉だけだと思ってるのか?」
そう告げたはじめは、持って来た【もの】を浅野に見せつけた。
「それは…!?」
浅野は一瞬で表情を変化させた。
それもそのはずだ。そこには教壇でチョークを走らせる姿を写した浅野が描かれていたのだ。まだ色塗りが完全ではなかったが、浅野はその画風を誰よりも知っていた。
「まさかそれは…充の…?」
「ああ、あの予備校の美術室に隠してあった。恐らく、最後まで描き上げたら見せるつもりだったんだろうな。アンタはこれを見ても…何も思わないのか?」
「……っ」
「深町さんにとって、復讐に燃える浅野さんは望んでない。この絵のように…勉学を教える優しい姿を望んでいたはずだ」
はじめは絵を透明な壁面の前に立て掛けた。
「…どうしてこれを?金田一くんは僕を」
「ああ、軽蔑してる。人間のクズだと思ってる。だが、3人もの人の命を奪い、人を騙し続けたアンタがここで朽ちて死んでいくことは許さない。この絵でも見て、少しでも長生きしろ。…それだけだ」
はじめはそれだけ伝えて立ち上がり、面会室から出て行く。
それとほぼ同時だった。
浅野は小さく呟いた。
「ありがとう、金田一くん」
その声ははじめの耳に入っていたが、敢えてその場では何も言うことはなかった。面会室を出た後…。
「生きる気持ちを取り戻してくれて…良かったよ」
優しい笑顔を浮かべるのだった。
拘置所の外では、木に背を預けて待っている者がいた。
「俺がここに行くって、誰かに言ったつもりはないんだがな」
「剣持警部から聞いた」
居たのは当然綺世だ。
「で、どうした?」
「…あの、ごめん」
突然の謝罪だが、はじめは何か悪いことをしたのか、と考えてしまう。
「はじめちゃん、浅野さんを庇った時の私…ウザかったでしょ?それを、謝りたくて…」
「まあ、見事に騙されてるなって思ったけど、綺世が謝る必要はない」
「だけど…」
「お前も…俺がいつまでも【あの時の事件】で落ち込んでいると思っているんじゃねえよ。そこまで引き摺ると思ったか?」
「な、何よ‼︎私ははじめちゃんを元気付けようと、あの予備校に…あ」
「は?どういうことだ?」
「な、何でもない!」
綺世ははじめに急いで背を向けて、小走りに逃げ出した。
はじめは気になって彼女を追いつつ、問い詰める。
「どういうことだよ!教えろよ」
「言わないったら言わない!絶対にっ」
逃げながら綺世は久方ぶりに少し笑顔を見せるはじめに胸を撫で下ろした。自分のやったことは、一応間違いではなかったと分かったから…。
因みに次の試験でも綺世ははじめに勝つことは出来なかった。
はい、久しぶりです。
やっと落ち着いて来たので、執筆を再開しました。
また長らくお待たせしてしまって申し訳ありませんでした。
次章予告『正義を執行する者』
数年前に世間を震撼させた冷酷な監禁殺人事件…その犯人が仮釈放された。剣持はその事件で亡くなった女子高生と交友があり、その事について悩んでいた。そんな時、その犯人たちが次々と襲われる事件が発生する。
しかもその容疑者は、なんと剣持だと言うのだ。
無実を信じるはじめと綺世だが…事態は最悪の展開を迎える。
「お前だけはッ‼︎絶対に許さないッ‼︎」
「やめろッ‼︎‼︎剣持のおっさんッ‼︎‼︎」
乾いた銃声が…夜闇に鳴り響くのだった。