Knockin' On ***'s Door 作:moco(もこ)
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吹雪いている外を洞窟の入口から見上げる。クルビア北部のとある荒原。任務を終わらせ帰ろうとしたところで運悪く吹雪いてしまい、帰れずにいた。
振り返ると、ちょうど火おこしに成功したリスカムがこちらを見上げた。
「これ以上体を冷やすとまずいから、こっちに戻ってきて」
「はーい、これは明日まで続くわね」
頼りない光源によりぼうとお互いの顔が照らされる。吹雪になったのは運が悪かったが、ちょうどいい感じの洞窟を見つけられたのは不幸中の幸いか。小さなたき火に身を寄せ合い、微かなぬくもりを分かち合う。
寝たら死ぬだろうからと、うとうとし始めたらお互いに小突いて、話しかけて夜を明かす。ごうごうと外で音をたて続ける吹雪、たまに乾いた薪が爆ぜる音。まるで世界に二人取り残されてしまったかのような静寂の中で、二人、かがり火がゆらめく様をじっと眺めた。
「──」
会話が途切れ、静寂が落ちるとリスカムがぼそりと聞きなれない言葉を発した。眠たげに閉じられそうになるまぶたを見て、それ、なぁに? と問いかければ、びくりと肩を揺らしてリスカムの意識が現実へと引き戻された。
気まずそうに頭をかいたリスカムは、尽きかけていた話題の提供として妥当だと思ったのだろう、重い口を開いてぽつり、ぽつりと語った。
「……ヴイーヴルのことわざ。こっちの言葉に訳すなら……世はすべて、事もなし、かな」
彼女の吐く息がたき火に照らされ、鮮やかな橙に色づくのを眺めながら耳を傾ける。
「世に事が起きるとすれば、それは人によるもの。例えこの世が悪意に満ちていたとしても、この世界の在り方自体は変わりないだろうっていう、ヴイーヴル人なりの皮肉だよ」
リスカムが微かに笑う気配を感じながら黙っていると、また沈黙が落ちた。彼女の声音も、内容も眠くなるようなものだったが、それでもこれほどに饒舌な彼女も珍しく、睡魔と格闘しながら横目で彼女を眺めた。
「戦争も、鉱石病も、天災だって突き詰めれば人が原因でしょ。わたし達のこの日常だって、人が起こしたトラブルによって形作られている」
そこまで言ってリスカムは、何か考え込むように黙り込んだ。
「……ヴイーヴル語って、
「そう?」
「リスカムって感じ」
「……バカにしてる?」
「そんなんじゃないわ」
果たしてリスカムは今、何を思っているのか。思えば戦術や戦闘スタイルに対する口論はたくさんしてきたが、個人的な内容はあまり話したことがなかった。
それは、あたしが避けていたということもある。人を懐に入れすぎると面倒なことになるのを知っているから。だから、この時ばかりはまどろみの中のけだるさに、お互い気を緩めてしまっていたのかもしれない。
「世は全て事もなし、ね。ならリスカムがあたしに対して怒るのもリスカムのせいってことね?」
『あんたら、仲いいねぇ』
イライラしながら執務室の扉を荒々しく開けば、呆れるようにジャネットが見上げて、リスカムもついさっき同じように入ってきたよ、解散はさせません、とにべもなく言い放った。
『あんたのお望み通り、すぐ死なない頑丈な相棒じゃないか。なにが不満なんだい』
パートナーとして組むなら、勝手に死なないやつがいい、コロコロと相手を変えるのは面倒くさいし。あたしはあたしで好き勝手やるから、できればあたしの足を引っ張らない人で、それでいて頑丈な人がいいとは言っていた。
他人に期待をしていない。変えられるのは自分だけで、いざというときに守れるのも自分だけ。だからパートナーは、放っておいても自分で自分を守れるような、何をしても死なない頑丈そうなやつがいいとは思っていた。守り守られなんて面倒くさい。もしあたしが守れなくて死んじゃったら後味も悪いし。でもそれは、あくまであたしのやりたいことについてケチをつけないという前提あってこそだ。
『随分傷が減ったじゃないか』
『……それは、リスカムが、口うるさいからで』
『それのなにが悪いんだい?』
──どうせここにある死体の山の一部に、いつか自分もなる。そのときがいつかはわからなくても、必ず来る未来。
にこやかに嘘を並べる人、好意につけこんで振り回す人。色々な奴らを見てきた。そして人は裏切る生き物だとぼんやりと自覚した頃には、人の心なんて見えないものに振り回されるのなんてバカらしいと思った。
だからあたしは、自分しか信じない。自分で得た成果、その過程で負った傷。この傷は、この痛みは裏切らない。この疼きも、血が失われていく感覚も。これだけは現実であるということをよく知っている。
『あんたに傷ついてほしくないから止めるんだろう? それのなにが悪いんだい』
『……』
リスカムとコンビを組んで、当初の予想よりも長い時が過ぎた。別にリスカムが嫌いというわけではない。コンビを組んだ当初は、自分にない長所をいっぱい持っていると思って興味を持ったのは事実だ。戦闘スタイルが合わないことが衝突の最大の理由であり、それ以外であれば、一応友人と言っても差し支えない程度のつき合いはしている。
例えば、別に高級でもなんでもない菓子を持っていけば、言動こそつんけんしていても表情が緩くなっているのを知っている。酷いときは草の根を掘って食べていたこともあると以前語っていたリスカムは、あたしたちが当たり前に享受している、そういった小さな幸せを大切にしていた。そういうところを自分は好ましくすら思っていた。
だから任務で龍門などの別の国に赴いたときには、隣にリスカムがいれば屋台へと引っ張っていった。任務中はしぶい顔をしてにべもなく断る彼女ではあるけど、粘り強くいかにここの屋台ラーメンが美味しいかを熱弁し、駄々をこね続ければ盛大なため息と共に任務の後でね、となんだかんだつき合ってくれる。そうして渋々ついてきた彼女が、クルビアとは異なる雰囲気の屋台の風貌を見て、辺りに立ち込める龍門料理の独特な香りを嗅いで、物珍しそうに見回す姿が好きだった。料理を一口、口に運んで美味しいと小さく呟く彼女を見るのは悪くないと思っていた。
『──別に、お金が欲しかったわけじゃなくて。あの頃は、傭兵って手段が故郷を平和にできると思ったから』
聞けば聞くほどに地獄のような状態の故郷を憂いて、夢を持つ。リアリストである自分には絶対にできない。腐敗した政府。数少ない資源を奪おうとする盗賊。あらゆる思惑が交錯し、簡単に改善できるような状態ではないのに。せっかく故郷から出てきたのだから、自分の幸せだけを考えていれば幸せになれるだろうに、それをしない。残酷な現実を前にして疲れた様子を見せても、決して理想を語ることをやめない。
『ただ、みんなが生活に不安を覚えない、平和な世界になって欲しいだけ』
それがこの
それでも全ての人々に対し、分け隔てなく救いの手を差し伸べようとする。
規律を大事と説き、秒単位の計画書を提出するのは、恐ろしいまでの心配性であることの裏返し。それは、隊のみんなを傷つけまいとする責任感によるものであることを知った。それを優しさと表現するには、あまりに武骨。だからこそ、優等生と揶揄してやった。最初こそ嫌味とからかいを込めたその言葉に愛着を持ち始めたのは、いつの頃からだっただろう。
『フランカ、突出しないで!』
面倒見の良さ、それから、人には理解されにくい不器用な優しさ。真面目で融通の利かない優等生は、いつもいつも不真面目な隊員とトラブルを引き起こしていた。でもそれは、言ってしまえばそんな奴でもきちんとひとりひとり向き合おうとしているからこそ。頭は固いし融通も利かないからからかわれることも多い。注意した人物にひどい罵声を浴びせられることもある。そんなときでもリスカムはじっと耐え、我慢強く意思疎通をはかる。なぜならば、隊のみんなの命は全て自身の背にかかっていると思っているから。そうやって、言うことを聞かない嫌な奴の命でさえ背負う律儀さ。
──リスカムのその性質を、厄介だと思った。
『フランカの方が無意識な分たちが悪い』
『なによ、それ』
『自傷行為を止められて、なにが不満なのか考えてごらんよ』
自傷行為、というあんまりな言葉に思わず絶句すると、ジャネットはため息をついて、
『ほら、わかってない。それがわかるまではリスカムとのコンビは解消しないよ』
なんて理不尽極まりないことを言って、出ていけといわんばかりにしっしと手を振った。
『生き急ぐ理由はなにか、ゆっくり考えてみなさい』
生き急いでなんか。ただ、あたしはあたしのやりたいようにやって死ぬと決めているだけ。
戦わなければ自分の望む未来は描けない。足を止めれば待っているのは敗北という名の絶望。
『──フランカ!』
背丈の割には大きな手。女性らしい柔らかさがないわけではない。それでも、いつもいつも、戦場で自分の腕を掴むリスカムのその手は、いつだって確かな存在感であたしを現実に引き戻した。
振り返れば、いつもいつも、怒りながらも本気でこちらを心配するあいつの顔がある。いい加減愛想をつかせた方が楽なのに、律儀に盾の中へと私を引っ張り込んで守ろうとする。
邪魔をするなと思う。余計なことをするなと。──余計なこと?
いい感じだったのに。お互いに命を輝かせ、死ぬその瞬間まで魂を燃やし戦う。
──ここで散ってしまえれば。どれほど満足できるだろう。
そういった考えが、ないわけではない。戦場を渡り歩いているうちに、生と死の境界が曖昧になってきているのを自覚していた。
あの死体とあたしの違いは何だろう。心の臓が拍動している? 二十一グラムの魂の重さとかいうやつを失ってない? それだけ? あたしと目前の死は、そんなに異なるものなのだろうか。わからない。わからないから、手を伸ばす、伸ばしてしまう。
戦場で命をかけていれば、生と死の狭間はどんどん近づいてゆく。死とは、劇的な喪失なのではなく。 ただただ、生の隣に居合わせる、命の輝きが落とす影であることを理解していた。
なんであの人はそっちに行っちゃったのかなぁ。あたしは、なんでまだここに残っているのかしら。
自殺願望だとか、そういうものではなかった。それでもふと、好奇心がそそのかす。すぐ隣にあるそれを見てみろよと囁きかける。
──そういうときに限って、リスカムというやつはあたしの腕を掴むのだ。確かな生でもって、それをあたしに思い知らせるように。
『正しさだけでは人は救われない。それでも、正しさに救われるものがあるってのも、あの子が教えてくれたんじゃないかい』
だから、それが厄介なんじゃない。
こんなあたしに律儀につき合う奴がいるなんて思いもしなかったのよ、だから。
「……人と人の関わりは相互で形作るものでしょ。人のせいにばっかりしないで」
「うーん、かわいくない。ここで喧嘩したらさすがに死んじゃうわよ?」
「……沈黙に殺されるか、フランカに殺されるかって? はぁ」
──いつか、あたしに殺されてしまう前に。さっさと誰かいい人を見つけてしまえばいい。せいせいした、と離れていけばいい。
彼女との会話に笑い、そして祈った。
リスカムに悟られないように。はやく、この関係が終わりますように、と。
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