Knockin' On ***'s Door   作:moco(もこ)

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Clash-4

 

 乏しい資源からどうにか作られた、簡易的で耐久性などないに等しい、隙間風吹きすさぶ家屋。狭い地域に多くの住人が密集し、例えば盗賊が落とした一本の煙草の不始末で起きた火災で逃げ道を失くし、命を落とす者も多かった。

 

 鉱業、採石業、石材加工業を主要とする小さな町。石炭を採掘する際に出る捨て石を積み上げた小さな山に登ると、町が一望できた。赤や青の屋根の、画一的な住宅。その奥に見える、プールやテニスコートのある高級マンション。そこに人が住んでいるなんて思いもしなかった。わたしの故郷がヴイーヴル連合管理区と呼ばれる、政府の管理下に置かれた資源採掘を中心とした町であることを知る頃には、ぼんやりと経済格差というものを理解した。

 

 決して豊富とはいえない資源。しかし、それを求めて腐敗政権による搾取と、盗賊や反政府武装集団が活動資金を確保せんと押し寄せる。揚げ句の果てにはその資源を狙った外国軍による収奪まであった。

 政府が資源を適正に開発し、利益を分配しないことで不平不満が噴出し、そういった住人の不満を利用して反政府勢力がのさばる。わたしの住んでいる地域が紛争地帯と呼ばれる場所であったことを、町を出ることでようやく知った。

 

 紛争はなかなか終結せず、政治は常に不安定。そこに住む人々の生活の安全はもちろん確立されていないし、国として経済的な成長を見込める状態ですらなかった。

 ヴイーヴル連合管理区には数十にわたる武装勢力が蔓延っていた。反政府組織、民兵、自警団、警察や国連軍。その中でわたしに強烈な印象を与えたのは、外国からやってきた民間警備会社に所属する警備員だった。

 

 自国の組織は、訓練と装備不足のせいで後手に回ることが多かった。だからやむなく雇われた民間企業の傭兵であった彼らは、見たこともない武器と装備を所持し、聞き取れない外国語で会話をしていたから目を引いた。

 騒ぎが起こればチームを組んで速やかに敵を撃退してくれる。彼らはお金のために働いていたのかもしれない。それでも、物陰で縮こまっていたわたしを見つけて、たどたどしいヴイーヴル語でもう大丈夫だ、と乱暴にわたしの頭をなでてくれた彼らは、わたしにとってヒーローのような存在だった。

 

 そんなわたしが、一種の平和の象徴であった彼らを目指すのはごく自然なことだっただろう。自分で傭兵会社を作ろう、そして故郷に戻ってそこにいる人達を守れるようになろう。国際的に活躍していた大手民間警備会社であるBSWに入った理由は、そんなたどたどしい夢の手がかりを得ようとしてだった。

 

 ──そうして思い知る。わたしが井の中の蛙であったことを。

 

 首が痛くなるほどの高層ビル。今まで見たことのない機械が当たり前のように身近にあって、そこに住む人々は見たことのない煌びやかな衣服をまとい、人生を謳歌していた。

 

 クルビアに出てきて初めて食事というものは毎日、しかも一日三食も食べるのが普通だと知った。一週間も食べられないことが当たり前だったわたしにとって、過剰とも思えるほどの豊富な資源を当たり前のように享受している人達が信じられなかった。

 

 この国とわたしの故郷の違いはなんなんだろう。強国クルビアでの生活、文化の違い。田舎者と後ろ指をさされていることはわかっていた。それでもそんなものを気にする暇なんてなかった。

 

 馴染みのない、源石(オリジニウム)アーツという技術。故郷では見ることのなかった、源石(オリジニウム)を利用した工業技術。アーツユニットを渡され、使ってみろと言われて見よう見まねで暴発させたことは今でも苦い思い出だ。BSWが常識の授業を実施してくれたことには今でも感謝している。そうでなければ、今でもこの場所に馴染むことはなかっただろうから。

 

『足を引っ張らないでくださいね、リスカムさん?』

 

 外に出なければ故郷の現状を客観的に見ることはできなかっただろう。

 外に出なければ、考え方も価値観も違うクルビアでの生活で苦労することもなかっただろう。

 BSWの生活に慣れてきた頃、ようやく余裕が出てきたわたしの前に現れたフランカは、自分とは違うと感じるクルビア人の中でも異質な存在だった。

 

 初対面で喧嘩を売る。

 行動計画書を渡せば十数秒も読まずに放り投げる。

 融通の利かないわたしを、優等生と揶揄する。

 

 苦手だと思った。合わない、と。なんでロックフェロー博士はこの人をわたしの相棒に据えたのか、理解ができなかった。

 

『その人の歩んできた人生に想いを馳せなさい。どうしてそういう風に行動するのか、どうして自分と相手は違うのか』

 

 事あるごとにからかって、いたずらをして。正直イライラすることの方が多かった。でも、博士にああ言われ、前よりフランカのことをよく見るように心がけた。

 

『明後日、娘さんの誕生日って言ってたじゃない。誕生日プレゼントが死体とか笑えないわよ』

『……うる、せぇ。いいから、俺を、捨てて、いけ』

『いーやーよ。あなたの家族に恨まれたくないもの』

 

 態度こそ軽いが、フランカは仲間を見捨てるということだけはしなかった。むしろ仲間を救うために自分を危険にさらし、深刻な空気を紛らわすために軽口を叩き、いたずらさえする。

 そういえば、任務中に慣れない大出力の電気アーツを使って動けなくなっているときに、わたしが置いて行けと言ったときもフランカは頷くことをしなかった。わたしが動けないのをいいことに、にやりと笑ってどこに仕込んでいたのかマーカーを取り出してにじり寄る。今思えば、わたしの顔に好き勝手に悪戯書きをして爆笑していた彼女に対する怒りのおかげで、あのときはなけなしの気力をふり絞って生還することができたように思う。

 

 やり方は決して好きではない。それでも、フランカがわたしにいたずらをするのも、一人突出して敵陣に突っ込んで行くのも、もしかしたら他人を思いやってのことなのだろうかとぼんやりと思った。

 自分を省みないやり方は好きになれない。それでも彼女が突出するときはいつだって隊員達が命の危機にさらされたときだった。

 いたずらだって決して許したわけではない、振り回されるのだって別に好きなわけではない。それでも彼女がわたしの手を引かなければ、知ることができなかったことがある。外国の、ましてや屋台などに自分だけでは足を運ぶことはなかっただろう。

 

『──どうしてそういう風に行動するのか、どうして自分と相手は違うのか』

 

 思ったよりも長いつき合いになってしまった。それでも、わたしはいまだにフランカのことがよくわからない。

 

 人当たりはいいけれど、懐に誰もいれない。何を考えているのかわからないと思っていたけれど、そもそもフランカがそれを見せようとしない。だからときたま、任務の疲れで気が緩んだときに交わす、彼女の本音が混じったような話が好きだった。

 

「リスカムは、なにか夢ってある?」

 

 怪我をしたわたしの気を紛らわせるための適当な話題だったのかもしれない。それでもフランカが個人的なことについて質問をしてきたのが珍しかったのを覚えている。

 言わなければ問答無用に怪我をしたところを包帯でしめあげるものだから、渋々語った。自分の手で傭兵会社を設立したいこと。思い描いた夢と現実の違い。

 

「あなたらしい夢ね」

 

 珍しく茶化すことなく真面目に聞いていたフランカに、じゃあフランカはどうなのと聞いた。すると、世界を旅することだなんて突拍子もないことを言い出して、思わずまじまじと見上げてしまった。

 

 思えば、あれが初めてフランカが言った、自分のやりたいこと、夢のようなものだった気がする。あのとき、冗談かなにかなのだろうかと思って本気? と聞き返した。

 

「本気よ? ヴイーヴルにだって行ってみたいわ」

「……それこそ本気? 地獄を見たいっていうのなら護衛くらいはしてあげるけど」

「そんなにひどいの……?」

 

 ちょっと困ったような顔をして、ごそごそと鞄から一冊の本を取り出す。それを見せながら、興味津々といった顔で。

 

「ほら、これ」

「……恋愛小説?」

「そう、ヴイーヴルが舞台なの。読んでみる? ヴイーヴル人の視点からだとどう見えるのか気になるし」

 

 そう言って差し出された本を、自由の利く右手で取って膝に乗せた。表紙をそっとなでると、フランカがそんなわたしの様子をみてにこにこと笑う。

 一瞬、社交辞令だろうかと思った。でもわざわざそのためだけにこんなものは買わないような気がした。気まぐれで、何を考えているのかよくわからない彼女が、表面上でもわたしの故郷に興味を示したことが少しむずがゆくて。

 

「……恋愛小説、ね」

「あ、興味なさそう」

「SF要素ある?」

「むしろヴイーヴル地方にそんな要素あるわけ?」

「キャトルミューティレーション」

「え」

「冗談だよ」

「リスカムが真顔で言うとシャレにならないのよ……」

「UFOの仕業ではないだろうけど一応あるからね」

「え??」

「一番怖いのは人間だよね」

 

 そうやって、彼女の真意を深く考えずに笑った。

 

 今にして思う。もっときちんとフランカの立場になってものを考えていたら、なにか違っていただろうかと。

 わたしはなにもわかっていなかった。彼女が何を思い、何を考えて笑っているのか。世界は広く、わたしの見ているものはそのほんの一部であることを。身近に潜む絶望を。

 

 ──フランカが何も言わずにわたしの目の前から消えるまで。

 

 

 なにかをかけ違えてしまったというわけではない。任務で負傷して一時離脱なんてよくあることだ。たまたま、アイアンフォージシティでの任務の前にリスカムが負傷し、別の人と組むことになったというだけ。

 

 予想を裏切られることだってたくさんある。この任務で武装戦闘員に出くわすなんて誰も思っていなかったから、後手に回った。

 

 床が崩落し、そのときの相方が足を滑らせる。彼は戦闘員ではなかったし、予想外の出来事で負傷した彼を誰も責めることはできないだろう。そしてこんな貧乏くじを引かされた彼を見捨てるなんて、後味が悪いし。

 

『──わたしはあなたを心配していますし、そうすべきだと思います。わたしたちは今、コンビですから」

 

 なにより今は、あたしとバックマンはコンビを組んでいるわけなのだから。

 

「フランカ、お前ヘルメットはどうしたんだ!!」

 

 生物学的防護対応部隊(B.P.R.S)の一員として働いているのだから、こういう未来がいつかくるかもしれないとは漠然と思っていた。

 

 源石オリジニウム汚染区域。予想よりもはるかに悪質な事件を引き起こし、あまつさえ隠蔽までしようとしていた奴らを一掃してやった。そしてその代償として、防護服の一部であるヘルメットが壊れた。

 

 気道における出血。気道が刺激され、激しく咳き込む。出血のせいで呼吸はままならず、体内の酸素濃度が低下してるのがわかった。肩に担いでる相棒のバックマンが置いてけと呻いても、無視して足を進める。

 

「ここにいたのがリスカムだったら」

 

 後悔の滲む彼の声を否定し、気を抜けば止まりそうになる足を引きずって前へと進む。

 

 いつの間にあいつとニコイチのように扱われるようになったのか。すぐに解散すると思っていたのに、気がつけば二年以上コンビを組んでいた。

 

 ──ああ、あいつがここにいなくてよかった。

 

 手足が冷たくなっていくのを感じる。死ぬんだろうか、とぼんやりと思った。そして死ぬのならばせめてバックマンは助けないと、という考えと、ここで死ぬのはごめんだ、という意地が衝突して足を前へと動かす。

 

 そうして朦朧とした意識のなかで、光を見た。

 

 

「あなたは鉱石病に感染しています」

 

 無防備な状態で高濃度活性源石を浴びたのだから、そうだろうとは覚悟していた。冷静ですね、と当事件において協力関係にあったらしい小さな製薬会社の医療オペレーターが言葉をこぼした。

 

 冷静ではなかった。ただ、泣き叫び、わめいたところで現実は変わらないことを知っていた。

 

『感染してんのに、なんでまだここにいるんだよ』

『偽善なんてまっぴらだ。俺に近寄るな』

 

 ──俺は、感染者なんだから。

 

 感染者は増え続けている。不治の病。さらには感染者が死ねばその死体が新たな感染源となることが発覚し、鉱石病に対する人々の恐怖は最高潮に達していた。当初は感染経路もわからず、ただただ臭いものに蓋をするかのように感染者は迫害された。

 

 しばらく経って、ヒトヒト感染は感染者の体表にある源石によって傷つけられない限り、まず起こらないという事実が明らかになった。それでも、その事実が世間に浸透することはなかった。それはB.P.R.Sという鉱石病専門機関を設置しているBSW内でさえ同じだった。

 

『俺は、感染者なんだから』

 

 診療拒否、職場解雇。感染を明らかにしたくなくて病院にすら行けない。当たり前に生きることを許されない人々。利益重視のBSWでは、感染者の労力は搾取され、感染末期になれば後は用済みだとでも言わんばかりに退職させられる。これでこの世界ではマシな方なのだから、感染者の待遇はおして知るべしというやつだ。

 

『──ロドスの代表として、私達の医療技術であなたを全面的にサポートさせてください』

 

 感染者問題は戦地の最前線にいるBSWだけではもはや対処しきれなくなっていると実感していた。短期的な利益を追求するばかりではなく、長期的な視野の元、感染者の症状や治療についての見識を深める必要がある。人は得体のしれないものであるからこそ恐怖し、拒絶する。だからBSWも鉱石病について医学的見識のある組織との協力体制を敷き、医学的観点から鉱石病に対する知見を深める必要があると思った。

 

 ──無知は罪だ。前線へ赴き、感染者問題に対応するスペシャリストであるのなら、なおさら。

 

 不幸中の幸いにも、感染することでできたつてがある。感染することで明らかになったデータがある。だからジャネットに提案したのだ。BSWとロドスの間に安全保障契約を結ばないか、と。

 

 ロドス・アイランド製薬会社。鉱石病(オリパシー)への医薬品の研究開発、感染者問題に対する取り組み。非感染者、感染者を分け隔てなく一員として扱っている彼らは、まだまだ偏見が強いBSWに所属してたあたしにとって興味深く映った。それに実際に受けてみてわかったけれど、医療技術はBSWのものを遥かに上回っていた。

 

 まだ世に知られていないロドス・アイランドに駐在オペレーターとしてセキュリティサービスを提供し、こちらはロドス・アイランドの鉱石病研究に関する資料を一部提供してもらう。治療薬に対するデータは、自分の臨床経過報告書を差し出すという条件でジャネットを言いくるめた。

 

『この協力関係を進めれば、フランカが感染した事実も明らかになる。感染者としてBSWに居続けることも難しくなるよ』

 

 そんなことは大したことではない。どこで生きるかより、なにを成すかだ。それにもともと転々としていた身だ、新しい環境にわくわくこそすれ、未練なんて。

 

『リスカムにはなんて言うんだい。まかりなりにもパートナーなんだから──』

 

 ジャネットはあたしの顔を見て、そこで黙り込んだ。そんな彼女ににこりと笑いかけ、軽い調子できっぱりと心に決めていたことを伝えた。

 

「リスカムには言わない。絶対面倒くさいことになるもの」

「それでいいのかい」

「それでいいのよ。相方が感染者になったなんて知ったらなにをするか」

 

 あいつのことだ、どうせ自分が怪我をして守れなかったからとか言ってつきまとうに決まっている、そんなの鬱陶しくてたまらない。コンビを組んで、二年以上が経過した。そろそろ三年になるかというところか。どうせBSWのしきたりで四年目では解散になっていたのだから、ちょうどよかったじゃない。

 

 




次話、11/21/22 12:00投稿予定
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