Knockin' On ***'s Door   作:moco(もこ)

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Clash-7

 

 

 フランカを抑え込んでいた肩から左腕にかけて鈍痛が這いずり回る。じんじんと痛む指先をぐっと握り込み、動きを確認する。

 大丈夫、筋収縮は起こしてない。心臓も、これは電流刺激による拍動ではない。意表をつかれた、まさか、という動揺で暴れまわる心臓を細く息を吐くことで落ち着かせ、ぐっと上体を起こし、レイピアを回収してこちらを見下ろしていたフランカを睨みつける。

 

 煌々と赤く染まるレイピアを弄びながら、フランカが心情の読めない顔で口を開いた。

 

電磁誘導(でんじゆうどう)誘導加熱(ゆうどうかねつ)磁気熱量効果(じきねつりょうこうか)による加熱と冷却。別に覚えなくていいわよ? 結果は“放熱”だから」

 

 痛みで、もはや汗なのか冷や汗なのかもわからないものがつうと伝い、顎から滴り落ちる。その汗が地に落ちたのを見届け、痛みを誤魔化して笑ってやった。こんなやせ我慢、フランカには気づかれているんだろうけど。それでも、目の前のこいつに弱みを見せるのは癪だった。

 

「……アルミニウムは、磁性体(磁石の性質をもった物質)じゃ、ないでしょ」

「ああ、そういうのは知ってるのね? これはね、電気抵抗と高熱帯での強度を極限まで引き上げた、()()()()()()()、鉄とクロムの合金よ、厳密にはね」

「報告は、きちんとしなさい、よ」

「だって全部言い切る前に話切り上げられちゃったし。それに間違ってはないもの」

 

 いけしゃあしゃあと言ってのけるフランカに思わず苦い顔をしながら、開いた手で地面に触れ、体内に残る余計な電気をアースする。

 

「磁界を操れるのは、その指先が触れる範囲?」

「……」

「教えてはくれないんだろうけど。ああ、そうか、銃弾。あれも、それ(磁力)を使ってレイピアに引きつけて……」

「リスカムにしては勘がいいじゃない」

 

 朦朧とする意識を繋ぎ止めるようにぶつぶつとフランカの、どうやら磁界を操るらしいアーツを分析していると、彼女が楽しそうに口を開いた。

 

「レイピア内部の磁界を操って金属製の弾丸をひきつける。後は強制的に作り上げていた磁場を解除すればひしゃげた銃弾は落ちるってわけ」

「毎回きれいに弾いてたの、違和感はあったのよ。それから、金属の切断。あれも何かトリックがあるわね」

「ここまで知られたらいっか。酸素ガスはね、常磁性なのよ。だからあれはレイピア周辺の磁場を操って酸素を集めて、レイピアが触れた金属を熱と酸素で激しく酸化させて脆くして斬ってるのよ」

 

 何が放熱系アーツだ、まさかアーツの本質さえ偽っているとは。フランカのアーツコントロールがBSW内でも一、二を争うものであることは知っていた。それでも、アーツユニットに工夫を凝らし、放熱系というひとつの結果に持ち込むまで一体どれほどの時間と労力を要したのだろう。

 磁界を操ってレイピアを加熱して? おまけに空気中の酸素を集めて金属を酸化させて叩き切る? 荒唐無稽な内容を平然と言ってのけたフランカに、そんなことを人知れずやってのけた彼女の実力に、そのことをずっと黙っていた彼女に乾いた笑みがこぼれた。

 

「……本当に、わたしは。フランカのこと、なにも知らなかったのね」

「たかだか数年のつき合いで、なにもかも分かり合えるとでも思ってた?」

「少なくとも他の人ならもっとわかりあえてたかもね。フランカはそうやってわたしの言葉をちゃかして、きちんと向き合ってくれないから」

 

 その言葉に、ぴくりとフランカの耳が反応した。

 

「ぶつかりあうことを避けて、理解してもらうことを諦めれば楽だよね」

「……」

「でも、どんなにフランカが賢くても、強くても。生きてる限り、どうしたって他人と生きてかなくちゃならない」

 

 ざり、と指で床をひっかく。動く。この体は死んでいない、この心は死んでいない。

 ならばやるべきことを成せ。指先に力を入れる。足に力を入れる。まだ動く。まだ、何も聞いていない。

 

「何もかも騙して、そばにいたわたしも誤魔化して」

 

 立て、そしてこいつを一発ぶん殴ってやるんだ。この拳が届かないというのなら、言葉で殴れ。

 

「そうやって生きてて楽しい? そうやって、自分で自分の心を偽り続けて楽しい?」

 

 ざ、とどうにか立ち上がった。頭がくらくらする、足が笑っている。それでも倒れてはやらない。

 立ち上がることでフランカとの目線が近くなった。これ幸いと、この怒りよ伝われと願いながら、何を考えているのかわからない彼女の琥珀色の瞳を精一杯睨みつける。

 

「いろんな人の前で性格を変えて。そうやって相手に合わせて生きれば楽よね、本心ではどう思ってるのか知らないけど」

「……」

「だから、わたしは。好きではないにしても、少しくらいは信頼されているのかと思っていた。わたしの前では、嫌な奴でいてくれるから」

「……うぬぼれも甚だしいわね」

「じゃあなんでこうやって喧嘩につき合ってくれるの。普段はのらりくらりかわしてうまくやるくせに」

 

 右手を爪が食い込むほどに強く握りしめ、力の限りのアーツを練り込んだ。抗議するようにバチン! と音を立てて空気が爆ぜる。これは、行き場のないわたしの憤り。どんなにぶつかっても、どんなに時を過ごしても。ずっとずっと払拭されることなく抱え続けるはめになった、フランカに対する憤りと。

 

「フランカ……わたしはそんなに、頼りないの?」

 

 頼るに値しないと思われていた自分の、ふがいなさに対する怒りだ。

 

 

 またお小言が始まったと思った。何度繰り返したところで、結局お互いに理解し合うこともない無駄な口論。いつまで経ってもお互いの考えは平行線で、交わることがないということを改めて実感することしかできないはずの、リスカムの怒り。

 

 今まで、その手が怒りに震えることはあっただろうか。

 今まで、泣きそうな顔で睨まれたことは、あっただろうか。

 

「……あなたが」

 

 リスカムは、結局のところ、許してしまう人だった。どんなにいたずらをしても、嫌がって怒りはすれど、離れていきはしない。あたしのことを理解はできなくても、そばにいることを許容できる人物だった。それを優しいと表現するには、あまりに武骨で。優等生という表現がぴったりだと思った。屋上で授業をサボっている不良に、何度も何度も注意しに来るような、典型的な優等生(おひとよし)

 最後には結局、許してしまう人だから。だから、それに甘えていた。だから、自分から離れた。だって、こいつは絶対自分じゃわかってない。あたしなんかにつき合えるんだから、もっと時間を有効に使いなさいよ。もっと、いい人を探しなさいよ。

 感染者のあたしには限られた時間しかないんだから。さっさと愛想をつかして、離れていきなさいよ。

 

「そうやって余計なものまで背負い込むからでしょう?」

 

 そんな彼女が、こんなに感情を露わにする姿を見たことがなかった。だからだろうか。ぽろりと本音がこぼれ落ちてしまったのは。

 

「他人を守るために傷ついて、人の傷でさえ背負い込む。そうやってあたしも背負っちゃうわけ? そんなのごめんだわ。あたしは、リスカムの傷になんてなってやらない」

 

 他の種族よりもどうやら頑丈であるからと、率先して傷を追う。紛争地帯で明日に怯える人々に想いを馳せる。目に見える範囲を救おうとするこいつの荷物になんて、なってやるものか。

 

『──フランカは、感染者なんだから』

 

 あたしに感染者というラベルを貼りつけて、通り一偏倒にベッドに拘束しようとする。あのときの相棒が自分じゃなかったからと勝手に責任を感じる。そんなもの。迷惑極まりない。

 

「リスカムが怪我したせいじゃない。あの時の相棒が悪かったんじゃない。これ(鉱石病)は、あたしのものよ、勝手に責任を負わないで」

 

 ──自分が鉱石病感染者であるからと。人としての自由を奪われるなんて、ごめんだ。

 

 真正面から吐き捨てるように言ってやったというのに、リスカムはじっとこちらの言葉に耳を傾け、黙り続けた。いつもいつもあたしの言うこと、ろくに聞かないで真っ向から否定するくせに、今日ばかりはやけに大人しいじゃない。

 

「……ねぇ、リスカム。人はいつか必ず死ぬでしょう? なら生きた意味ってあるのかしら」

「……どういう、意味?」

「この世界になにも残せないのだとしたら、その生に意味はある?」

 

 この世界で生を受けたこと。この世界で生き続ける意味。ずっとずっと、探していた。人の命の、なんと儚いことか。

 ただ漫然と生きるなんて、人生を無駄づかいしてるだけじゃない。この世界になにかを残せないのなら、死んでるも同然じゃない。感染者だからベッドで寝ていろ? そんなもの、()()()()()()()()()()

 

「感染者だろうが関係ない。あたしは、あたし。一人の人間で、この世界に生きている。この世界に生きた証を残すために戦う、それがあたしの存在意義よ。鉱石病に感染したからなに? あたしには、こんなところで立ち止まってる時間なんてないのよ。そしてリスカムにだってそれを止める権利なんてないわ」

 

 ──この理不尽な世界に、ずっとずっと憤っていた。

 

 紛争に巻き込まれ、世界を知る前に命を落とす赤子。鉱石病感染者というレッテルを貼られ、人として生きていく道を奪われた人達。それをしょうがないと思えるほど、達観はしていなかった。ましてや自分がその道に追いやられるというのなら。

 

 あたしがあたしとして生きることを奪おうとする、この世のすべてに抗ってやる。道半ばで燃え尽きたって構わない。自分が自分らしく生きられなくなったときが、本当の意味での死だ。抗った姿が誰かの心に火を灯したのだとしたら、あたしは誰かの心のなかで生き続けられる。そうやってこの世界に生き続けることが、あたしの、夢だ。

 

「……初めて、フランカの本音を聞いた気がする」

 

 沈黙が痛いくらいになる頃、ようやっとぼそりとリスカムが呟いた。

 

「でもそれは、わたしに何も言わずに出ていく理由にはならない」

「……」

「わたしは、フランカに生きていて欲しいから、止める。フランカに生きてて欲しいから、戦場にでないで療養してほしかった」

「……」

「そうやって考えていることを言ってくれないと、わからない。フランカの悪い癖だよ」

「なによ」

「そうやって勝手に人の気持ちを先読みして、自己完結して距離をとるの」

 

 責めるようにそう言ってきたリスカムにカチンときた。だから痛いところをついてやる。

 

「勝手に責任を感じて追ってきたのは当たってるでしょ?」

「そうかもね。でも、フランカはひとつ勘違いしてる」

 

 いつもなら売り言葉に買い言葉で激昂するくせに、今日のリスカムは、何を言われていても凪いでいた。いつもは怒りに乗せる言葉を、ひとつひとつ丁寧に、心に届くように静かに紡ぐ。

 

「フランカを守れなかった負い目よりも、わたしに何も言わないで勝手にフランカがいなくなったことの方が、ずっとずっと腹立たしかった」

 

 ぎり、と握りしめた手から、ぽたりと血が滴り落ちる。その痛みで、怒りをこらえているようだった。

 

「そうすればわたしが傷つかないとでも思った?」

 

 その痛みで、ともすれば相手を、自分を責めそうになるのをこらえ、きちんと向き合おうとしていた。

 

「わたしの傷は、わたしが決める。勝手に知ったような顔しないで。それで守ったつもり?」

 

 ──わからず屋は、そっちじゃない。勝手にわたしの心を決めないで。

 

 その言葉に、ふ、と息がこぼれる。

 ああ、合わない。そのくせ、なんで。

 

「……やっぱりあたし達って合わないわね」

 

 正反対なくせに、なんで同じようなことで憤っているのかしら。これがおかしいと言わないでなんと言うのか。

 

「そうね、でも」

 

 さっきまでふらふらだったくせに、今では両足でしっかりと地に立ち、ふんと鼻で笑いながら仁王立ちしてリスカムが言い放った。

 

「どうせ人は完全に理解し合えないんだから、お互いに意味不明くらいがちょうどいいんじゃない」

「……は?」

「フランカが勝手にわたしの内心を想像したところで合ってるわけがないし、わたしだってそう。なら思ったことはきちんと話せばいい。察してくれだとか、変に期待しなくていいから楽でしょう」

 

 しれっと何を言ってるんだこいつは。涼しい顔ですらすらとよくわからない理論を展開するリスカムを唖然と見つめると、そんなあたしの様子なんてどこ吹く風という態度でリスカムが話を続けた。

 

「合わないからこそ、お互いに足りない部分を補える、背中を預けられる。そうでしょう?」

「……」

「それに今更フランカにわたし以外の誰がつき合えるの?」

 

 いつもはあたしがリスカムをまるめ込むのに、今日はなんだか知らないけれどリスカムにまるめ込まれている。明日は槍でも降るのかもしれないと思っていると、リスカムがふと表情を緩めて手を差し出した。

 

「フランカ、いいことを教えてあげようか。人のいいところを好きになるのは簡単だけど、嫌なところを受け入れるのは難しいらしいよ」

「……どういう意味?」

「今からフランカを受け入れられる人を探すより、命令違反もいたずらも受け入れてあげてるわたしとつき合い続けた方がそっちも楽なんじゃない?」

 

 よくもまぁ、そんなことを平然と言ってのけられるものだ。呆れながらため息をつく。

 

「よくそんなこと、恥ずかし気もなく言えるわね」

「本心だもの。わたしは誰かさんと違って素直なの」

 

 ほら、と差し出された手を見る。

 初めて会ったときに、拒否したリスカムの心。

 あのときむっつりしていた奴が、今度は笑って手を差し出していた。

 

 コンビを組んでから、長い年月が経ってしまった。変わるもの、変わらないもの、色々あるだろう。

 

「……フッ。"死んだ魚みたいな感触の握手(Dead Fish Handshake)"」

「うっ、いやこれは、フランカの体調を慮って……」

「これじゃ仲直りの印じゃなくて喧嘩の合図ね」

「……む」

「いたっ」

「あ、ごめ……」

「なーんちゃって、うっそー」

「……」

 

 柔らかに笑うようになったこいつは、まぁ悪くない。そうやってリスカムが長い年月で変わっていったように、もしかしたらあたしも変わってしまったものがあるのかもしれない。

 

 変わったもの、変わらないもの。BSWを出て、ロドス・アイランドに来ることで見えるようになったもの、よりわからなくなったもの。

 

「あたっ、ちょっと、リスカムの尻尾、地味に痛いのよ? 尻尾で叩かないでよね」

「うるさい」

 

 きっとそうやって、知らないうちに変わっていくものがある。きっとそうやって、自分の意志で変えたものがある。

 

 あの日、手を取らずにずっと交わらなかったもの。

 それを、目の前に差し出された、火傷痕が残るぼろぼろの手を自分の意志で取ることで、ようやっと少し。

 

 ずっと平行線だった私達の関係が、交わったのかもしれなかった。

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