【改稿前版】唯神夜行 >> シキガミクス・レヴォリューション 作:家葉 テイク
「…………で、あのー……」
遠歩院流知は、現状を測りかねていた。
──生徒会準備室での一幕からしばらくして。
別室で待機していた流知と冷的は、薫織達と合流して、一旦は一番安全な薫織の自室へとやってきていたのだが──
「なんで生徒会長がいるんですの?」
薫織の部屋の一室──ホテルの一室のような、ベッドが二つと化粧机だけがある簡素なベッドルームにて。
まるで整えたてのようにきれいなベッド(無論メイドがベッドメイキング担当)に腰かけて、流知は問いかけた。
──何故か目下最大の敵であったはずの黒幕・トレイシー=ピースヘイヴンがパーティにいるという事実。これは流石に、流知でなくとも目が点になるだろう。というか、流知の隣に腰かけている冷的など、先ほどからずっと首を傾げすぎて、そろそろ首の角度が九〇度に達しそうだった。
「『霊威簒奪』の黒幕は会長という話でしたわよね。もしかしてもう既に和解して、お友達になられたとか? ならもう、
傾きすぎた冷的の首を元に戻してやりながら、流知は問いかけた。
だいぶ希望的観測に満ちた流知らしい予測だったが、この状況ならばそう思うのも無理はないか、と薫織は頷く。
「いや?
だから、しれっと答えたピースヘイヴンにお嬢様らしからぬ愕然とした表情を浮かべた流知を、薫織は責められなかった。
「……お嬢様、顔。顔」
お嬢様がしてはいけない感じの顔になりかけていた流知を窘めつつ、殊勝なメイドは主導権を取り戻す。
「端的に言うと、まずコイツは部下に裏切られて生徒会を追われて、」
「なんて?」
「気持ちは分かるが、話が進まねェからツッコミは後でまとめて聞く」
薫織はスッと手を差し出して流知を制止しつつ続ける。
「……んで、生徒会を追われたことでコイツが推し進めていた
「急転直下ですわ……」
「ただ学園をぶっ壊すのは、この
薫織はコンコンと裏拳でピースヘイヴンの頭を叩きながら、
「そういうわけで、
「一番の山場は、明日の生徒集会だな。連休前だからということで全校生徒が集まることになるし、私の登壇予定もある」
薫織の説明を引き継ぐように、ピースヘイヴンが話を切り出す。これに対し、冷的はぽかんとしながら問いかける。
「……なんで生徒集会が問題になるんだぞ?」
「連中が暗殺を狙うなら、そこが一番やりやすいからだ。どうせ向こうは
「思ったより大問題だったぞ…………」
何せ、目的が暗殺である。敵もそれなりに戦力を揃えるだろうし、阻止するとなったら相応の戦闘が勃発するのは避けられまい。それが、全校生徒のいる場で巻き起こるのだ。発生するパニックだけで、人が死にかねない。
薫織は苦い顔をして、
「っつか、それはそれで問題だぞ。全校集会でドンパチやるってんなら久遠が巻き込まれるじゃねェか」
「……久遠?」
薫織の口から出てきた見知らぬ名前に、冷的は首を傾げる。
というか、それ以前にこのメイドの権化のような女がご主人様たる流知以外の特定個人を心配するような言動が、イメージに似合わない。そういう意味でも疑念をおぼえた冷的に、流知はあっさりと答える。
「薫織の妹ですわ。小等部入学組で、中等部の二年生ですわよ。……薫織と一緒にこの部屋に住んでいるから、もうすぐ帰ってくると思いますけれど」
「ヴェ!? それって……わたし達は此処にいて大丈夫なのか!? なんか知らない人が大量に来てるけど……」
「わたくしも師匠も久遠ちゃんとはお友達ですし、別に大丈夫ですわよ」
「え、じゃー知らない人はわたしとコイツだけ……?」
不審者Aと自分が同じ立場なことに慄いている冷的はさておき。
「しかし、妹の心配とはずいぶん妹想いな姉じゃないか。意外だぞ」
「意外は余計だ。……っつか、妹想いじゃなくて、」
そう薫織がぼやいた瞬間──噂をすれば影、というタイミングでガチャリと勢いよく扉が開けられる。
その場の全員の神経が部屋の入口の方へ集中したタイミングで、
「たっだいまーなのでーすっ!!」
溌溂とした声が、室内に届いてきた。
ぱたぱたと小走りで駆ける音が連続し、そして薫織達がいるベッドルームの前で立ち止まる。
「お姉ちゃん。玄関に靴がいっぱいあったけど、お客さんなのですー?」
廊下から顔を出したのは、純白の学校指定の制服を身に纏った中学生くらいの少女だった。
薫織と同じ漆塗りのような黒髪に、くりくりとした大きな紅い瞳。ただし、そこから与えられる印象はまるで違った。
たとえるならば──黒猫。
癖毛気味の髪は動くたびに揺れてどこか猫耳を思わせるし、楽し気に緩められた口元からは動物的な愛嬌が感じられた。
姉と、そう呼ばれた薫織は、その姿を嫌そうに一瞥したあと、ピースヘイヴンに向き直ってこう続けた。
「…………
| 09 神に愛された少女 |
| >> UNTOUCHABLE GIRL |
「コイツが
「………………ね、ねこ………………?」
宇宙が背景になりそうなくらいの困惑を見せた冷的だったが、気にしてはいけない。『シキガミクス・レヴォリューション』はたまたま家に上がり込んだ猫だって見たりするのである。
ならば、猫が転生したりしたってなにもおかしなことはない。ないのだ。
「あ? これ転生者の集まりだったのです? 初めまして! 園縁久遠なのです。これでも園縁家の跡取りなのです。媚を売っておくと将来安泰ですよ」
「自分から媚を推奨するなや」
べし、と薫織が久遠の頭を軽くはたく。
その様子をにこにこと眺めながら、嵐殿は未だに動揺している冷的を指し示す。
「この子は今日知り合った冷的静夏ちゃん。久遠ちゃんの一個上ねぇ」
「おー! 中等部の知り合いを連れてくるのは初めてなのです!」
久遠は呑気に手を叩いてから、
「あともう一人は会長なのです? 生徒会長と仲良くなるとは、お姉ちゃんも偉くなったものなのです」
「余計なお世話だ。……あー、姉ちゃん今から難しい話するから、お前は向こうの部屋に行ってろ」
『えー、まぁ分かったのですー』と言って居間の方へ駆けて行った久遠を見送り、薫織は改めて向き直る。どことなく、先ほどよりも緊張感に満ちた面持ちだった。
口火を切ったのは流知だ。
彼女は遠慮がちに手を挙げて、
「思ったのですけれど、暗殺の危険があるのでしたら、明日は休めばよろしいのではなくて?」
「いや、
「ご自分を大事になさって!?」
「……まァそこ自体は大丈夫だろ。原理は分からねェが、コイツ一回刺されてるけど無傷で復活してるし。たぶん残機制なんじゃねェかな」
「あっはっは! だったら私ももうちょっと気楽でいられたんだがねぇ」
楽しそうに笑うピースヘイヴンは流知の目から見れば十分気楽そうなのだが、きっと当人にしか分からない悩みでもあるのだろう。
いまいち深刻度が分からない流知を置き去りにするように、ピースヘイヴンは続ける。
「一〇〇%囮に使えるということは、相手の行動を誘導できるということだ。これを利用しない手はないだろう?」
「……ピースヘイヴン暗殺に全力を出す生徒会反乱分子どもを
「その通り。話が早くて助かるよ」
パチン、とピースヘイヴンは指を弾く。
実際、これが一番実現性が高いのは間違いないだろう。反乱分子にとってはピースヘイヴンの暗殺が絶対条件だし、この機会を逃せばピースヘイヴンは
そう考えれば、確実に姿を現す生徒集会での暗殺は反乱分子にとっては避けようがないイベントになる。──そして、それが分かっていればこちらも幾らでも対策することができる。
「生徒集会には、通常通り参加する。君達はその間に伽退君を打破してくれ。流石に生徒会の反乱分子全員は難しいだろうが、明確に『外』の手の者である伽退君が潰れれば、残った反乱分子は烏合の衆。どうにでも処理できるはずだ。どうだい、シンプルな構図になっただろう?」
「…………いや……無理だな」
弱音を吐いたのは、意外にも普段は強気なメイドだった。
「そーなのか? わたしは聞いてて上手くいきそーな気がしてたけど……」
「そうじゃねェ。
一般生徒への被害の危惧。
それは、何だかんだで善性に属する選択を好む薫織らしい理由ではあった。つまるところ、一般生徒に被害が及ぶ危険を許容するなと言いたいのだろうか──とピースヘイヴンが推察したところで、違和感に気付いた。
「…………
『────良く分かっていますね、薫織』
直後。
冗談抜きで、その場にいた全員の呼吸が止まった。
「…………君の妹は、怪異を宿しているのかい?」
漆黒の髪に、鶯色の瞳。肉抜きされた巫女服のような装束は、他の者が身に纏えばコスプレ衣装のようにも見えたかもしれないが──
「あ、カガミサマ。ごきげんようですわ」
「ご無沙汰してるわね~」
『遠歩院に、嵐殿ですか。息災そうで何よりです』
──『怪異』。
一つ目は、妖怪。純粋に怪異として生を受けた存在で、これは
二つ目は、幽霊。人から発生した怪異で、本来は死と共に拡散する霊気が何らかの形で離散せず留まることによって誕生する。
三つめは、化生。動物やモノなどが成る怪異で、年月を経るか何らかの理由で大量の霊気を浴びるか、いずれにせよ霊気の蓄積によって誕生する。
四つ目は、精霊。自然物から発生する怪異で、何らかの事情で土地や事物に霊気が蓄積することによって誕生する。
そして最後が──『神様』。
最初から神様として怪異が誕生することは原則的になく、上記の『怪異』が力を得ることで到達する領域がこう呼ばれている。
その脅威は凄まじく、単体で
『そして──アナタの問いに答えます。私は、怪異ではありません。──「神様」と呼んだ方が脅威把握としては適切でしょう』
──そして、園縁久遠は『神様』に愛された少女だった。
遠くから加護を与えるのではなく、直接自分自身が久遠に憑くという形で。
『初めまして。園縁家に祀られている「神様」──花蓮と申します。家の者からは、「華神様」と呼ばれていますが』
「
「『神様』がっっ!?!?」
そこで、あまりの事態に固まっていた冷的の脳が再起動を果たした。
前世が猫の次は、今世が神である。なんというか、何でもありな有様だった。確かに転生する対象が人間だけだなんて誰も決めていないのだから、有り得る話ではあるのだが。
流知と嵐殿は驚愕していないあたり、おそらく二人に関しては既知の情報なのだろうが──冷的にしてみれば、驚天動地もいいところである。
ともあれ、園縁久遠に憑く形で、『ウラノツカサ』には『神様』がいる。
そして、園縁久遠が『神様』に憑かれているということは。
「
この『神様』が、学園内で猛威を振るうということ。
たった一人で、
『ピースヘイヴンさん、いえ、
そう言って、花蓮はじっとピースヘイヴンを見据える。
『神様』が初対面の一個人に恩を語るのは、どこか奇妙ではあったが──きっと、長くこの世界を生きた彼女にだけ分かる『何か』があるのだろう。その場の誰もが、そこに秘められた文脈に対してあえて問いただすようなことはしなかった。
『──それは、この世界を組み上げたアナタに帰属する恩です。──だからこそ、私はアナタが為そうとしていた「決着」については──目を瞑ります。最悪、私が久遠を護ればいいだけの話でしたし』
過去形で語っているのは、ピースヘイヴンが推し進めていたという
やはり『神様』らしく、その思惑についてはある程度知っていたのかもしれない。ただ、花蓮はそこで言葉を区切り、
『しかし──アナタ以外が引き起こした事態については別です。もしも何者かが久遠に危害を加えた場合、
「…………そ、それなら、オマエが伽退とかを倒せばいーんじゃないか?」
震えつつ、冷的が当然と言えば当然の疑問を問いかける。
とはいえ、街一つを容易に消し飛ばせる『神様』に意見するのだ。どれだけのプレッシャーがかかっているかは、想像すらもできないが。
それを察したのか、花蓮が直接答える前に薫織が代わって答える。
「そうもいかねェようになってんだ。花蓮は久遠に憑くときの契約で、久遠に危険が迫らない限り暴れられねェよう行動を縛られてるからな。『憑く』ってのも、そう便利なモンじゃねェらしい」
「な、なるほど…………」
『原作』においても『神様』は物語序盤から登場していたが、『神様』達が物語の中心にならず主人公達によって事件が解決されていたのも、こうした事情が関係している。
理由は一様ではないが、土地やモノに縛られているなどの理由で『神様』の多くは現世に干渉するのに一定の制約が存在している。
この花蓮の場合──久遠の肉体に己を『封印』することで土地の制約を回避する代わりに、久遠に身の危険が迫らない限り具体的な干渉をすることができない、という制約が。
つまるところ、『爆弾』が一つ増えたということだ。それも、一度起爆すれば学園全体が跡形もなく消し飛ぶレベルの。
薫織は状況を総括して、
「被害の黙認は論外。できれば、集会当日にぶっつけで阻止することになるのも避けたい。……今日中に連中を倒すのがベストだな」
「厳しいが…………なるほど、確かにそうせざるを得ないな」
渋い顔をしながら、ピースヘイヴンは頷く。
実際に、今日中にことを収めるのは難しいだろう。伽退は周到に準備していたであろう暗殺を失敗したばかりなのだ。まずは一旦水面下に潜ることで追撃を回避しようと考える。
それを暴くのは至難の技だし、下手に動けばさらなる暗殺を狙われかねない。ピースヘイヴンの能力は未知数ではあるものの──
(なんだかんだでこの調子だからな……)
ピースヘイヴンを横目に見て、薫織は内心で嘆息する。とてもではないが、絶対に殺されないから安心! とは言えなかった。
「じゃ、何手かに分かれて行動したらどうかしら~? 私とトラ、流知ちゃんと薫織ちゃん、冷的ちゃんと久遠ちゃんは此処で待機って感じで~」
「ちょっと待て!? それだとわたしがこの神様と一緒にいるってことにならないか!?」
『──あら、冷的は私と一緒に過ごすのは嫌でしょうか? こう見えて私はゲームもいけるクチなのですが。一緒に久遠とプレイしましょう?』
「…………えへ、わたしもゲーム大好きだぞ、えへへへ……」
世界一辛い接待ゲーム大会が確定し、世にも悲しい笑みを浮かべる冷的。とはいえシキガミクスを失っている彼女の留守番は確定なので、こればかりはどうしようもないのだった。
薫織はそんな組み分けを提案した嵐殿を横目に見ながら、
「今日中に、生徒会の反乱分子を叩き潰す。……
──
明らかに作為のある提案だったが、薫織はあえてそこに言及することはしなかった。
ようやく交わった道だ。
世界を諦めない者と、世界を諦めた者。積もる話も、あるだろうから。