【改稿前版】唯神夜行 >> シキガミクス・レヴォリューション   作:家葉 テイク

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(日付的には)昨日も更新しておりますので、ご注意ください。


幕間-2 そのメイドは星を見た

「はー…………」

 

 

 ──そこまで読んで、俺は一旦本を閉じた。

 

 『シキガミクス・レヴォリューション』一巻・序章。それを読んだ俺の感想は──『良く分からねェ』だった。

 最近ガキどもの間で流行っていると聞いたから読んでみたものの、如何せん最近はこういうのへの馴染みがとんと浅かったせいか、イマイチピンと来なくなっている。

 いや、序章だけじゃ面白さなんて分からんってことは分かっているがな? ただ、突然良く分からん世界観の説明が入ってきたから驚いたというか──ああいうのって読み流した方がいいのか? まァ、読んでいればなるほどってなる瞬間があるのかもしれないが。

 ああ。こういう時に、価値観の鈍化を感じる。

 俺も学生時代は映画にゲームにアニメにとサブカルには一通り触れてきたのになァ。今となってはもう映画と小説しか触る気にならねェ。しかも、映画館に見に行くことなんか滅多にねェ。もっぱらサブスクで見られる映画配信ばっかりだ。──精神の老化が進んでいる。そんなことを、切実に思ってしまう。

 

 だが、最近はガキどももこういうのが好きらしいし、俺も代表として共通の話題くらいは作っておかないといけないしな……。ただでさえ、メイド服(俺の恰好)は評判が悪いし。何だよ、『代表の大腿筋は凶器なのでせめてロングスカート履いてください』って。いいじゃねェか大腿筋が凶器でもミニスカート履いたって。まァガキどもが近寄らなくなるから、今はロングスカート履いてるがよ……。

 

 

「あー! メイド長がシキレボ読んでるー!」

 

「え、マジ? ついにメイド長も読み始めたかー」

 

 

 と、本を持ちながら暗澹たる想いで思考を巡らせていたらガキどもの声がした。

 本の背表紙で肩をトントン叩きながら、俺は立ち上がって走り寄ってきたガキどもへ向き直る。

 

 

「おー、ついに俺もシキレボデビューだよ。これ面白いかー?」

 

「あー!? 面白くないっつったらぶっ飛ばすぞー!」

 

「まだ序章しか読んでねェから。聞いてるだけだよ」

 

 

 やいのやいのと周りで騒ぐガキどもの頭を撫でながら、腰を落として話を聞く。ガキどもは口々にシキレボがどういう話かをペラペラ喋りだすが、ネタバレ──いや、言うまい。聞いた俺が悪い。

 

 

「あのね、神織(こうおる)さんとね、浄蓮(じょうれん)さんがね……」

 

「草薙剣がカッコイイ!!」

 

「こないだ皆で見に行った映画、凄かった!! 僕は不浴戸(あびぬど)さんが好き!」

 

「まず一期見てからでしょ! ねーメイド長一緒に観ようよ!」

 

「あーはいはい。んじゃー観るか」

 

 

 こないだ、強情(せび)られてアニメの円盤買ったからな。談話室に行けば見られるだろ。

 

 周りで騒ぐガキどもを適当にいなしつつ談話室に行き、ポータブルシアターの設定をする。

 幾つかの音響設備と投影設備を無線同期させたもので、ある程度広い空間があれば自宅で映画館みたいな観賞体験ができる優れものだ。お陰で映画館業界は客足を奪われない為に色々苦労した──と、昔の友人から愚痴を聞かされたっけ。

 

 

「おっ。代表、シキレボの上映会するんスか?」

 

 

 と、色々と設定を調整していると、騒ぎを聞きつけて様子を見に来たスタッフの一人──伊藤が声をかけてきた。

 俺は頷いて、

 

 

「あァ。ガキどもが一緒に観ようってな」

 

「ははっ、代表嬉しそ」

 

「黙れ」

 

 

 ゴッ。

 からかってきた伊藤に愛の拳を打ち込んで黙らせる。ガキどもが余計にうるさくなるからそういうからかいは大人しかいねェところでやれって言ってんだろバカめ。

 そんで不心得者に上映準備の続きを任せた俺は、ガキどもを連れてデカイソファに体重を預ける。ガキどもは我先にと俺の膝やら肩やらに飛びつきながら、

 

 

「メイド長って、なんかシキレボに出てきそうだよなー」

 

「分かる分かる! 筋肉ムキムキだし! キャラ濃すぎ!」

 

 

 ガキどもが口々に言う。筋肉量は別に関係ねェと思うが……キャラが濃いってのは、俺も自覚がないでもねェ。

 っつか、これは俺の持論だが──

 

 

「人の心に残るモンってのはだいたい『濃さ』を持ってるもんだ。時間や事件で洗い流されねェくらいの『濃さ』を。ま、収斂進化みてェなモンだな。俺の場合は──」

 

「しゅうれん進化?」

 

「何それ」

 

「黙って聞きな」

 

 

 俺はガキどもの頭を撫でて、話し始める。

 

 

 ──恵まれていた。

 

 生まれは裕福な家庭だった。少なくとも生活に困窮した記憶は一度もねェし、幼少時から学校教育以外に習い事を幾つもしていた。

 ガキの頃の俺はそんな恵まれた家庭で育ったのに相応しい甘ったれで、この世に自分と同じような幸せが満ち溢れていると信じて疑ってもいなかった。

 

 そんな俺が、世界には意外と理不尽が転がっていると知ったのは──九歳の頃。

 学校の友達と遊びに行ったデパートで発生した火災に巻き込まれた時だった。

 赤に染まる視界。遠くから聞こえる人の叫び声と、消防車のサイレンの音。熱で歪む思考の中で、物陰に蹲っていた俺は死を待つだけの弱者に過ぎなかった。

 

 人は死ぬ。

 

 劇的でウェットな経験とかではなく──端的でドライな事実として。人は死ぬ。死ねてしまう。自分自身で身を以て、命というものの脆さを痛感した。

 そんな時だった。──あの人が俺を助けてくれたのは。

 

 

 メイドだった。

 

 

 おそらく、デパートのフードコートにあったメイド喫茶の従業員。大学生くらいだろうか。多分メイドマニアが見ればキレるような、ヒラヒラにミニスカートのフレンチメイド。コスプレ丸出しの恰好だった。

 そこら中、炎が回っていて、自分も逃げなきゃ危ねェって時に──あの人は、物陰に転がっていた俺を見つけて拾い上げてくれた。

 

 

『大丈夫!? 今外行くからね! あともう少しだからね!』

 

 

 あの人は俺にそう呼びかけて、九歳のクソガキを背負ってそのままデパートの外まで連れ出してくれた。

 背中に負われていたから、あの人の顔は分からない。その足で彼女自身も病院に行った後、彼女は名乗り出ることもしなかったから──お礼の一つも言えていない。

 きっとあの人はそれで良いと思って名乗り出なかったんだろうし、俺も今更彼女を探し出してお礼を言いたいなんて思ってもいねェ。あの人がどこの誰かなんてことは、この際まったくどうでもいいことだ。

 ただ──あの時から俺の中で、あの人の背中が人生の柱になった。

 あの時感じたあの人の背中のデカさに恥じない人間でありてェ。あの時受けた恩に対して、誇れる人生でありてェ。

 

 

「……このメイド服は、その決意の証って訳だ。俺にとっちゃ、この格好はスーパーヒーローの衣装みてェなモンなのよ。シキレボに出てきそうってのは、そういうとこだろうな」

 

 

 (色々とナイーブな事情もあるので)生まれが云々とか死生観とかのところはあえて端折りつつ。

 もう何度となく語った俺のオリジン、いわゆる一つの鉄板トークをした俺は、ガキどもの反応を伺うが──

 

 

「メイド長もう始まる! 静かにして!」

 

「ねぇこの予告編の円盤ないの?」

 

「この話何度目だっけ?」

 

 

「…………このクソガキどもは…………」

 

 

 全く響いていなかった。

 自分の昔話を若者に聞かせるのはジジイの証、だったっけ。嫌だね、こういう形で自分の老いを痛感するのは。俺ももう中年が見えてくる歳か──。

 ただ、俺はそれ以上口を開くことはなかった。

 周りでワチャワチャしているガキどもの目に、星のような輝きが爛々と光っていたからだ。コイツらはもう、物語の世界に夢中になっている。

 

 ま、いいけどな。

 

 ──大学時代にネット上で知り合って意気投合し、俺の意志に賛同してくれた仲間達と共にNPO法人を立ち上げてから、もうすぐ二〇年になる。

 人は死ぬ。物語の世界のような伏線なんかなく、突然、あっさりと、理不尽に死ぬ。──だから、護るヤツが要ると思った。警察もそうだし、消防もそう。社会には誰かを護る為の役割が複数あって、色んな切り口の窓口が必要になる。俺は、そんな誰かを護る為の窓口に加わりたかった。

 色々ある窓口の中で俺に一番適性があったのはNPO法人という切り口だった、という話。──災害救助や炊き出し、支援物資輸送なんかをメインに活動していた俺達がこうして児童養護施設の運営をするようになったのには我ながら驚きだったが。

 災害やら事故やら──諸々の事情によって俺達の施設にやってきたコイツらは、最初は大なり小なり世界に絶望していた。当たり前だ。両手の指で数えられる程度の年齢の子どもがその身に余る悲劇を押し付けられて、それで希望なんか持てる訳がねェ。

 俺達も一丸となってガキどものケアをしてきたが──コイツらが今こうして笑顔を取り戻せているのは、やっぱり物語の力だと思う。

 

 

『読んだ後に、あー良かったってなるんだよね』

 

 

 シキレボを読んだあるガキが、俺に勧めてきた時の言葉だった。

 

 

『悪人もいるし、悲しいことも起こる。もちろん主人公もそれに立ち向かうんだけど、主人公だけじゃないんだよ。主人公が立ち向かう裏でいろんな人たちも同じように戦ってて、主人公の頑張りのお陰でそういう人たちが報われてくれる。だから、最後はあー良かったって思えるんだ。なんか、ほっとするっていうか』

 

 

 そう言って綻ぶ様に笑ったそいつは、二年前まで笑うことも泣くこともできなくなっていたガキだった。

 

 もちろん、物語と現実を混同するわけじゃねェ。エンタメとして作られている小説の中にある法則を現実に適用することはできねェし、そんなもんは過度な期待でしかねェってことは分かってる。

 でも、物語が全く読んだ人間に影響を及ぼさねェかと言うと、それも違うだろ。

 少なくとも、ガキどもは希望を与えてもらった。

 俺達だけじゃどうしようもなかったヤツらの心を、物語は解かしてくれた。その物語(せかい)は、そうできるだけの希望が渦巻く場所だった。それは動かしがたい事実だ。

 

 

「ねぇねぇメイド長! どうだった?」

 

「続き早く観ようよ」

 

「シキレボ、面白かったよねー!」

 

「今日は終わりだって伊藤さんがー」

 

「えー!!」

 

 

 二時間後。

 途中休憩も挟みつつ、五話分を一気に見た俺に、一緒に横で見ていたガキどもが口々に感想を求めてくる。

 確かに、面白いは面白かった。感情描写と映像表現が綺麗に噛み合っているところとか、それでいてバトルアニメらしい派手さは損なってなかったりとか。子供から大人まで楽しめるアニメっていう触れ込みは間違っていなかった。

 ただそれ以上に──俺は上映中のガキどもの熱中具合に圧倒されていた。

 コイツらは、あの上映の束の間、確かにあの世界で生きていた。主人公と、ヒロインと、仲間達と一緒に戦っていた。主人公が怒れば怒り、ヒロインが泣けば泣き、仲間達が笑えば笑う。そうさせるくらい、そこは魅力的な世界だったのだろう。

 

 

「……あァ、ちょっとハマっちまうかもしれねェなァ」

 

 

 原作、読んでみよう。

 素直にそう思えた。

 

 

 ──『シキガミクス・レヴォリューション』が原作者病没の為未完になるのは、その数年後。

 そして関係者がその遺志を継ぎ、コミカライズ版が原作者の遺した草案(プロット)を元に大団円を迎えるのは、さらにその十数年後のことだった。

 

 

 


 

 

 

幕間-2 そのメイドは星を見た

>> IMAGINE

 

 

 


 

 

 

「っつーわけで、(オレ)はあの人の背中を追いかけてメイドをやっているんだな」

 

 

 ──遠歩院家の居間にて。

 まるで初めて来た家で過ごすみたいにちょこんと座っている流知に対し、勝手知ったる我が家のような面構えで給仕をしながら、薫織はそこまでを話した。

 話の流れとしては何のことはない前世トーク。『貴方は前世で何をしていましたか?』だ。そこから話されるには、あまりにもアクの強いエピソードだったが。

 

 

「いやあの、メイド服着てNPO法人の代表て」

 

「あー、まァその辺は当時から色々と言われたな。変態とか、不謹慎とか」

 

 

 変態不謹慎メイドは昔を懐かしむように頷き、

 

 

「だが、人は慣れる生き物だ。一〇年も続ける頃には誰も何も言わなくなったよ」

 

 

 言われて、流知は正直愕然としていた。

 変態とか不謹慎とか言われること自体に対して、このメイドは理解は示している。つまりこのコスプレ不良メイドは正気のまま、一般人と同じ良識を持ち合わせた上でこの異常コスプレをしているということになる。──という事実についての驚愕はもちろんそうだが、それよりも。

 

 

「……わ、私そのNPO法人の代表、中学生の頃にニュースで見たことあるんですけど!?」

 

 

 ──目の前の人物が、前世から既に『何者か』であったという事実に、流知は驚愕していた。

 

 

「へェ。いつの話だ?」

 

「えーと、覚えてるか分からないけど、新しくできた児童養護施設のおかしな所長みたいな特集で」

 

「あー、あれか。あのあと苦情が凄かったなァ……。……ってか確かあの時(オレ)まだ三〇代だったはず。その時中学生って、結構ズレてんのか。死亡から転生までのスパン」

 

 

 意外な発見をした薫織だったが、肝心の流知はというと、目の前の人間をニュースで見たことがあるという事実に目を白黒させるばかりであった。

 

 

「有名人……前世が有名人だぁ……。そんなことあるんだ……。勝手に、転生って普通の一般人がするものだと思ってたよ……」

 

(オレ)だって普通の一般人だったと思うが……。……何なら前世の知り合いに出くわすことだってあるんじゃねェか? (オレ)はもう初対面で抱きつかれた経験が二回ある。どっちも前世の知り合いだった」

 

「前世が一目で分かりすぎるんだね……」

 

 

 確かに、ここまであからさまにメイドなヤツなど前世を含めても早々いないだろう。

 それ以前に顔が広すぎるとか、前世の知り合いと出会えるほど今世の行動範囲も広いんだとか、色々とツッコミを入れたいところはあったが、それについては最早流知の感情が追い付いていなかった。

 

 

「っつか、もう一五年もこっちで生きてんだ。今更、前世なんて関係ねェよ。今の(オレ)はほんの一五歳の小娘で、ただのメイドの園縁薫織。そんなに肩ひじ張って構えてくれるな」

 

「……ちょっとデリカシーに欠けてたのは謝るけど、『ただの』では全然ないよね???」

 

 

 ──ともあれ、そんな薫織の態度のお陰か、流知は知り合って三日目にして、前世での最期の年齢差を気にせずに話すことができるようになったのであった。

 

 なお、このあと原作者だのイラスト担当だのに鉢合わせして『何者かってレベルじゃないよぉ!!』と悲鳴を上げることになるのは、また別の話である。

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