【改稿前版】唯神夜行 >> シキガミクス・レヴォリューション 作:家葉 テイク
世界がヒビ割れるような音が、どこか遠くから聞こえていたような気がした。
否──座り込んでいたというよりは、
「
メイドの傍らには、一人の少女がいた。
美しい金髪が振り乱れるのもお構いなしにメイドに呼びかける少女の横顔は、血と涙に汚れていた。
「大丈夫だからね!! 心配要らないよ! 今、今、
しかし──血に汚れた横顔は、別に彼女の負傷を意味しているわけではない。
夥しい血液の源は──座り込んだメイドの脇腹にあった。
端的に言うと、メイドの脇腹には風穴が空いていた。
拳大の穴が、ぽっかりと。
そしてそこから、生命の源が漏れるみたいに夥しい血液が流れ出て、漆黒のメイド服をどす黒い赤に染め上げていた。
「カガミサマが……『神様』が来ればきっと何とかしてくれるから!! だからそれまで絶対に意識だけは保つんだよ! 分かった!? ねぇ返事してよ!! ご主人様の命令だよ!!」
しかし、呼びかけられたメイドの視線は、虚ろに宙を彷徨うばかり。
少女に握られたその手も、今は握り返す力すらないようだった。
そんな二人に、ひとつの影が差す。
光を遮るように佇むそいつは──嘘みたいに冷たい眼差しで、死にゆくメイドの姿を見下ろしていた。
メイドは、虚ろな眼差しでそいつを見上げ、ぽつりと一言、溢すようにその名を呼んだ。
「…………
| 13 裏切りの胎動 |
| >> FOR THE AMBITION |
「…………んぁ?」
翌朝。
夜を徹してのゲーム大会の途中で脱落した
おそらくキッチンで
「お風呂、途中で入っておいて正解でしたわぁ……」
欠伸を噛み殺しながら、
そんな日常の不満はさておき、
左手にキッチンと対面式のダイニング、右手にリビングがあるので、1LDKという字面に反してかなり開放的な作りになっている──が、
「……おう、おはようお嬢様」
「あら~
ダイニングまでやってくると、キッチンでは
「おはよう、お二人とも。……
「……料理の隙を突かれて配膳役を取られた」
「なんなんですのその地雷……」
普段はどこか超然としているメイドが『拗ねた部分』を見せるところがそこなのか……と思うと何か複雑な気持ちになる
そこで、
「そういえば、会長はどうしましたの? 寝室にもいませんでしたけど」
「あァ。ヤツなら今朝早くに出て行ったよ。生徒集会の準備があるんだと。執行部半分が学生牢送りになったから仕方ねェんじゃねェか?」
「ちなみに、設計図はちゃんと預かってある」
直後、パンと音を立てて設計図が消え去る。
『裏階段』に収納しただけなのだが、この様は何度見ても不思議だ、と
「……いやお待ちになって。あの方、わたくしが寝落ちしたときもまだゲームやっていましたわよ? いったいいつまでゲームやってたんですの?」
「さァなァ。お子様組が寝落ちして、お嬢様がソファの上でくたばったあとは、カガミサマとゲームやってた。
「ええ……」
一応生徒会長のはずなのに一番挙動がヤンチャなのはどういうことなのだろうか。あと地味にこのメイドも日の出まで寝ていたって睡眠時間はとんでもないことになっているのではないだろうか。色々と不思議である。
「というか、昨日も少し話していましたけど、あの人あれで三七歳ってマジなんですの……?」
「まぁ、子どもっぽいわよね~」
「いえそうではなく。挙動はさておき、見た目は本当に高校生相当じゃありませんの? 三〇過ぎのお肌じゃありませんわよ……」
「あ~……。まぁ、アイツは陰陽術を極めてるからねぇ……。陰陽術は霊気の流れを読み操る技術でしょ? 普通は体内の霊気の巡りを調整して健康になる程度で、劇的な変化はないんだけど……アイツレベルになるとね~。不老不死に片足突っ込んじゃうというか」
確かに陰陽術は霊気を操る技術だ。陰陽術が義務教育となったこの世界では、誰もが子どもの頃から陰陽術に親しんだ結果、がんリスクが大幅に低下し、健康寿命は一〇〇歳を超えるほどになった。ただそれでも老いを克服できた人間はいないし、年齢相応に体力も落ちていくことになる。
二〇巻近い『原作』の歴史において、登場したいかなる強者であっても、人間の範疇に収まっている存在が不老不死という領域に辿り着いたことはない。そう言えば、ピースヘイヴンがどれほどのイレギュラーかは分かるだろう。
もしもその霊気制御技術をきちんと全世界に開陳すれば、おそらく十数世代クラスで陰陽術の基準が更新される。──そのレベルで、『格が違う』。
「ち、ちなみに師匠も……?」
そして、その傍らにあり続けた『オオカミシブキ』としての顔も持つ目の前の少女も、同じく不老である。そう思い問いかけた
「いーえぇ。私のは自前の霊能を使った裏技よん♪ ……だから、技術力合戦とかではあんまり期待しないでねぇ」
「……師匠は心配性ですわねぇ。昨日の様子を見る限り、会長と敵対するような展開はありえないですわよ」
ピースヘイヴンの計画は最早潰えた。彼女は
そういう意味でも、これまで共に行動していた感覚から言っても、ピースヘイヴンの裏切りの可能性を考える意義は薄いだろう。彼女は、世界に絶望した大袈裟な自殺志願者という訳ではないのだから。
「……いや、まだ根本的な解決には至っていないからねぇ? この件が終わったらしれっと裏切るとか、全然あるラインだと思うし」
「どれだけ信用がないんですの……」
あるいは前世の分だけ不信が蓄積されているのかもしれないが、酷い言われようである。
そんな風にお喋りをしているうちに目が冴えてきた
「そろそろできるぞ。歯ぁ磨いて顔洗ったらお子様組を起こしてきてくれ」
「はぁい、分かりましたわー」
お母さんメイドの号令を受けて、長女お嬢様は洗面所へとはけていく。
その後ろ姿を見送りながら、
「……っつか、まだ
「それは言わないでおいてあげましょ~♪」
それから少しした後。
朝食を済ませ、
普段は
なお、彼女の友人達は別に転生者というわけではなかった。
もちろんクラスにも転生者は何人かいるし、その中には転生者であることを公言していない者もいる。しかし──同じ転生者である
転生者は
半面、転生者でない者はそもそも『
もっとも、
(中には例外もいるけど……)
「姉御ォ!!」
一瞬、ヤンキー漫画に迷い込んだのかと錯覚するほど暑苦しい声が、下手なドーム球場よりも広い体育館に響き渡る。
見ると、騒ぎの源は隣のクラスの集団だった。純白のブレザーと濃紫のスラックス/プリーツスカート姿の学生達に紛れるようにして──いや全然紛れてない異物感で、黒橙のメイドが堂々と重役出勤を決めていた。
「お疲れ様です姉御ッッッ」
「遅かったっすねぇメイド長!」
「ちょっと野暮用がな。いいから静かにしろやバカども。周りの迷惑になるだろ」
当たり前のように転生者にも転生者じゃない者にも慕われている異常メイドは、そうやって平然と喧騒の中心に存在していた。アイツを見ていると転生者とかそうじゃないとかは些細なことのように見えるのだが──ここはけっこう重要な対立軸であるはずである。たぶん。
(
悲しき事実である。
と、心で涙を流していた
なお、
「どうしたんですの? ……あまり人の多いところでアナタと一緒にいると、わたくしまで変に噂されそうで困るのですが」
「口調をお嬢様にしておいてよく言うな」
ド正論であった。
第一体育館。
全校生徒一〇八〇人+αが一堂に会した全校集会を開けるだけあって、体育館はドーム球場数個分ほどの広さが確保されている。あまりに広すぎるせいか、壇上の様子を映す為にどでかいハイヴィジョンがその上に設置されているほどである。
そんな大容量の体育館の端っこの方に集まった二人は内緒話をするようなトーンで、
「そういえば、今日は遅れて来たんですのね。
「あァ。コイツを組み立てていてな」
そう言って、
「『草薙剣』のレプリカだ。さっき材料を集めてちょちょいと作った。まだ内部血路はね、」
「ばっっっ!?」
帯刀メイドが最後まで言い終わる前に、
それから一層声のトーンを落として、
「なっ……何を考えていますの!? こんなところで! 誰かに見られたらどうしますの!!」
「だから場所を変えてんだろうが」
「……ま、まぁいいですわ。いきなりこれを出してどういうつもりなんですの」
「だから説明!! いい加減怒るよ!!」
「タイムリミットが分かんねェんだよ」
「元々、生徒会連中は生徒集会の最中にあの野郎の暗殺を目論んでいた。つまり、
「それは同意しますが……」
「……だが、昨日あの馬鹿は図書棟に乗り込んで派手に暴れた。……霊気淀みってのは霊能の大量使用によって加速する。数十人規模の戦闘なんて起きた日にゃあ……タイムリミットがどこまで縮まっているか分かったもんじゃねェだろ」
言われてみればその通りであった。
驚愕の事実に愕然とする
「で、でも……会長だってそんなこと気にした様子ではなかったじゃありませんの」
「あの野郎の性格を思い出せ。
「た、確かにありそう……」
何せ相手は『霊威簒奪』のデマをばら撒いて
なので、そこをカバーする為の転ばぬ先の杖というわけである。
「そういうことなら、ささっと終わらせてしまいましょう。あ、
「あいよ」
『草薙剣』のレプリカをいじると、柄に当たる部分に蓋のようなものがあり、そこを開くとシキガミクスの内部構造が確認できた。
そして
「……
──劇的な現象は、何もなかった。
するる、と何かが滑るような音が一、二秒ほどしたかと思うと、その音もすぐに止む。
ぱん、と乾いた音を立てて木札に変わった『草薙剣』を掌に載せると、
「よしっ! これで完成ですわ!」
「ん。流石はお嬢様」
頷く
しかし
「……? どういうことですの?」
「いや、その札はお嬢様が持っとけ。自衛用になるだろ」
これに目を丸くしたのは、
「はぁ!? 何を言っておりますの!? こんなものを持っていたら逆に狙われるんじゃありませんの!?」
「『草薙剣』が本物なら並みのシキガミクスは返り討ちなんじゃねェの? ……なんにせよ、情報がどこから漏れるか分からねェんだ。
「……あ、あまりにも物騒ですわ……」
しかし、そう言われてしまっては全く武力を所持していないのもなんとなく怖い。
ちなみに、多くのシキガミクスはこうして木札にして服の内側など分かりづらい場所に仕込んでおくのが通例だ。どうせ霊気を巡らせればシキガミクスは術者の傍らに発現するので、どこにどう保管していても問題ないのである。
もっとも、
「じゃ、
「あっ、分かりましたわ……」
言いたいことだけ言ってさっさと行ってしまう要件メイドの背中を見送ってから、
(はぁ……。
とはいえ、本人に人目を気にするという発想がなさすぎるのだから仕方がない。
そうして自分のクラスの集団に戻ると、早速友人たちが声をかけてくる。
「……ねぇねぇ
「
「どうもこうも、ご主人様とメイドですわよ」
「ごしゅじんさま!?」
げんなりとしながら、
トンデモワードの出現に目を丸くした生徒達の様子は、
生徒集会は、
学長の言葉に、理事長の言葉。生徒指導担当からの注意事項に新年度の表彰者。連休後に始まる学園祭の準備についての予告etcetc...。諸々の式次を終え、最後に生徒会長の言葉となった、その後のこと。
ざわざわ……というさざめきのような騒めきと共に、式が一旦停滞する。一分ほどそうして何も進行がないまま、
ズダッ!! と。
真横に着地してきた黒橙のメイドに、思わず飛び上がったことで事態の進行は再開した。
無言のままに
「なっ……なんですの!?
「あァ! クソ……
珍しく慌てた様子で
まるで胎動のような音をBGMにしながら、
「