【改稿前版】唯神夜行 >> シキガミクス・レヴォリューション 作:家葉 テイク
──第七体育館。
部活棟の西側に配置されているその建造物を目の前にして、
「こ……此処が
「お嬢様は
「わ、分かりましたわ」
いつもの粗暴な態度とは違う、テキパキとした指示。そこに
人間的な経験値も、陰陽師的な経験値も、
(……それでも私がこの場にいるのは、多分私のことを尊重してくれてるからなんだろうな)
この粗暴なメイドは決してそれを認めようとはしないだろうが、
世界の命運だとか、生命の危険だとか、そういうのはもちろん怖い。でも、友達である
普通ならそんな気持ちはわがままだと切り捨てられてしまうんだろうけれど、
(……い、いやいや! 昨日の
相手は、原作者。
どんなものが出てくるか分からないこそ、少しでも手札は多いほうが良い。
「あ~、良かった。間に合ったみたいねん」
と。
そうやって戦意を高めていた
「遅かったじゃねェか。先に行ってるところだったぞ、
「んもう。着用型の
そう言って、今まさに駆けつけてきた少女──
「ともあれ、一緒に行動するならそっちの方がありがたい。お嬢様のことは任せてもいいか?
「え~……。
「は……?」
穏やかに、しかし非難するような色の
確かに今の話の流れだと、『足手纏いの
「馬鹿、そういう意味じゃねェよ。お嬢様はこっちの
「あ、そうだった~? ひょっとしてお姉さん野暮なこと言っちゃったかしらん?」
『ごめんなさいね~』とにっこり微笑んで、
当の本人は、いつものように感情の読めない笑みを浮かべているだけだったが。
「でも、これから立ち向かう相手は、こういう些細な綻びも利用してくる相手だってこと、忘れないようにね。…………
「は、はい……」
「了解」
噛んで含めるような
行く先は、ピースヘイヴンの待つ万魔殿。
何が出てくるかは、全くの未知数だ。
| 15 されど筆は踊らず |
| >> WROUGHT MYSTIC |
「やぁ! よく来たなぁ三人とも!!」
──と身構えていた
「……って、
ステージの上の演台に腰かけたピースヘイヴンは、そう言って口を尖らせる。その頭上には──世界という絵画を水で溶かしたような空間の歪みが。
対するメイドご一行は──
「大体、想像はつくがね。正面から
そんなことを言うピースヘイヴンからスライドするようにして、紳士服姿の男が現れる。
否──それは男ではなかった。紳士服然とした意匠をしているが、カメラの瞳にスピーカーの口、機械的なパーツによって形作られたその相貌は、それがシキガミクスだと雄弁に語っていた。
「一応、礼は言っておこうかな。ありがとう。実は
紳士服姿のシキガミクス──
「何せ、予定では
だからこそ、生徒会役員の半分を学生牢送りにすることになったとしても、ピースヘイヴンは昨日のうちに反乱分子を鎮圧しておく必要があった。その為の即席の手駒として、利害が一致した
「しかし、あそこまで鮮やかに解決してくれたのは助かったよ。お陰で反乱のせいで微妙に完了していなかった計画の下準備を無事に終えることもできたからね」
「……
「凄いな。もうこちらの目的まで読まれていたか。そう。私の目的は、
そこまでピースヘイヴンが口にした直後のことだった。
ゴバッ!!!! と、ピースヘイヴンの頭上の天井が崩落する。
否、それは崩落というよりは──
『グワァァアアアアアアアアアアアアウッッッ!!!!』
狼頭の獣人の両拳による、『破砕』だった。
半径五メートル。
人間の膂力では回避しきることが不可能なほどの範囲の天井が『破砕』されて降り注ぐ。その立役者は──
「さぁて…………終わらせに来たわよん! トレイシーちゃん!!」
「天井抜くとか、不意打ちに許されるスケール感じゃないだろ……!」
ダークグレーの長髪を重力に靡かせながら、己のシキガミクスの背に乗った彼女は頭上からピースヘイヴンを強襲した。
そして、そのタイミングが戦闘の合図となった。
「通常の回避や防御では防ぐことができない範囲攻撃──こちらの正体不明の霊能を使わせる手筈、といったところか。だが、甘いな!」
言葉と共に。
ピースヘイヴンは、まるで猛獣のような身のこなしでステージ上から飛び降り、あっさりと
(なんだ……? あの敏捷性は人間の限界を超えてるぞ。……まァ相手は原作者だ。何があってもおかしくはねェ、か)
突然の機動性強化に少なからず混乱する
まだ、情報は全く出揃っていないといっても過言ではない。此処で混乱するよりも、ある程度情報が出揃うまで一旦思考は棚上げしておくべきだ。
(……なんにせよ、当初の作戦でもあった『不可避の不意打ちでピースヘイヴンの霊能を使わせる』策は失敗だ。次は『シキガミクスと術者の分断』だが……)
多対一ならば、術者とシキガミクスを分断するのが対陰陽師戦でのセオリーである。陰陽師を超常たらしめるのはシキガミクスであり、術者が最大の弱点となるからだ。
ただ、
(…………もし、仮にピースヘイヴンが術者自身を自分のシキガミクス以外の『着用型』シキガミクスで強化していたとしたら。ヤツはおそらく霊力が許す限り、今みたいな機動で動き回ることができる。……そんな状況で
シキガミクスは一人の術者につき一機までがセオリー。
だが、それはあくまでもセオリーの話だ。複数の専用シキガミクスを設計することができないだとか、同時に複数の異なるシキガミクスを運用する思考リソースがないだとか、維持コストが莫大にかかるだとか、操作に必要な霊力の問題で短時間しか実現できないだとか、そうした現実的問題がその理由であって、別に『一人につき一機しか使えない』という確たるルールがある訳ではない。
そうした技術的問題を克服することができれば──もっとも『原作』にそれを克服した者はいなかったが──理論的には一人が複数のシキガミクスを運用していてもおかしくはないのだ。
『ガルゥゥアアアッ!!!!』
そこで、
拳のみで体育館の天井を破砕したその膂力は凄まじく、
ドシュ!! と、
直後、木目の床をめり込ませる勢いで踏みしめた
「おいおい、こっちは術者だぞ。少しは加減しようとは思わないのか?」
「抜かせ、インチキ野郎!」
両者の間合い、二メートル。
『着用型』においては一触即発の間合いで
ピースヘイヴンの頭部を狙った一投は、首をひねることで簡単に回避されるが──直後。
ボファ!! と、その背後で、真っ白い煙の塊が生じる。
「!?」
突然の異常に目を剥くピースヘイヴンだったが、すぐさま状況は把握できた。
(そうか、わざわざ大仰な動作で地面を踏みしめたのは聴覚と視覚の両面から隠れた行動を悟られない為のブラフ! 本当の目的は体の陰で『取り寄せ』た小麦粉を、こちらの視界の外を通して後ろに投擲することだったか!!)
ナイフの投擲は、ピースヘイヴンへの攻撃ではなく小麦粉の袋を破壊して煙幕として撒き散らす為の策。
そしてそこまでして成し遂げたかったのは──ピースヘイヴンと
「分断それ自体は予想できていても、このやり方は想定できなかっただろ。動揺が動きに出てるぞ、黒幕サマ!!」
一瞬の動揺。
その隙を突くようにして、
腰をくるりと回して勢いをつけた右足が、ピースヘイヴンの側頭部に直撃し──
──次の瞬間、
「……な、」
そうでなければ、今頃倒れた
だが、
(馬鹿な!? 今、確かに
体勢を立て直した
(……ダメージがない。回復したというよりは、ダメージ自体をそもそも受けていないって感じだ。……無敵……いや、
「随分重い一撃を放ってくれるじゃねェか。ただの術者じゃできねェ芸当だぞ。シキガミクスを纏っている
「生身ではないからな」
そう言って、ピースヘイヴンは制服の襟をぐっとひっぱってその下を見せる。
そこにあったのは乙女の柔肌──ではなく、木目の『何か』だった。
機械的な意匠ではあるものの、どこか末期患者の腫瘍めいた不気味さを伴うそれ。ピースヘイヴンは少しだけ自慢げにしながら、
「着用型汎用シキガミクス『MM-Terminal_Scarface』。以前、ミスティックミメティクス社に開発協力した時にできた代物でね。かつての歴史ではついぞ実装されなかった着用型の汎用シキガミクスだよ。……もっとも、扱いが難しすぎて私にしか扱えず、結局この試作品を作ったきりで開発打ち切りになった失敗作だけれど」
「……
ブラックユーモアにしても笑えねぇぜ──と吐き捨てながら、
それに応じるようにして、ピースヘイヴンもまた構えた。
「自前のシキガミクスに加えて汎用シキガミクスの操縦か。随分大変そうじゃねェか。持つのかよ?」
「心配してくれるのか? ありがとう。だがそれには及ばないさ。消耗はまぁまぁ大きいが、汎用シキガミクスと専用シキガミクスの同時運用程度なら二〇分は持つ」
(……後ろのシキガミクスを動かしながらどうやって
歯噛みする
ピースヘイヴンは、攻撃を『なかったこと』にできる。
ピースヘイヴンは、こちらに認識されないうちに攻撃を放つことができる。
ピースヘイヴンは、シキガミクスを操縦しながら術者での戦闘をこなすことができる。
ピースヘイヴンは、着用型のシキガミクスを持つ
つまり。
(分断してもなお、条件は五分……いや、霊能の分こちらがかなり不利……だな)
先ほどから音沙汰が一切ない白煙の先の戦場を考えても、あまり状況は芳しくないだろう。率直に言って、戦況はかなり不利。それが客観的に盤面を見渡した事実だった。
その事実を認識しながら、
「上等だ。相手にとって不足なし。メイドの底力ァ見せてやるぜ、原作者ァ!!」
「……フフ、望むところだよ、読者君!」
第二ラウンド。
両者の衝突が、再び始まる。