【改稿前版】唯神夜行 >> シキガミクス・レヴォリューション 作:家葉 テイク
国立大史局学園──通称『ウラノツカサ』。
それは、太平洋沖に浮かぶ淡路島ほどの大きさの
言わずと知れた国内唯一の陰陽師養成機関であるこの学園は、イベント一つとっても通常の学校とはスケールが違っていた。
学園祭のような学校行事にしろゴールデンウィークのような大型連休にしろ──その影響は、『都市機能』にまで影響を及ぼす。
──ゴールデンウィーク、二日前。
新学期が始まり、生活環境が一変してから初めての大型連休。さらに、連休明けからは新しい学年で初めての学校行事である文化祭の準備が始まるというこの季節。
学園は連休に向けた内外の生徒の移動準備と学園祭関連の物資搬入の影響で、いつにも増して人の流れが複雑になっていた。学園の警備システムは『外』との窓口の警戒にリソースを割かれ、平時と比べると『内』の防備は緩くなる。
生徒達にしてみれば、年に数回訪れる『羽目を外しても叱られにくい時期』だが──そんな、学園全体がどこか浮足立ったような雰囲気に包まれる時期のことだった。
こんな浮ついた空気の時には、何かしらの『事件』が発生するものである。
たとえば、こんな風に。
「たっ、助けてくださいましぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!」
──少女の悲鳴が、浮ついた空気の『ウラノツカサ』に響き渡った。
島式の地下鉄ホームを連想するようなだだっ広い廊下を、一人の少女が激走する。
『廊下を走ってはいけません』というありきたりな警句を蹴り飛ばす勢いで全力疾走している声の主は、傍から見ればどこかの名家の御令嬢といった風体だった。
年齢はだいたい高校生くらいか。絹の糸のように滑らかな髪を波打つように伸ばしたプラチナブロンドのロングヘア。高貴な印象のブルーのカチューシャ。サファイアのように輝く蒼い瞳。陶器然とした白く滑らかな傷一つない肌。学校指定の純白の
総じて、令嬢。
どこからどうみても深窓の令嬢といった風貌の少女なのだが、にしてはあまりにも所作が庶民的に過ぎる。
ぜえぜえはあはあと肩で息をしながら、妙にフォームよく全力疾走しているのもそうだが、顔は汗まみれ、目元は半泣きでその上ちょっとぐずついている。とてもではないが、『深窓の令嬢』という優雅な形容が似合う状態ではない。そんな状態を気にしてもいないあたりが、彼女の地金を表しているようでもあった。
彼女が、何故このように慌てふためいているのかと言えば────
「だから観念しろと言ってるだろ! わたしはオマエをブッ倒して安泰な転生生活を送るんだぞ!!」
──今まさに、謎の少女に追われているからだ。
目の覚めるような青髪のポニーテール。獰猛な魚類を思わせるギザギザの歯と不敵な笑み。年の頃は令嬢風の少女よりも下──中等部くらいだろうか。
令嬢風の少女と同じ純白の学生服を彼女よりもラフに気崩したその恰好は彼女もまたこの『ウラノツカサ』に所属する学生であり──即ち、陰陽術に通じていることの証明でもあった。
それを象徴するように、右手で
「こ、降参だって言っているでしょう!? どうしてわたくしへの攻撃を辞めないのです!?」
「わたしの目的はそんなんじゃないと言っているだろーが! ──『
次の瞬間には、パントマイムは事実へと変貌していた。
現れたのは、まるで水中にいるかのように空中を泳ぐ二メートルほどの大きさの『木製のサメ』。髪色と同じ青にペイントされた体躯をうねらせたサメ型の機体──
肩越しにその様子を見て思わず息を呑んだ令嬢風の少女へ、青髪の少女はせせら笑うように言う。
「何を驚いてるんだぞ。シキガミクスは『札』から呼び出す。オマエもウラノツカサの学生なら知ってるだろ。それともわたしがシキガミクスを使わずにオマエをボコボコにするとでも思ったか?」
──シキガミクス。
これこそ陰陽術の再発明によって人類が手にした技術の中でも極めつけ。平たく言えば、霊力によって稼働する木製のロボットである。
陰陽術を修得している者はこのシキガミクスを己の意のままに操ることができ──そして陰陽師はさらにそのシキガミクスを自分専用に開発できる。
『ウラノツカサ』に所属する学生にしても、それは同じことだった。──青髪の少女が操るこの木製のサメのように。
「…………っ!!」
逃走一辺倒に限界を感じたのか、令嬢風の少女も逃走の足を止め向き直る。
そして差し出すようなその手に──木製のGペンが現れた。
「わ……わたくしのシキガミクスはこれなのですわ! 戦闘用ではありません! それに痛いのは苦手ですわ! 何かお困りなら相談に乗りますから、もうこんなことはやめてくださいまし!」
「だァかァらァ……」
半泣きの令嬢風の少女の命乞いにも、青髪の少女は応じない。
むしろ話が通じない苛立ちをあらわすかのように傍らの
「それならさっさとおとなしくわたしに倒されろって、何度も言ってるんだぞ!!」
突風のような勢いで、サメ型の機体が令嬢風の少女目掛けて突撃した。
「きゃああああああああ向かってきましたわぁぁぁあああああああああああ!?!?!?!? …………っ!! ええい『
絶叫する令嬢風の少女だったが、判断は冷静だった。
突進してくる
「お願いですから弾かれてくださいましぃ!!」
しかし。
ガイン!!!! と、二メートルほどに伸びた
「…………!!」
「できるじゃないか、戦闘!! やっぱり手札を隠し持ってたな……油断ならないぞ!」
辛くも
当然、令嬢風の少女に打つ手は、ない。
「……!! 悪く思うなよ、こーしなくっちゃ、この世界じゃ生きていけないんだぞ……!!」
「おいおい待てよ。そんな理由でウチのお嬢様を傷つけられちゃ困るんだが」
だから、その直後に青髪の少女の背後から放たれた声に関しては、令嬢風の少女の感知するところではなかった。
「しまっ、
青髪の少女が咄嗟に両腕を顔面の前で交差させて防御態勢に入ったのと同時に、ゴッ!! という鈍い打撃音が響いた。
長物によるものらしき一撃を食らった青髪の少女は、自分が突進させた
そこに立っていたのは、彼女達と同じく学生────
──
純白の学生服とはかけ離れた黒衣の装い。
といえば聞こえはいいが、黒衣の上に纏うエプロンドレスに、頭部についた白いフリルのついたヘッドドレス、膝丈のミニスカート、真っ白いニーソックス、漆黒の革靴といった衣装は、どこからどう見ても──
「えっ、メイド?」
──ありていに言えば、その女はコスプレ感丸出しの全力全開ミニスカメイド衣装を身に纏っていた。
02 その女、メイド| >> HOMEY ARMY | |
「かっ、
「あーはいはい。助けに来るのが遅れたのは悪かったから、早く逃げろお嬢様。邪魔だから」
「わたくしもうダメかと、死ぬかと……」
「……あのシキガミクスじゃ死にはしねェだろ。それに……」
──そのメイドは、名を
一応こんなナリでも正真正銘このウラノツカサの学生であり、令嬢風の少女と同じ高等部一年生であった。
「
「………………!!」
その立ち姿を見て、青髪の少女は思わず息を呑む。
衣装の陳腐さとは対照的に、鋭い刀剣のように研ぎ澄まされた体躯。一七〇センチほどもある女性としては大柄な体格は、しなやかなシルエットを保ちつつも確かに引き締まった筋肉で覆われていて、見る者に雌豹のような肉食獣を彷彿とさせる。美しさよりも強靭さの方が目に付く姿だった。
「な……なんでメイドがウラノツカサに……?」
もちろん、令嬢風の少女や青髪の少女を見れば分かる通り、ウラノツカサには指定の制服が存在しており、多少の改造や着崩しはあれど基本的に皆が着用している。
それゆえに、そのメイドの姿は悪目立ちしていた。
たとえるならば、電車移動をしている全身タイツのアメコミヒーローのような異物感。当の本人がそれを気にもせず平然としているから、余計に異常さが目立っていた。
「何を驚いてやがる」
じろり、と場違いなメイドは怪訝そうに目を細める。
メイドらしからぬ、重々しい威圧感ではあった。
肩の長さくらいまである外はね気味のショートカットに、確かな意志の光を感じさせる赤銅の瞳。微笑みを向ければ間違いなく見る者を虜にするであろうその美貌は、しかし今は鋭い戦意によって刀のように研ぎ澄まされている。眉間にしわが寄せられ、敵対者を射抜く眼光は人ひとりくらいなら既に殺していそうなほどの刺々しさを秘めていた。
「ただちょっと、メイドなだけだろうが」
「いやそれがおかしーんだよ!!」
困惑する青髪の少女を周回遅れにするようなその泰然自若とした佇まい。
当然だが、『メイド』は『ただちょっと』とか『なだけ』とかといった言葉とは結び付かないものである。
そういうわけで絶賛悪目立ち中のコスプレメイドは、肩に乗せていたデッキブラシをゆったりとした動きで振り下ろした。
まるでホームラン宣言でもするみたいにデッキブラシを青髪の少女へと向けて、メイドは淡々と話す。
「さっきも言ったがそいつはウチのお嬢様でな。そう容易く傷をつけられると、メイドである
メイドってそんなボディガードみたいな職業意識が必要だっけ……と素朴な疑問を抱きかけた青髪の少女だったが、このままこのメイドのペースに乗せられていては自分の本来の目的が達成できない、と首を振って気を取り直す。
「だから悪いが、」
瞬間、メイドから放たれる闘気が爆発的に増大する。
唐突なコスプレメイドの登場に動揺していた青髪の少女も、此処に至り臨戦態勢へと移行した。
その後ろで令嬢風の少女がそそくさと戦線からの離脱を完了させたのを見届けた
「『ご奉仕』の時間だ」
「……な、なら、オマエをぶちのめしてからアイツもぶちのめすまでだぞ!!」
その動きを制するような青髪の少女の言葉を合図に、
狙いは当然、目の前のメイド。
その動きに呼応するように
「!!」
戦闘メイドの表情が強張った、その次の瞬間。
ゴッブァ!!!! と、津波のような暴風が吹き荒れた。
それは、
当然、その場で身を屈める程度では到底防ぎようもない圧倒的な暴風だ。まともに食らえば人体ならソフトボール投げのような勢いで吹き飛ばされるのは確実である。
いかに霊能を操れる陰陽師といっても、その身体能力は一般人相当。つまり、こんなものをまともに食らってしまえば一たまりもない。
はずなのだが。
「良いね、派手なシキガミクスじゃねェか。浪漫がある」
楽し気なメイドの声が
暴風を巻き起こした
そこに、スライディングのような姿勢で滑り込んでいた
「はっ!? 何!?」
その光景を、青髪の少女は一瞬理解できなかった。
確かに、
そういう意味で、真下に飛び込むことでこのメイドが難を逃れたという展開自体は、何の異常性もない。
もっとも、
「だが、狙いが大味すぎるな」
不可避のはずの広範囲に向けた暴風。それを無傷でやり過ごされた──だけではなく、それを可能にしたのが常識外の機動性であることに、青髪の少女は一瞬思考を空白で埋められた。
その間に、
が、これは
「…………、」
弾かれたナイフを横目に見ながら、
青髪の少女はそこで、
「ぴ、
先ほどのような展開を警戒して、青髪の少女はすぐさま
なお、戻る際に
「なるほどな。大元の気流操作能力を、機体を動かす『移動用』と機体を防備する『防御用』で使い分けてるのか」
本体の近くへと戻った
「……ご名答だぞ。そーだ、
青髪の少女は、能力を言い当てられたにも拘らず不敵に笑みを浮かべる。
即ちそれは、自信の表れでもあった。
機体を纏う風は、ナイフだろうが槍だろうが触れる前に弾き、そして敵に突進するだけで、その肉体をズタズタにすることができる。
ゆえに、
空中を縦横無尽に泳ぎ回る機体は、最強の盾と最強の矛の役割を同時にこなしてくれるのだ。まるで因幡の白兎の毛皮をズタズタに引き裂いた神話の世界の
「このシキガミクスは、わたしの身を守る為に作った機体だ。霊能もその為に考えられる最強の形にカスタマイズしてる! この
「……、まァテメェのおかしな趣味はどうでもいいとして、その『身を守る為の機体』で、なんでウチのお嬢様を襲ってんだ?」
「フン。そー言うってことは『霊威簒奪』のことを知らないな、オマエ。とんだモグリだぞ」
青髪の少女は小バカにした態度で笑うと、得意げに人差し指を立てて続ける。
「陰陽師が霊能を扱う時には霊気を消耗するけど……陰陽師は、霊気を一〇〇%完璧に活用できるわけじゃない。たとえば、戦いに負けたらその陰陽師は敗北のショックで霊気を知らず知らずのうちに放出するんだぞ」
そして、と青髪の少女は続けて、立てた人差し指を
「戦いに勝った陰陽師は、勝利の高揚感で霊気を吸収する能力が上がる! つまり、陰陽師との戦いに勝つと、勝った分だけ強くなる! それが『霊威簒奪』だぞ!!」
「あー、はいはい。それで弱そうなウチのお嬢様に狙いを定めた、と」
得心がいったからか、スッ、と
脱力した
「……って納得する訳ねェだろボケ!!」
ドシュ!! と、
しかし、これ自体は青髪の少女にとっては予想外の事態ではなかった。ナイフの投擲は先ほども見ていたし、その前段階の行動から既に青髪の少女は
だからあっさりと
彼女にとって予想外があったとすれば──それは、その後のナイフの軌道。
『鮫風』に弾かれたナイフは、
息をする間もなかった。
ガッ、と。
青髪の少女が何かする前に、彼女の額にナイフ──
「ひぁっ、」
「メイドの手練をナメるなよ。
頭蓋を揺らされ、思わず数歩ほどたたらを踏むように後ずさりする青髪の少女。
時間にすれば、ほんの一秒の停滞。
しかしその間隙は、一瞬のうちに『空気の高波』の致傷圏内から抜け出せる俊速のメイド相手には、まさしく致命的な時間だった。
「『霊威簒奪』。負けた陰陽師は、勝った陰陽師に霊気を奪われるんだったか?」
メイドにはとても見えない禍々しい威圧感を放ちながら。
気付けばコスプレメイドは、青髪の少女の眼前に立っていた。
そして。
「
主人に襲い掛かる下手人に対し、そのメイドは迅速に『お掃除』を開始する。
| サメ型のシキガミクス。全長は二メートルほど。 鋭くとがった歯が特徴的で、歯は実は装填式。やろうと思えば射出も可能。
空中遊泳する能力。 シキガミクスを取り巻くように気流を生み出し、それにより空中を水の中のように移動できる。速度も本物のサメ同等の速さで移動することができる他、旋回性については本物以上。 また、機体周辺に強力な気流を纏う『鮫風』を備えており、防御力についても優れている。
ただし、空気がなければ泳げない他、牙による攻撃を成立させる関係上口内に続く領域には『鮫風』は効果が薄く設定されている為、リスクを恐れず口内に攻撃されると内部にダメージが入りやすい。
元々は単純な気流操作の霊能だったが、機能を分割特化させることで気流操作の強度を向上させている。 |
| 『 |
|---|
| 攻撃性:80 防護性:55 俊敏性:70 持久性:60 精密性:5 発展性:70 |
「あァ? ほれ、この通り。秒殺だ、あんなん」
その右手には、首根っこを掴まれた状態で気絶した青髪の少女の姿もあった。当然、麻縄でぐるぐる巻きにして拘束されているが。
「……にしても、これで何度目だ? 『霊威簒奪』に釣られてお嬢様に襲い掛かってくるバカ。いい加減に元を断たねェと、いくら
「面目次第もございませんわ……」
答えたのは、先ほどまで追い回されていた令嬢風の少女だった。
しょげた声色で答えた令嬢風の少女は、しょんぼりしながら立ち上がる。
「お嬢様は
「いやそれは全然良いんですけれども……メイドってそんなボディガードみたいな職業意識が必要でしたっけ?」
奇しくも先程ブッ倒された下手人と同じ疑問を抱くご主人様だったが、メイドの方はやはりこれを完全にスルーして、
「……それより、『霊威簒奪』をどうするか、だな」
そこだけ見ればいかにもメイドらしい物憂げな表情を浮かべて言う。
「特に、『弱敵を倒せばお手軽にパワーアップできる』って風説が流れてるのがマズイ。お陰で非戦闘タイプのお嬢様が狙われるハメになってる訳だし。まったくはた迷惑な野郎共だが……」
「……うーん、でも、お相手の気持ちも分かる気がするんですのよねぇ。だってこんな世界ですし……」
「襲われてる被害者が敵に同情してんじゃねェよ」
ぺし、と軽く
廊下の窓の外では、連休前の慌ただしい人の流れが学園を行き交っていた。そんな人の営みを眺めながら、
「…………
────『シキガミクス・レヴォリューション』は名作だった。
『シキガミクス・レヴォリューション』。
作者・
その人気はすさまじく、原作小説は一巻発売当初から大ヒットを飛ばし、その勢いのまま有名少年漫画雑誌でコミカライズ連載を開始し、有名制作会社からアニメ化、破竹の勢いで発表された劇場版映画は日本の映画興行収入のランキングを塗り替えた。
商業的な実績で作品の良し悪しを語るのはあまり行儀がよくない行為だが、しかし『商業的成功』という一面において、このコンテンツのクオリティが日本史に名を遺すレベルで確固たる評価を得たのは間違いなかった。
──惜しむらくは、原作小説自体は作者病没の為に未完で終わってしまったことだろうか。
魅力的なキャラクター、奥深い世界観、息もつかせぬ急展開の連続、そしてそれらが絡み合って生まれるドラマの数々。
どんなキャラクターにもしっかりとした過去があり、悪役にさえそのルーツには相応の悲劇が絡み合うことでただ倒されるだけの敵キャラではない魅力が与えられている。
だからこそ『シキガミクス・レヴォリューション』は空前の人気を博し、世界中で愛された。
そして世界中を席巻した『シキガミクス・レヴォリューション』は、圧倒的な知名度を持っていた。
敢行されるライトノベルを逐一読み漁るようなラノベ好き、毎週様々な漫画雑誌を購入しては連載をリアルタイムで追いかけるような漫画好き、毎クール深夜アニメを一通りチェックするようなアニメ好きといったマニア層から、学校で話題になっていたからとりあえずチェックしたような学生、普段はサブカルなんか触れたことのないご老人といった一般層、果てはたまたま居間でやっていたアニメを見ていた通りすがりの猫まで。広まりすぎて作品を楽しむことを強制する同調圧力が『シキハラ』なんて造語で呼ばれてお昼のワイドショーで取り上げられるくらいには、誰もが知っている作品だった。
そしてそれだけ多くのファンがいれば、一定数のファンはこんなことを空想する。
もしも自分があの作品の世界にいたならば、どんな風に人生を過ごしていくだろうか。
そうした世界に『転生』する──といったような創作の話だけではない。
行ってみたい作品、使ってみたい能力、友達になってみたいキャラクター──そうした雑談のタネにするようなごく普通の『空想』の対象に、この魅力的な作品は多く選ばれた。
ひょっとしたら、『シキガミクス・レヴォリューション』ではない作品でそんなことを考えたことがある人もいるかもしれない。
それは、その作品がその人にとって素晴らしいものだった証明だ。その作品の世界観を愛し、キャラクターを愛し、物語を愛しているからこそ、その中に入り込みたい、触れあってみたいと願うのだから。
そうした心の動きは、その作品を愛しているからこそ出てくる発想だ。
──ただし。
そうした憧憬に、果たして『作品』は応えてくれるか?
素晴らしい物語には、相応の失敗が、相応の窮地が、相応の悲劇がある。主人公が誰かを救う華々しい活躍の裏側には、逆説的に救われるべき痛ましい被害者達の苦しみが存在しなければならない。
もしも、その作品に転生した自分が『現実』だったならば。
異能と戦いがあるということは即ち、それに自らの身が晒される危険があることを意味する。
世界に変革を起こした新技術の席巻は、それに伴う技術の利権が争いを生むことを意味する。
──魅力的な敵役達は、虐げられている当人から見ても魅力的だろうか?
──才能なき者達にとって、手の届かない異能は浪漫だろうか?
それらの疑念は、自ずと
即ち。
ハッピーエンドが約束されていない現実は。
かつて憧れた名作の世界は────
──果たして本当に、自分が生きていたい『現実』か?