そもそも、百鬼夜行によって怪異が発生するのは何故なのか。
それは、怪異という存在が根本的には霊気の塊であることに起因する。
百鬼夜行──正式名称を『霊気濃度臨界超過崩壊』。霊気淀みの濃度が維持可能な限界点を超えると、霊気は拡散しようと乱雑に動きはじめ、これが結果として百鬼夜行の第一の現象である『霊気の奔流』を呼び起こす。
しかしこの時、霊気の拡散は乱雑に起きる為、一定確率で『臨界濃度の中でさらに濃度を高める』方向性に動く場合も発生する。結果、臨界濃度を超えて収束した霊気は、まるで食塩水が結晶化するみたいにして具象化するのだ。──それが百鬼夜行時に発生する『怪異』である。
これは、この世界の『設定』を一から構築したトレイシー=ピースヘイヴンしか知らない事実。未だこの世界の何者にも解き明かされていない世界の法則の秘奥である。
そしてその秘奥を知るピースヘイヴンは考えた。霊気濃度臨界超過崩壊の際に発生する霊気の乱雑な拡散を、一定方向に整えることができないか──と。
元々は、無秩序な破壊を生み出す百鬼夜行の被害を少しでも軽減する為に考案された技術だったが、この時ピースヘイヴンにとっても想定外の結果が起こった。
実験的に百鬼夜行の五〇%を収束させてみたところ、超強力な大妖怪の発生が確認できたのだ。この怪異による被害はピースヘイヴンの霊能により事なきを得るに至ったが、この方策では霊気の奔流による被害を抑えることはできても、新たな怪異の被害が発生することが分かった。文句なしの失敗である。
しかし、ピースヘイヴンはこの失敗にこそ着目した。
怪異の誕生が避けられないのなら──その怪異をシキガミクスに組み込むことで、制御すればいいのではないか。それが可能なのであれば、百鬼夜行による被害を無効化しつつ最強のシキガミクスを手に入れることすらできるのではないか。
そうした発想によって実行された計画が、『唯神夜行』である。
ピースヘイヴンが『草薙剣』の内部血路に偽装するように設計し、流知と薫織が製造したシキガミクスは、霊気淀みを構成する霊気を全て封入し、内部で一定方向に収束させる機能を持っている。
このシキガミクスは内部に蓄積した霊気を粒子加速器のように一定方向に回転させ、うずまきのようにやがて中心で収束する仕組みを持っている。この仕組みによって膨大な量の霊気が一点に集中し、『神様』が誕生するという仕組みなのだが──
「……馬鹿な」
その時。
ピースヘイヴンは、顔を引き攣らせて状況を睥睨していた。
ステージ中央に、『唯神夜行』を秘めたシキガミクス。そこから三メートルほど離れたところに、遠歩院流知。そこから一メートルほど離れた壁際にめり込む形で倒れている園縁薫織。
ステージの下から一〇メートルあたりの位置に嵐殿と継ぎ接ぎ仕立ての救済、さらに少し離れたところにピースヘイヴン。
これが、今の戦場の状況だった。
ピースヘイヴンはひと跳びでステージまで移動すると、信じられないようなものを見る目で己が設計したシキガミクスを見遣る。
「霊気の奔流……!? あり得ない。そうはならないように設計したハズ……!? ……まさか、園縁の血に対する『神様』の加護が干渉したか……!?」
園縁久遠の例から言っても、花蓮が園縁の血族に『加護』を与えているのは明白だった。
『加護』、といってもその性質は千差万別だ。久遠のように『神様』本体が憑くケースもあれば、『神様』の霊能の一部を運用できるようになるケースもある。
薰織が戦闘に利用しないところを見ると、そこまで大層な『加護』ではないのだろうが──しかし、怪異の影響を受けていることに変わりはない。何かしらの霊気的干渉の可能性は否定できなかった。
「ぐ…………!」
呻くものの、ピースヘイヴンはそれ以上の身動きが取れない。
計画の失敗が確定したわけではなかった。
もしも仮に『唯神夜行』に何らかの綻びがあって、計画が破綻しているならば、今頃シキガミクスは瓦解して霊気の奔流が勃発していないとおかしい。霊気の奔流が薫織の脇腹を直撃したのは計算外だが、だからといって失敗と判断するのは早計だ。
ただし、成功を確信するのもまた早計。
シキガミクス自体は薫織に対する一撃を入れた後は静かに内部で霊気を収束させているが、いつまた暴発が発生するか分からない以上、迂闊に近寄ることも難しかった。
「薫織……!!」
そんな中、二もなく動き出したのは流知だった。
流知は今にも暴走しかねないシキガミクスのことなど無視して背を向け、そして薫織に向けて駆け出していた。片手に携帯端末を持っているあたり、おそらくは既に久遠あたりに連絡をつけているのだろう。程なくして久遠が『神様』を伴ってこちらにやってくるはずだ。
「ごめん……ごめん……なさい……私の、せいで……」
流知は薫織の傍に膝をつくと、弱弱しく消え入るような声で詫びる。
実際問題、ピースヘイヴンの悪辣な誘導があったとはいえ最後の一手を打ったのは流知だ。彼女の抱える罪悪感は、計り知れないものがあるだろう。
(………………、)
ピースヘイヴンはその後ろ姿を見て何かを言おうとして、
「…………、……大丈夫だからね!! 心配要らないよ! 今、今、久遠ちゃんを呼んだから!!!!」
その後の流知の『虚勢』に、言葉を失った。
「カガミサマが……『神様』が来ればきっと何とかしてくれるから!! だからそれまで絶対に意識だけは保つんだよ! 分かった!? ねぇ返事してよ!! ご主人様の命令だよ!!」
おそらく、罪悪感にまみれていただろう。
己の失策で、親しい相棒を傷つけ──命の危険に瀕させてしまったのだ。泣き喚き、許しを乞いたくなるのが正常な感情のはず。にも拘らず、流知はそうはしなかった。痛む心に鞭を打ち、自分が倒れ伏すメイドに対してできる最善を考え、それを遂行する。
力もなく、信念もない、本当にただの転生者にそれを行うのが、どれほど難しいことか。
「………………嫌になるな」
ピースヘイヴンは誰に言うでもなく呟くと、『唯神夜行』を秘めたシキガミクスを回収に向かう。
計画の失敗を疑う気持ちはある。しかし躊躇する気持ちは完全に失せていた。ただの一般人がその危険を無視して最善の行動を取ろうとしているのに、この状況を築き上げた元凶自身が怖気づいていては、今まで犠牲にしてきた世界に示しがつかない。黒幕としての、意地だった。
そうしてピースヘイヴンがステージの方へ足を向けたタイミングで、
「お待ちなさい」
見るとそこには、目元を赤くした流知が涙を拭って佇んでいた。
その手には、二メートルにもなるGペンの槍──飛躍する絵筆が握られ、地面にその穂先を突き立てていた。
「……園縁君の命乞いかね。それなら心配には及ばない。どうせその傷では戦線離脱は免れないだろう? 私は私の目的さえ達成できればそれでいい。そのまま大人しくしてくれているなら、これ以上彼女を傷つけるつもりはないよ」
「何を勘違いしていますの」
流知は、冷え切った声色でピースヘイヴンのとりなしを切り捨てる。
「わたくしが、まだ盤面にいますのよ。忘れまして? 我々の陣営におけるジョーカーはこのわたくし。その認識が足りていないのではないかしら」
「……何を、」
「飛躍する絵筆ならば、あのシキガミクスに突き立てるだけで内部血路を書き換えられます。そうすればアナタが企んだ唯神夜行は簡単に崩れ去りますわ」
ピースヘイヴンの動きが、止まる。
その視線を、注意の全てを目の前の令嬢風の少女に集中させる。
「死ぬぞ。十中八九、霊気淀みは暴走する。上手くいったとしても、園縁君ともども命を落とす。そんな方針は最初から破綻しているじゃないか」
声が強張っていくのを、ピースヘイヴンは自覚していた。
しかし、流知はまるで感情を感じさせない平坦な声で、あっさりと切り返す。
「だから、なんです? ……薫織はもう、……駄目ですわ。助かりません。だったら、薫織をこんな風にしたアナタの野望を道連れにして死を選びますわ」
その、真っ青な瞳が──ピースヘイヴンの目には、世界全てを憎んでいるように見えた。
瞬間、ピースヘイヴンは鋭く声を上げていた。
今まさに、その善性を踏み躙った張本人のくせに。
「待て!!」
親しい友人を己の判断ミスで死に追いやってしまった。一縷の望みをかけた助けも、おそらく間に合わない。その元凶である憎き黒幕の野望だけが成就してしまうという状況。──自棄になって自滅を選んでも、ちっとも不思議ではない。
少なくとも、ピースヘイヴンにはそう考えてしまう気持ちが良く分かった。
だからこそ、全ての元凶であるくせに、ピースヘイヴンは気付けば心裡から流知を制止していた。
「……今の言葉は撤回しろ。今ならまだ間に合う。邪魔さえしないなら救命措置は私がとってやる。園縁君が死ぬことはない。だから、君が……君がそうなる必要はない。それに君が……、」
『君がその心根を闇に堕とすことは園縁君だって望まないだろう』。そこまで言いかけて、ピースヘイヴンは状況の不自然さに遅れて気が付いた。
──そもそも、本当にその気ならわざわざ自分に注目を集めるような真似はしないのでは?
この距離だ。流知がどんなに策を講じようと、ピースヘイヴンの動きの方が早いのはどう考えても明白。それなのにわざわざ自分の目的を宣言するのは道理に合わない。
もちろん、ピースヘイヴンへの憎しみからあえて不合理な行動を取ったという可能性はある。だが、今はそれよりも違う可能性を危惧するべきだ。例えば──自分に注目を集めて、仲間が状況に介入する隙を作り出す為、とか。
「しまッ──」
反射的に、ピースヘイヴンは自身のシキガミクスである崩れ去る定説を見る。
やはりというべきか、同じ思考回路を持つ崩れ去る定説はピースヘイヴンと同じように流知の一挙手一投足に注意を向けているようだった。だが、この状況での肝はそこではない。
「今更気付いてももう遅いですわ!! 玉砕覚悟の自爆特攻!? それも薫織を巻き込んで!? そんな選択をわたくしが捨て鉢になって選ぶ!?!? ……馬鹿にしないでくださいましっ!! わたくしは薫織のご主人様でしてよ!! ……彼に顔向けできないような選択、するわけないでしょうがっっ!!」
不敵な笑みを浮かべる流知の背後。
薫織の傍には──嵐殿が佇んでいた。本体ではない。流石に本体が移動するのに気付けないほどピースヘイヴンの集中は乱されていなかった。流知の変節とそのシキガミクスに対する警戒と説得、それによって全神経が流知へと集中した数瞬の隙間を縫うようにして、継ぎ接ぎ仕立ての救済が薫織の元へと移動したのだ。
「師匠、薫織をお願いします。カガミサマのところに運べば、きっとまだ間に合うはずっ……!!」
「それには及ばない」
嵐殿の姿をした継ぎ接ぎ仕立ての救済が、倒れ伏す薫織を見下ろす。
シキガミクスゆえか、表情の存在しない冷たい相貌。それを見上げて、薫織はぽつりと呟く。
「…………嵐、殿」
「喋るな。……『継ぎ接ぎ仕立ての救済』」
継ぎ接ぎ仕立ての救済がその場に屈むと同時、ギュオ!! とその姿が薫織のものへと変化する。
変化はそれだけではなかった。
まるで画面が切り替わるかのように突然に、継ぎ接ぎ仕立ての救済の脇腹にぽっかりと赤黒い穴が空いた。それと引き換えに、薫織の脇腹が何事もなかったかのように修復される。
──『移植』。
衣服すらも、瞬時に回復していた。
「解除、っと」
薫織の声で呟いた継ぎ接ぎ仕立ての救済の一言と同時に、その姿がブレる。
先程までの不自然なほどに人間的な姿から──脇腹が破損した狼頭の獣人型シキガミクスの姿へと。
「…………まんまとハメられたという訳か……っ!」
此処に至り、ピースヘイヴンはほぼ状況を理解していた。
つまり、流知がシキガミクスを破損させる云々は完全なるブラフ。自暴自棄になったように見せたのもただの演技で、ピースヘイヴンの注意をごく短い間でも自分に集めて嵐殿が薫織を治療する為の隙を与えたという訳だ。
──もっとも、嵐殿の霊能を知らない流知は、自分が戦場に取り残されるのを覚悟の上で薫織を戦場の外へと運び込むつもりで買って出た囮役のようだったが。
嵐殿の霊能が『移植』であることはほぼ読めていた。つまりピースヘイヴンはこの展開を読めていてしかるべきだったが──流知の気迫に呑まれた。『この女はやりかねない』。そう思わされた時点で、この状況に辿り着くのは確定していたのかもしれない。
「だが!!」
明確な失策。
しかしピースヘイヴンの精神は、〇コンマ一秒の停滞もせずに次の手を叩き出していた。
「園縁君の治療の為にシキガミクスを離したのは失策だったな、柚香! お前自身のガードががら空きだぞ!!」
ピースヘイヴンが嵐殿へ向き直ろうとしたのと、ほぼ同時に。
『いや待て「私」!! 飛躍する絵筆が発動している! そちらに意識を向けていては間に合わなくなるぞ!!』
崩れ去る定説からの警告で流知の方を向き直り、そしてピースヘイヴンは目を疑った。
流知が床に突き立てた飛躍する絵筆から──赤い紋様が『唯神夜行』のシキガミクスへと伸びているのだ。
先程流知は『突き立てる』という表現を使ったが、飛躍する絵筆の霊能は穂先が触れたところから伸びるように発動していく。それならば、別に直接突き立てずとも床や壁を使って離れた場所にも絵画を描けるのは自然のなりゆきである。
「ば、かな……!?」
今度こそ、ピースヘイヴンの思考は混乱の渦に叩き込まれた。
崩れ去る定説に流知を叩かせる為に跳躍させながら、ピースヘイヴンは叫ぶ。
「馬鹿なことを!! 自暴自棄の自爆はしないんじゃなかったのか!? 何故……!」
「馬鹿はアナタですわよ!!」
しかし、流知は一寸の躊躇も迷いもなく、明確に断言した。
「薫織が無事なら、たとえ何があったってわたくしを守ってくれるに決まっていますわ!! ならもう『唯神夜行』の暴走なんてノーリスクも同然でしてよ!! ……あまり、わたくしのメイドをナメるな!!」
ゴッギィィィィン!!!! と。
その信頼に応えるように、崩れ去る定説の拳が受け止められる。
受け止めたのは──
「……やれやれ。病み上がりにメチャクチャ言ってくれるお嬢様だぜ」
黒髪紅目。場違いなコスプレ衣装に身を包んだ──筋金入りのメイド。
園縁、薫織。
即座に、今度はピースヘイヴンが動く。着用型の汎用シキガミクスーー『ターミナルスカーフェイス』による補佐を受けた肉体が、過たず流知を狙うが、それは狼頭の獣人に防がれてしまう。
「シロウ……!!」
「年貢の納め時だよ、トラ。……お前の野望は、ここに潰えた」
崩れ去る定説は、薫織に。
ピースヘイヴンは、継ぎ接ぎ仕立ての救済に。
二つの刺客が抑えられた結果、流知が描いた内部血路は『唯神夜行』のシキガミクスまで到達し。
直後。
時の流れが、破綻した。
| 17 崩れ去る定説 ① |
| >> RAGE AGAINST THE WORLD act1 |
そこはまるで、大破した宇宙船内部のようだった。
それまで戦場だった体育館──正確にはその空間全体の至る所に亀裂が走り、その奥から星空のような闇が覗いている。
そして、あらゆる物質が静止していた。
飛躍する絵筆から伸びる赤黒い紋様も、戦塵も、薫織も、継ぎ接ぎ仕立ての救済も、そしてピースヘイヴンや崩れ去る定説自身まで、この世の全てが動きを止めていた。
「……危ないところだった……」
そんな中で、ピースヘイヴンはひとり呟く。
と同時に、世界が運動を再開した。──過去へと。
飛躍する絵筆から伸びる赤黒い紋様が、先端からどんどん消えていく。継ぎ接ぎ仕立ての救済とピースヘイヴンの距離が離れていく。薫織と衝突した崩れ去る定説が元の位置へと戻っていく。
まるで、時間が逆行しているかのように。
「まさか……遠歩院君が此処までやるとは思っていなかった。彼女はただの紛れ込んだ一般人だと……稀有な霊能を持つだけの非戦闘要員だと……。侮っていた。心からお詫びする、遠歩院君」
逆行に身を任せながら、ピースヘイヴンは言う。
そこで、世界は再度動きを止めた。
「そして崩れ去る定説。この世の『時』を五秒だけ巻き戻した……」
グッ、と。
ピースヘイヴンは屈み、ステージ上に転がる天井の破片を拾い上げた。
同様に世界が徐々に歩みを再開し始める中、ピースヘイヴンは独白する。
「『一秒』。一秒だけ……世界は私の霊能に追いつけない。『時の慣性』と、私はそう呼んでいるが……。そしてその時間、私と私の魂魄を保有している崩れ去る定説のみが!」
ピースヘイヴンは改めて流知の方を見る。
位置的に、流知を直接狙うことは不可能だった。立ち塞がった薫織が盾になっていて、ここから一秒以内に流知を直接攻撃することはほぼ不可能。──できたとしても、直後に手痛い反撃を食らうことになるだろう。それでは、『唯神夜行』への干渉を防げても先がない。
「『時』を『書き換える』。……それが私の霊能、崩れ去る定説……即ち『改稿』だ。もっとも、『時の慣性』に囚われている君達には聞こえていても認識できないだろうが」
ピースヘイヴンはそこで、薫織の身体の端から僅かに飛躍する絵筆がちらついているのを確認した。霊気を帯びたシキガミクスは、通常の物質では破壊することはできないが──破壊できないだけで、移動させることはできる。
つまり。
先程拾った瓦礫片を投擲することで、流知に飛躍する絵筆を取り落とさせることは可能。
「重ねて言うが本当に危ないところだった……。遠歩院流知。間違いなく、これまでで一番私を追い詰めたのは君だったよ」
ドヒュ!! と、ピースヘイヴンが飛躍する絵筆目掛け瓦礫片を投擲する。
投擲された瓦礫片は過たず飛躍する絵筆に命中し、飛躍する絵筆は弾かれて霊能も中断される。──これで、『唯神夜行』の阻止は無効化された。
「……やれやれ」
庇うように流知の前に立った薫織がそう呟いた瞬間、ピースヘイヴンと崩れ去る定説以外の全てが『時』に追いついた。
「……………………流知」
「いったた……。大丈夫ですわ。何かされたみたいで、飛躍する絵筆を落としちゃってますけど……」
「そうか……。……、……いや、ありがとう。助かった」
薫織は、喉まで出かかった謝罪の言葉を呑み込んで、素直な感謝を口にした。
そして、後ろで張り詰めた流知の雰囲気が少しだけ綻んだのを感じ取り──自分の選んだ言葉が間違っていなかったことを悟る。
「どんなもんですか。わたくしだって、やるときはやるんですのよ?」
「ああ……そうだな。流石は私のお嬢様だ」
ステージ上には、中央の『唯神夜行』を秘めたシキガミクスを挟むようにして、ピースヘイヴンと薫織、継ぎ接ぎ仕立ての救済、そして流知が向かい合う。
ステージの下では、崩れ去る定説と嵐殿が向かい合う形となっている。
「崩れ去る定説! こちらに!」
『分かった』
人数不利を解消する為、崩れ去る定説を呼び寄せるピースヘイヴン。
状況は、振り出しに戻った。──いや。
(……継ぎ接ぎ仕立ての救済、だったか。あの霊能……傷の『移植』もできるとしたら厄介だな……。私が触れられた時点で姿をコピーし、あの大怪我をこちらに『移植』される可能性がある)
見たところ継ぎ接ぎ仕立ての救済の動作に陰りは見られない。ということは、強力な即死技を入手した分相手の方が有利になったと見るべきだ。もちろん『破損部分は「移植」できない』という縛りがある可能性も十分考えられるが、この状況での楽観視は即・敗北に直結するのだから。
その事実を踏まえ、ピースヘイヴンは尚も不敵に笑う。
「それでこそだ。我が野望の最後に立ちはだかる難関達よ。そのくらいの強敵でなければ、越え甲斐というものがない!!」
「言ってろ、落第黒幕め」
両手を広げ高笑いをするピースヘイヴンに対し、薫織は腰を低く落として拳を構える。
────最終ラウンドが、幕を上げた。
| 紳士然とした風貌の筋骨隆々とした人型シキガミクス。 体長は二メートル前後。紳士服のような意匠で、遠目に見たら人間と見紛うような見た目。ただし、カメラの瞳にスピーカーの口と、顔は一目見れば分かる程度に機械的。 術者の魂魄の一部を『封印』することによりシキガミクス自身の判断で行動する自立稼働を可能としている。なお、術者とシキガミクスで自我は共有している。 『時』を書き換える能力。 霊能を発動すると、まずこの世の『時』が最大五秒まで巻き戻る。術者だけが巻き戻った後も未来の記憶を保持したまま行動を変更し、『時』を書き換えることができる。 『時』を巻き戻してから一秒ほどは『時の慣性』とでも言うべき力が働き、術者以外の存在は本来の時の流れの通りにしか現実を認識できない。その為、術者以外から見たら認識が追い付いた瞬間に突然直前までの状況が変化したように見える。 (術者がナイフで刺された瞬間に『時』を書き換えて回避した場合、刺されて致命傷を負ったはずの術者が復活してさらに瞬間移動をしたように認識される) 『時』を巻き戻す時間は一秒未満を設定することはできず、能力発動後は再発動までに一〇秒ほどのインターバルが必要となる。 元々術者が生まれつき備えていた霊能も、上記と完全に同じ。また、陰陽術を極めている為シキガミクスなしでも霊能を行使できる。 このシキガミクスに霊能の調整・補助機能は存在しておらず、その神髄は魂魄の一部を『封印』している部分にある。 魂魄の一部を『封印』したこの機体は、術者と同様に自分の意志で霊能を発動することができる。 また、霊能発動中でも『時の慣性』を無視して自立稼働することができる。(逆もまた然り) 本来は上述の制限の為、発動する間もなく失神・即死した場合は『時』を書き換えることもできなかったが、このシキガミクスがあることで、シキガミクスと術者が霊能を発動する間もなく両方とも思考能力を奪われない限り、不死身となった。 なお、他方の霊能発動中やインターバル期間中にさらに霊能を発動して時を巻き戻すことはできない。 |
| 『崩れ去る定説』 |
|---|
| 攻撃性:100 防護性:100 俊敏性:80 持久性:70 精密性:80 発展性:70 |
※100点満点で評価