【改稿前版】唯神夜行 >> シキガミクス・レヴォリューション 作:家葉 テイク
画:レナルーさん(@renaru_ex) |
メイド服型のシキガミクス。 服の生地に織り交ぜたり、各種装飾に備え付ける形でシキガミクスを実装している。 その為、普通の衣服でありながらシキガミクス相応の防御力を備えている。
『女中道具』を取り寄せる能力。 この『女中道具』は前以て作成した『裏階段』に保管されている物品で、発現した段階でシキガミクスの一部として扱われ、霊力によって強化される。 『裏階段』に保管してさえいればどんなものでも『女中道具』として扱うことができるが、本体のこだわりの為『掃除用具』『調理器具』『食器類』『食材』『寝具』以外のメイドに関係なさそうな物品はほぼ置かれていない。
『裏階段』は屋根と壁がある屋内にシキガミクスと同様の陣を床一面に記せば最大で一〇個まで作成可能で、現時点で貸倉庫や洋上のクルーザーなど全国に七か所ほど『裏階段』が存在している。
元々は瞬間移動系の霊能だったが、本人の類稀なメイド欲によって物品のアポート能力に調整されている。
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『 |
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攻撃性:70 防護性:70 俊敏性:70 持久性:90 精密性:90 発展性:95 |
20 崩れ去る定説 ④ |
>> RAGE AGAINST THE WORLD act4 |
『な……何ィ!? 園縁君が消えたッ!?』
「落ち着けッ! 『私』! 彼女の霊能の基盤は『瞬間移動』……どこかに転移した可能性はあるが、
ピースヘイヴンは、薫織の霊能の隠された機能──『「裏階段」への転移』を知らない。薫織にとってはこれは『女中道具』の整備の為の機能なのでほぼ使わないと同時に、非常時の緊急回避だから完璧に秘匿していたのだ。
嵐殿すらもこの応用は知らず──知っているのは流知のみである。(そして彼女はこの局面に至るまでその機能のことを忘れていた。あまりにも使われなさ過ぎたので)
ゆえに、ピースヘイヴンはこう考える。
その為に周辺を走査するのに使った〇・一秒の注意。──その注意が、勝敗の分かれ目となった。
ブア、とマッチの炎が
さらに炎が全身のカメラを覆って頭上への警戒力が低下したその一瞬──
「『三秒後』の
薫織の全体重を載せた踵落としが、
『ば……かな……』
炎熱による内部回路の破損に加え、無防備な頭部から全身を貫く渾身の衝撃。それを受けた
そして──そこへギリギリ間に合わなかったピースヘイヴンの襲撃も、薫織の蹴りによって文字通り一蹴される。薫織は
「勝負はついた。
その言葉を、ピースヘイヴンは黙って聞いていた。
呼吸は荒く……その顔には大粒の汗が幾つも流れている。
「複数シキガミクスの並行稼働。そのデメリットがモロに出ているみてェだからな」
「…………何なんだ……いったい……」
ピースヘイヴンは、呻くように呟いた。
「何なんだ、君は……。君だって分かっているはず。『シキガミクス・レヴォリューション』では駄目なんだ……! アレでは世界は守れない。だが、私の計画ならばそんな不確かさは存在しない。『神様』と原作者、世界を運営することができるだけの力があれば、安全に世界の危機を取り除く道筋だって見える。それを私情で邪魔をするのであれば……君達は自分の感情でみすみす世界を危険に晒す大罪人になるぞ?」
息も絶え絶えに、ピースヘイヴンは薫織のことを糾弾する。
世界の運営。その重大すぎる責任を口にしながらも、ピースヘイヴンはちっとも臆した様子を見せない。だが、薫織もまたたじろぐ様子は見せなかった。
「お得意の詭弁だな。──『唯神夜行』によってテメェが世界の運営権を握れるとして、今この世界の運営権を握っている連中はどうなるよ」
「…………、」
「『シキガミクス・レヴォリューション』という作品において社会の運営を担っていた実力者達……『オオヒルメノミコト』率いる神宮勢力や『スサノオノミコト』、『奥の院』のような世界の裏側で暗躍する連中がテメェの台頭や世界の管理を黙って見ているとは思えねェ。……間違いなく戦争になる。そしてそれによる被害も生まれる。だろ?」
ピースヘイヴンは、答えない。そこに、ピースヘイヴンの欺瞞があるのだ。
つまり、『唯神夜行』は安定した世界の運営を約束するが、それと引き換えに旧体制との衝突による短期的な大量の被害を確実に生むということ。
その指摘を受けて、ピースヘイヴンは観念したように頷いた。
だが、その瞳から力は失われない。
「……認めよう。確かに私のやり方では短期的な衝突は発生するだろうし、それによってダメージを負う組織や意義を失う勢力もある。だが、それらは最悪の事態に比べれば微々たるリスクだ。あの
ピースヘイヴンは胸に手を当てながら真剣に語り、
「それに、この世界は最早『シキガミクス・レヴォリューション』ではない。一歩間違えば世界が滅ぶシナリオで、これほど大量のイレギュラーが生じてしまった。最早原作者である私にすら管理することはできない。だから、この
「……、」
「それとも、名作の出来事が消えてしまうのが惜しいとでも考えているのか? だとすればそれはナンセンスの極みだ。世界をコンテンツとして見ている楽観論に過ぎない。あらゆる前提が狂ったこの世界では、もはや主人公が主人公としての働きをしてくれるかどうかさえ定かではないのだから」
両手を広げて、ピースヘイヴンは語る。
この
こんな
自分がこれから築き上げる
「で、テメェはどうなる?」
それに対し。
薫織は、心底呆れ返った表情で問い返した。
「…………………………は?」
想定の埒外の切り返し。余りの想定外に、ピースヘイヴンの思考は一瞬空白で染められた。
「テメェの言う『危険のない世界』が成立して、最小限の犠牲で世界が運営されていくようになったとして、だ。そんな世界で、世界を上手く回す為の歯車として永劫に機能し続けるであろうテメェは何のメリットを得る? って聞いてんだよ」
「……そんなものは……」
不要だ、と言おうとして、ピースヘイヴンは一瞬だけ口を噤む。その間隙を縫うように、薫織は続けた。
「テメェの救済は、そもそもテメェ自身が救われることを度外視している。当たり前だよなァ。テメェの陰謀はテメェ自身の罪の意識から出発したモンだからだ。……黒幕さえも幸せにならねェような陰謀が、世界をよりよい形にする? ンなしみったれた野望、信じられる訳がねェだろうが」
薫織は苛立ちすら見せながら右手で頭を掻き、
「大体よォ……どいつもこいつも、浪漫が足りてねェんだよ。明日世界が存続するかも分からねェから……誰かを食い物にして自分の身を守る? そうなった原因に対して復讐をする? 自分自身さえも犠牲にしてシステムを刷新する? ……全く以てくっだらねェ!!!!」
叫びながら、薫織は拳を握る。薫織の眼前で燃え盛る炎は、まるで彼女の怒りを示しているようですらあった。
「テメェの作る全く新しい
「……………………こんな現状を生み出した筋書きごときなど、もう未練なんてない。ハッピーエンドなどとうに望めなくとも……せめて、せめてバッドエンドだけは回避する責任が私にはある」
「何がバッドエンドだけは回避する、だ……」
そして、薫織は炎を踏み越えた。
業火を背にしながら、薫織は一つの事実をピースヘイヴンに突きつける。
「テメェが作り出したその世界がいかに上等でも! その光景を見ているテメェ自身が完璧に救われてなきゃ、その結末は〇点のクソバッドエンドシナリオだろうが!! テメェは! この世界中の人間に! 『私たちは貴方の犠牲のお陰で幸せに暮らしていけています』なんてクソみてェな十字架を背負わせる気かっつってんだよ!!!!」
「……だったらどうしろと言うんだ」
薫織の語調に引きずられるように、ピースヘイヴンの声にも徐々に感情が乗っていく。
「現にこの世界は
「自分の罪を認めるのは結構なことだ。……だが、テメェが生み出した
「……なに?」
そこで。
ピースヘイヴンはようやく気付く。ステージ上に立つ流知が、いつの間にか
「あッ──」
『唯神夜行』の内部血路の書き換え。
それを危惧したピースヘイヴンの予想を大きく上回って、流知は無言で壁に絵筆を突きつけた。
その瞬間、霊能が発動する。
──そこにあったのは、大勢の人間の笑顔だった。
構図は、上空から地上に立つ人々を描いたもの。空を見上げた老若男女が、みな屈託のない笑みを浮かべているイラストだ。
白を基調とした学生服を身に纏った黒髪の少年。少年の傍らに寄り添うように佇む和服を纏った白髪の少女。老境に差し掛かった小太りの男。高飛車そうな顔つきの金髪の少女。豪快な印象の和装の男。雅な印象の和装の女。
それこそ数十人単位の人間や人外が一堂に会して幸せそうな笑みを浮かべている光景が、ステージの壁面全体に
「…………こ、れは…………」
「
気付けば、ピースヘイヴンの背後から嵐殿の声がした。
振り返ると、押し倒されて気絶していた嵐殿はフラフラとよろめきながら立ち上がっているところだった。
「『ラストシーンは、これ以外にあり得ない』『真っ先に天国に逝っちまったあの馬鹿を、皆が笑顔で見送る。それが
言われて、気付く。
あのイラストの全員が、
「……大好きな場面ですわ。中学生のときにはじめてこの作品を読んでから……いっぱいこの場面を模写しました。他にも色々……それがもとで、わたくしはイラストレーターを志すようになりましたの。だから今でも見ないで描けましてよ。…………このシキガミクスを設計して……この世界に
「………………こ……こんな……こんなことが……」
ピースヘイヴンの身体が、よろめく。
それは身体のダメージなんかではない。もっと根幹にある『何か』に強大すぎる衝撃を受けたことで、魂の芯が揺らいだのだ。
「テメェは知っているはずだ」
そこに、薫織が言葉を紡ぐ。
「物語の最後。最後の最後に生じた三千世界の崩壊に向かって、人間も怪異も、清貧なる聖女神も権力にまみれたタヌキジジイも、全員が全員一丸となって『
──『シキガミクス・レヴォリューション』は名作だった。
原作小説だけに飽き足らず、コミカライズ、ボイスドラマ、アニメーション、劇場映画、スピンオフ、あらゆるメディアミックスは成功をおさめ、そして世間はみなその物語を読んで束の間、空想の世界を満喫した。耐えがたい災害によって大切なものを奪われた子どもたちが、空想の世界で心を癒し立ち直るだけの活力を育むことができた。
その物語に特殊な効能があるわけではない。ただ、その希望の物語が──誰かの心を奮い立たせることができたというだけの話ではあるが。
だが、それはとあるメイドにとっては世界を揺るがすほどの大偉業だったに違いないはずなのだ。
「物語と同じような奇跡がきっと起きてくれる……なんて楽観じゃねェ。現実にこの世界にはハッピーエンドを掴み取ることができるほどの千両役者が大勢いて、この世界の奥の奥まで知り尽くしているテメェがいて、そして世界もテメェも救いたいと願う
答えは、なかった。
ただ、ピースヘイヴンは静かに膝を突いた。それが、全ての事件の終着を意味していた。
そして、それが合図となった。
どぐん、と。
唯神夜行が、鳴動する。
「な……!?」
突如ステージの方から発生した波動に、薫織は茫然とした視線を向ける。
小心者の流知は脱兎のごとくステージから転げ落ちて逃げ出しており、そこだけは安心できたが──しかし、それ以前の問題が発生していた。
『唯神夜行』を内包していたシキガミクスから、大量の霊気が迸りつつあるのである。
「…………そうか」
小さく、ピースヘイヴンが呟いた。
「おかしいとは思っていた。私の計算は完璧だったはずなのに、何故園縁君を霊気の奔流が直撃したのかと。……あそこから、既に計算は狂っていたんだな」
「おい、どういうことだ黒幕野郎。まさかテメェまた……」
「ああ、私の失敗だなこれは」
「このおバカ!?!?!?」
胸倉に掴みかかろうとする流知だったが、これは薫織によって抑えられる。
「『唯神夜行』は通常の『
「何ですのそれ!? それじゃあつまり、アナタは自分が生み出して利用しようとした神様の挙動を読み違えて勝手に大ピンチに陥っているってことですの!?」
「まぁ、そうなる」
「このおバカ!! ええい離して薫織! この人三発くらい叩いても許されると思う!!」
「落ち着け流知。半殺しにしても許されるレベルだが、一旦待て」
流知を宥め、薫織はピースヘイヴンの様子を見る。
己の策謀が暴走したにしては、ピースヘイヴンは落ち着き払った様子だった。
「なに、問題といっても、不完全な神様の誕生と共に霊気の奔流でこのあたり一帯が更地になるだけだ。大した問題じゃない」
「そんなの大問題に決まって……っ」
「
黒幕の言葉に、その場が凍り付いた。
「私を誰だと思っている? 霊気の挙動を知り尽くし、そして霊気操作を極めて独力での霊能発動を可能にした人間だ。端的に言って、その気になって適切な準備を整えれば神様になることすらできるレベルだぞ」
ピースヘイヴンは少しだけ誇らしげに胸を張って、
「その私が魂を使い潰すレベルですり減らせば……まぁ、霊気の奔流程度なら十分相殺可能だな。中の神様は……この鳴動だ。放っておいても術式の不発に伴って存在の維持すらできずに消えるだろう」
「アナタ……この期に及んでまだそんなことを言って……!」
つまり──自己犠牲。
自分が死ぬことによって、その計画を全て無に帰し丸く収める、と。この黒幕はそう言っているのだ。
そして黒幕は困ったように笑いながら、こう続けた。
「ところが、ここで一つ計算外の事象が発生した」
「この上、さらに何かあるんですの!?」
「ああ。……なんと、私は死にたくなくなってしまったんだ」
そんな、当たり前の欲望を。
「それこそ『この期に及んで』……と思うかな。だが、諦めていたのに……今更になって見たくなってしまったんだよ。
それこそが。
それこそが、おそらくはこの世界に蔓延っていたとある
そして、そうした
だから、二人は静かに語り合う。
「ねぇ、薫織。お願いがあるのですけど」
「なんだ、お嬢様」
ここまでくれば、あとはもう単純だとばかりに。
令嬢は、メイドに命ずる。
「あの馬鹿な黒幕を……いいえ。わたくし達を……陳腐な
「仰せのままに」
そしてメイドは、獰猛に笑った。
「さァ────『ご奉仕』の時間だ」
「こんなモンに、奇跡や気合は勿体ねェ」
今にも暴走しそうな『唯神夜行』を前にして、薫織は鼻で笑うように言い切った。
『時』すらもその手中に収めた黒幕を下したそのメイドは、あくまでも不遜に、
「勝つなら完膚なきまでに、瀟洒でスマートな勝利を。それがメイドだ。……っつーわけで」
その手に、一枚の紙が現れる。一面に何らかの図式が描かれた、正方形の紙だ。
薫織はそれを流知に手渡す。
「これは?」
「逆転の一手。……そいつを床一面に描いてくれるか? 材質は
「わ……分かりましたけど……」
突然の指示に怪訝そうな表情を浮かべながらも、流知は床面に絵筆を突き立てて霊能を発動し、薫織が渡した紙の通りの紋様を地面に描いていく。
それを見ながら、薫織はゆっくりと語り始めた。
「
取り寄せと、解除。
瞬時に多彩な物品を取り出し扱うことができるのが、
「そして……
「……なるほど、アレはそういうカラクリか……」
ピースヘイヴンは納得するが、しかし流知は首を傾げたままだった。
「そこは既に知っていますわよ。問題は、その霊能を使ってどうやってこの状況を解決するのかってところではありませんの? 今聞いた限りでは、どうしようもないように思えるのですが……あっ、終わりましたわよ」
「あァ。まァ論より証拠だ。まずは見てな」
薫織は軽い感じでそう答えて、
──そこは、大海原の只中であった。
雲一つない晴天。穏やかな水面。波間で揺れるそのクルーザーは、三六〇度全方位を海に囲まれている。丘陵めいて波立つ海面の向こうには、島の一つも確認できない様子だった。
太平洋。
此処がそう呼ばれる海域であることを、それらの情景が如実に示していた。
太平洋の只中で太陽の光を反射する真っ白い船体には、『第六裏階段』という文字が記されている。
そして──薫織はその上に佇んでいた。
「
『裏階段』への瞬間転移。
これが策の第一段階だ。そして次の段階で、ひとまず
「そして流知に刻ませた陣により……
ここでもう一度、
薫織の個人的なこだわりから取り寄せる物品は『掃除用具』『調理器具』『食器類』『食材』『寝具』といったメイドの業務に関係する物であることが大半だが、別に霊能的な制限がそこにあるというわけではない。
つまり。
「『
ズ──と。
掲げた薫織の手の先に、禍々しい気配を放つ一本の木剣が現れる。
『唯神夜行』。
その術式と、神様を生み出すほどの霊気を封入された邪剣は──こうして学園から切り離された。この時点で、霊気の奔流によって大量の被害が生じることはない。薫織の目的も、達成されたも同然だった。
ただし。
「……残念そうだなァ、
薫織は、ゆったりと呼びかけた。
『唯神夜行』のシキガミクスに──否、
最初から、不自然ではあった。
神様の発生により、その霊気を取り込むという挙動で計算が狂い、術式が暴走した?
ピースヘイヴンの分析は確かに的を射ている。だが──にしたってタイミングが最悪すぎるとは思わないだろうか。
一度目は霊気の奔流が薫織の脇腹を直撃するように。
二度目はピースヘイヴンが自らの負けを認めた直後に。
まるでより盤面を混沌に陥れられるタイミングで暴れているような、そんな悪意すら感じるような動き。
そして──何より、『霊気の吸収』は別に神様の存在が成立した時点で自動的に発生するわけではないのだ。あくまでも、
そうではないとすれば──残る可能性は一つ。
明確な、悪意。
ゆえにこそ、薫織は決断する。
この神様を、世に放ってはならないと。
「行き違いだったら悪りィからな。一応弁明は聞いておくぞ。何か言い分はあるか?」
『………………………………』
しかし、シキガミクスの奥にいる神様は何も語らない。
語れないのではなく、語らない。──そう直感できるほどに、生々しい沈黙がそこにあった。
薫織は溜息を一つ吐いて、そして言う。
「分かった。じゃあ──こっちも遠慮しねェ」
直後、薫織の身体が天まで跳ねた。
大量の『女中道具』を足場代わりにして、そして空まで駆けあがったのだ。
一気に三〇メートルほどの高さまで飛び上がった薫織は、船上の木剣に焦点を合わせると、今度はまるで逆回しの映像のように船へと駆け下りていく。
シキガミクスの奥にいる神様も──それを黙って見ているわけではない。
迸るのは、紫電。
霊気の奔流が、雷のように流れて薫織を突き破らんと弾かれる。──それは、かつて薫織が手も足も出ずに瀕死の重傷を負わされた一撃。まさしく雷速のそれは、いかに霊気で強化されていようと人間の身では回避することも叶わない。
まさしく、神の一撃。
「……自然現象気取ってんじゃねェぞ、怪異風情が」
その一撃は、薫織の脇腹を庇うように発現されたナイフの束によって完全に防がれていた。
「テメェの一撃がどれほど速かろうが、その根底に悪意が、意図があるのならそれを先読みして行動することは誰にだって可能だ。……分かるか、神様」
神の一撃を掻い潜ったメイドは、落下の加速をその足先に乗せて、神様に告げる。
「テメェの負けだ。おとなしく幽世にすっこんどけ!!!!」
メイドの蹴りが、木剣を叩き割り。
直後、大規模な霊気の奔流が、クルーザーごと周囲五キロメートルに破滅的な爆風を撒き散らした。
「か、薫織!!」
同時刻。
園縁薫織は、ウラノツカサの第七体育館に存在していた。
その右足は、よほどのダメージを負ったのかグチャグチャになっていたが──
「か、薫織ぃ……あ、足、足が! た、た、大変! 師匠! 師匠! 薫織の足が、足が! 早く治さないと!!」
「いちいちそんな世界の終わりみてェな顏すんな。最初から嵐殿に治してもらうのをアテにしてる覚悟の負傷だっての」
「はいは~い。正直今も頭クラクラなんだけど……放っておくと命の危険っぽいし、お姉さん頑張っちゃおっかな~」
左足だけでケンケン歩きになりながら、薫織は狼狽する流知の頭をぽんぽんと撫でる。
そんな薫織に肩を貸しながら、ピースヘイヴンは静かに問いかけた。
「……どうなった?」
「いちいち説明が必要か? ……決着つけてきたよ。テメェの陰謀全部にな」
「…………」
その言葉に、ピースヘイヴンはただ沈黙を守った。
感謝をすればいいのか、謝罪をすればいいのか。とにかく、世界は救われた。大げさではなく──『シキガミクス・レヴォリューション』という
良くも悪くもその
そんなピースヘイヴンに、薫織は軽い調子でこう続けた。
「これにて、ご奉仕完了。……どうだ
「…………ああ、そうだな。完敗だ、ヒーロー」
「何言ってんだ」
全ての陰謀の元凶の肩を借りながら。
世界を救った女は、笑いながら返す。
「ヒーローなんてガラじゃねェ。
次回は3/21 20:00に更新予定です!次回、第一部最終話!