【改稿前版】唯神夜行 >> シキガミクス・レヴォリューション 作:家葉 テイク
「…………こんな世界、か」
──コスプレメイド、
彼女の半生は、まさしく『破天荒』と呼ぶに相応しいものだった。
陰陽術の名門・
単なる無鉄砲かと思いきや、修得した陰陽術で民間陰陽師として普通に名を馳せるわ、盆と正月には帰省するものだからいつしか
そうしていつしか『
しかし、この名物メイドの半生を語る上では、幾つかの説明不能な謎があった。
何故、これほど早く、そして高度に陰陽術を扱うことができたのか。
何故、幼くして出奔して一人で生き抜こうなどと思ったのか。
何故、そのままたった一人で一〇年近く社会活動を営み、大成できたのか。
「
何故、そんなにも──
「アナタこの前、
──転生。
それらの疑問に答えるならば、ひとまずこの答えが分かりやすかろう。
端的に言えば、
このウラノツカサで確認されているだけでも、およそ一〇〇人。転生者であることを他者に隠している者も含めれば二〇〇人はくだらないだろうと言われ、ウラノツカサの全校生徒のおよそ二割弱は転生者が占める計算となる。先ほどの青髪の少女もそうだし、
「……ああ、わたくしできることなら、あと五〇年早く生まれたかったですわ。そうすれば平和な時代のうちに『シキレボ』の世界の楽しいところを思うさま堪能して寿命で死ねましたのに……」
「お嬢様、七〇弱じゃ人間死ねないモンだぞ」
「そんなこと言われても、わたくし前世の享年は三〇前でしかも病死でしてよ! 人生一二〇年とかとんだ欺瞞ですわ!!」
うんざりしたように肩を落とす
「それに、五〇年前だとちょうど『陰陽再黎明編』のあたりだから今より治安悪いし」
「どの時代も最悪ですわよねぇこの世界!! 救いはないのぉ!?」
「お嬢様。口調、口調が崩れていますわよー」
本格的に項垂れてしまった
「救い……救いねェ」
『シキガミクス・レヴォリューション』の世界は、確かに危険と隣り合わせである。
何しろ怪異との遭遇事件が日本人の死因のトップ10にランクインしているし、政府は怪異対策に追われていて陰陽術犯罪に対する法整備すらろくに整っていない。
「……『草薙剣』があれば、他の皆さんもまだ未来に希望を持てたんでしょうけど……」
──ただし、そんな世界にも救いはあった。
『草薙剣』。
神話に語られる剣と同じ名を持つ、『陰陽革命』初期に作成されたシキガミクスだ。
その刃は
『原作』においても、この『草薙剣』は何度となく主人公一行ひいては世界を救うキーアイテムとなっていた。
このように、『シキガミクス・レヴォリューション』という物語では
「…………なんか
しかし、それは一つ歯車が狂えば『逃れられないバッドエンドが幾つも転がっている世界』という事態にもなりかねない。
そしてそのトリガーは、割合間近に迫っていた。
背中を押されるがままに歩いていた
「多分、転生者の誰かが持って行っちゃったんだと思うんですけれど……客観的に見ればヤバイなんてもんじゃないですわよ。『原作』が始まるの、三日後ですわよ。三日後」
──それは、『シキガミクス・レヴォリューション』の物語の最初。
そこで一度、世界は滅亡の危機に瀕することとなる。
人為的な事件ではない。陰陽術を学ぶ場所である『ウラノツカサ』では、島中に日常的に霊気が発散される環境が生まれている。この環境は霊気が大量に滞留することで暴走を起こす
『シキガミクス・レヴォリューション』一巻ではこの『草薙剣』を私欲の為に奪おうとする敵が登場し、それに対し主人公達が立ち向かっていくことになるのだが──この世界では既に、その『草薙剣』が紛失してしまって存在しない。
もちろん、転生者達はまず最初にこの『草薙剣』の復元もしくは代用を考えた。
しかし、『草薙剣』は
つまり、いわゆる一つの、詰み状態。
しかも、『草薙剣』ほどの超重要シキガミクスの紛失なんて事実は公表できないので、転生者達は『ウラノツカサ』に入学し、それなりに学園の状況に精通するようになってようやくこの事実を知るわけなのである。
知った時には、既に手の打ちようがなくなっているこの地獄。
「しかも、物語全体から見れば、あそこは別に大一番ってわけではありませんもの。ステージ1で、もうこの体たらく。その後の波乱万丈の物語を考えたら、『原作』開始直前のこの時期に学園にいる生徒の何割かはもう自暴自棄なのかもしれませんわ……」
ご覧の有様である。
数日後の逃れられぬ
世界の危機は、この世界が『シキガミクス・レヴォリューション』の世界である限り当然のように降りかかる。そんな『世界の流れ』に対し、一個人ができることなど限られている。であるならば──現状に絶望し、『世界の危機によって全てが終わった後』を見据えた行動を取るのが賢い選択になるのかもしれない。あの、青髪の少女のように。
ただし。
「
そこで、
「世界の現状がどうだろうが関係ねェ。『やりたいこと』があるから、その為にも世界は終わらせねェ」
地下鉄のホームのようにだだっ広い廊下を進んだ、その終着点。
彼女達の前には一つの教室──より正確には『部室』があり、スライド式の引き戸には『ライトノベルイラストレーション研究部』という胡乱な看板がかけられていた。
「その為に、
ニッと勝気に笑うメイドの横顔に滲む不敵さは、そうした絶望や無力感からはかけ離れていた。
03 世界を諦めない者| >> CREATER B | |
──何も、
このコスプレメイドをはじめ世界の現状を正しく認識した上で『世界の破滅』を回避する為に活動している転生者も、相当数いる。何もすべての転生者が世界の行く末を悲観しているわけではないのだ。
そうした転生者達を分類する手軽な区分は、こうした『部活』であった。
『シキガミクス・レヴォリューション』は序盤の主な舞台が学園内である関係上、多くの組織が部活動の形で登場する。
『ウラノツカサ』では部活動は申請さえすれば生徒が自由に設立できる為、数々の胡乱な部活が誕生していたわけだが──転生者達もこの流れを汲み、各々部活動を結成し自分たちの望む世界の為に活動しているのだった。
「う~ん、頼れる発言。先輩感心しちゃうわねん」
と。
部室の前で話している二人に向けて、軽薄そうな女の声がかけられた。
「…………うげ」
そこにいたのは、痴女だった。
学校指定の制服──ではあるのだろうが、白のブレザーを着ずにその内側のワイシャツだけを着ている、のはまだいい。
しかしそのボタンは全く留められておらず、シャツ自体を胸の下あたりで結んで済ませている。当人がかなりの巨乳なのも相まって、かなり危険な状態に陥っていた。
狼を連想させる癖毛気味なダークシルバーのロングヘアをポニーテールにしているだとか、胡散臭そうな糸目だとか、すらりとした高身長のモデル体型だとか、そういう印象が完全に塗り潰されたような『キャラクターデザイン』。
その蠱惑的な肢体をいっそコメディに映るほど大袈裟にくねらせながら、女は言う。
「乱れに乱れ、崩れに崩れたこの世界で、それでも『シキガミクス・レヴォリューション』を楽しみ尽くす。その為に必要なら、世界も救ったりしちゃう! いやぁ~、我が部の精神を体現する部員達に恵まれて、お姉さんってば幸せ者だわぁ!」
──痴女の名は、
彼女もまた
「絵面が最悪なんだよ悦に浸るな変態。……んで、情報はつかめたんだろうな?」
「そりゃもちろんよぉ。お姉さんのこと誰だと思ってるの~?」
「『霊威簒奪』。この
「デマぁッ!?」
麻縄でぐるぐる巻きにされた状態の青髪の少女は、一瞬間が空いてから自分の状況に気付く。世にも気まずそうな表情で再度黙った青髪の少女に対し、目を丸くしたのは
「え……もう意識を取り戻してましたの!?」
「あらん?
いやだわ、と頬に手を当てる
「か、カマってことは……!」
「あっ、
「……っ、なんで……なんでそんなことが分かるんだぞっ!! 『霊威簒奪』は……『裏設定』の情報は確かなスジから仕入れたんだぞ!! デマなはずないんだぞ!!」
麻縄でぐるぐる巻きにされているにも拘らず、青髪の少女は吠えた。
それに対し、
「なんでって……それはね~、あなたみたいなおバカ~なコを返り討ちにした後、拘束して首絞めて気絶させては目覚めさせて首絞めて気絶させて~を一〇〇回繰り返したけど、ま~ったく目に見えた変化がなかったからよん♪ 信じられないならあなたでも試してあげよっか、
じいっと目を見据えられた
温和そうに細められたその目の奥にある瞳は、一切笑っていない。
「…………!?」
「な~んてウ~ソよう! イヤねぇ、お姉さんも流石にそんな酷いことできないわよん!」
「た、た、性質悪い冗談だぞ、オマエ……」
「……君の立場で、優しく取り扱ってもらえるとでも? 襲撃犯さん」
「ま、まぁまぁまぁまぁ! 師匠もそのへんにして差し上げて!」
ただでさえ冷え切った空気がさらに冷え込みかけたところで、慌てて
すると
「んも~、悪かったわよぉ。怖かった? ごめんなさいねぇ、
オホホ、と嘯きながら
「……ま、ホントのことを言えば、デマだっていうのは最初から分かってたの。だってお姉さん、『シキガミクス・レヴォリューション』原作のイラスト担当だも~ん」
──そう、あっさりと言った。
『シキガミクス・レヴォリューション』イラスト担当、オオカミシブキ。
『シキガミクス・レヴォリューション』のキャラクターデザインからメカデザイン、果ては都市などの背景デザインまで担当していたというイラストレーターである。
非常に多作で、『シキガミクス・レヴォリューション』以外にもイラスト系SNSで掲載していたイラストや短編漫画などをまとめて定期的に商業出版するような人気クリエイターだった。
『シキガミクス・レヴォリューション』原作者とは高校時代からの友人、かつ公私共に親しいことで有名で、生活能力のない虎刺をサポートする為に殆ど同棲状態で生活をしていたとか、『シキガミクス・レヴォリューション』の印税で得た虎刺の莫大な資産の管理を一手に取り仕切っていたりとか、とかくエピソードに事欠かない人物で──その中で、『シキガミクス・レヴォリューション』の設定を非公開のものに至るまで聞かされている、と言われていた。
──『ライトノベルイラストレーション研究部』。
つまりは、そういうことである。
「だから、お姉さんは『シキガミクス・レヴォリューション』の設定なら裏設定までバッチリ把握してるの~。……『霊威簒奪』なんて事象は、その中には存在していない。絶対にね」
そこだけは、
しかしその表情はすぐにへにゃりと柔らかくなり、また元の調子に戻って話の続きを始める。
「調査してたっていうのは
「そ、そんなぁ……」
平然と言う
──
これがデマとなれば、
「ま、そこで罪悪感を覚えられるんならまだ救いようはあるだろ」
そんな
「……い、いーのか? 急に襲い掛かった上に追いかけまわして、けっこー本気で攻撃したのに」
「
「うぐっ」
言外に格が違うと言われてしまった
しばし気まずそうに視線を彷徨わせた後で、
「その……、……ごめんなさい。勘違いで襲って……、いや、そもそも襲ったこと……」
「いいんですのよ。分かっていただければそれで。いやぁ本当によかったですわ、無事に和解できて」
項垂れながらもか細い声で詫びた
「……それで! デマの出どころって結局どこだったんですの? 師匠」
少し湿っぽい沈黙が流れかけたところで、
一部始終を楽しそうに眺めていた
「まず、この噂って妙な点があるのよねぇ」
と、徐に話し始めた。
「『裏設定を発見した』。これ自体はまぁいいわ。でも、その検証はどうやってやったのかしらん? 霊力の増減なんて見た目では分からないじゃない。
「…………あ、確かに」
言われて、まんまとデマに引っかかっていた
『勝敗によって霊気に変動が発生した』という情報が事実だとして、そんなものを感知できるような人間はほぼいない。この情報自体、その確認の難しさを利用して広められている節がある。
だが一方で、転生者達だってただのバカというわけではない。むしろその多くは前世である程度の人生経験を積み、多少の賢しさを備えた人間である。
検証ができないということは、目に見える根拠がないということだ。いかに
──答えは、否。おそらく、個人個人に何かしらの『信じるに足る理由』があったはずだ。
たとえば、情報源が個人的に信頼できる相手だったとか。もしも信頼を置く相手から伝えられた情報だった場合は、根拠がなくても信じてしまうかもしれない。
では、
「その前提を考えた時点で、ある程度アタリはついてたんだけどね~。調べてみたら、案の定だったわよん♪ デマの出所、その名は…………」
そこまで言って、
「……『生徒会執行部』」
ウラノツカサ生徒会執行部、通称『生徒会』。
『原作』には存在しない、学内最大の転生者組織。
その正体は、未確認の者も合わせれば総勢二〇〇人程度の転生者がいるという『ウラノツカサ』において、実に五〇人以上にも及ぶ
実質的に学園の運営を支配しているこの組織の長には、こんな噂がまことしやかに囁かれていた。
──噂に曰く。
「『
『生徒会長の正体は、「シキガミクス・レヴォリューション」の原作者である』、と。