【改稿前版】唯神夜行 >> シキガミクス・レヴォリューション 作:家葉 テイク
「……それで」
カチャリ、と。
木製のスクールチェアに腰かけた
学習机、のはずだった。
『はずだった』というのは、その天板には真っ白いテーブルクロスが敷かれており、学習机の要素は傍から見たらテーブルクロスから伸びるパイプの足しかないという意味だが──
「なんなんだよ、この状況っ!?」
──現在地、ライトノベルイラストレーション研究部・部室。
『立ち話もなんだから~』という
まぁそれは十中八九このガラの悪いメイドの趣向なのだが、問題はそこではない。
「このテーブルクロスとかっ、ティーカップとかっ! さっきまでなかったよな!? どっから出てきたのこれ!?」
「それはちょっとそのへんから」
「収納上手かっ!?」
当然ながら、部室にはお茶会セットがしまえるような収納スペースはない。
なおも食い下がる
「……さて、話を戻そう。『生徒会長』がデマの出どころってことは、
「もぐ。いや、わたしに『生徒会』の知り合いはいないぞ。わたしに『霊威簒奪』の情報を……聞かせたヤツは確信を持って断言してたけど、『生徒会』かどーかは……正直……」
給仕は一人だけ部屋の隅に佇みながら、あえてそこには触れず、話を逸らすように言う。
「にしても、まさかデマの出所が生徒会長本人とはな。確かな情報なのか? それ」
「ええ。複数の生徒会役員からの証言を入手済みよ~」
──元々、『生徒会』という組織はただのモブに過ぎなかった。
『シキガミクス・レヴォリューション』において、基本的に勢力争いは『部活』単位で行われていた。作中で陰謀を張り巡らせるのも生徒ではなく教師が主となっているという事情もあり、『原作』でも名前が出てくることはほぼない。精々、サブキャラクターの設定に組み込まれている程度。
そんな組織だったはずなのだが──転生者が溢れたこの世界においては、『ウラノツカサ』でも最大の生徒組織ということになっていた。
そしてその長が、トレイシー=ピースヘイヴンである。
「…………本当の本当に、会長は原作者なのか?」
ピースヘイヴンが『原作者』というのは、転生者の間では有名な話だった。
というのも、本人が原作者であることを吹聴しており、そして実際にそうとしか思えないほどに卓抜した陰陽術の腕前を持っているのだ。
『原作』に関する情報が、『生徒会』を出どころに広まっている。であれば、そこに『原作者』かつ『生徒会長』であるピースヘイヴンが関わっていないという方が不自然だろう。
「間違いなく、トレイシー=ピースヘイヴンの正体は虎刺看酔ねぇ。むか~し、本人と直接話したことがあるから。これは確実よ~」
顔色を伺うように問いかけた
無理もない。本来であれば最も信頼できる情報源であるはずの原作者が率先してデマ情報の流布に関わっているとあれば、最早検証していない『裏設定』の情報など何も信用できなくなってしまう。
それだけではない。
『原作者』がデマを流布しているという事実。これも、考えてみればかなり深刻な情報だった。明らかに原作者自身が転生者に向けて『悪意』を以て混乱を齎そうと動いているのである。ただでさえ絶望的な情勢なのに、さらに希望が失われたような気分だった。
「……ま、アレもアレでまだこの世界のことを諦めてはいないはずだけど……でも、なーんでよりによって自分の作品についてのデマ情報なんて流すのかしらね~」
「……問題は、『生徒会』から流れたデマのせいでウチの
クッキーをつまんだ
「
もしそうなれば、当然学園はバラバラになってしまうだろう。今まさに割られたクッキーのように。
「ひえ…………」
至極殺伐とした
もしそうなれば、もう世界滅亡の危機どころの話ではない。『原作』が本格開始する時系列に到達する前に生徒の暴動で学園が本格的な無法地帯になってしまえば、いよいよこの世はどうにかなってしまうだろう。
メイドは不安そうにしている
「気にすんなよ。
「わたくしだけじゃ困りますのよ!」
「……、……まァ、そりゃそうだけどな」
気軽そうに言う
一連のやりとりに含まれた文脈を知らない
「そうですわ! 無事に
そう、朗らかに提案した。
「ああ、ご心配なさらずに。
「遠慮しておくよ」
そこで。
ぽつりと、しかし断ち切るような鋭さで、
「はえ? どういう……、」
「遠慮しておく。わたしなんかを誘ってくれたのは嬉しいんだぞ。でも……わたしに仲間は要らないから」
静かに言って、
しかし、
なおも言い募ろうと立ち上がり、
「どうしてですの? 襲撃のことを気にしているならどうかお気になさらずに! そんなことよりも今は互いに協力し合うことの方が、」
「うるさいなぁ!!」
一喝するような
「あ……、も、申し訳、」
「要らないって言ってるだろ!! 今更!!!! 『仲間』なんてものっ!!」
泣き叫ぶようにそう言い放った後、我に返ったのか
一瞬の間があった。しかし
「あっ!
「行かせとけ」
反射的に呼び止めようとした
「あのサメガキにも事情があんだろ。
「…………、」
どこかズレたところこそあったが、
そんな彼女が見ず知らずの人間を襲うなんて凶行に出たということは、必然的にそれ相応の悲劇があったはずだ。
──それこそ、
04 ご奉仕の時間| >> FIRST ORDER | |
「……
「……毎度思うが、その変わり身どうにかなんねェのか」
げんなりした表情で、
『シキガミクス・レヴォリューション』のイラストレーター・オオカミシブキの性別は、純然たる男性だった。
心と身体の性別が一致していないということもなく、心も身体も男性である。そして今世においても、
当然というべきか、先ほどまでの
「『これ』も大事な息抜きなのよん♪ なんならエンドレスでコッチでもお姉さんでいいけどな~」
「んで、
即座にしなを作って言う
「
頬杖を突きながら、
「『B級映画研究部』。俺達と同じように、趣味に邁進しつつ──世界の現状を憂いて対策を練る、そんな部だったようだ」
すっかりぬるくなった紅茶を口に運びながら、
「……崩壊のきっかけは、部長の乱心だったと聞いている。『霊威簒奪』のデマに乗せられた部長が、部員達を襲った。その後は部員同士のサバイバル。勝ち残ったのは
「そ、それって……!」
「……すまんね。どこかでそれとなく教えてあげられていれば、ああは拗れなかったんだが」
「ともかく、彼女は信じる仲間達に裏切られて
『霊威簒奪』。
陰陽師を倒すことで、その霊気を己のものにして能力を強化できる『裏設定』。
その情報が引き起こすのは、即ち陰陽師同士の私闘の散発である。そこに『草薙剣』の不在による慢性的な治安の悪化が重なれば──
そして人間心理として、自分の大切なものと引き換えにして得た情報は
『霊威簒奪』の急速なデマ拡散には、そうした事情があるのかもしれない。
──そしてそんな情報に翻弄されて『仲間』を失い、そうして世界に絶望した人間にとって、
「そ、そんなの……! じゃあ、私が言ったことは……!」
「お嬢様は別に悪かねェだろ」
メイドは
「お前は『仲間を増やしてェ』っていう当然の理屈に従って相応の提案をしただけ。アイツはアイツで事情があって交渉は決裂した。そこに誰の落ち度もねェよ」
「ま、諸悪の根源はデマをばら撒いた生徒会長だしな。いや~、あの原作者野郎、随分悪辣な手を使うもんだわ~」
けろりと言う
彼女の痛みは。
それを無神経にほじくり返したという失点は、『行き違い』なんて言葉で納得できるような重みではなかったはずだ。
だって、彼女は叫んだ後すぐに自らの行いを省みた。衝動的な叫びがどんな影響を周囲に齎すかを理解していて、それでも手を取るという選択肢を選び取れなかった。それほどの痛みだったのだ。
──なら、そんな痛みを押し付けた自分には相応の責任がある。
「……まァ、そんな理屈で納得するタマじゃねェことは分かっているが」
俯く
「アイツには色々と考えを纏める時間が必要ってことだ。お前のお節介癖は知っているが……ちょっかいかけるにしても、アイツの気持ちが落ち着いてからにしな」
「…………うん、分かった。……分かりましたわ」
ぽん、と宥めるように頭を撫でられながら、
一秒後には、
「……さて、それじゃあこれからのことについて話そうか」
そんな二人を微笑ましそうに眺めつつ、
「とりあえず、
「……『計画』ですの?」
「そそ。アイツ、前世から企み事大好きだったからな。絶対に、何かしらの『計画』があるはずだ。だから、それを知っておきたい」
まるで世間話でもするみたいに言って、
「具体的には、トレイシー=ピースヘイヴンの側近レベルの『生徒会』役員の頭脳を確保できれば最高だね」
なんてことを、しれっと言い始めた。
「頭脳を確保……そ、それってもしかして、拉致ってこと!? そんなこと本当にできますの……?」
「まぁ、できるかどうかで言えば余裕だろうが……」
実現性にすら想像が及ばない一般お嬢様とは対照的に、先ほどしれっと転生者を完封した戦闘メイドは渋々といった感じで首筋に手を当てて、
「だが、気は進まねェな。捕まえて尋問するってことだろ?
「あー! 違う違う! そうじゃない。すまんね、勘違いさせた」
吐き捨てるように言う
「
「……なるほど」
拉致ではなく、接触。
「それなら
「陽動もメイドのやることではありませんわよね」
ニヤリと笑っているところにツッコミを入れる
「あ、あの~。イラストレーター・オオカミシブキの名前を使って対抗の噂を流すのは駄目ですの?」
仕方がないので、
「何も、相手の計画を全部知る必要はないと思いますの。というかその為に生徒会室に乗り込むとか危なすぎるし……。たとえば、噂を書き換えてしまえば相手の計画は狂いますわよね? それでも目的は果たせるのではなくて? 何も生徒会室に乗り込まなくても……」
「お前は戦闘の危険を避けたいだけだろ」
「ど、どうですのっ!?」
「うーん、難しいだろうねぇ」
「向こうの方が噂の流布に割ける人員も、使用しているネームバリューも上だ。対抗してもあっさりと潰されるだろうし、下手をすれば『
「…………じゃ~やっぱり乗り込むしかありませんわね~……」
肩を落としながら、
「……いや、別にお嬢様は付いて来なくていいんだぞ? 陽動は
「それじゃ妹さんを頼っているみたいで情けないじゃありませんの! わたくしだってアナタのご主人様なのですから、メイドが陽動に行くのなら付き添いますわよ~……」
「アイツ、
本当に渋々という形ではあるが、
ともあれ、方針は固まった。
その為に、各々が行動を開始しようとした矢先。
「うわァァあああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?」
と、少々色気のない少女の悲鳴が、廊下から響いてくる。
部室から一〇〇メートルほど。
そこにいたのは、地下鉄のホームのようなだだっ広い廊下ですらも窮屈さを感じさせるような体躯の、巨大な百足だった。
いいや。
より正確には、巨大な百足の妖怪・大百足──
黒光りする光沢と、大量に伸びる鋭い脚。生物的な動きは、機体に刻まれた『MM-Mega_Centipede』というロゴがなければ、本当に異形の化け物にしか見えないかもしれない。
まるで、怪異と見紛うような機械。それが、今まさに少女に向かって襲い掛かろうとしていた。
ただし、別に異常事態というわけではない。それを証明するように、人工の大百足はその機体から自動音声らしき感情を感じさせない言葉を発する。
『こちらは「ウラノツカサ生徒会執行部」です。シキガミクスによる暴行事件の容疑者として、生徒会室まで同行を願います』
その機体の名は、『シキガミクス・メガセンチピード』。
『生徒会』が所有する
「うあ、ああ……」
そして、その絡繰り仕立ての大百足に襲われているのは──青髪の少女。
何のことはない。
これ自体は、何も間違っていない。
その上で。
「あ、ああ~! 生徒会の方! 誤解ですわ! 誤解!
身の丈と比較するのも馬鹿らしくなるくらい巨大な百足ロボに対し、
「いやぁ、お手数おかけして申し訳ありませんわ。ちょっと熱が入りすぎたせいで誤解を生んでしまいましたのね。今度からは気を付けますので、どうかこの場は……」
「な、何言ってるんだぞ、オマエ……。わたしはオマエのこと……」
「わーわー! 勘違いされてしまうようなこと言わないでくださいまし!」
何事かを言いかけた
「……ごめんなさい。アナタの事情、後から師匠に……
でも、と
「それでもやっぱり、わたくしはアナタのことを放ってはおけませんわ。だって、アナタが苦しんでいるって知ってしまったから」
そんな理由で。
それだけの理由で、
彼女の瞳を真っ直ぐに見据えて、もう一度手を差し伸べる。
「だから……『仲間』じゃなくたって良い。助けられたなんて思わなくて良い。今はただ、私のワガママに付き合って」
「……オマエ…………」
「お嬢様。お話し中のとこ悪いが、向こうはそれじゃあ納得してくれねェようだぞ」
と。
見ると、二人のやりとりを見ていた『メガセンチピード』がギギギ、と不気味な音を立てて二人に向かって上体を持ち上げているところだった。
『……警告。違反生徒取り締まり中の干渉は一般生徒には認められていません。退避しない場合は、妨害行為として取り締まり対象と見做します』
「え、ええぇ!? 今の流れはわたくしの度量に免じて
「それを自分で言えちゃうトコが、お前の良いところだよ。
慌てふためく一般お嬢様を背にして、メイドが戦闘態勢に入る。
臨戦態勢の獣の唸り声じみて低い声色で、
「そもそも襲撃のタイミングが良すぎんだろ。最初からどうせ取り締まりなんか
『メガセンチピード』が、その巨体全体をまるで大きな鞭のように振り下ろす。
対する
ゴッガァァァン!!!! と。
まるで重機か何かの駆動音かと錯覚するほどの凄絶な轟音が、『ウラノツカサ』の廊下に響き渡る。
衝突の衝撃で軌道をズラされた『メガセンチピード』の一撃は、
あっさりと脅威を退けた戦闘メイドは、何でもないように背後に守る自分の主人に呼びかける。
「一応言っておくが……そいつはお嬢様を襲った下手人で、守る理由なんか何一つねェ。これから『生徒会』と一戦構えるってんだ。そいつを見捨てて陽動に使った方が、多分
まるで、主人の意を問う従者のように。
あるいは、協力を申し出る友人のように。
「
だから、
「決まっていますわ。
「仰せのままに、お嬢様」
したがって、
今日一番に楽しそうな──それでいて猛獣のように好戦的な笑みを浮かべて、不良気味のコスプレメイドは宣言した。
「それじゃあ、『ご奉仕』の時間だ」