【改稿前版】唯神夜行 >> シキガミクス・レヴォリューション   作:家葉 テイク

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04 ご奉仕の時間

「……それで」

 

 

 カチャリ、と。

 木製のスクールチェアに腰かけた冷的(さまと)は、手に持った白い陶器製のティーカップをゆっくりと学習机の上のソーサーに置く。

 学習机、のはずだった。

 『はずだった』というのは、その天板には真っ白いテーブルクロスが敷かれており、学習机の要素は傍から見たらテーブルクロスから伸びるパイプの足しかないという意味だが──

 

 

「なんなんだよ、この状況っ!?」

 

 

 冷的(さまと)のツッコミが、その『部室』の中で空しく響く。

 流知(ルシル)嵐殿(らしでん)もこの状況には慣れ切ってしまっているのか、優雅にお紅茶を楽しむのみ。傍でしれっと給仕をしているコスプレメイドだけが、我関せずとばかりにテキパキ働いていた。

 

 ──現在地、ライトノベルイラストレーション研究部・部室。

 『立ち話もなんだから~』という嵐殿(らしでん)の提案により、冷的(さまと)も含め四人で部室に入ったのだが──イラストと銘打たれている割には五台ほどの()()パソコンと()()プリンタがあるだけの殺風景な室内は、明らかに場違いなお茶会要素が点々と散らばっていた。

 まぁそれは十中八九このガラの悪いメイドの趣向なのだが、問題はそこではない。

 

 

「このテーブルクロスとかっ、ティーカップとかっ! さっきまでなかったよな!? どっから出てきたのこれ!?」

 

「それはちょっとそのへんから」

 

「収納上手かっ!?」

 

 

 当然ながら、部室にはお茶会セットがしまえるような収納スペースはない。

 なおも食い下がる冷的(さまと)だが、どうやら薫織(かおり)の方はこの一連の流れを完全にギャグとして処理するつもりらしい。しかもちょっと目を離した隙に、テーブルの上にはなんともおいしそうなお茶菓子が配置されていた。無駄に完璧な仕事であった。

 冷的(さまと)、ツッコミを諦める。

 

 

「……さて、話を戻そう。『生徒会長』がデマの出どころってことは、冷的(さまと)の情報源も生徒会(そこ)か?」

 

「もぐ。いや、わたしに『生徒会』の知り合いはいないぞ。わたしに『霊威簒奪』の情報を……聞かせたヤツは確信を持って断言してたけど、『生徒会』かどーかは……正直……」

 

 

 冷的(さまと)はそう言って、食べかけのクッキーに視線を落とした。

 給仕は一人だけ部屋の隅に佇みながら、あえてそこには触れず、話を逸らすように言う。

 

 

「にしても、まさかデマの出所が生徒会長本人とはな。確かな情報なのか? それ」

 

「ええ。複数の生徒会役員からの証言を入手済みよ~」

 

 

 ──元々、『生徒会』という組織はただのモブに過ぎなかった。

 『シキガミクス・レヴォリューション』において、基本的に勢力争いは『部活』単位で行われていた。作中で陰謀を張り巡らせるのも生徒ではなく教師が主となっているという事情もあり、『原作』でも名前が出てくることはほぼない。精々、サブキャラクターの設定に組み込まれている程度。

 そんな組織だったはずなのだが──転生者が溢れたこの世界においては、『ウラノツカサ』でも最大の生徒組織ということになっていた。

 そしてその長が、トレイシー=ピースヘイヴンである。

 

 

「…………本当の本当に、会長は原作者なのか?」

 

 

 冷的(さまと)が、おそるおそる問い返す。

 ピースヘイヴンが『原作者』というのは、転生者の間では有名な話だった。

 というのも、本人が原作者であることを吹聴しており、そして実際にそうとしか思えないほどに卓抜した陰陽術の腕前を持っているのだ。

 『原作』に関する情報が、『生徒会』を出どころに広まっている。であれば、そこに『原作者』かつ『生徒会長』であるピースヘイヴンが関わっていないという方が不自然だろう。

 

 

「間違いなく、トレイシー=ピースヘイヴンの正体は虎刺看酔ねぇ。むか~し、本人と直接話したことがあるから。これは確実よ~」

 

 

 顔色を伺うように問いかけた冷的(さまと)に、嵐殿(らしでん)はきっぱりと答える。その答えを聞いて、冷的(さまと)は静かに項垂れた。

 無理もない。本来であれば最も信頼できる情報源であるはずの原作者が率先してデマ情報の流布に関わっているとあれば、最早検証していない『裏設定』の情報など何も信用できなくなってしまう。

 それだけではない。

 『原作者』がデマを流布しているという事実。これも、考えてみればかなり深刻な情報だった。明らかに原作者自身が転生者に向けて『悪意』を以て混乱を齎そうと動いているのである。ただでさえ絶望的な情勢なのに、さらに希望が失われたような気分だった。

 

 

「……ま、アレもアレでまだこの世界のことを諦めてはいないはずだけど……でも、なーんでよりによって自分の作品についてのデマ情報なんて流すのかしらね~」

 

 

 嵐殿(らしでん)は頬に手をあててぼやきつつ、もう片方の手でお茶請けのクッキーをつまんだ。

 

 

「……問題は、『生徒会』から流れたデマのせいでウチの流知(ルシル)ちゃんが襲われてるってことよね~。まだ連休前だっていうのに、冷的(さまと)ちゃんで三人目。このままじゃ捌き切れなくなる……というか」

 

 

 クッキーをつまんだ嵐殿(らしでん)は、それを両手の指で挟みなおして半分に割る。

 

 

流知(ルシル)ちゃん以外の被害者のことも考えると、今度は報復やら予防攻撃やらで、学園全体を巻き込んだ暴動が起きちゃうんじゃないかしら~ん?」

 

 

 もしそうなれば、当然学園はバラバラになってしまうだろう。今まさに割られたクッキーのように。

 

 

「ひえ…………」

 

 

 至極殺伐とした嵐殿(らしでん)の予測に、流知(ルシル)は青い顔をする。

 もしそうなれば、もう世界滅亡の危機どころの話ではない。『原作』が本格開始する時系列に到達する前に生徒の暴動で学園が本格的な無法地帯になってしまえば、いよいよこの世はどうにかなってしまうだろう。

 メイドは不安そうにしている流知(ルシル)を横目に見遣り、

 

 

「気にすんなよ。()()()()()()()()()()()()()。それに、策が不発(シク)っても最悪お嬢様の命だけは護れる準備はしてるし」

 

「わたくしだけじゃ困りますのよ!」

 

「……、……まァ、そりゃそうだけどな」

 

 

 気軽そうに言う薫織(かおり)だったが、逆に憤慨したように返す流知(ルシル)に言われてバツが悪そうに視線を逸らした。

 一連のやりとりに含まれた文脈を知らない冷的(さまと)は当然首を傾げる。それに気付いた流知(ルシル)はパンと手を叩いて、

 

 

「そうですわ! 無事に冷的(さまと)さんとも和解できたことですし、この機にアナタも一緒にこの『ライ研』に所属しませんこと? わたくし達としても仲間が増えるから歓迎しますし!」

 

 

 そう、朗らかに提案した。

 流知(ルシル)冷的(さまと)が返答するよりも先に続けて、

 

 

「ああ、ご心配なさらずに。薫織(かおり)が言っていたように、わたくし達も百鬼夜行(カタストロフ)に対して無策というわけではなくてよ。実はわたくしの──」

 

「遠慮しておくよ」

 

 

 そこで。

 ぽつりと、しかし断ち切るような鋭さで、冷的(さまと)は言葉を差し挟んだ。

 

 

「はえ? どういう……、」

 

「遠慮しておく。わたしなんかを誘ってくれたのは嬉しいんだぞ。でも……わたしに仲間は要らないから」

 

 

 静かに言って、冷的(さまと)は立ち上がる。

 しかし、流知(ルシル)としては納得ができない。彼女の言う通り百鬼夜行(カタストロフ)については策があるのだ。仲間は多いに越したことはないし、冷的(さまと)にしたって『シキガミクス』を失っている以上身を寄せる場所は必要なはずである。

 なおも言い募ろうと立ち上がり、

 

 

「どうしてですの? 襲撃のことを気にしているならどうかお気になさらずに! そんなことよりも今は互いに協力し合うことの方が、」

 

「うるさいなぁ!!」

 

 

 一喝するような冷的(さまと)の叫びで、その言葉は強制的に止められてしまった。

 

 

「あ……、も、申し訳、」

 

「要らないって言ってるだろ!! 今更!!!! 『仲間』なんてものっ!!」

 

 

 泣き叫ぶようにそう言い放った後、我に返ったのか冷的(さまと)はすぐさまハッとした表情になる。

 一瞬の間があった。しかし冷的(さまと)はその表情をすぐさま苦渋に歪めると、流知(ルシル)が何か言い返す前に走り去って行ってしまった。

 

 

「あっ! 冷的(さまと)さん!」

 

「行かせとけ」

 

 

 反射的に呼び止めようとした流知(ルシル)を、薫織(かおり)は声を上げて制止した。

 

 

「あのサメガキにも事情があんだろ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………、」

 

 

 どこかズレたところこそあったが、冷的(さまと)は決して根っからの悪人というわけではなかった。というより、転生者というのは大抵がそうだ。平和な社会で人格形成を済ませた転生者は、根っからの悪人など滅多にいないし、何もなければ大それたことなどできない。

 そんな彼女が見ず知らずの人間を襲うなんて凶行に出たということは、必然的にそれ相応の悲劇があったはずだ。

 ──それこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が。

 

 

 


 

 

 

04 ご奉仕の時間

>> FIRST ORDER

 

 

 


 

 

 

「……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 冷的(さまと)が走り去った後の部室にて。

 嵐殿(らしでん)は先ほどまでとは打って変わった態度で切り出した。

 

 

「……毎度思うが、その変わり身どうにかなんねェのか」

 

 

 げんなりした表情で、薫織(かおり)がぼやく。

 

 『シキガミクス・レヴォリューション』のイラストレーター・オオカミシブキの性別は、純然たる男性だった。

 心と身体の性別が一致していないということもなく、心も身体も男性である。そして今世においても、嵐殿(らしでん)は身体こそ女性であるものの、性自認は変わらず男であった。

 当然というべきか、先ほどまでの嵐殿(らしでん)の態度は『おふざけ』であり──こちらの方が『素』だ。こんな『素』なのにあんな『おふざけ』をしているからこそ、余計に異常なのだが。

 

 

「『これ』も大事な息抜きなのよん♪ なんならエンドレスでコッチでもお姉さんでいいけどな~」

 

「んで、冷的(サメガキ)のことって?」

 

 

 即座にしなを作って言う嵐殿(らしでん)のことは無視して、メイドはさっさと話を前に進める。

 嵐殿(らしでん)もさらっと元の調子に戻って、

 

 

冷的(さまと)静夏(しずか)は、数日前に所属していた部から退部しててな」

 

 

 頬杖を突きながら、嵐殿(らしでん)は軽く語る。それは、薫織(かおり)達と合流する前に調べた『霊威簒奪』のデマ拡散ルートの調査の中で浮かび上がった内容だった。

 

 

「『B級映画研究部』。俺達と同じように、趣味に邁進しつつ──世界の現状を憂いて対策を練る、そんな部だったようだ」

 

 

 すっかりぬるくなった紅茶を口に運びながら、嵐殿(らしでん)は続けて、

 

 

「……崩壊のきっかけは、部長の乱心だったと聞いている。『霊威簒奪』のデマに乗せられた部長が、部員達を襲った。その後は部員同士のサバイバル。勝ち残ったのは冷的(さまと)ちゃんだけだった。あとは全員保健棟(びょういん)送りだ」

 

「そ、それって……!」

 

「……すまんね。どこかでそれとなく教えてあげられていれば、ああは拗れなかったんだが」

 

 

 嵐殿(らしでん)は申し訳なさそうに目を細めて、

 

 

「ともかく、彼女は信じる仲間達に裏切られて()()()()()()()ってこと。そして信じていた絆の瓦解と引き換えに入手した情報……デマを疑うことは心情的には無理だよなぁ」

 

 

 『霊威簒奪』。

 陰陽師を倒すことで、その霊気を己のものにして能力を強化できる『裏設定』。

 その情報が引き起こすのは、即ち陰陽師同士の私闘の散発である。そこに『草薙剣』の不在による慢性的な治安の悪化が重なれば──冷的(さまと)の例のような『かつての仲間同士による裏切り』は当然発生しうる。

 そして人間心理として、自分の大切なものと引き換えにして得た情報は()()()()()()()()()()()()()()()()。つまり、疑うという発想自体を自分から排除してしまう。

 『霊威簒奪』の急速なデマ拡散には、そうした事情があるのかもしれない。

 

 

 ──そしてそんな情報に翻弄されて『仲間』を失い、そうして世界に絶望した人間にとって、流知(ルシル)の提案はまさしく傷口に塩を塗り込むような痛みを伴っていたのではないか。

 

 

「そ、そんなの……! じゃあ、私が言ったことは……!」

 

「お嬢様は別に悪かねェだろ」

 

 

 メイドは冷的(さまと)の分の食器を片付けながら適当そうに言って、

 

 

「お前は『仲間を増やしてェ』っていう当然の理屈に従って相応の提案をしただけ。アイツはアイツで事情があって交渉は決裂した。そこに誰の落ち度もねェよ」

 

「ま、諸悪の根源はデマをばら撒いた生徒会長だしな。いや~、あの原作者野郎、随分悪辣な手を使うもんだわ~」

 

 

 けろりと言う嵐殿(らしでん)だったが、流知(ルシル)は押し黙って俯いてしまう。

 彼女の痛みは。

 それを無神経にほじくり返したという失点は、『行き違い』なんて言葉で納得できるような重みではなかったはずだ。

 だって、彼女は叫んだ後すぐに自らの行いを省みた。衝動的な叫びがどんな影響を周囲に齎すかを理解していて、それでも手を取るという選択肢を選び取れなかった。それほどの痛みだったのだ。

 ──なら、そんな痛みを押し付けた自分には相応の責任がある。流知(ルシル)は、そう思っていた。

 

 

「……まァ、そんな理屈で納得するタマじゃねェことは分かっているが」

 

 

 俯く流知(ルシル)とは対照的に、メイドの方はあっさりとした調子だった。

 

 

「アイツには色々と考えを纏める時間が必要ってことだ。お前のお節介癖は知っているが……ちょっかいかけるにしても、アイツの気持ちが落ち着いてからにしな」

 

「…………うん、分かった。……分かりましたわ」

 

 

 ぽん、と宥めるように頭を撫でられながら、流知(ルシル)は噛み締めるように頷く。

 一秒後には、流知(ルシル)はすっかり元の調子で前を見据えていた。

 

 

「……さて、それじゃあこれからのことについて話そうか」

 

 

 そんな二人を微笑ましそうに眺めつつ、嵐殿(らしでん)は次の話題を語り始める。

 

 

「とりあえず、流知(ルシル)ちゃんの為にもデマの流布を止めるのは前提として。問題は生徒会長の狙いだ。虎刺看酔を前世から知る者としては、アイツがここまでする裏には絶対に何かの『計画』が動いてるはずだと思うんだよなぁ」

 

「……『計画』ですの?」

 

「そそ。アイツ、前世から企み事大好きだったからな。絶対に、何かしらの『計画』があるはずだ。だから、それを知っておきたい」

 

 

 まるで世間話でもするみたいに言って、嵐殿(らしでん)は腕を組む。両腕で大きな胸を押し上げるような態勢をとった嵐殿(らしでん)は、さらに続けて、

 

 

「具体的には、トレイシー=ピースヘイヴンの側近レベルの『生徒会』役員の頭脳を確保できれば最高だね」

 

 

 なんてことを、しれっと言い始めた。

 

 

「頭脳を確保……そ、それってもしかして、拉致ってこと!? そんなこと本当にできますの……?」

 

「まぁ、できるかどうかで言えば余裕だろうが……」

 

 

 実現性にすら想像が及ばない一般お嬢様とは対照的に、先ほどしれっと転生者を完封した戦闘メイドは渋々といった感じで首筋に手を当てて、

 

 

「だが、気は進まねェな。捕まえて尋問するってことだろ? ()()()()()()()()()()()()

 

「あー! 違う違う! そうじゃない。すまんね、勘違いさせた」

 

 

 吐き捨てるように言う薫織(かおり)に、嵐殿(らしでん)は慌てて手を振って否定する。

 

 

()()()()()()()()()()()()()。俺のシキガミクスは()()()()()()()もできるわけ。詳しい内容は企業秘密だから、二人にも教えられないが……対象に触れるだけで問題ない。それならどう?」

 

「……なるほど」

 

 

 嵐殿(らしでん)の提案に、薫織(かおり)は考えながら頷いた。

 拉致ではなく、接触。薫織(かおり)嵐殿(らしでん)のシキガミクスは一部知っているが、おそらくその応用で相手の思考なり知識なりを読み取ることができるということなのだろう。

 

 

「それなら(オレ)は文句ねェ。それじゃ、生徒会室に乗り込むか? 陽動が要るだろ」

 

「陽動もメイドのやることではありませんわよね」

 

 

 ニヤリと笑っているところにツッコミを入れる流知(ルシル)だったが、乗り込み志願メイドはこれを完全にスルー。雇い主として、いつかメイドの職分についてちゃんと話し合いたいと思う流知(ルシル)であった。

 

 

「あ、あの~。イラストレーター・オオカミシブキの名前を使って対抗の噂を流すのは駄目ですの?」

 

 

 仕方がないので、流知(ルシル)は遠慮がちに手を挙げながら話し始める。

 

 

「何も、相手の計画を全部知る必要はないと思いますの。というかその為に生徒会室に乗り込むとか危なすぎるし……。たとえば、噂を書き換えてしまえば相手の計画は狂いますわよね? それでも目的は果たせるのではなくて? 何も生徒会室に乗り込まなくても……」

 

「お前は戦闘の危険を避けたいだけだろ」

 

「ど、どうですのっ!?」

 

「うーん、難しいだろうねぇ」

 

 

 流知(ルシル)の提案に対し、嵐殿(らしでん)から帰ってきたのはやんわりとした否定だった。

 

 

「向こうの方が噂の流布に割ける人員も、使用しているネームバリューも上だ。対抗してもあっさりと潰されるだろうし、下手をすれば『嵐殿(らしでん)柚香がオオカミシブキというのはデマ』という形でこちらの手札まで潰されかねない」

 

「…………じゃ~やっぱり乗り込むしかありませんわね~……」

 

 

 肩を落としながら、流知(ルシル)は観念したように溜息を吐く。

 

 

「……いや、別にお嬢様は付いて来なくていいんだぞ? 陽動は(オレ)一人で十分だし、何ならこの後は(オレ)の部屋に避難しておけば、久遠(くおん)もいるし安全だろ」

 

「それじゃ妹さんを頼っているみたいで情けないじゃありませんの! わたくしだってアナタのご主人様なのですから、メイドが陽動に行くのなら付き添いますわよ~……」

 

「アイツ、()()()だから気にしなくていいんだが……」

 

 

 本当に渋々という形ではあるが、流知(ルシル)の方はもう自分から行かないという選択肢を排除しているようである。妙なところで律儀な少女だった。

 ともあれ、方針は固まった。

 薫織(かおり)流知(ルシル)が陽動の為に生徒会室へ向かい、その混乱に乗じて嵐殿(らしでん)がピースヘイヴンの腹心から情報を奪う。それによってピースヘイヴンが『原作者』としてのネームバリューを利用してデマを流してまで進めたがっていた『計画』を暴く。

 その為に、各々が行動を開始しようとした矢先。

 

 

「うわァァあああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?」

 

 

 と、少々色気のない少女の悲鳴が、廊下から響いてくる。

 薫織(かおり)が即座に部室の扉を開けると、『それ』はすぐに見えた。

 

 

 部室から一〇〇メートルほど。

 そこにいたのは、地下鉄のホームのようなだだっ広い廊下ですらも窮屈さを感じさせるような体躯の、巨大な百足だった。

 いいや。

 より正確には、巨大な百足の妖怪・大百足──()()()()()()()()()である。

 黒光りする光沢と、大量に伸びる鋭い脚。生物的な動きは、機体に刻まれた『MM-Mega_Centipede』というロゴがなければ、本当に異形の化け物にしか見えないかもしれない。

 まるで、怪異と見紛うような機械。それが、今まさに少女に向かって襲い掛かろうとしていた。

 ただし、別に異常事態というわけではない。それを証明するように、人工の大百足はその機体から自動音声らしき感情を感じさせない言葉を発する。

 

 

『こちらは「ウラノツカサ生徒会執行部」です。シキガミクスによる暴行事件の容疑者として、生徒会室まで同行を願います』

 

 

 その機体の名は、『シキガミクス・メガセンチピード』。

 『生徒会』が所有する()()()()()()()()の一機で、怪異・大百足をモチーフにした『ミスティックミメティクス』シリーズの一つである。

 

 

「うあ、ああ……」

 

 

 そして、その絡繰り仕立ての大百足に襲われているのは──青髪の少女。冷的(さまと)だった。

 何のことはない。流知(ルシル)を襲ったところを他の生徒に見られていて、通報を受けて捕まったといったところだろう。

 これ自体は、何も間違っていない。冷的(さまと)流知(ルシル)のことを襲ったのは事実だし、色々と事情があったにせよ、その行いを正当化することはできない。

 

 その上で。

 

 

「あ、ああ~! 生徒会の方! 誤解ですわ! 誤解! ()()()()()()()()()! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 

 流知(ルシル)は一寸の迷いもなく『メガセンチピード』まで駆け寄り、そしてその取り締まりを止めに入った。

 身の丈と比較するのも馬鹿らしくなるくらい巨大な百足ロボに対し、流知(ルシル)は引き攣った笑みを浮かべながらも見上げ、

 

 

「いやぁ、お手数おかけして申し訳ありませんわ。ちょっと熱が入りすぎたせいで誤解を生んでしまいましたのね。今度からは気を付けますので、どうかこの場は……」

 

「な、何言ってるんだぞ、オマエ……。わたしはオマエのこと……」

 

「わーわー! 勘違いされてしまうようなこと言わないでくださいまし!」

 

 

 何事かを言いかけた冷的(さまと)の口を慌てて抑え、流知(ルシル)は囁くように言う。

 

 

「……ごめんなさい。アナタの事情、後から師匠に……嵐殿(らしでん)さんに聞きましたの。知らなかったとはいえ……辛いことを思い出させてしまいましたわね」

 

 

 でも、と流知(ルシル)は言う。

 

 

「それでもやっぱり、わたくしはアナタのことを放ってはおけませんわ。だって、アナタが苦しんでいるって知ってしまったから」

 

 

 そんな理由で。

 それだけの理由で、流知(ルシル)は笑いかける。先ほどまで一方的に追い掛け回され、命からがら逃げていたはずの相手に対して。

 彼女の瞳を真っ直ぐに見据えて、もう一度手を差し伸べる。

 

 

「だから……『仲間』じゃなくたって良い。助けられたなんて思わなくて良い。今はただ、私のワガママに付き合って」

 

「……オマエ…………」

 

「お嬢様。お話し中のとこ悪いが、向こうはそれじゃあ納得してくれねェようだぞ」

 

 

 と。

 流知(ルシル)冷的(さまと)の手を取ったところで、いつの間にか流知(ルシル)の前方に立っていた薫織(かおり)が声をかける。

 見ると、二人のやりとりを見ていた『メガセンチピード』がギギギ、と不気味な音を立てて二人に向かって上体を持ち上げているところだった。

 

 

『……警告。違反生徒取り締まり中の干渉は一般生徒には認められていません。退避しない場合は、妨害行為として取り締まり対象と見做します』

 

「え、ええぇ!? 今の流れはわたくしの度量に免じて冷的(さまと)さんのことを許してあげる感じではありませんの!?」

 

「それを自分で言えちゃうトコが、お前の良いところだよ。お嬢様(アホバカ)

 

 

 慌てふためく一般お嬢様を背にして、メイドが戦闘態勢に入る。

 臨戦態勢の獣の唸り声じみて低い声色で、薫織(かおり)は続けて、 

 

 

「そもそも襲撃のタイミングが良すぎんだろ。最初からどうせ取り締まりなんか()()に決まってるだろうが!」

 

 

 『メガセンチピード』が、その巨体全体をまるで大きな鞭のように振り下ろす。

 対する薫織(かおり)は、どこから取り出したのか、いつの間にか手に持っていたデッキブラシを両手で振り回すと、振り下ろされた『メガセンチピード』の機体側面に思い切り叩きつけた。

 ゴッガァァァン!!!! と。

 まるで重機か何かの駆動音かと錯覚するほどの凄絶な轟音が、『ウラノツカサ』の廊下に響き渡る。

 衝突の衝撃で軌道をズラされた『メガセンチピード』の一撃は、薫織(かおり)から逸れる形で廊下にめり込んでいた。──当然、その背後にいる二人にも、危害は加わらない。

 

 あっさりと脅威を退けた戦闘メイドは、何でもないように背後に守る自分の主人に呼びかける。

 

 

「一応言っておくが……そいつはお嬢様を襲った下手人で、守る理由なんか何一つねェ。これから『生徒会』と一戦構えるってんだ。そいつを見捨てて陽動に使った方が、多分(オレ)達の目的はスムーズにこなせるだろう。その上で聞くぞ」

 

 

 まるで、主人の意を問う従者のように。

 あるいは、協力を申し出る友人のように。

 

 

流知(ルシル)は、どうしたい?」

 

 

 だから、流知(ルシル)は迷わず答えた。

 

 

「決まっていますわ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それを悪用して不当に冷的(さまと)さんを攻撃しようとするのなら……『生徒会』とて許せなくてよ! わたくしは、()()()()()()守りたい! 薫織(かおり)、お願い! 冷的(さまと)さんを救って差し上げて!」

 

「仰せのままに、お嬢様」

 

 

 したがって、薫織(かおり)もまた迷わず応じる。

 今日一番に楽しそうな──それでいて猛獣のように好戦的な笑みを浮かべて、不良気味のコスプレメイドは宣言した。

 

 

「それじゃあ、『ご奉仕』の時間だ」

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