【改稿前版】唯神夜行 >> シキガミクス・レヴォリューション   作:家葉 テイク

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05 世界を諦めた者

 ──シキガミクス。

 それは最早、日本国民の生活に密接にかかわるものとなっている。

 冷的(さまと)が扱っていた皮剥上手(ピーラージョーズ)のような、固有の霊能を持つ()()シキガミクスだけではない。部室に置かれていた木製パソコンや木製プリンタのような()()()()などは、固有の霊能こそ持たないが陰陽師以外にも等しく扱える。むしろこれらの()()シキガミクスこそが歴史の特異点となった『陰陽革命』の原動力であり、そして──

 

 

『こちらは「ウラノツカサ生徒会執行部」です。速やかに戦闘態勢を解除し、投降してください。指示に従わない場合、武力を以て鎮圧行動に移ります。その際に発生した負傷については、当執行部は一切保証いたしません』

 

 

 木造りの大百足。怪異を模した『ロボット』もまた、そうした歴史の特異点を生み出した()()シキガミクスの一種だった。

 

 

「わわっ、動き始めましたわよ薫織(かおり)! わたくし達はどうすれば!?」

 

「下がってろ。集中できねェから」

 

 

 『メガセンチピード』を前にしながら、薫織(かおり)はそう言ってデッキブラシを構える。

 『ウラノツカサ』の廊下全体を埋め尽くさんばかりに蠢く『メガセンチピード』は、その敵対行動を以て完全に優先対象を薫織(かおり)に変更したらしかった。ギギ、と機械仕掛けの関節が虫が蠢くような耳障りな音を立てながら、薫織(かおり)の方へ向き直る。

 おそらく二〇メートル程度はある体躯を持ち上げたその姿は、最早百足というよりも神話に現れるような大蛇のそれにも近しい威容を誇っていた。その一連の動きを見ていた戦闘メイドは、すぐに動けるよう身を低く屈める。

 戦端を切ったのは、『メガセンチピード』の方だった。

 

 

『投降の意志なしと判断。鎮圧します』

 

 

 グオォ!! と持ち上げた上体だけで、五メートルほどか。それを鞭のようにしならせた『メガセンチピード』は、まるで持ち手が一人しかいない大縄跳びの縄のように地面を掬い上げる軌道でひと薙ぎにする。

 ──『ウラノツカサ』の廊下は道幅が一〇メートル強、天井までの高さが五メートルある非常に広々としたつくりだが、体長二〇メートルほどもある『メガセンチピード』がその胴体を使って目の前をひと薙ぎにすれば、どれだけ広かろうが関係ない。ただそれだけで、陰陽師だろうとなんだろうと戦闘不能にする、圧倒的質量。それに対し薫織(かおり)は──

 

 たん、と軽い音を立てて跳躍し、致命の一撃を容易く回避した。

 人間の領域を、遥かに超えた機動力で。

 

 

(あのメイドの異常な身体能力……たぶん、あの目立つメイド服そのものがシキガミクスなんだ!! それなら、あのコスプレも納得……いや納得できないけど……)

 

 

 とはいえ、あの身体能力にも限度はあるだろう、と冷的(さまと)は予測する。攻撃を回避したあたり、おそらく真正面からは撃ち合えないとか、そのくらいの限界があるはずだ。

 鮮やかな回避を見せた戦闘メイドだが、それを後方から見守っていた冷的(さまと)は心配そうに声を上げた。

 

 

「マズイんだぞ! 『メガセンチピード』のヤツ、()()()()()()()()()()()()()()っ! 空中に逃げたオマエを叩くつもりだぞ!」

 

 

 空中。

 身動きが取れない薫織(かおり)に、何もない空間を薙いで頭を低くした姿勢の『メガセンチピード』の頭部センサが焦点を合わせる。

 『メガセンチピード』が攻撃に使ったのは、頭側の体躯五メートルほど。全長を二〇メートル程度とした場合──残り一五メートルは、すぐにでも動ける待機状態ということになる。

 即ち。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

(何となくだけど……分かってきたんだぞ! あのメイドの霊能は、おそらく身体の精密操作! わたしを追い詰めたあのナイフも、霊能で精密に回転を調整していたに違いないぞ!)

 

 

 ただ、それが霊能なのだとしたら、薫織(かおり)の現在の状態は非常に厳しい。

 先ほど薫織(かおり)は『メガセンチピード』の一撃を叩いて逸らしたが、あれは地に足をつけた状態で、なおかつ冷的(さまと)に向けた攻撃を横から逸らしただけだ。

 踏ん張りの効かない空中で、しかも自分自身を狙った一撃。仮に薫織(かおり)のシキガミクスが『メガセンチピード』と同等の膂力を持っていたとしても、どう考えたって力負けする状況だ。薫織(かおり)の霊能が単なる『精密動作』であれば、そもそも霊能を活かすどころの話ではなくなってくる。

 

 

(クソっ! 旧型の『メガセンチピード』くらい、皮剥上手(ピーラージョーズ)が健在だったら手助けできるのに……!)

 

 

 ドヒュ!!!! と。

 まるで矢のような速度で、『メガセンチピード』の尾に当たる部分が突き出された。実在の百足同様に鋭く伸びた脚を備えた尾部の一撃は、食らえば貫通は免れないだろう。

 対して、薙ぎの一撃を跳躍して回避した直後の薫織(かおり)は空中にいて、それ以上攻撃を回避するようなことは──

 

 

「や、やめてくれェ!!」

 

 

冷的(さまと)さん。……ウチのメイドを、あまり甘く見ないことですわ」

 

 

 焦る冷的(さまと)を窘めるように、流知(ルシル)が落ち着き払って宣言した直後。ゴガンッ!! と、デッキブラシの一閃がその一撃をあっさりと叩き落した。

 別にさしたるトリックがあったわけではない。ただ、手に持ったデッキブラシを振り下ろしただけ。ただそれだけのアクションが、全長二〇メートルにも及ぶ巨躯との肉弾戦にも打ち勝てる──ただそれだけのこと。

 その事実を『メガセンチピード』の判断能力に悟らせない為の、あえての跳躍。『メガセンチピード』も冷的(さまと)も、まんまと薫織(かおり)の誘いに乗せられたにすぎない──というわけだ。

 

 

「そもそも。旧型の『メガセンチピード』ごときに力負けするようなシキガミクスで、一〇年以上も民間で陰陽師をやっていける訳がありませんもの」

 

「じゅ、みん、え……?」

 

必殺女中(リーサルメイド)は伊達じゃない、ということですわ」

 

 

 はたき落とされた『メガセンチピード』の尾部は、そのまま頭部に勢いよく叩きつけられる。司令塔たる頭部への衝撃で一瞬行動が停止した隙を、百戦錬磨のメイドは見逃さなかった。

 

 

「『メイド百手(ひゃくしゅ)』──」

 

 

 その手にあったデッキブラシが──突如として、消失する。

 代わりに次の瞬間には、空中で振りかぶられたメイドの足先に一本のアイスピックが()()()()

 

 

「あ、れ? 足……? アイスピック……??」

 

 

 一部始終を眺めていた冷的(さまと)が茫然として呟いたのも束の間。

 薫織(かおり)の足が、勢いよく振りぬかれる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「──『曲芸奉仕(アトロイドサービス)』!!」

 

 

 ズガン!! と。

 蹴り飛ばされたアイスピックが、寸分違わず『メガセンチピード』の脳天に突き刺さった。

 

 

 


 

 

 

05 世界を諦めた者

>> CREATER A

 

 

 


 

 

 

 薫織(かおり)はアイスピックの着弾を確認すると、さらにその頭を踏みつけにして跳躍し、流知(ルシル)達の許へと即座に戻ってきた。

 離れたところで戦闘メイドの『ご奉仕』を見守っていた流知(ルシル)は、突然飛び跳ねて戻ってきた従者を驚きながらも出迎える。

 ただし。

 

 

「わっ、もう倒せましたの薫織(かおり)!?」

 

「まだだ! ()()()()()()()()()()! っつーわけで、とりあえず此処は抱えて逃げさせてもらうぞ!」

 

 

 受け答えもそこそこに、言うだけ言って薫織(かおり)は二人を両肩で俵担ぎにして走り出してしまう。

 

 

「きゃああああ!? 薫織(かおり)、お尻を突き出す格好はイヤですわ! せめてお姫様抱っこ!」

 

「文句があるなら自力で体勢変えろ! 今は逃走優先!」

 

「そんなことしたら落ちちゃいますわよぉぉおおおおおおおお!!」

 

 

 横は横で阿鼻叫喚の様相を呈していたが、薫織(かおり)は取り合わない。

 メイドらしからぬ全力疾走で早々に『メガセンチピード』を撒いた薫織(かおり)は、適当な支柱の陰に二人を下ろす。

 

 少々の沈黙が続いた。

 真っ先に口を開いたのは、ギャアギャア騒いでいた流知(ルシル)ではなく冷的(さまと)の方だった。

 

 

「……なんでわたしを庇った?」

 

 

 俯きがちにしながら、冷的(さまと)は何かに耐えるように流知(ルシル)に尋ねる。

 

 

「わたしは……わたしはオマエのことを襲ったのに。せっかく差し伸べてくれた手を払ったのに。シキガミクスだって今は壊れてて、利用価値もないんだぞ。まさかそんなことを一切気にしない底抜けのお人好しって訳でもあるまいし……!」

 

「あァ……、まァ似たようなモンだな」

 

 

 混乱の坩堝の中で藻掻くような冷的(さまと)に対し、薫織(かおり)はあっさりと言った。説明を引き継ぐように、流知(ルシル)は徐に口を開く。

 

 

「……冷的(さまと)さん、『ズムプリ』はご存知でして?」

 

「え? いや……」

 

「『プリズムプリンセス』。わたくしが子どもの頃にやっていたアニメでしてよ。……そのメインキャラの一人……『黒衛(くろえ)嶺亜(レイア)』という女の子が、わたくし大好きだったのですわ」

 

 

 流知(ルシル)は何か遠くを見つめるようにして、

 

 

「意地悪で、口うるさくて、ちょっと捻くれてて……最初はなんて酷い子なんだって思ってましたけど、本当はとても心優しくて、そして誇り高くて……そんなカッコイイ彼女に、子どもの頃のわたくしは憧れていましたの。まぁ、前世はだからどうというわけでもなくサクッと死んでしまったのですが」

 

 

 だからこそ、と流知(ルシル)は言う。

 

 

「今世こそは、彼女を理想にして生きてみたいのですわ。色々と思うようにいかなかった前世ですけれど、今度こそは、あの人のように気高く心優しく生きてみたい、と。……というわけなので! わたくしは自分の理想に見合う行動をしているだけですので、べつに深い理由とかはなくってよ!」

 

 

 少しだけ照れくさそうに最後の方は語調を張り上げると、流知(ルシル)はそう言い切ってしまった。

 ただ、冷的(さまと)にだって流石に分かる。

 独力で『メガセンチピード』を叩き潰し、二人の非戦闘員を抱えて余裕をもって逃走が可能な強者(メイド)とはわけが違う。冷的(さまと)()()()を相手に必死に逃げ回る程度の力しか持たないこの少女が、それでも理想を貫き通すことがどれほど難しいか。

 一度折れてしまった冷的(さまと)だからこそ、それが良く分かる。

 

 

「…………ありが、と」

 

 

 気付けば、冷的(さまと)はくしゃくしゃに顔を歪めて、涙を流していた。

 『仲間』に裏切られた時に、涸れ果てたと思っていた涙だった。

 

 

「たすけてくれて……ありがとー……!!」

 

「……いいんですのよ。……というか、結局助けたのは薫織(かおり)ですしね」

 

「あ? (オレ)は『メイド』として、お嬢様が助けるって言ったから手ェ貸したんだ。そこはお嬢様のお陰で良いだろ、別に」

 

 

 ふいに話を振られた薫織(かおり)は、みなまで言わすなとばかりに手をひらひらと振る。

 二人の優しさに、冷的(さまと)はしばし静かに泣いていた。

 

 ややあって。

 涙を拭った冷的(さまと)は気を取り直すと、周辺の気配を探って索敵中(メイドの職能で可能かは気にしてはいけない)の戦闘メイドに対して尋ねる。

 

 

「ところで……オマエ、何だったんだ、アレ?」

 

 

 冷的(さまと)の脳裏には、ピクリとも動かないまま視界の外へと消えてしまった『メガセンチピード』の姿が今もこびりついていた。

 その頭部には、何度見てもアイスピックが突き刺さっていた。戦闘中、虚空に突然現れたアイスピックが。

 

 だが、あの現象は何度考えてもおかしい。

 このメイドの『シキガミクス』の霊能は『身体の精密操作』。ナイフの軌道を精密に調節したのも、蹴りでアイスピックを精密に突き刺したのも、この霊能があってのことだ。あの道理に合わない挙動は、そういうことでないと説明がつかないはず。

 

 

「オマエの能力は、肉体の精密操作なんじゃなかったのか……?」

 

「いや、それは単なるメイドの嗜みだ」

 

 

 なお、道理は引っ込んだ。

 

 

「いや、嗜みってレベルじゃなかっただろーが!?」

 

「まァまァ落ち着け。人体は意外と限界を知らねェんだから」

 

 

 憤慨する冷的(さまと)だが、適当に言う薫織(かおり)のどうでもよさに押し流されて無理やり宥められてしまう。出来ちゃってるんだからしょうがないのだ。

 そうしてひと心地ついた冷的(さまと)に向かって謎解きをするように、戦闘メイドは腕を組みながら言う。

 

 

「そもそも、おかしいとは思わなかったか?」

 

 

 つまりは、己の霊能の秘密──その根幹についての情報を。

 

 

「最初の戦闘。(オレ)は体の陰からナイフを取り出した()()()()()()が、それは本当に(オレ)の懐から取り出したものだと確認したか? 部室で目を離した隙にお茶会の準備が整っていたのは? 『メガセンチピード』との戦闘の時にいつの間にかデッキブラシを取り出したのは?」

 

「…………、」

 

 

 言われてみれば、確かにおかしな点は幾つもあった。

 状況に翻弄されていた冷的(さまと)には、気付けなかったが。──いや、冷的(さまと)が状況に翻弄されて気付けないように、このメイドが盤面をコントロールしていた、と言った方が正しいか。

 

 

(オレ)の霊能は、『女中道具』……メイドの仕事道具の『取り寄せ』だ」

 

 

 たとえば、掃除の為のデッキブラシを取り出したり。

 たとえば、調理の為のナイフやアイスピックを取り出したり。

 たとえば、接客の為のティーセットや紅茶、お茶菓子を取り出したり。

 

 それらを総じて、『女中道具』。

 これを自在に取り出すのが、このコスプレメイドの持つ霊能である。

 

 

「『女中の心得(ホーミーアーミー)』。メイドらしい霊能だろ?」

 

「ま、まー……」

 

 

 得意げに言う危険メイドに、冷的(さまと)は歯切れの悪い答えしか返せなかった。

 『家庭的な軍隊(ホーミーアーミー)』。メイドに結び付けるにはあまりにも物騒すぎる語彙だが、しかしこのメイドらしい名ではあった。

 

 

「……そういえば! まだ倒さないってどういうことですの!? さっきトドメを刺してしまっていた方がよかったのではなくて!?」

 

「あんなもんいつでも潰せる。それより、あの図体のデカさだ。生徒会室近くまで引き寄せて暴れさせりゃあ、陽動の目的も十分達成できるだろ」

 

 

 思い出したように慌てる流知(ルシル)に、薫織(かおり)はあっさりと答える。相変わらず、戦力のスケールが違うメイドであった。

 あっさりと流知(ルシル)の懸念を流した後、薫織(かおり)冷的(さまと)の方へと視線を向ける。意図が分からず首を傾げる冷的(さまと)に、薫織(かおり)は少し呆れたように溜息を吐き、

 

 

「回避不能の百鬼夜行(カタストロフ)を数日前に控えてるっていうこの状況で、お前みてェなサメガキを『生徒会』がわざわざしょっぴくってのは不自然だ。それも旧型とはいえ『メガセンチピード』まで引っ張り出してな。……お前、何か狙われるような心当たりでもあるか?」

 

 

 ピースヘイヴンは何やらデマを流して策略を練っているようだが、『霊威簒奪』による学園での大規模暴動にしろ、百鬼夜行(カタストロフ)にしろ、タイムリミットはもうすぐそこまで迫っている。

 であるならば、たとえ計画通りであったとしてもピースヘイヴンの余裕は削られてきているはず。少なくとも、無駄な手は打たないだろう。いくら学内で派手に戦闘をしでかしたといっても、そんなものは昨今の学園では日常茶飯事。こうも素早く、制圧用の『シキガミクス』を駆り出すのはやはり異常だと言える。

 

 薫織(かおり)の疑問に対して冷的(さまと)は首を振り、

 

 

「い、いいや……。わたしも全然心当たりはないんだぞ」

 

「…………ってことは……。…………まァよく分かんねェな。考えても意味ねェだろうし、とりあえず今は棚上げしとくか」

 

「だいぶあっさりしてるな!? なんか引っかかるんじゃないのか!?」

 

「考えても分かんねェことに拘泥すんのは時間の無駄だ。それより今は仕事の最中だからな。距離を詰められる前に生徒会室まで行くぞ」

 

 

 ひょい、と。

 そこまで一息で言い切ると、怪力メイドは流知(ルシル)冷的(さまと)のリアクションを待たずにまた米俵でも担ぐみたいに二人の少女を肩に抱える。細身の癖に、非常にマッシブなコスプレメイドである。

 

 

「……ちょうど、『メガセンチピード』もこっち来たしな」

 

 

 言い添えられた不良メイドの呟きの通りに、であった。

 

 

 ゴガンッッッ!!!! と。

 

 

 巨体の大百足が後者の壁や床にぶつかりのたうち回りながら三人の背後──正確には流知(ルシル)冷的(さまと)の眼前──に顔を出す。

 

 

「~~~~~~~~~~ッ!?!?!?」

 

 

 声にならない悲鳴を上げたのは、どちらだったか。

 二人の恐怖が明確な絶叫に変化するよりも早く、薫織(かおり)は跳ねてその場を離脱する。全長二〇メートルはある巨体を感じさせないほど『メガセンチピード』は素早かったが、まるでインパラのように軽やかな足取りで縦横無尽に駆け巡るメイドを捉えることはできない。

 

 それどころか、回避されることによって地面や壁に衝突するたび、『メガセンチピード』の機体の破損は広がっていき、それに応じて動きの精彩も失われる。

 このままいけば、『生徒会室』に辿り着く頃には薫織(かおり)の目論見通り殆ど暴走のような様相を呈して、運用者である『生徒会』にすらも牙を剥きかねない状態だった。

 

 

「しっ、死にますわッ!? 薫織(かおり)、せめて顔を、顔を前の方に! こんな大迫力、寿命が縮んで今この場で死にますわ!?」

 

「口調が崩れてねェな! まだ良し!」

 

「わたくしの口調を平常心バロメータみたいに使わないでくださいましぃ!!」

 

 

 言い合っている間にも『メガセンチピード』は薫織(かおり)に攻撃を仕掛けてくるが、全力疾走中の超人メイドはそちらを見もせずに跳躍しては回避していく。

 下段の横薙ぎは単純な跳躍。続く袈裟斬りは身を屈め。縦の叩き落としはサイドステップで苦も無く躱し。あまつさえ、隙があれば足を止めて横蹴りで機体ににダメージを蓄積させることも忘れない。しかもこのメイドは、それを二人を肩に抱えて後ろを一度も振り返らずに実行しているのだ。

 『危なげない』という言葉がこれほど似合う逃走劇も、早々ないだろう。あまりの安定感に、むしろ助けられているはずの冷的(さまと)の方が不安になってくる始末だった。

 

 

「なっ、なんで躱せるんだぞ!? 後ろに目でもついてるのか!?」

 

「流石にそこまで人間離れはしてねェよ。窓のサッシとか扉の金具とかガラスとか、そのへんの環境物に反射して映る景色を見て把握してるだけだ」

 

「まだ後ろに目がついてた方が人間っぽいと思うぞ……」

 

「まァ、メイドだし……」

 

 

 言われてみれば、確かに目を凝らすとそういった部分に『メガセンチピード』が映っているのが見えないこともない。

 ……のだが、それを飛び跳ねつつ『生徒会室』という明確なゴールを頭に入れて実行するのがどれほど難しいことなのか、凝視していてもそんな米粒みたいな情報から正しい情報を獲得できるのか。そもそもメイドであることは関係あるのか。冷的(さまと)には何も分からなかった。

 

 

「……よし、このへんで良いだろ」

 

 

 メイドはふいにそう言うと、抱えていた二人を地面に降ろす。

 突然の着地と少しの慣性で軽くよろめいた流知(ルシル)冷的(さまと)だったが、顔を上げるとそこが生徒会室の前であることを示す教室表札(プレート)が。

 流石に、流知(ルシル)の行動も早かった。

 即座に身を低くして駆け出すと、そのへんの廊下の支柱の陰に身を隠す。

 

 

「ほらっ、冷的(さまと)さんもこちらに! 薫織(かおり)の戦闘に巻き込まれますわよ!」

 

「なんと言うか、オマエも手慣れてるな……」

 

 

 呆れつつ、自衛手段を持たない冷的(さまと)も同様に支柱の陰に身を隠す。

 とはいえ、此処は既に敵地の近く。『生徒会』の人員に捕まってしまう可能性もあるので、警戒は忘れないでおく冷的(さまと)である。

 

 

(……こっちのお嬢様の方は、どーも警戒心とかそーいうのが薄いみたいだしな……)

 

 

 自分がしっかりせねばなるまい。

 前世も含めればもう三〇歳を超える大人なのだから、と冷的(さまと)は自分を奮い立たせる。

 

 そう、覚悟を決めた瞬間だった。

 ゴガァアン!!!! と派手な音が、流知(ルシル)達の隠れている支柱の向こう側から響き渡った。

 何が起こったのか、を伺う必要すらない。隠れている支柱の陰からでも見えるように、『メガセンチピード』の残骸が転がってきたからだ。

 

 

「ど……どういうことですの!? もうちょっと暴れて混乱を誘うのではなくて? ついうっかり壊してしまいましたか!?」

 

「いや、あまり暴れられても厄介なのでね」

 

 

 答えたのは薫織(かおり)ではなく、鈴が転がるような少女の声だった。

 落ち着いた大人のような口調とは裏腹に、その声色は童女のように弾んでいる。それでいて、声色からだけでも感じるくらいに──その声からは、明らかな敵意が滲み出ていた。

 おそるおそる顔を出すと、そこは凄まじい戦場だった。

 

 まず、『メガセンチピード』は粉々に砕けている。

 おそらく頭部の付け根あたりが起点となっているであろう破壊の痕は、まるで巨大な鉄球のような『何か』がめり込んだであろう事実を示唆している。それが一発ではなく、複数発。『メガセンチピード』の機体は完全に大破していたし、廊下にもその破壊の余波が及んでいた。

 

 

「か、薫織(かおり)──!」

 

 

 反射的に自身のメイドの身を案じた流知(ルシル)だったが、その心配が杞憂であることはすぐに分かった。『メガセンチピード』から数メートル。廊下の壁際のところに、薫織(かおり)は無傷で佇んでいたからだ。

 そして──その彼女の視線の先。

 『メガセンチピード』の残骸たちが散らばる中心地点に、『そいつ』はいた。

 

 大空のような、スカイブルーの長髪。

 深海のような、エヴァーグリーンの瞳。

 口元は三日月のようにゆったりと笑みの形に伸び、佇まいからは余裕が滲み出ている。

 

 旧式とはいえ、二〇メートル以上の巨体を一瞬にしてバラバラにしてみせたその張本人は、支柱の陰から顔を出した流知(ルシル)冷的(さまと)に対してウインクすらするほどに自然体だった。

 

 

「やぁやぁ、初めましてといったところかな。私はトレイシー=ピースヘイヴン。この学園の生徒会長、だが……」

 

 

 そいつの名は。

 

 

 

「『虎刺(ありどおし)看酔(みよう)』という名の方が、君達にとって重要度は高いかね?」




ちなみに、シキガミクスの能力の採点基準は下記のとおりです。
※基本的には能力自体の評価は含まず、機体自体のスペックとする
※『皮剥上手(ピーラージョーズ)』の俊敏性などそれを抜いたらゼロ同然のものは除く

0:赤子並、無力
10:一般児童並、酔っ払い並(精密性)
30:一般男性並
50:プロ並
70:猛獣並み、世界記録並(精密性)
90:機械並
100:無敵

・攻撃性:能力を除いたシキガミクスそのものの攻撃性能の高さ。
・防護性:シキガミクス自体の頑丈さや防御行動のとりやすさ。
・俊敏性:シキガミクス自体の動きの素早さ。またはシキガミクスを装備した本体の俊敏性。
・持久性:シキガミクス発動時の霊気の消耗度。30でマラソン程度、90で直立程度の消耗。
・精密性:シキガミクス自体の動作の正確さ。
・発展性:シキガミクスの技術的伸びしろ。応用性は含まず、高ければ高いほどより発展の余地がある。
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