【改稿前版】唯神夜行 >> シキガミクス・レヴォリューション 作:家葉 テイク
──シキガミクス。
それは最早、日本国民の生活に密接にかかわるものとなっている。
『こちらは「ウラノツカサ生徒会執行部」です。速やかに戦闘態勢を解除し、投降してください。指示に従わない場合、武力を以て鎮圧行動に移ります。その際に発生した負傷については、当執行部は一切保証いたしません』
木造りの大百足。怪異を模した『ロボット』もまた、そうした歴史の特異点を生み出した
「わわっ、動き始めましたわよ
「下がってろ。集中できねェから」
『メガセンチピード』を前にしながら、
『ウラノツカサ』の廊下全体を埋め尽くさんばかりに蠢く『メガセンチピード』は、その敵対行動を以て完全に優先対象を
おそらく二〇メートル程度はある体躯を持ち上げたその姿は、最早百足というよりも神話に現れるような大蛇のそれにも近しい威容を誇っていた。その一連の動きを見ていた戦闘メイドは、すぐに動けるよう身を低く屈める。
戦端を切ったのは、『メガセンチピード』の方だった。
『投降の意志なしと判断。鎮圧します』
グオォ!! と持ち上げた上体だけで、五メートルほどか。それを鞭のようにしならせた『メガセンチピード』は、まるで持ち手が一人しかいない大縄跳びの縄のように地面を掬い上げる軌道でひと薙ぎにする。
──『ウラノツカサ』の廊下は道幅が一〇メートル強、天井までの高さが五メートルある非常に広々としたつくりだが、体長二〇メートルほどもある『メガセンチピード』がその胴体を使って目の前をひと薙ぎにすれば、どれだけ広かろうが関係ない。ただそれだけで、陰陽師だろうとなんだろうと戦闘不能にする、圧倒的質量。それに対し
たん、と軽い音を立てて跳躍し、致命の一撃を容易く回避した。
人間の領域を、遥かに超えた機動力で。
(あのメイドの異常な身体能力……たぶん、あの目立つメイド服そのものがシキガミクスなんだ!! それなら、あのコスプレも納得……いや納得できないけど……)
とはいえ、あの身体能力にも限度はあるだろう、と
鮮やかな回避を見せた戦闘メイドだが、それを後方から見守っていた
「マズイんだぞ! 『メガセンチピード』のヤツ、
空中。
身動きが取れない
『メガセンチピード』が攻撃に使ったのは、頭側の体躯五メートルほど。全長を二〇メートル程度とした場合──残り一五メートルは、すぐにでも動ける待機状態ということになる。
即ち。
(何となくだけど……分かってきたんだぞ! あのメイドの霊能は、おそらく身体の精密操作! わたしを追い詰めたあのナイフも、霊能で精密に回転を調整していたに違いないぞ!)
ただ、それが霊能なのだとしたら、
先ほど
踏ん張りの効かない空中で、しかも自分自身を狙った一撃。仮に
(クソっ! 旧型の『メガセンチピード』くらい、
ドヒュ!!!! と。
まるで矢のような速度で、『メガセンチピード』の尾に当たる部分が突き出された。実在の百足同様に鋭く伸びた脚を備えた尾部の一撃は、食らえば貫通は免れないだろう。
対して、薙ぎの一撃を跳躍して回避した直後の
「や、やめてくれェ!!」
「
焦る
別にさしたるトリックがあったわけではない。ただ、手に持ったデッキブラシを振り下ろしただけ。ただそれだけのアクションが、全長二〇メートルにも及ぶ巨躯との肉弾戦にも打ち勝てる──ただそれだけのこと。
その事実を『メガセンチピード』の判断能力に悟らせない為の、あえての跳躍。『メガセンチピード』も
「そもそも。旧型の『メガセンチピード』ごときに力負けするようなシキガミクスで、一〇年以上も民間で陰陽師をやっていける訳がありませんもの」
「じゅ、みん、え……?」
「
はたき落とされた『メガセンチピード』の尾部は、そのまま頭部に勢いよく叩きつけられる。司令塔たる頭部への衝撃で一瞬行動が停止した隙を、百戦錬磨のメイドは見逃さなかった。
「『メイド
その手にあったデッキブラシが──突如として、消失する。
代わりに次の瞬間には、空中で振りかぶられたメイドの足先に一本のアイスピックが
「あ、れ? 足……? アイスピック……??」
一部始終を眺めていた
「──『
ズガン!! と。
蹴り飛ばされたアイスピックが、寸分違わず『メガセンチピード』の脳天に突き刺さった。
05 世界を諦めた者| >> CREATER A | |
離れたところで戦闘メイドの『ご奉仕』を見守っていた
ただし。
「わっ、もう倒せましたの
「まだだ!
受け答えもそこそこに、言うだけ言って
「きゃああああ!?
「文句があるなら自力で体勢変えろ! 今は逃走優先!」
「そんなことしたら落ちちゃいますわよぉぉおおおおおおおお!!」
横は横で阿鼻叫喚の様相を呈していたが、
メイドらしからぬ全力疾走で早々に『メガセンチピード』を撒いた
少々の沈黙が続いた。
真っ先に口を開いたのは、ギャアギャア騒いでいた
「……なんでわたしを庇った?」
俯きがちにしながら、
「わたしは……わたしはオマエのことを襲ったのに。せっかく差し伸べてくれた手を払ったのに。シキガミクスだって今は壊れてて、利用価値もないんだぞ。まさかそんなことを一切気にしない底抜けのお人好しって訳でもあるまいし……!」
「あァ……、まァ似たようなモンだな」
混乱の坩堝の中で藻掻くような
「……
「え? いや……」
「『プリズムプリンセス』。わたくしが子どもの頃にやっていたアニメでしてよ。……そのメインキャラの一人……『
「意地悪で、口うるさくて、ちょっと捻くれてて……最初はなんて酷い子なんだって思ってましたけど、本当はとても心優しくて、そして誇り高くて……そんなカッコイイ彼女に、子どもの頃のわたくしは憧れていましたの。まぁ、前世はだからどうというわけでもなくサクッと死んでしまったのですが」
だからこそ、と
「今世こそは、彼女を理想にして生きてみたいのですわ。色々と思うようにいかなかった前世ですけれど、今度こそは、あの人のように気高く心優しく生きてみたい、と。……というわけなので! わたくしは自分の理想に見合う行動をしているだけですので、べつに深い理由とかはなくってよ!」
少しだけ照れくさそうに最後の方は語調を張り上げると、
ただ、
独力で『メガセンチピード』を叩き潰し、二人の非戦闘員を抱えて余裕をもって逃走が可能な
一度折れてしまった
「…………ありが、と」
気付けば、
『仲間』に裏切られた時に、涸れ果てたと思っていた涙だった。
「たすけてくれて……ありがとー……!!」
「……いいんですのよ。……というか、結局助けたのは
「あ?
ふいに話を振られた
二人の優しさに、
ややあって。
涙を拭った
「ところで……オマエ、何だったんだ、アレ?」
その頭部には、何度見てもアイスピックが突き刺さっていた。戦闘中、虚空に突然現れたアイスピックが。
だが、あの現象は何度考えてもおかしい。
このメイドの『シキガミクス』の霊能は『身体の精密操作』。ナイフの軌道を精密に調節したのも、蹴りでアイスピックを精密に突き刺したのも、この霊能があってのことだ。あの道理に合わない挙動は、そういうことでないと説明がつかないはず。
「オマエの能力は、肉体の精密操作なんじゃなかったのか……?」
「いや、それは単なるメイドの嗜みだ」
なお、道理は引っ込んだ。
「いや、嗜みってレベルじゃなかっただろーが!?」
「まァまァ落ち着け。人体は意外と限界を知らねェんだから」
憤慨する
そうしてひと心地ついた
「そもそも、おかしいとは思わなかったか?」
つまりは、己の霊能の秘密──その根幹についての情報を。
「最初の戦闘。
「…………、」
言われてみれば、確かにおかしな点は幾つもあった。
状況に翻弄されていた
「
たとえば、掃除の為のデッキブラシを取り出したり。
たとえば、調理の為のナイフやアイスピックを取り出したり。
たとえば、接客の為のティーセットや紅茶、お茶菓子を取り出したり。
それらを総じて、『女中道具』。
これを自在に取り出すのが、このコスプレメイドの持つ霊能である。
「『
「ま、まー……」
得意げに言う危険メイドに、
『
「……そういえば! まだ倒さないってどういうことですの!? さっきトドメを刺してしまっていた方がよかったのではなくて!?」
「あんなもんいつでも潰せる。それより、あの図体のデカさだ。生徒会室近くまで引き寄せて暴れさせりゃあ、陽動の目的も十分達成できるだろ」
思い出したように慌てる
あっさりと
「回避不能の
ピースヘイヴンは何やらデマを流して策略を練っているようだが、『霊威簒奪』による学園での大規模暴動にしろ、
であるならば、たとえ計画通りであったとしてもピースヘイヴンの余裕は削られてきているはず。少なくとも、無駄な手は打たないだろう。いくら学内で派手に戦闘をしでかしたといっても、そんなものは昨今の学園では日常茶飯事。こうも素早く、制圧用の『シキガミクス』を駆り出すのはやはり異常だと言える。
「い、いいや……。わたしも全然心当たりはないんだぞ」
「…………ってことは……。…………まァよく分かんねェな。考えても意味ねェだろうし、とりあえず今は棚上げしとくか」
「だいぶあっさりしてるな!? なんか引っかかるんじゃないのか!?」
「考えても分かんねェことに拘泥すんのは時間の無駄だ。それより今は仕事の最中だからな。距離を詰められる前に生徒会室まで行くぞ」
ひょい、と。
そこまで一息で言い切ると、怪力メイドは
「……ちょうど、『メガセンチピード』もこっち来たしな」
言い添えられた不良メイドの呟きの通りに、であった。
ゴガンッッッ!!!! と。
巨体の大百足が後者の壁や床にぶつかりのたうち回りながら三人の背後──正確には
「~~~~~~~~~~ッ!?!?!?」
声にならない悲鳴を上げたのは、どちらだったか。
二人の恐怖が明確な絶叫に変化するよりも早く、
それどころか、回避されることによって地面や壁に衝突するたび、『メガセンチピード』の機体の破損は広がっていき、それに応じて動きの精彩も失われる。
このままいけば、『生徒会室』に辿り着く頃には
「しっ、死にますわッ!?
「口調が崩れてねェな! まだ良し!」
「わたくしの口調を平常心バロメータみたいに使わないでくださいましぃ!!」
言い合っている間にも『メガセンチピード』は
下段の横薙ぎは単純な跳躍。続く袈裟斬りは身を屈め。縦の叩き落としはサイドステップで苦も無く躱し。あまつさえ、隙があれば足を止めて横蹴りで機体ににダメージを蓄積させることも忘れない。しかもこのメイドは、それを二人を肩に抱えて後ろを一度も振り返らずに実行しているのだ。
『危なげない』という言葉がこれほど似合う逃走劇も、早々ないだろう。あまりの安定感に、むしろ助けられているはずの
「なっ、なんで躱せるんだぞ!? 後ろに目でもついてるのか!?」
「流石にそこまで人間離れはしてねェよ。窓のサッシとか扉の金具とかガラスとか、そのへんの環境物に反射して映る景色を見て把握してるだけだ」
「まだ後ろに目がついてた方が人間っぽいと思うぞ……」
「まァ、メイドだし……」
言われてみれば、確かに目を凝らすとそういった部分に『メガセンチピード』が映っているのが見えないこともない。
……のだが、それを飛び跳ねつつ『生徒会室』という明確なゴールを頭に入れて実行するのがどれほど難しいことなのか、凝視していてもそんな米粒みたいな情報から正しい情報を獲得できるのか。そもそもメイドであることは関係あるのか。
「……よし、このへんで良いだろ」
メイドはふいにそう言うと、抱えていた二人を地面に降ろす。
突然の着地と少しの慣性で軽くよろめいた
流石に、
即座に身を低くして駆け出すと、そのへんの廊下の支柱の陰に身を隠す。
「ほらっ、
「なんと言うか、オマエも手慣れてるな……」
呆れつつ、自衛手段を持たない
とはいえ、此処は既に敵地の近く。『生徒会』の人員に捕まってしまう可能性もあるので、警戒は忘れないでおく
(……こっちのお嬢様の方は、どーも警戒心とかそーいうのが薄いみたいだしな……)
自分がしっかりせねばなるまい。
前世も含めればもう三〇歳を超える大人なのだから、と
そう、覚悟を決めた瞬間だった。
ゴガァアン!!!! と派手な音が、
何が起こったのか、を伺う必要すらない。隠れている支柱の陰からでも見えるように、『メガセンチピード』の残骸が転がってきたからだ。
「ど……どういうことですの!? もうちょっと暴れて混乱を誘うのではなくて? ついうっかり壊してしまいましたか!?」
「いや、あまり暴れられても厄介なのでね」
答えたのは
落ち着いた大人のような口調とは裏腹に、その声色は童女のように弾んでいる。それでいて、声色からだけでも感じるくらいに──その声からは、明らかな敵意が滲み出ていた。
おそるおそる顔を出すと、そこは凄まじい戦場だった。
まず、『メガセンチピード』は粉々に砕けている。
おそらく頭部の付け根あたりが起点となっているであろう破壊の痕は、まるで巨大な鉄球のような『何か』がめり込んだであろう事実を示唆している。それが一発ではなく、複数発。『メガセンチピード』の機体は完全に大破していたし、廊下にもその破壊の余波が及んでいた。
「か、
反射的に自身のメイドの身を案じた
そして──その彼女の視線の先。
『メガセンチピード』の残骸たちが散らばる中心地点に、『そいつ』はいた。
大空のような、スカイブルーの長髪。
深海のような、エヴァーグリーンの瞳。
口元は三日月のようにゆったりと笑みの形に伸び、佇まいからは余裕が滲み出ている。
旧式とはいえ、二〇メートル以上の巨体を一瞬にしてバラバラにしてみせたその張本人は、支柱の陰から顔を出した
「やぁやぁ、初めましてといったところかな。私はトレイシー=ピースヘイヴン。この学園の生徒会長、だが……」
そいつの名は。
「『
ちなみに、シキガミクスの能力の採点基準は下記のとおりです。
※基本的には能力自体の評価は含まず、機体自体のスペックとする
※『
0:赤子並、無力
10:一般児童並、酔っ払い並(精密性)
30:一般男性並
50:プロ並
70:猛獣並み、世界記録並(精密性)
90:機械並
100:無敵
・攻撃性:能力を除いたシキガミクスそのものの攻撃性能の高さ。
・防護性:シキガミクス自体の頑丈さや防御行動のとりやすさ。
・俊敏性:シキガミクス自体の動きの素早さ。またはシキガミクスを装備した本体の俊敏性。
・持久性:シキガミクス発動時の霊気の消耗度。30でマラソン程度、90で直立程度の消耗。
・精密性:シキガミクス自体の動作の正確さ。
・発展性:シキガミクスの技術的伸びしろ。応用性は含まず、高ければ高いほどより発展の余地がある。