【改稿前版】唯神夜行 >> シキガミクス・レヴォリューション   作:家葉 テイク

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08 ある陰謀の頓挫

 その瞬間。

 時の流れが、緩やかになった。

 

 否、それは感覚の世界の話でしかない。この極限状況に至って、薫織が認知能力をフル回転させた結果、あらゆるものの速度がコマ送りになっただけ。

 薫織の経験上、事態が修羅場に突入すればこうしたことはままあった。だから彼女は、コマ送りの世界の中で迅速に自分にできる行動をとった。

 

 ──生徒会長トレイシー=ピースヘイヴンは、既に手遅れだった。

 背中から刺されて胸から突き出たナイフの位置は、的確に心臓を貫いている。これはどう見ても──事態発生から短時間で死亡するという本来の意味で──即死だ。即座に治療できる方法がない以上どうしようもない。

 

 

「トラっっっっっ!!!!!!!!」

 

 

 悲痛な叫びが、嵐殿の口から発せられた。

 叫びが向けられた先は、言うまでもなくトレイシー=ピースヘイヴンだろう。ピースヘイヴン自身が嵐殿のことをシロウと呼んでいたことと併せ、おそらく前世での呼び名だと推測できる。

 無理もない、と薫織は頭の片隅で考えていた。嵐殿とピースヘイヴンの間柄にどんな関係があるかは詳しくないが、薫織だって流知がああなったら同じようなリアクションをするだろう。つまりそれだけの関係性が、嵐殿とピースヘイヴンの間にはあったということだ。

 彼女が異常なまでに焦っていたのは、生徒会メンバーから情報を得たことでこの状況を予見できたからなのだろうか。

 

 なんにせよ、嵐殿が冷静さを失っている時点で薫織が最も警戒すべきは、伏兵の潜伏と奇襲だった。嵐殿は今冷静さを失っている。敵がこの精神状態を狙っていたなら、反射的にピースヘイヴンへ駆け寄った嵐殿は格好の的になりかねない。

 すぐさま視線を走らせて室内の気配を確認し始めたところで。

 

 嵐殿が、一歩目を踏み出した。

 

 目を血走らせた嵐殿の身体から、ズウ──とスライドするように人型のシキガミクスが現れる。

 嵐殿の髪色と同じくすんだ灰色をした、狼頭の獣人だった。

 幻影から現実へと切り替わった機械的な狼男がその足で地面を踏みしめる。

 

 そこで、薰織は室内に敵の気配がないこと、及び嵐殿がシキガミクスを発現したことを把握する。

 ほんの刹那の時間、薰織の行動が硬直したのは、彼女自身が嵐殿のシキガミクスを見たのが初めてだったからだ。これまで嵐殿は味方である薰織と流知に対してもシキガミクスを見せたことがなかった。信頼されていない訳では無いと理解していたが、度を越した秘密主義だと考えていた薰織としては──先程の絶叫と併せて、この事態が嵐殿にとってそれほどの非常事態であるとの認識を強固にする。

 

 嵐殿が、二歩目を踏み出した。

 

 伏兵の懸念を排除した薰織は、改めて現在の室内の状況を確認する。

 八メートル四方程度の手狭な空間には、作業机が雑然と配置されていた。部屋の奥に配置されている生徒会長用のデスクを中心としてコの字の形に並べられた作業机にはシキガミクス製のパソコンが置かれている。

 ピースヘイヴンがいたのはこのうち生徒会長用の作業机の手前で、作業机に腰掛けて入口の方を向き直っていたところで後ろから打鳥が寄りかかるようにナイフを突き刺したという格好になる。

 

 声からして、打鳥が先程打倒したシキガミクスの使い手。伏兵の危険性を排除した今、目の前の男の正体を瞬時に推測した薰織が真っ先に警戒したのは、予備のシキガミクスによる場当たり主義の迷彩(ハプハザードアサシン)の『透明化』だ。

 専用シキガミクスは基本的に製造・維持コストが高く、霊能自体がシキガミクスを使い捨てることを前提としてでもいない限り、複数機を所持していることは滅多にない。ただし別に『所持できない』という訳ではなく、敗北に備えてシキガミクスを複数機所持する例は稀ではあるがあった。

 伏兵がいない以上、この場で最悪の展開は『透明化したシキガミクスによって取り乱した嵐殿も暗殺される』というパターン。薰織がそこまで思考をめぐらせる頃には、その手の中には数本のナイフが発現されていた。

 

 

「念には念を入れておくか……!」

 

 

 そうは言ってもそこまでの最悪がやって来る可能性は高くないと踏んでいた薰織だが、『可能性に目を瞑る』のと『実際に潰し切る』のとではその後の行動のキレが断然変わってくることを彼女は経験で知っていた。

 一投、二投。まずは此処に隠れられていたら自分が割って入る前に暗殺されかねないという所へナイフを投擲する。

 

 嵐殿が、三歩目を踏み出した。

 

 果たして、二投のナイフはそれぞれ乾いた音を立てて壁や床に突き立つ。──シキガミクスに弾かれたり、回避の足音が立つ様子はなかった。

 

(いないか……! 一手無駄にしたがまァ良い。最悪よりはマシだ! それより嵐殿の野郎は……!)

 

 

 薰織が索敵を完璧に終わらせた頃には、既に嵐殿は四歩目を踏み出していた。

 そして、そのタイミングで嵐殿の傍らを併走していたシキガミクスも本格的に動き出す。

 

 遠隔操作使役型のシキガミクスと違い、多くの至近操作使役型シキガミクスはカメラ機能をオミットしている。これは人外の速度で行動している物体を一人称視点で操作することが難しいというのが主な理由だが──この関係で、至近操作使役型のシキガミクスは術者から二メートルから五メートルの範囲で戦うのが最も戦いやすい距離であるとされていた。

 ただし、嵐殿はそんな至近操作使役型のセオリーを完全に無視して、シキガミクスと一メートル程度の距離を保っている。まるで──シキガミクスからピースヘイヴンを受け取ろうとしているような位置取り。

 

 そして、嵐殿のシキガミクスが胸を貫かれたピースヘイヴンに触れる直前のことだった。

 

 じろり、と。

 ピースヘイヴンの視線が、事の次第を冷静に観察していた薰織の視線と絡みつく。

 

 そして、それと同時に──

 

 ──音もなく。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 


 

 

 

08 ある陰謀の頓挫

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「トラっ!?」

 

 

 狼狽えた声とは裏腹に、嵐殿は腰を低く落としそれまでの前のめりな姿勢から一転して冷静さを取り戻していた。

 同時に、薫織もまた長物のデッキブラシを手元に取り寄せて改めて周囲の警戒を始める。

 

 

「随分取り乱すじゃあないか。いや、嬉しいね。親友」

 

 

 ──ピースヘイヴンの声は、部屋の隅から聞こえた。

 位置取りとしては、入り口から見て左側の奥。コの字に並んだ机の角に位置するところで、ピースヘイヴンは壁に背を預けて腕を組んでいた。

 その胸に、貫かれたような痕はない。

 

 タン、と。

 その姿を認めた薫織のすぐ傍まで、嵐殿が一息で下がる。

 

 

「……悪いね。先走った」

 

「無理もねェよ」

 

 

 二人は言葉少なに意思を交わすと、改めて全域への警戒を張り巡らせる。今この部屋では、複数の異常事態が並行して発生している。

 一つは、ピースヘイヴンの腹心を自称している男の裏切り。

 一つは、確かに致命傷を負わされたはずのピースヘイヴンの復活。

 一つは、ピースヘイヴンの瞬間移動。

 原因が別かどうかは分からない。全て同一の根源から始まった事象なのかもしれないし、そうでないかもしれない。何も分からない以上、これ以上この場に留まるのは得策ではないのだが──

 

 

「……あ、あれ……? 勝ち馬……『契約』……」

 

「……ああ、すまないが打鳥君。君への対処は()()()()()()()

 

 

 事態は、二人が行動を起こすよりも先に進展した。

 

 

「『崩れ去る定説(リヴィジョン)』」

 

 

 言葉と共に、人影が在った。

 紳士然とした風貌の人型シキガミクスは、しかし生物的にも見えるほどに筋骨隆々なシルエットを持っている。遠めに見れば大男のようにも見える外観だったが、その顔つきはカメラの眼球にスピーカーの口と、一目見れば分かる程度に機械的なパーツで占められていた。

 ──ちらりとだが、あのシルエットは薫織も見たことがある。アレは、『メガセンチピード』を破壊したときに一瞬だけ現れたシキガミクスだ。

 

 

(…………? 何か妙な……)

 

 

 そこに一抹の違和感をおぼえた薫織だったが、崩れ去る定説(リヴィジョン)は止まらない。次の瞬間には、その巨躯は打鳥の傍らに移動していた。

 

 

(……!? 瞬間移動(オレとおなじ)、……いや違う! ()()()()()()()()()()()()()!! おそらくは(オレ)以上の速度で……! アレがヤツのシキガミクス!!)

 

 

 剛腕が、一閃した。

 それだけで茫然と佇んでいた打鳥は叩き伏せられ、全身の半分が床にめり込んでいた。圧倒的破壊力──いや、『メガセンチピード』を大破させていたことを考えると、打鳥を血煙に変えずにただ叩き伏せただけに留めたその精密性が際立つか。

 すぐさま撤退しようと、警戒を嵐殿に任せて彼女を抱え腰を低く落としていた薫織だったが、そこに遅れてピースヘイヴンの声がかかる。

 

 

「ああ、待ってくれないか!?」

 

 

 その声が意外にも切羽詰まっていたので、薫織は一瞬だけ行動を保留し。

 

 

「すまないが私も連れて行ってくれ! 少々、マズイことになったらしい!」

 

 

 ──危うく、ずっこけるかと思った。

 

 

 


 

 

 

紳士然とした風貌の筋骨隆々とした人型シキガミクス。

体長は二メートル前後。紳士服のような意匠で、遠目に見たら人間と見紛うような見た目。ただし、カメラの瞳にスピーカーの口と、顔は一目見れば分かる程度に機械的。

 

能力は、一切が不明。

 

ただし──『無敵』であることは確か。

崩れ去る定説(リヴィジョン)

攻撃性:100 防護性:100 俊敏性:80

持久性:70 精密性:80 発展性:70

※100点満点で評価

 

 

 


 

 

 

 それからしばらくして。

 生徒会準備室から撤退した薫織、嵐殿、そしてピースヘイヴンは──適当な廊下の支柱の陰で、一旦立ち止まっていた。

 別の空き教室に隠れている流知達と合流するわけには、まだいかない。なりゆきでピースヘイヴンと共に逃げてきたが、一応コイツは学園を巻き込む陰謀の黒幕で、本人の自白もあるのだから。

 

 

「んで」

 

 

 薫織は片目を瞑りながら腕を組んで、

 

 

「どういうことなんだ? 嵐殿が死ぬほど焦っていた理由も、テメェが刺された理由も、(オレ)は何一つ分からねェんだがよ」

 

「それについては、俺から説明しよう」

 

 

 話を引き継ぐようにして、嵐殿が口を開く。

 

 

「まず、コイツの状況だが……端的に言うと、()()()()()。コイツの部下、生徒会の書記長に伽退(きゃのく)悠里(ゆうり)って女子生徒がいるんだが、ソイツが中心になって生徒会役員の半分が反旗を翻した形だ」

 

「はァ? 何でまた。生徒会の連中にとってはコイツは『勝ち馬』なんじゃなかったのか?」

 

「学園の『外』の利権だよ」

 

 

 問いを重ねる薫織に、嵐殿は即答する。

 

 

「このバカは百鬼夜行(カタストロフ)を利用する『計画』を立てていたが──そこには破壊が伴う。百鬼夜行(カタストロフ)によって大規模な破壊が発生すれば、組織としてのセキュリティも弱まる。その機に介入すれば、唯一の陰陽師育成機関を牛耳ることができる。是非とも牛耳りたい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。『ウラノツカサ』は唯一の陰陽師育成機関だ。……そう考える組織だって、少なくはない」

 

「だからピースヘイヴンが進めている百鬼夜行(カタストロフ)の前倒し自体は許容して、ピースヘイヴンを暗殺することであえて完全にアンコントローラブルな百鬼夜行(カタストロフ)を発生させて学園自体をぶっ壊そうとしてるってことか?」

 

「ということらしい。俺はその情報を別の生徒会書記の生徒から知って、慌てて薫織と合流した……って訳ね」

 

 

 とんでもない話だった。

 何より、外部組織が凶行に踏み切った理由が百鬼夜行(カタストロフ)の前倒しに学園の独裁と、どこまでもピースヘイヴンの身から出た錆なところが救えない。

 

 

「テメェが復活した理由は?」

 

「それは企業秘密だ。教えることはできないな」

 

「チッ……」

 

 

 舌打ちするが、薫織はそれ以上追及しようとはしなかった。本能的に、此処についてはどう掘り下げようと有益な情報が得られるとは思えなかったのだ。むしろ此処で下手に拘泥すれば、ピースヘイヴンとの敵対関係がより強固になってしまうリスクもある。

 

 

「……な? マズイことになっただろう?」

 

 

 そう言って、ピースヘイヴンは苦笑しながら肩を竦めた。

 この状況でコミカルな動作をしてきやがる黒幕野郎に腹を立てた薫織は、無言でバカの頭を殴打する。

 

 

「いたぁ! 酷いな……。まぁ、そこの柚香が盗み見た通り、私の計画は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことに意味があったわけだが……その為の手足となる生徒会メンバーの半数が敵対したとなると……どうなるか分かるかね」

 

 

 ピースヘイヴンは一呼吸おいて、

 

 

「つまり」

 

 

 神妙な面持ちで、こう告げた。

 

 

「『霊威簒奪』のデマ拡散から始まり、君達が抵抗していた私の計画は────早くも失敗が確定したことになる」

 

 

 もう一発ブン殴った。

 

 

「痛いなぁ!? 私のこの至宝たる頭脳がバカになったらどうしてくれる!?」

 

「うるせェボケ!! 今まで散々こっちを振り回してくれやがった黒幕野郎が今更ラスボス降りますっつったら、もう殴るしかねェだろうが!!!!」

 

 

 憤慨するピースヘイヴンだったが、悪態を吐く暴力メイドにハァと溜息を吐く。

 気を取り直して調子を取り戻すと、ピースヘイヴンは咳ばらいを一つして話を前に進めた。

 

 

「とにかく。破壊と混沌しか生まない百鬼夜行(カタストロフ)など百害あって一利なしだ。現時刻から私は誰が敵だか分からない生徒会を離れてひとまず百鬼夜行(カタストロフ)を阻止する為に動くつもりだが……君達も似たような感じだろ? 一緒に協力しないかね?」

 

 

 悪びれた様子もなく協力を申し出てくる元黒幕バカに、『コイツもう五発くらいブン殴ってもいいんじゃねェかな……』とわりと真剣に考える鉄拳メイド。

 だが、これ以上話の腰を折ってもしょうがない。薫織は仕方なく真面目なテンションに戻りながら、

 

 

「協力の意志が偽装でない確証は? つい数分前まで敵対してたんだ。裏切らない確証がねェ限り(オレ)は納得できねェぞ」

 

「確証は出せない。それは悪魔の証明だからな。だが、『()()()()()()()()()()()()()()()

 

「!!」

 

 

 その言葉に、薫織と嵐殿の息が詰まる。

 

 

「君達の『策』は分かっている。何らかの方法で私の頭の中を覗き『草薙剣』の内部血路の図面を確保して、()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 確かに、その解決策は的を射ている。その為の設計図を私から提供しようと言っているんだ」

 

 

 急転直下の提案。

 ピースヘイヴンからの提示に、まず口を開いたのは嵐殿だった。

 

 

「…………その解法があると分かっていたなら、何故『シキガミクス・レヴォリューション』を……捨てた?」

 

「……、……『草薙剣』の紛失はきっかけでしかなかった。言っただろう。私が見据えている問題の根は、もっと深いところにあるんだよ。シロウ」

 

 

 互いに、少女とは思えないくらいにくたびれた声色。

 そこには見た目からは想像もつかない重い歴史があるのだろう。薫織には二人の文脈を伺い知ることはできないので、ただ黙って二人の話の成り行きを見守る。

 ピースヘイヴンはそこで、パンと手を叩いて空気を切り替える。嵐殿の方も納得はしていないが、それ以上この話題について拘泥するつもりはないようだった。

 

 

「ともあれ、だ! 私のことは信頼できないだろうし、今すぐ信頼できるだけの材料を提示することも私には不可能。だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。これでどうかね?」

 

「…………有能なカスほど扱いに困るモンもねェな」

 

 

 つまり、薫織にも彼女の加入を拒否するだけの材料はないということだった。

 

 

「さて、懸念事項は解決したな! では晴れてラスボスは廃業だ。これからは先達として、君達に協力させてもらうよ」

 

「なんでコイツこの流れでこんなイキイキできるんだ?」

 

「……気にしないでやってくれ。コイツは前世(むかし)からこういうヤツなんだ……」

 

 

 何故か二人を先導して歩き始めるピースヘイヴンの背を眺めながら。

 薫織は、『流知にどう説明したもんかな……』などと益体のないことを考えていた。






イラスト:丸焼きどらごんさん
打鳥君のイラストを描いていただきました!
ありがとうございます! ……何故お前が……?
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