イノリミゴ   作:晃人

15 / 21
15 放流

 ユーリイは、遠くにいる人面狼(じんめんろう)と異形の物体を順繰りに見た。

 

「まあとにかく、あの二匹をどうにかしないと。他とは違って、並の人間じゃまず太刀打ちできないから」

 

「……っ」

 

 思考の渦に入り込む前に、ウェンは現実に引き戻された。

 少女は二本の薙刀を構えなおす。

 

「最初に、ウェンはボウを指示し直して。適当に離れさせた所で戦ってもらう。あいつと連携入れるのだるかったから、現場をこの目で見るまで温存しておきたかったけど、もう必要ないから自由にしていいよ。なんならウェンが戦いやすいようにボウを開放してやってもいい。あの馬鹿でもこの状況を見てどう動くかぐらいは判断できるから」

 

「……」

 

「で、あの二匹だけど、狼のほうは私がやる。あの速さで動かれたら私ぐらいしか追いつけないから。ウェンはあの気持ち悪いのをお願い」

 

 一瞬目を瞑り、一呼吸入れて考えをまとめ、返事を返す。

 

「わかった。どっちかが忌み子って事で合ってる?」

 

「人体を変えられる以上特定は無理だけど、あれらが特に強いわけだから、可能性は高いね。当然、忌み子(貧乏くじ)を引いたら苦戦する事になるし、両方かもしれない」

 

 確かに、元々二人いた場合も捨てきれない。油断をするつもりは毛頭ないが、

 何か違和感を覚えた。それは殆ど勘に近い根拠で、理屈で説明できないものだが、ここまでの町の戦局を見て、形用し難い何かを感じてしまう。

 

 自分達は、思い通りに作戦を進めているのだろうか。

 

「じゃ、頑張ってー」

 

 ユーリイはそう告げると、早々に屋根上へ上り、人面狼(じんめんろう)がいる方向へ飛び去った。

 それを見届けると、ウェンはタオの方を向いた。

 

 彼もまた、別の場所へ移動しており、丁度建物の角を曲がった所が目に映った。

 

「……」

 

 言葉を口に呑み込み、戦うべき相手へと体を向けた。

 ユーリイの計らいなのか、戦っていた他の民衆は引き払っており、ウェンと一対一の状況になっていた。

 

 改めて敵を観察してみる。着目するべきは体全体にびっしりと生えた棘だろう。

 試しに、斜め上空から少量の(カスミ)を物体へ飛ばしてみる。

 

 標的へ近付いた(カスミ)は、近くの部位にある複数の棘が高速で()()、交差して刺された。力を失った紺の祈力(れいりょく)はそのまま消えていく。槍と化した突起物は、再び雑草程の元の長さへと即座に戻った。

 

 あの伸縮自在の凶器にも、(イノ)リの力が入っている以上、無防備に近付けば、串刺しどころでは済まないだろう。

 もし、先ほどタオが上からの急襲に成功すれば、そのまま惨憺たる被害を及ぼして命を落としていた事になる。

 

 ウェンは憤りを覚えた。やはりどう言い繕っても、人間に対しての扱いを変えるつもりが無いことは明らかだった。

 たとえこの事を咎めたとして、ユーリイは必ずしも死ぬとは限らない、仕掛けなければ更に大勢が死ぬ事になる、とでも雄弁に口を動かすのだろう。

 

 ……今は目の前の敵に集中するしかない。彼女についてどうするかは、この戦争が終わってからだ。

 ウェンは、相手の次の行動を見た。あの敵の脅威となる要素はまだ幾つもある。

 

 数十本の足で屈み、物体は大きく跳んだ。その巨体に見合わない動きの速さで、少年の上を悠々と通る。

 ウェンの真上の位置で、物体は底面の皮を引き裂き、そこから粘液を大量に落とした。事前に体外に練った祈力(れいりょく)で上方に壁を創り、前へ移動して回避する。

 

 液を浴びた(カスミ)の屋根は、氷を炎で溶かされるように崩れ落ち、少年の元いた場所を紺と紫が混じった色で侵し尽くされた。

 獣のような俊敏さに、触れた対象をたちどころに溶かす毒液。なかなかどうして厄介である。

 

 少年を飛び越した物体は着地し、その場で半回転しながら小さく飛び、こちらへ振り向く。

 相対した二者は次の行動を開始する。ウェンは祈力(れいりょく)を練り、奇怪な体である敵は、更に変形を始めた。

 

 全身から伸びている無数の棘がある一か所に集まり、一つの巨大な形あるものに変化する。伸縮のみならず体外での移動も可能らしい。

 出来上がったそれは、細長く伸びた棘が一本の筋となり、数百に及ぶその筋が束となって一本の強靭な腕へと変容した。

 

 前腕と上腕、三本指から成っており、大木のように逞しいその腕を天空へ伸ばした様は、まさしく樹齢を重ねた大樹と見紛う。

 そして、短い間を置き、その巨木を倒して横へ振り回した。

 

 周囲の建築物をものともせず破壊し、暴れ狂う。その光景は、通常の腕で雑草を薙ぎ払う行為を、そっくりそのまま置き換えたようだった。

 一瞬で警戒意識を上げる。あの腕の強大な膂力(りょりょく)は明らかに危険だ。

 物体は、障害物を粗方潰して空間を広げた後、元来の敏捷性でこちらへ近付く。

 

「くっ!」

 

 速攻で距離を詰め寄り、強靭な一本腕を振りかざした。ウェンは素早く、先ほどより分厚い盾を築く。

 空気の流れを、強引に捻じ曲げられたかのような感覚を肌で味わう。

 

 下ろされた打撃は、獣の猛突進と、隻腕(せきわん)から繰り出される剛力が合わさり、あらゆる創造物を破壊せしめんとする存在を意味していた。

 やや斜めの角度から迫る巨拳──。悪寒が走ったウェンは半歩下がり、盾を上の位置へ、垂直に立てた。

 

 盾と衝突した拳は、力が下へ受け流され、そして轟音が響く。

 少年が先刻までいた位置に大穴が開き、(カスミ)の盾はひん曲がり、目鼻の先まで押し込まれた。

 

 自分が辿ったかもしれない惨状を目にし、戦慄を覚えると同時、

 腕を伸ばしている相手の本体が、毒液を吐き出した。

 

 量は小さいが、放物線を描くように盾の上を飛び越し、少年へと降りかかる。

 直前でそれに気付き、回避を試みる。方向から見るに縦ではなく横でなければならない。

 

 咄嗟に右へ飛びつき、直撃は免れたが、左腕の部分である、着物の袖にかかってしまった。

 付着した袖はたちまち溶かされていき──、

 

「うっ……ああああ!」

 

 その下にある、前腕への侵食を始める。

 とてつもなく熱く、気絶しそうな痛みが左半身を支配した。右手で抑えようとし、すんでで止めるが、苦しさがより明瞭になったかに思えた。

 

 毒液の勢いは止まらず、このままでは焼き切れそうになる。液に触れた患部を、体の内側から祈力(れいりょく)を盛り上げるように動かし排出する。

 

 そこへ、物体による一撃が繰り出された。

 

 盾から離れてしまった少年に、横払いの攻撃が直撃。家々の前を吹っ飛ばされ、小さな体が跳ねながら減速する。

 

「……うぐ……」

 

 突進の加速が乗らなかった一撃であり、尚且つウェンは瞬間的に気配を感じ、もう一度祈力(れいりょく)を横に向けて集中した為、幾分軽い打傷で済む事ができた。

 しかしそれでも、決して無視できる手傷ではない。溶液による火傷(かしょう)も健在のままだった。

 

 よろめきながら立ち上がる所を、物体は間髪入れず、またこちらへ突っ込んでくる。腕を横に置いた状態で進み、それに巻き込まれて破壊される建物が目晦(めくら)ましになっていた。

 次も同じ手で防げるとは限らない。まともに喰らえば今度こそやられる。おまけに今、必要な量の祈力(れいりょく)を発するには時間が足りないだろう。

 

 左肩をさすりながら、向かってくる敵を見据えた。

 

「……」

 

 ウェンは目を閉じ、(イノ)リを操った。

 瞬間、物体の腕が、乾いた音とともに小さく破裂する。

 

 突然の異変に相手は困惑したのか、動きが鈍くなり、突進の速度が緩んだ。

 先ほど受けた打撃──、防御をするのと同時に、ウェンはその腕へ、微量な祈力(れいりょく)を注ぎ込んでいた。その祈力(れいりょく)を用いり、腕を内側から張り裂けたのだ。

 

 そうして生まれた隙に付け込み、ウェンは瞼を開け、全身から祈力(れいりょく)を放った。

 、(イノ)リは、敵の元へと捧げられ、命を絶つ幾つもの凶器へと変化し、それが猛速度であらゆる角度から対象へ振るった。

 

 両目に移った光景は、濃紺の(カスミ)によって、全身をずたずたに切り裂いていく物体の姿。原型となる欠片の眼球や肉片が、ぼとぼとと巨大な刃物から零れ落ちる。

 勝負を分けたのは、自分が果たして、手綱を捨てられるか、にあった。

 相手の体が細切れになり、動かなくなった事を確認すると、

 

「あつっ……」

 

 思い出したように左腕に痛みを覚え、片目を瞑って、液に触れた腕を触る。

 結局、ユーリイの助言通りに従ってしまったのが腹立たしかったが、そうしなければとても勝てる相手ではなかった。自分にとって(ケガ)レが不得意というのは、なんとも複雑な気分でしかない。まさか制限を外すだけでここまで楽に祈力(れいりょく)を動かせるとは、自分自身でも想像できなかったのだ。

 

 ……ボウへの(ケガ)レを開放したことにより、その分の祈力(れいりょく)が自分の元へ戻ったことで今回の敵は倒せた。しかしこれで、今度は奴が自由に動けてしまう。

 事ここに至って、まさか妙な動きはしないと思いたいが、懸念材料を増やしてしまったのは否めない。仕方がないとはいえ、歯がゆい気持ちだった。

 

 だが、それよりもまず考えるべき事がある。

 

 周囲を見回すと、他にまだ戦いを繰り広げているのが確認できる。

 それは、人々を操作する祈力(れいりょく)が未だ健在という事である。となれば、今倒した相手がシャーネの住民を操っていたわけではない。これは、改造されてしまった普通の人間。

 

「……」

 

 本丸である忌み子は、別にいる。

 ウェンは、ユーリイが去った方向を見た。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。