イノリミゴ   作:晃人

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5 披瀝

 月明りが夜を照らしていた。

 二人は森の中へ入り、しばらく歩き続けた。

 

「今日食べた中で、何が一番美味しかった?」

 

 尋ねるユーリイに、ウェンは平静を装って答える。

 

「えっと、鶏排(ジーパイ)がおいしかった。こんどひとりで食べられるか挑戦してみたい」

 

 少女は、お~いいね、とにっこりと笑う。

 

「楽しんでくれてよかった。またいつか一緒に見て回ろ」

 

「うん」

 

「あと、今度はロー達に負けないようにね。別の遊びだってまだまだあるから頑張って」

 

「うん!」

 

 やがて、二人は足を止めた。

 森の中にしては、木がそれほど密集しておらず、空がよく見える。先ほど出てきた町の方へ目を向けると、塀が遠目に移り、その両隣には山が連なっている。

 

「よし、ここらでいいか。で、話って?」

 

 ユーリイは木に寄り掛かる。

 

「……」

 

 落ち着かない気分の中、町を眺めている少女を見た。

 やはり、言わなければならない。

 

 ウェンの脳裏には、紙芝居を見た時から、町が滅びてしまうという想像が纏わりついていた。

 あのような惨状を引き起こさない為には、打ち明ける相手が必要だと考えたのだ。

 

 今日ずっと世話になってくれた、この人になら。

 

「お姉ちゃん」

 

「んー?」

 

 少年の体に緊張が走る。

 

「じつは、ぼく」

 

 一拍置いて深呼吸する。

 そして、息を吐いて意を決し、

 口を開いた。

 

 

「忌み子なんだ」

 

 

 チュンやタオにも話すべきか迷ったが、明確に忌み子という単語を耳にしても動じない反応を示したユーリイが適切だと判断した。

 そして、少女はこちらを振り返る。

 

 

「知ってるよ?」

 

 

 自分が一体、何を聞いたのか分からないまま、

 

「君が初めてカンラに来た時からね」

 

 更に、混沌の渦に思考が巻き込まれる事になった。

 ゆっくりと渦が収まるまでの時が、夜の静けさと共に流れ、ウェンはようやくユーリイの顔を見る。

 いつも通りの穏やかな表情を浮かべていた。

 

「どうして、チュンおばさんとタオおじさんがウェンを引き取ったんだと思う?」

 

 淡々とした口調で告げる。

 

 

「私がそうするように操ったからだよ」

 

 

「もっと言うと、あの二人だけじゃなくて、町の皆全員、私の意のままに動かせるんだ」

 

 ユーリイは、依然として変わらない様相だったが、つい先ほどまでとはまるで別人のように見えた。

 

「それくらい、(イノ)リっていう力の汎用性は高いってわけ」

 

 目の前の者が発した言葉は、少年には到底受け入れがたく、掠れるような声で訊いた。

 

 

「お姉ちゃんも……、『忌み子』、なの……?」

 

 

「うん」

 

 あっさりと頷いた相手に対して、ウェンは呆然と見つめる事しかできなかった。

 

「民衆が君に関心を寄せなかったのも、紙芝居を開かせたのも、ロー達が君を遊びに誘ったのも、私が仕組んだこと。まあ紙芝居は、忌み子に関するものだったらなんでもいいっていう適当な注文だけどね。あ、でも物語が好きなのは本当」

 

 少女の長口上に、幾分冷静さが戻り、一つ訪ねた。

 

「なんで、そんなことを……」

 

 ユーリイは、指を差して答える。

 

「君について調べたかったから。どういう経緯でここへ来て、何が目的なのか。ぶっちゃけると敵かどうかが知りたかった。で、あまりに無防備すぎたから分かったよ。本当に何も知らず迷い込んでここに来たんだなって」

 

 笑みを含んだ声色だった。

 

「ぼくを……どうするつもり?」

 

 突然、彼女は一瞬に近い速さで目鼻の先まで詰め寄り、そして、ウェンの腹部に掌打を見舞った。

 

「がっ……!」

 

 鈍痛による衝撃と、内臓が圧迫される感覚を覚え、そのまま吹っ飛ばされた。

 地面に数回跳ね、ごろごろと転がり、静止する。

 胃から食道へ逆流するのを感じ、咳き込んだ。

 

「ほら、どうするの? そのまま倒れこんで終わる?」

 

 目まいがする中、圧をかける声が近付く。唾と吐き気を飲み込み、脇腹を抑えながら片膝をつく。

 もう片方の足を立てようとした時、ユーリイの姿は見当たらなかった。

 

 前方ではない、横か後ろのどれかから迫っているとあたりをつけ、上空へ跳んだ。

 (イノ)リの力を、ほぼ無意識の内から行使したのだと理解する。

 

 できる限り周りを見て現状を把握したのは、自分が今、大人の背丈を飛び越す程の高さにおり、そして宙にいる自分を正に狙うべく、更に上から襲い来る少女だった。

 相手からの飛び蹴りを食らい、ウェンは斜め下へ墜落せしめんとする。

 

 しかし、今回は体勢を整え、倒れる事なく二本足と片手で大地を支えることにより、勢いを殺しながら着地できた。直撃の瞬間、(イノ)リ──濃紺の霞を盾のように発現させ、攻撃を防ぐ事に成功した。

 ユーリイも地面に降り、

 

「使い方慣れたんだ。割と早いねえ」

 

「……っ」

 

 余裕の表情で呟いた相手へ、順応した力を振る舞おうと、右手を小さく掲げた。

 彼女の言う通り、(イノ)リについて、ウェンはおおよその性質を掴んでいた。この力は、言うなれば相応の質量を自在に操れる術であり、殺傷するに至って十分な威力を誇る。

 

 上へ向けた掌から(イノ)リを噴出させ、たちまちそれは人間大ほどの規模まで膨れ上がった。

 そのまま、標的へ投げつけるように飛ばした。

 ユーリイは横へ回避し、霞は木と地面を抉り取った。

 

 繰り出した攻撃と入れ違いになるように、敵はこちらへ向かってゆく。

 怯まずに、先ほど飛ばした霞の因子──紐のように残っている──を鞭の如く、かつその先端を手先で操るように動かし、より不規則な攻めへと転じる。

 

 紺の巨大な蛇が暴れ回り、周辺の木々や土を、立ちどころに破壊する。

 しかし、ユーリイはその猛攻を、屈み、飛び、地面に這い、悉くを回避した。攻撃の合間を縫って、半壊された木の根本を蹴り、迫る。だが依然より速度は遅かった。

 

 ウェンは鞭を離し、相手の進行方向とは垂直になるように移動し、追撃を警戒して更に(イノ)リを練る。

 ユーリイは、足を止めた。

 それ以上追う必要が無くなったのだ。

 

 ウェンは背後から、別の第三者によって羽交い絞めにされた。

 全く予期せぬ事態。尚且つ、拘束される速さも尋常ではなかった為、反応が遅れてしまった。足は地に着いていない事から、後ろの人物は大人らしい。

 

 歯を食いしばった。この状態でも(イノ)リは使える。咄嗟に密着している者へ直接攻撃を加えようとする。

 しかし、

 

「やめた方がいいんじゃない? よく見なって」

 

 絞められた相手の腕が意図せず視界に入り、(イノ)リを止める。

 見覚えがあった。

 拘束が解かれ、落下するように着地する。恐る恐る振り返ると、

 

「……」

 

 感情を何一つ浮かべていない、タオが立っていた。

 

「言ったでしょ? 操れるって」

 

 ウェンはその様子を、呆然と眺める他なかった。

 

「大丈夫。もうこれ以上戦わせないから」

 

 そう言い放ったユーリイへ向き直る。

 

「いや実を言うとね、試したかったんだよ。(イノ)リをどう扱うのか。大体分かったからもういいよ。ありがとね」

 

 ふてぶてしい口調に、眉間に力が入る。

 だがユーリイが用意した町民の伏兵が、タオ一人とは思えなかった。もっと大勢の人達に自分は囲まれている。これ以上戦っても勝機は薄いだろう。何より、ここで反抗しようものなら、タオに危害が及ぶのは確実である。そんな中で戦い続ける精神は、とても今持ち合わせていない。

 

 考えれば考えるほど、理不尽としかいえない状況だった。

 

「そんな顔しないでよ、悪かったって。ここまでしといてあれだけど、君と敵対するつもりはないの、本当に」

 

 両手を上げて少女は続ける。

 

「まあ、今は家に帰ってゆっくり休んで。積もる話はまた明日するよ」

 

 一方的な展開に何か言い返そうとしたが、

 

「そうだぞウェン。反抗しても何も良い事はない」

 

 タオが放った言葉──否、そう言わせたユーリイの言い草に口を閉じた。

 そして、その場から立ち去るユーリイが言い放った。

 

「ちなみにだけど、他の町や村も、それぞれ別の忌み子の手に堕ちてるから。下手に動かないほうがいいよ」

 

 

 やがて、自分の足は、今や馴染み深い我が家へ向かっていた。

 その道中、町から出る前は大勢人がいた筈だったが、誰一人全く出歩いていない。それでも構わずに、我先へと目的の場所まで歩く。

 

 戸口を開けると、その奥の和室に、何かの裁縫をしているチュンが座っているのが見えた。

 急いで近くまで歩み寄ると、耳元で口にした。

 

「チュンおばさん。ただいま」

 

 反応はなく、黙ったまま針に布を通す。

 その様子はタオと同じく、表情に命が宿っていなかった。

 

「ねえ。ただいまって! チュンおばさん!」

 

 危険な行為だと分かっていながら、身体を揺すり問いかける。

 しかし、少年の挨拶に、言葉を返すことはおろか、首を振ることも叶わなかった。

 

 まるで、今まで優しくしてくれた里親がどこにもおらず、代わりに意思のない人形がひとりでに動いているかのようだった。

 

「……っ!」

 

 ウェンは、そのまま寝室に入り、布団に潜る。

 真っ暗闇の中、改めて情緒が入り乱れてゆく。

 

 いつの間にか、泣いていた。

 

 涙がいくら溢れても、暗い気持ちは洗い流されず、虚しさだけが残される。

 どうすればいいのか、何も分からなかった。

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