イノリミゴ   作:晃人

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8 操縦者

 ウェンは、(イノ)リを発した。

 

 青空に墨汁を塗りたくったかのような色が、少年の眼前にある土草や大木等の自然の景観が覆っていく。

 かざした手の平から放たれている祈力(れいりょく)は、徐々に肥大化していき、更にその勢いを増していった。

 

 ありとあらゆる厄を、一箇所に集めたかのような息苦しい圧迫感が身を包む。

 ウェンは歯を食いしばり、額から冷や汗を流す。浮かべる苦悶の表情からは精気がたちまち吸い上げられていく様が伺い知れる。祈力(れいりょく)の量と体への負担は比例していくようだった。

 

 紺の霞が巨大になり、家一軒程まで大きくなった所で、

 

「……っはぁ!」

 

 祈力(れいりょく)から手を放し、膝から崩れ、地面に肘をついた。

 息を切らして顔を上げると、ゆっくりと霧が晴れるように(イノ)リが霧散して消えていく。

 

「うーん、まあ今はこんなもんか」

 

 離れた場所から腕を組んで眺めているユーリイが独りごちた。

 

「とりあえず一度で扱える今の限界は分かった。後はこれをどう使いこなすかだね。やり方によって、次の敵をどう倒すかが決まるから」

 

 ウェンは息を整えながら立ち上がり、彼女へ向き直った。

 

「もう、相手が決まってるの?」

 

 まあね、とユーリイは歩み寄る。

 

「今いるここは、シャーネの町とは逆方向にある東側の外。ここから更に先に進むとまた別の町、トンセンがあるの」

 

 頭の中で地図を描く。西側にシャーネがあり、現在住む町にカンラ、そして東側にトンセンという名前を置いてみると想像しやすかった。

 

「そこを近いうちに叩く」

 

 ボウの言っていた事を思い出す。重要な仕事を任される、とはこれの事だと察した。

 

「なんで襲うの?」

 

「二人で町の見学に行った時、一度別れたの覚えてる?」

 

「……たしか、鬼のお面に会って、ユーリイは離れて別の誰かと話をしてた」

 

 あの時は、祈力(れいりょく)が漏れないように注意していたのを覚えている。

 

「あー、気付かないか……実はね、東側の町をずっと張らせていたんだけど、ある報せが届いたんだよ。それを聞きにいってたって事」

 

 得意げに話すのを見て、冷やかすように言った。

 

「操った人を見聞きした事、ユーリイが直接共有できるわけじゃないんだ」

 

 動揺することなく、あっけらかんとした調子で返る。

 

「いや、出来るよ? ただその方が楽ってだけだから」

 

「……じゃあ、どんな報せが届いたの?」

 

「教えなーい」

 

「……」

 

「ほら怒らない怒らない。(イノ)リが漏れ出るよ?」

 

 ユーリイが両手で抑える形をとるのを見て、強い口調で尋ねた。

 

「伏せる意味は、何?」

 

「ちゃんと後で話すつもり。今は祈力(れいりょく)の修練に集中してほしいし、情報はやたらと与えたくない。わかるでしょ?」

 

「じゃあ最初から半端に言わないでよ」

 

 ウェンは、次の目標である大木へ手を向けた。

 祈力(れいりょく)に集中する間、少女の声が耳に入ってくる。

 

「まあつまり、事態が急変して早急に攻め入らなければならなくなったって事だよ。今はこれだけ伝えとく」

 

 大木の周りを祈力(れいりょく)で囲みながら考える。

 何らかの事変が起きたというのは多分本当だとは思う。当然、忌み子に関する何かだとは思うが、今の情報だけでそれを推し量れるだろうか。

 

 一つ思い浮かぶものがある。

 

 祈力(れいりょく)の性質が変わるという、変異──。

 ボウ曰く、その現象は前兆こそあるが予期せずに突然現れるという。それを知っている忌み子は当然祈力(れいりょく)が何に変わるかも警戒する。その流れに沿うと、正に今の状況がぴったりと当て嵌まるのだ。

 

 ユーリイの立場からすると──、他の町に目を光らせていたら、その町の忌み子に変異が起きた。その後変質した祈力(れいりょく)は自分等の脅威になりうるもの。丁度新しい忌み子も手の内に加えられた事だから、それを試す意味も含めば色々と都合よく、この機会に攻め懸けよう。という事が伺える。

 

 力を入れて手を握り込み、祈力(れいりょく)を一点に集中させて大木を八つ裂きにした。

 ざっくらばんだが、大きく外れてはいない筈である。

 

 もし自分の思い通りの考えであれば、やるべき事は何か。

 他の忌み子を襲うという点については、その対象がどういうものなのか見てみない事には判断できない。

 

 (イノ)リの力をより理解し、高めるというのも、自分にとっては重要だからこのまま続けたほうがいい。

 問題なのは、ユーリイが変異するかもしれないといわれる点である。

 

 兆候が表れるといっても、全く未知の領域にある為、どう観察するべきなのかが難しい。しかも、彼女にそれを悟られるなというのが非常に難題だろう。

 ボウから中途半端に与えられた情報の所為で、かなり動き辛い。

 

 まさか、それこそがあの男の狙いだとでもいうのか。

 ……思索しなければならない事柄が多すぎて、心の余裕がない。加えて、何かを一歩間違えただけで自分の命がないのだ。

 

「どうしたー? 急に固まって。何か嫌な事でもあった?」

 

「別に」

 

 ウェンは、思考が遮られたのを意に介さず、次の対象物を定めて祈力(れいりょく)を練る。

 

「そういえばさ、ちょっと気になることがあったんだけど」

 

 ユーリイは、首を大げさに傾けた。

 

「さっき、カンラのどこに行ってた?」

 

「どこ……って?」

 

「だからー、どの場所に行って何をしてたの?」

 

 極めて無反応に努めて、答える。

 

「昨日行ってた場所をてきとうに歩いてた」

 

「ふーん。じゃああの辺の人達に聞いてみてもいい?」

 

「好きにすれば?」

 

 その後、無言の静寂が続く。

 ウェンにとっては、限りなく長い時間が流れているかに思えた。

 

 特にボロを出すような真似はしていない筈だが、何か失敗していないか、内心不安で仕方がなかった。

 憤慨を覚える。自分が疚しい事をした訳じゃないのに、隠し事をしているような状況なのが、納得できなかった。

 

 もう嫌だ。今は、落ち着いて考える時間が欲しい。

 次の話題に移るか、早くどこか行ってしまえ。

 

 そんな焦る気持ちが外に出てしまったのか、

 

「あっ……」

 

 祈力(れいりょく)が上手く制御できず、歪な形へ変わるのを見て、急いで消す。

 ユーリイへちらりと視線を移すと、

 

「あららららー? どったの? 集中切れちゃった?」

 

「……」

 

「まあこんな事もあるよ。切り返していこう」

 

 何事もなかったように、彼女は明るく振舞った。

 

「よし、じゃあ次の修練に入ろっか。まずね、祈力(れいりょく)は大別すると二つの種類に分けられるの」

 

 自分の心情を余所に、「ちょっと見て欲しいんだけど」と少女は片手に小さく祈力(れいりょく)を出す。

 それは、朱と黒が混ざり合った、彼女独特の色によって現れたものだった。

 

「一つは、君が今使った目に見える型、『(カスミ)』。質量を持っているから主に攻撃としての用途に使う」

 

 徐々に、その彩りが淡くなり、後ろの背景が透けていく。

 

「で、その濃度が薄くなっていくと質量も軽くなって、極限まで薄めると目に見えない形の祈力(れいりょく)になる。この状態を『(ケガ)レ』って呼ぶの。これを使って、自然物や道具、人間の内部へ入り込んで対象を操る。私は普段これで民衆を操ってるの。目に見える祈力(れいりょく)が『(カスミ)』。見えない方が『(ケガ)レ』って事。分かりやすいでしょ?」

 

 ユーリイは、祈力(れいりょく)を消して言った。

 

「ウェンにはまず、(ケガ)レを練習して人間を操る術を覚えて」

 

「……え?」

 

「対象はその辺の人間でいい。ただ注意してほしいのが、忌み子相手には通じないって所だね。他者と自分の祈力(れいりょく)が交わると本来の機能を失ってまともに働かなくなる。そうなると祈力(れいりょく)がどう動くか予測できなくなって危険だから、可能な限り避ける事。ただ見える方の『(カスミ)』で攻撃する分には問題ないから」

 

「……やだ」

 

 震えた声で絞り出す。

 

「人をあやつりたくなんか、ない」

 

 敵の忌み子を倒す事ならまだ良い。だが、ユーリイやボウのように誰かを洗脳させて手駒にする。そんな光景は、考えるだけで(おぞ)ましかった。

 ウェンの返答に不機嫌な顔を見せるかと思いきや、「あははは!」と少女は口元を抑えて笑い出した。

 

「あのねー、気付いてないかもだけど、もうとっくに使ってたんだよ。ウェンは」

 

「……え?」

 

「ここに来てから町を見学した日までの間、ウェンは無意識にタオとチュンを操ってたの。君が理想とする家族像を元に」

 

 目の前の者が言っている事に、少年は理解を拒んだ。

 

「うそ、だって、ユーリイが、やったんじゃ」

 

「最初だけね。でもその後の、ウェンにどう接するかって所には手を入れてないんだよ。突然君の問いかけに動かなくなったのは、ウェンが操作する事に意識を持って、その結果、操る糸を手放してしまったからなの」

 

「……」

 

 あの、三人で笑い合った日々は、

 

 全部自分が作った虚構。

 

 紛い物。

 

 人形遊び。

 

 そんな、偽物の類義語が次々に頭の中を駆け巡る。

 

 眼前の女が言っている事こそが出鱈目だと、否定したかった。

 しかし、出来なかった。

 本能が理解してしまった。

 

 自分自身こそが、操った証人である故に。

 ユーリイは、両手を叩いた。

 

「じゃ、早速始めよう! 大丈夫! 極めればもっと大家族で団欒を過ごせるから! あ、一つ注意があるんだけど、誰を操るかは事前に教えて。うちの殆どの女性陣、もしもに備えて膣内に刃物仕込んであるの。私の管理下から離れて動き出すと偉い事になっちゃうからさ」

 

 

 

 それから三日の時が流れ──、

 来たる、襲撃の日が訪れた。

 

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