第10話 海賊王の娘(センゴク視点)
「ポートガス・D・アンです。出生のことがあるにも関わらずお招きいただき、ありがとうございます」
ここまで『Dの意思』を感じさせない者は初めてだった。
海軍本部のとある一室。
海軍総大将センゴクと中将おつるは、ガープによって連れて来られた『海賊王の遺児』である一人の少女をまじまじと見つめた。
黒髪黒目の小さな少女。彼女はどこか気まずそうにするものの、愛想笑いを浮かべ頭を下げている。
その姿は一見自身の命が握られていることを自覚しているようで、少女の表情や気配から権力に対して反骨する気概は一切感じられない。
良くて従順。悪くてプライドがなさそう。
そんな彼女にセンゴクは目を丸くし、おつるは嘆息し、ガープは珍しく苦笑したのだった。
◇
「ガープから話は聞いておったが………あのロジャーの娘とは思えんな」
海賊王ゴール・D・ロジャー。
自由を愛し苛烈に生き、立ち塞がる海兵海賊達を鬼のような強さで薙ぎ倒してきた男と、この大人しそうな少女がどうにも結び付かなかった。
母親似ということを考慮に入れても、血の繋がりを感じさせない少女にセンゴクは一瞬虚をつかれる。
ガープからの定期報告で双子の姉の方の性質は聞いていたものの、出生や環境から想像しうる成長から大きく外れ『きちんとした、ごくまともな感性を持つ子供』として成長したことに、一種の気味の悪さまで感じた。
すると彼女──アンは苦笑し、子供にしてはやや大人びた口調で言った。
「血の繋がりはありますが、それだけですから。それにガープさんのご指導が良かったんです。ガープさんが正しく導いてくれたおかげで、今の私があると言っても過言ではありません」
なるほど、ここでガープを立てるか。多少演技めいた言動であるが、自分の立場をよく理解している。これから海兵になるならば、このくらいの従順さは欲しかった。
それと同時にどこまでも『大人』に都合の良い言葉しか返さない少女に違和感を覚える。
(…………いや、そうせざるを得なかったのか)
海賊王の娘として生まれ、初めから世間から悪意を向けられてきた子供。また山賊一家のもと、いつ殺されるかも分からない状況で過ごしてきたことで、それは一種の生存戦略として培われてきたものなのかもしれない。
可哀想に、そう呟きかけたものの、センゴクは気を取り直して咳払いをした。
「センゴク、アンのこの感じなら海兵にさせても問題ないじゃろ」
「ああ。───だが、奴の娘であることは事実。海軍の管理下で何か企むようであれば………分かっておるな?」
それを言えば、アンは神妙な顔付きで頷く。
見聞色の覇気による暴走から他者の感情や気配を自動で読み取ってしまえるのだ。
ただでさえ海賊王の遺児という危険性に加え、さらに周囲の悪意や敵意を無作為に察知してしまえば今後どのような大人になるか。
それを見越し、幼い内から海軍で囲っておこうと思ったものの………ロジャーの血や出自の複雑さによって逆にまともに育ってしまった少女の物分かりの良さにやはり同情してしまう。
手の付けられない獣のような子供ではなかった分ひとまず良かったが、これはこれで一癖も二癖もありそうだ。
「……………君はこれから海兵となる。その出自を隠し、半ば自由のない状況で、親の仇であるここに勤めなくてはならん。───そして君の出自がもし暴かれてしまった時、政府は君を利用しようとするだろう」
処刑や暗殺の可能性もあるが、生きたまま『大海賊時代』を終わらせるプロパガンダとして祀りあげ利用した方が価値があるかもしれない。
たった10歳の子供に対して酷すぎる事実である。
しかし元帥という立場上「それでも良いのか」と厳しく問えば、少女は自嘲したように薄く笑った。
「でも、私には選べませんよね?」
「───そうだな。死ぬか、海兵として生きるか。それくらいしか道はない。…………すまないな」
「いえ」
そしてセンゴクは、ガープに向かって言い放つ。
「ガープ、この子を養子に入れろ。少しでも出自が暴かれないよう、お前の姓を名乗らせてやれ」
「そりゃ構わん。アン、良いか?お前から母の姓を取っても」
「構いません。これからは『モンキー・D・アン』と名乗ります」
これでもし双子の弟ポートガス・D・エースが捕らえられ処刑されたとしても、この子だけは助かるかもしれない。
少女にとってある意味残酷な未来を起こさせないためにも、引き続きガープにはエースを海軍に入れさせるよう説得を試みてほしい。
そして、そんなガープは大人しく頷くアンの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
どこか空元気な笑みを浮かべ「ワシのことはおじいちゃんと呼ぶように」と言っている老兵に苦笑する。
おそらくこの男も戸惑っているのだろう。アンのこの物分かりの良さに。
センゴク自身も彼女のどこまでも従順なその態度に調子が狂いそうになった。本当に君はロジャーの娘なのか、と問い詰めたくなる。
すると、今まで静観していたおつるが口を開いた。
「あんた、無理はしてないだろうね?」
「…………無理、ですか?」
それにアンがわずかに目を丸くする。
先程まで被っていただろう愛想笑いは剥がれ、老成し澄んだ瞳で見つめるおつるに肩を強張らせた。
無理は、きっとしているのだろう。
アンのその様子を見ただけで察することができる。
しかし彼女はしばらく思案した後、口を開いた。
「大丈夫です。頑張ります」
彼女の立場からして素直に本心を言えるわけがなかった。
否定も肯定もせず、ただ曖昧に答えてみせるアンに三人の老兵達は痛ましく思う。
ロジャー、お前って奴は本当に。
なんて子を作ったんだ。
「…………今日の話はここまでだ。土産に菓子をやろう。煎餅は好きか?」
「ワシの部屋にいっぱいある。ボガードに用意させよう」
「煎餅よりもクッキーの方が良いんじゃないかい?」
「え?お、お構いなく………」
センゴク、ガープ、そしておつるの言葉にアンは分かりやすく戸惑う。その姿はまるで年相応の少女に見えた。
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「ロジャーが生きておったら驚くだろうな。自分の娘がまさかあのような子供で」
センゴクによってたくさんのお煎餅の袋を渡されたアンは目を白黒させながら、ガープとともに部屋から出て行った。
きっとガープの部屋でもたくさんのお煎餅を渡されるし、おつるの部下によってクッキーや甘い紅茶も用意されることだろう。
「大丈夫です!本当に大丈夫です!」と慌てた様子で断りを入れていた少女を思い出し、センゴクははあと大きな溜め息をついた。
いっそ彼女がロジャーのような反骨心を持っていたら良かったのに。それならばここまで罪悪感を抱くこともなかっただろう。
「血は水よりも濃いと言うが………あの娘はおそらく母親に似たんだろう。ロジャーの要素が一つもないのが、ある意味奇跡と言える」
おつるも同じことを思ったのか同意する。
あの娘がロジャーの娘ではなかったら、どれだけ良かっただろう。もしガープの血の繋がった孫娘であったらセンゴクは諸手を挙げて喜んだし、もっと分かりやすく、めいいっぱい可愛がった。ロシナンテのように秘蔵っ子として育てても良い。
しかし、あのロジャーの娘なのだ。
センゴクやおつるの脳裏に「ガハハ」と豪快に笑う海賊王の顔が奇しくも過った。
◇
それから幾年。
ポートガス・D・アン──もといモンキー・D・アンは海兵となった。
ガープやセンゴクによって推薦された海兵から覇気のコントロールや六式を学び、13歳になる頃には軍学校に入学。
そして卒業し、中将つる率いる実働部隊に所属することとなる。
軍学校に入学する前から受けていた地獄のようなガープの扱きと先天的に身に付けていた見聞色の覇気。またつるの指導もあるが、アンは半ば順調に昇進していった。
映画フィルムZのゼファーの設定資料の内、海軍学校への入学の記述がありましたので、主人公もガープの孫として軍学校に入学させています。