アンがコルボ山を出てしばらく。入れ替わるようにルフィがやって来てから、エースの生活はガラリと一変した。
気の合う相棒のサボやルフィとともに義兄弟の誓いを交わし、海賊として海に出ることを決意する。
そんな最中ダダンから聞きつけたのか、サボはエースに問いかけた。
「エースには姉がいるのか?」
「……………まあな」
自分と正反対な性格の双子の姉、ポートガス・D・アン。いや、ガープからの手紙によると姓を変えたため、今はモンキー・D・アンとなっているだろう。
「どんな子だ?エースの姉ってことは……女版エース?全く想像できないな」
「あいつと俺は全く似てねえよ。変に大人ぶるし口うるせえし」
「ということは、しっかりしているってことか」
エースの捻くれた言葉を拡大解釈したサボが「なるほど」と頷く。
確かに言われてみれば、姉は年相応以上にしっかりしていた。
自らの立場が脅かされないよう山賊の頭であるダダンの身の回りの世話をよくしていたし、時に山賊達のしょうもない喧嘩をおさめていたこともある。
またこの過酷なコルボ山を生き抜くため定期的に食料調達ができるよう野菜を栽培していたりと、長期目線で快適に過ごす工夫を施していた気がする。
何か所帯染みてたんだよなあ………。
そんな姉について話せばサボは目を丸くさせた。
「会ってみたいな。エースの兄弟に」
「あいつは海兵になるため島を出たんだ」
「海兵に?」
頷いて見せれば「………それは複雑だな」と言って、バツが悪そうに頭をかく。
自分達は将来海賊となるのだ。海兵に身内がいると知って気まずくなったのだろう。サボはそれ以上尋ねてくることはなかった。
「………………」
海兵になるためマリンフォードへ向かい、命懸けで自分達を産んだ母の姓を捨てた少女。
しかしそれに対して何か思うわけでもなく、あの姉のことだから理由があってそうなったんだろうとは思っていた。
そしてブルージャム海賊団の強襲にグレイターミナルの火災──サボの死によって、周囲の状況や彼の心情は目まぐるしく変わっていった。
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エースが初めてフーシャ村に降り立った日。コルボ山とは違う牧歌的で長閑な村の様相に毒気が抜かれる。
ダダンの住処やグレイターミナルとは全く違う光景に呆然としていると、ルフィがそんなエースの手を引いた。
「マキノがエースを紹介しろって言うんだ。早く行こう!」
そしてエースはある女のもとへ連れて行かれる。
「まあ!この子がエース君?はじめまして、私はマキノよ。よろしくね」
黒髪を一つに纏めた若い女。
小生意気そうなエースを見ても、嫌な顔一つせずにっこりと笑みを浮かべるマキノに目を丸くする。
エースは町のゴロツキやゴア王国の市民達に対してするような不遜な態度を、彼女にはしてはいけないと本能的に思った。
その時、ふと双子の姉のアンのことを思い出す。
「…………はじめまして、ポートガス・D・エースです。よろしくお願いします」
「あら!礼儀正しい子じゃない」
姉を真似して言った言葉にマキノは顔を綻ばせる。
ダダン達やガープに礼儀正しく振る舞う姿に「いけ好かねえ」と呆れていた。
しかしあれは、もしかすると彼女なりの生き延びる術だったんじゃないだろうか。
そうやってエースはマリンフォードにいる姉について少しずつ理解していった。
◇
それから10年後。
グランドラインにしては珍しく穏やかな気候の海で、巨大な白鯨を模した海賊船の甲板にエースは寝転んでいた。
自身の設立したスペード海賊団は白髭海賊団によって吸収され、現在エースは大海賊エドワード・ニューゲートのもと二番隊隊長として活躍している。
そんな彼は甲板の上でニュースクーの新聞の、とある記事を読み進めていた。
『英雄モンキー・D・ガープの孫――アン大佐によりガウェス王国を占拠していた悪食海賊団を捕縛』
『悪食海賊団賞金額一億ベリーの暴食のベルゼブを撃破』
『ガウェス王国第一王女セレスティア姫を無事救出。英雄の孫娘に姫から感謝の接吻』
新聞の一面には、双子の姉が美しい姫から頬へキスをされている。戦闘直後であったのか、ボロボロの状態で大人しくキスを受けているアンの顔はシュールであった。
それにエースは笑みを浮かべる。
海軍でも順調に活躍しているらしい姉にほっと安堵した。
「エース、女同士がいちゃついている写真にニヤつくのはやめろよい。側から見るとかなり怪しいぞ」
するとその時、どこからともなく一番隊隊長のマルコが現れ寝転ぶエースに呆れた様子で注意した。
そんな彼の言葉に「そんなんじゃねえよ!」と突っ込めば、マルコはひょいっとエースから新聞を奪い取る。
「またガープの孫娘か。………へえ、今度は悪食のベルゼブを」
アンはこれまでに幾つもの功績を上げている。
海軍中将つるの下、類稀なる見聞色の覇気のコントロールと六式を使いこなすポテンシャルで数々の海賊を捕縛しているらしい。
年若く、器量も悪くない。おまけに英雄の孫娘ということであらゆるマスコミから大々的に取り上げられている。
英雄の威光を借りた『三世』として揶揄されることはあれど、世間は概ね彼女を好意的に見ていた。
「……………こいつは立派だよ」
昔は双子の姉に対してかなり反抗的で、アンを困らせていたと思う。
ガープに逆らうことなく海軍に従属すると決めていたアンを軽蔑し、エースの姉として甲斐甲斐しく話しかけてくる彼女を無視したりもしていたのだ。
しかしこの10年。成長していくにつれて彼女の親心を理解できるようになっていた。
想像以上に恨まれる海賊王に世間は冷たい。そんな男の遺児の存在は誰も認めないし、その子供が更に海賊だと知れば処刑されるだけだろう。
それをアンは幼い頃から正しく理解し、どんな形であれ生き長らえる道を歩もうともがいていた。
生きていくために、母を殺した海軍に入ると決めた姉の悲痛な思いはどれほどのものだったか。それを彼女はエースに見せもせず「腰抜け」と罵った自分を否定もしなかったのだ。
そんなアンが海軍に身を置き、海賊を捕縛し、そして市井の人間を助けている。その真っ当な姿がエースには眩しい。
亡き親友の意思を継ぐため海賊になったことに後悔はないが、姉の思いを無下にしたことだけは心残りであった。
それに……────
「そういえばエースはガープと同じ島で生まれ育ったんだよな?この嬢ちゃんとは知り合いかい?」
「────いや、知らねえ」
マルコの問いに首を振る。
せっかく姓を変えたのだ。ガープの孫として保護されている彼女に迷惑はかけられない。元海賊の海兵や身内に海賊がいる海兵等もいる業界であるが、自分達の状況はやはり特殊すぎた。
そして新聞記事に載る姉の写真を改めて見つめる。
今アンの置かれている状況が彼女にとって辛いものなのは明白だ。
しかし、それでも海軍に従属するしかない。
「……………」
彼女に奔放さがあれば、もっと自由に生きられたかもしれない。
けれどそれを許さない生真面目さがアン自身を苦しめているような気がしてならなかった。